story9「戸惑いの告白」
「……え?」
戸惑う雫。それはそうだ。俺だって状況をいまいち理解できてない。
つまり……雫が願い人に選ばれたってことか? なんで……この状況で、しかも今は神子として活動よりも、ゼウスの側近としての仕事を優先してるはずのサンが……。
「……どういうことだ? サン」
「言った通りだ。雫が願い人に選ばれた。だから私が来た。ただそれだけのことだ」
確かに、そう言えば納得できる状況といえばそうだけど。俺は全く納得できない。
それに……さっきサンが言った言葉がどうしても気になる。
「『本物の』妹を生き返らせるって言ったよな?」
「……葉介。願い人はお前じゃない。雫だ」
「……」
そう言われると俺は黙るしかない。本来、願い人以外の人間と関わること自体、神子は禁止されているんだ。
「で、でも……だって……」
「迷う必要があるのか? 本物の妹が生き返れば、あのゴーレムは必要なくなるだろう。それこそが、お前が心から願うことではないのか?」
「……」
サンの言葉は、雫の心を深く抉っている。傍から見ててもそれがわかる。
サン……どうして、そんなに雫を追い詰めるように言うんだよ。
まるで……雫にその願いを強制してるみたいに見える。
「……少し、時間をちょうだい」
耐えきれなくなった雫は、それだけ言って屋上を後にした。俺はその背中を黙って見てることしかできなかった。
願い人には願いごとを考える時間が与えられる。すぐに決める必要はないけど……。
本物の妹。つまり……九年前に死んだ霜を生き返らせる。願い人の権利をもらった今、そんな願いごとを目の前にちらつかされたら、心が揺れるのは当然だ。
本物の霜が生き返れば……今の霜、ゴーレムは必要なくなる。
「……サン」
いろいろ聞きたいことがある。まずは……俺が確信していることを聞いてみた。
「あの霜が改造神力アイテムだって気づいてるんだろ?」
「……」
サンの沈黙は、俺の質問を肯定していた。
「……それに、今はミレイの観察役として活動してるはずのサンが、なんで願い人のところに来るんだよ? 大体タイミングが都合良すぎる」
ゴーレムの霜が雫のところに来たのと、願い人の権利が雫に与えられたのが、単なる偶然の重なりとは思えない。
どうだ。偶然じゃない。雫が願い人になったのは。俺はそう確信していた。
「話してくれよ。サン」
「……こうするしかないだろう」
サンが唇をぎゅっと噛み締めた。気丈をふるまってたけど……さっきまでの冷静さが、今はない。罪悪感を感じてるように見える。
雫に……あんな選択肢を与えたことを。
「本物の妹が生き返れば……改造神力アイテムで生まれたゴーレムを切り捨てられる。今回は特例で、願い人を決めた。これはゼウス様と相談して決めたことだ。さすがに……改造神力アイテムを放置はできない」
……ああ。なるほど。
本物の霜が生き返れば、雫はゴーレムを諦められる。
本物の霜が居れば、今の霜はいらない。
霜を失わず、雫があまり傷つかずに、改造神力アイテムを回収できるってことか。その為に、イレギュラーで雫に願い人の権利を与えた。
「……すまない」
「いや……サンのせいじゃないよ」
でも……雫にとっては辛い選択だな。
今の霜を切り捨てて、本物の霜を手に入れるか。
……レナが消えるとわかってて、願いごとを考えてた俺みたいだ。
「……霜が改造神力アイテムだって気づいたのはいつなんだ?」
「ゴーレムは神力で活動している。だから……力の出力があればすぐにわかるんだ。その出力された神力が……普通のゴーレムの何倍もあった。あり得ないことだ」
たぶん、この間のことだな。車から子供を助けたときだ。
片手で軽自動車を止めた。あり得ないほどの力。そしてさっきも……危うく人を殺すところだった。神力アイテムは、人を傷つけることがないはずなのに。改造神力アイテムは、そのリミッターが外されてるのが当たり前みたいだ。
「改造神力アイテムが雫の家に送られてきた理由はわからないが、堕ちた神子が裏で動いていることは間違いない。あのゴーレムを傍に置いておくことは……危険なんだ」
サンとゼウスの判断は、俺たちに危険が及ばないように考えて出された結果だ。
サンの言っていることは事実なんだ。ただの現実。
だからこそ……。
雫は決断しなきゃいけないんだ。
今と未来。どっちを取るのかを。
「……葉介」
「うおっと!? って……レナか」
無駄に驚いちまった。いつの間にか、レナが屋上の扉を少しだけ開けて、こっちを覗いていた。
「……聞いてたのか?」
「はい……」
雫のこと。霜のこと。そしてこれからどうするのか。レナは全部聞いてたみたいだ。
「……改造神力アイテム。でも……私には、霜が悪い子とは思えません」
「……うん」
霜がゴーレムとしての力を使ったとき。
それはどっちも……守ろうとしてやったことだ。
子供を車から守って。さっきだって、雫が不良に傷つけられたからあんな行動にでたんだろう。
「……ぶんかさい? とやらは明日もやるんだったな」
「ん? そうだけど」
「私も明日は参加する」
「……雫を見張るってこと?」
「……そう捉えてくれても構わん」
……ちょっと意地悪だったな。サンの気持ちはわかってるのに。
「いや、ごめん。ありがとう」
サンは雫を心配してるだけだ。冷たいように見えて、サンって実はお節介だよな。俺のこと言えないだろ。それに意外とわかりやすいんだ。
「私は先に戻るぞ。ミレイが勝手なことをしてないか心配だ」
「ああ。俺たちももうすぐ帰るよ」
『天使のような悪魔の翼』で夜空に消えて行ったサン。残された俺たちは、小さくため息をついた。
……はぁ。急展開だな。いきなりこんなことになるなんて。
俺は雫になんて言ってやればいいんだろうな。
どういう選択に導いてやればいいんだろうな……。
……情けないな。全然わからない。
レナを消したくない。そうやって悩んでた頃からなにも成長してないな。
「葉介……」
「ん?」
「遊園地。みんなで行けますよね?」
「……」
『ああ。絶対行けるさ』
その一言が、今の俺からは出てこなかった。
★☆★☆★☆
「いやはや。二日目もウチは大繁盛だなぁ」
「お前はさぼってばっかだけどな」
「だってよぉ……客動員数一位のクラスに与えられる特典の賞品がユルユルランドのフリーパスだろ? やる気も失せるってもんよ。俺はもう、こうやって女子のコスプレを見てるだけでいい」
まぁ気持ちはわかるけど、言いだしっぺが一番にやる気なし組に入るんじゃねぇよ。
赤ヵ丘に通ってる生徒は大体地元の奴ばっかり。つまりは小さいころからユルユルランドなんて死ぬほど行ってるわけで……フリーパスを欲しがる奴なんてそうそういない。
「葉介! 休憩終わりました~」
「うん。じゃあ悪いけどさっそくテーブル回ってくれる?」
「了解です~」
昨日のことがあってから沈んでたレナだったけど、それを周りに悟られまいと、元気に振る舞っている。気分が沈んだままだと、接客にも支障が出るからな。俺もなるべくはいつもと変わらずいるつもりだけど……どうだろうな。
雫は……今日、学校に来ていない。
「……」
どうやら雫は霜にもなにも言わずに休んでいるらしく、霜は今日も普通に文化祭に来ていた。さすがに今日は働かせてないけど。今は瑠璃と一緒に客として教室の端の席に座っている。
瑠璃にはまだ、霜のことは教えてない。
これからどうなるかわからないんだ。下手に教えない方がいい。
「……葉介」
教室の外から俺を呼ぶ声。サンだ。
「……浅賀。ちょっと席外すから、委員長にちょっとの間頼むって言っといてくれ」
「お? どこ行くんだ? ナンパか?」
お前と一緒にするな。
サンに連れられて、中庭の端まで移動する。ここなら誰にも話を聞かれない。
「……って、ミレイも居たのか」
「あら? 私が居たらダメなのぉ?」
「……ダメじゃないけどさ。全力で楽しんでるな」
ミレイは飲食店でありとあらゆる食べ物を買ってきて食べていた。緊張感の欠片もない。
「僕もいるよ」
「あっそ」
「おい! お前なんかどうでもいいよみたいに流さないでよ!」
サンの持っていた鞄から出てきたカールを適当にあしらい、俺は話を元に戻した。
「ミレイはなにか変わったこととかないのか? 誰かが接触してきたとか」
堕ちた神子が雫に改造神力アイテムを送ってきたってことは、雫が神子と関わりがあることを知っている。つまりは、ミレイと関わりがあることもわかっているってことだ。
「特に変わったことはないわねぇ。本当、観察処分の意味あるのかしらってぐらいにね」
「……笑いながら言うな。馬鹿者め」
ってことは、少なくとも堕ちた神子たちの目的はミレイじゃないってことだよな。
じゃあ……何が目的なんだ? ゴーレムを雫に送ることで、なにをしようとしてるんだ?
「葉介。ゴーレムがなにか言っていなかったか?」
「ん?」
「仮にゴーレムを送り込むことでなにかをしようとしているのなら、それらしい言動や行動はなかったか?」
……それらしい言動や行動。
霜は……なにか言ってたかな? とくに何も……みんなと仲良くやってたし。
「……あ」
そういえば……ちょっとした違和感を感じることがあった。
「なにかあったのか?」
「……気になる程度のことだけど、霜はやけに、俺が他人のために……神子のために願ったってことを気にしてた」
その話をしてるときだけ、霜の雰囲気が少し変わったんだ。
俺がレナのために願った理由をすごく気にしてた。
「レナのために願ったことを?」
「うん。あ、それともう一つ……」
これも俺はちょっと気になる程度のことなんだけど。
「神子から人間になったレナに、興味を持ってた」
「なんだって?」
「神子はどうすれば人間になれるのか。そう言ってたな」
「……」
神子はどうすれば人間になれるのか。霜はそれを考えているように見えた。
ゴーレムである霜は、そんなことを気にする必要ないと思うんだけど。
「……まさか。堕ちた神子たちの目的は……」
「え?」
俺の話を聞いて、サンはなにかわかったのか。難しい顔をした。
「カール。ゼウス様と連絡を取ろう」
「そうだね。判断を仰いだ方がいい。もしそうだとしたら、事態は僕たちが思ってるよりも、かなり進んでしまってるのかもしれないね」
「まてまて。勝手に納得しないでくれよ」
置いてけぼりだって。俺にも説明してくれ。
「……へぇ。たぶんきっと。サンと猫ちゃんの予想通りだと思うわよ」
食べ物に夢中だったミレイでさえ、話を飲み込んでるらしい。
「僕を猫って言うな!」
「うるさい黙れ。ミレイ、どういうことだ?」
この際、俺はミレイに説明を求めることにした。元堕ちた神子だし、今の状況を違う視点から見れているのかもしれない。
「葉介君。覚えておいてね」
さっきまでの顔が嘘みたいに、真面目な表情を作ったミレイ。
「人間になりたい。そう思ってる神子はね、数えきれないほど居るのよ」
「……え?」
人間になりたい。そう思ってる神子?
「そしてそういう神子が、堕ちた神子になる。神子の宿命から逃げたくて。そして最終的に、完全に宿命から逃げられる手段が……人間に生まれ変わること。そう、レナみたいにね」
「……」
「わかってるわよぉ。レナがそういうつもりで人間になったんじゃないってことは。あなたたちを見てて、そんな風に思う人はいないわ」
難しいことはよくわからないけど。堕ちた神子たちが望んでいることは……。
人間になることなのか?
レナみたいに。
「でもミレイ。堕ちた神子は人間の願いを間違った形で叶えることで人間界をめちゃくちゃにして、ゼウスの面目を潰すのが目的って言ってなかったか?」
ミレイが瑠璃の願いを間違った形で叶えたのも、そのためだって言ってたはずだ。
「……少なくとも、私はね。改造神力アイテムをもらったときも、そう言われたわ。あいつからね」
あいつ。
ミレイが改造神力アイテムをもらった奴のことか。顔は見てないし、男か女も、人間か神族かもわからないって言ってたけど。
「……カール。そういやお前こう言ってたよな? 堕ちた神子たちがやってることは、本当に人間界に影響を与えるような願いごとになるかなんてわからない。堕ちた神子のやっていることは、あんまり理にかなってないって」
「そうだね。もしかしたらそれも……なにか別の目的があってやってるのかもしれないね」
ゼウスへの復讐。
それ以外の意味が、人間の願いを間違った形で叶えることにあるって言うのか?
わからないことだらけだ。堕ちた神子たちは……一体なにをしようとしてるんだよ。
「私たちは一度戻るぞ。葉介。なにかあったらすぐに連絡しろ」
「……わかった」
人間の願いを間違った形で叶えるってことはとりあえず置いておいて……仮に本当に堕ちた神子が人間になることを望んでいるなら。
霜は……。
一体何の為に、俺たちのところに来たんだよ。
★☆★☆★☆
「お疲れさまでした! 葉介!」
「うん。お疲れ」
二日目の文化祭も無事終了。ウチのクラスは変わらず大繁盛だ。明日は文化祭最終日。気合いを入れて行かないといけない。
「じゃあお兄ちゃん。私は霜ちゃんを送っていくね」
「ああ」
すっかり仲良くなった瑠璃と霜。人見知りな瑠璃があれだけ仲良くなるなんて、やっぱり似たもの同士ってこともあるのかな。
雫はけっきょく来なかったな。ったく、霜を放っておいて……少し寂しそうだったぞ。
……まだ悩んでるのかな。
「……霜」
「? なんですか。葉介君」
霜を呼び止めた俺は、その目を真っ直ぐに見つめた。
霜が改造神力アイテムで、なにか目的があって俺たちのところに居るとしても、一つだけ……確認しておきたいことがあった。
「……霜はさ、雫が……お姉ちゃんが好きか?」
「……?」
なんでそんなことを聞いてくるのか、それを疑問に思ってるような感じで首を傾げた霜。でも、迷いのない小さな笑みを浮かべて。
「はい。大好きです」
そう言ってくれた。
「……そっか。悪いな呼び止めて。気を付けて帰れよ」
「はい。では、また明日」
二人の背中を見送りながら、俺は胸がチクチクと痛むのを感じた。
……霜のあの感情が、俺には嘘とは思えない。
雫が大好きだっていう、あの感情が。
「……ん?」
携帯が振動した。メール? 誰からだ。
「……」
雫だった。内容はこうだ。
『話があるの。学校の裏庭まで来てくれる』
……あいつ、学校に来てるのか?
「レナ。ちょっと先生に呼ばれてるから、あと頼んだ」
「え? はい……わかりました」
俺の表情が強張ったのを感じたのか、レナは少しだけ戸惑っていた。
……ダメだな。すぐに顔に出るようじゃ。
これじゃあ……雫にどういう顔して会えばいいんだよ。
★☆★☆★☆
「……よう。さぼり魔」
「……」
裏庭で雫を見つけてすぐに声をかけたけど、反応がない。振り向いた雫の目は、真っ赤に腫れていた。
……昨日、ずっと泣いてたのかもしれないな。
「なんだよ。話って」
「……」
なんだよって言いながら、わかってるんだけどな。
霜のこと以外あるわけない。願い人の権利をどう使うべきか。自分はどうするべきか、そういう話に決まってる。
だから俺も必死に考えた。雫にかけてやる言葉を。
雫がどうするべきかを……。
一緒に答えを見つけるために。
「学校の裏に呼び出す。この状況で話があるって言ったら……一つしかないでしょ?」
なのに、雫の口から出てきたのは……全く予想だにしないことだった。
本当に……今の雫から出てくるとは思えない。
そんな、俺の不意をつく言葉。
「葉介。私はあんたが好き。だから……付き合ってくれる?」
「……は?」
いきなりだ。
突拍子のない。突然の……告白だった。
「お、お前……なに言ってんだよ?」
「告白してるのよ。あんたが好き。だから付き合って」
雫の目は真剣だった。
なんでだよ……なんでこの状況で、そんな話になるんだよ。
「……からかってるならやめろよ?」
「私は本気。冗談でこんなこと言えないわよ」
確かに、雫の目は冗談を言ってるようには見えない。だったら猶更だ。
なんでこんなときに、本気で告白してるんだよ。
そんなことしてる場合じゃないだろ。霜は……霜のことはどうするんだよ? 考えなきゃいけないことが別にあるだろ。
「ねぇ……付き合ってよ。私、葉介のことが好きなの。小さいころからずっと……」
雫がゆっくりと近づいてくる。ほんのり赤く染まって、小さく呼吸しているその顔が、吐息がかかるほどまで近くに来た。
……小さいころからずっと。
確かに俺と雫は幼馴染で、一緒に居る時間は誰よりも長い。
でも……それでも、俺は雫からそんなこと言われるのは初めてだった。
普段は俺のことを男としても見てないくせに。
なのに……。
今の雫の目は、俺を一人の男として見ている。
心臓の鼓動が速くなるのを感じた。雫が近くに居ることで……体が熱くなってくる。
俺も雫を……一人の女の子として見てるのか?
じゃあこの告白を……。
「嘘じゃないよ。私は本気で……葉介が好きなの。だから……こんなことだってできるよ」
雫が俺の肩に手を置く。
瞳が細められ、見つめ合う。
心臓の鼓動がさらに速くなる。
やばい……抑えられない。俺の中にある感情を。
雫は……そのまま唇を近づけてきた――。
「……」
俺の理性を取り戻させたのは……雫の瞳に浮かんでいる涙だった。
泣いた痕じゃなくて、今、零れ落ちた涙。
……馬鹿野郎。
泣きながらする告白がどこにあるんだよ。
「ふざけんな」
雫の唇が触れる前に、引き離す。
力の入っていないその体は、あまりにも弱々しくて、軽い。いつもの雫と違って、ただの女の子の体だった。
「……ふざけてないよ。私は本気で――」
「だから、それがふざけんなって言ってんだよ。お前……ただ現実から目を背けてるだけだろうが。霜のことを……目の前のことを忘れようとしてるだけだろうが」
考えることをやめて、全てを投げ出したい。忘れたい。
今の雫は、ただ逃げてるだけだ。
別のことに、逃げようとしてるだけだ。
「……」
雫の目から、また涙が零れ落ちる。俺から離れると、涙を隠すように後ろを向いた。
「苦しいのよ……霜のことを考えると。霜を失ったときのことを思い出すと!」
抑えていた感情が溢れ出す雫。
考えに考えて、答えが出なかった。それが雫を現実から目を遠ざけさせたんだ。
「確かに……霜が帰ってくるのは嬉しいかもしれない! でもだからって……少しの間でも一緒に居てくれた、今の霜だって切り捨てられない! だって……だって! 私にとっては……同じ『霜』なんだもん!」
同じ『霜』か。
……なんだよ。答えは出なかったわけじゃないのか。
「考えれば考えるほど苦しくなって……どうすればいいのかわからなくて……こんなに苦しいなら、いっそ全部忘れて! 葉介……あんたと……別のことで頭がいっぱいになればいいと思って……」
それで俺に付き合ってくれ。か……。
ったく……思春期男子の心を弄びやがって。
「ばーか」
「な、なにが馬鹿よ!?」
「もう答えは出てんだろうが」
むしろ俺の方が考えすぎだった。
もう雫の中で、一つの答えが出てるんじゃないか。
サンが言ってた『本物の』妹。
それを決めるのは……雫なんだ。
「え?」
「お前にとって、昔死んだ霜も、今の霜も、同じ『霜』なんだろ?」
切り捨てられない。
感情に任せて出た言葉だからこそ、心の底からの言葉だ。
「お前がこうするべきだと思ったことをやれよ。それがきっと……本当の意味で正しいことだ」
母さんからの受け売りだけど。
無責任に言ってるんじゃない。本当に俺は……そう思うんだ。
「で、でも……霜は改造神力アイテムで……」
「改造神力アイテムが絶対に『悪い』ものなんて決まってないだろうが。お前の霜への気持ちと同じで、霜のお前への気持ちも、嘘だなんて俺には思えない」
『はい。大好きです』
霜のあの言葉が、偽りなんて思えないんだ。
改造神力アイテムは確かに、改造された普通じゃないアイテムだ。でも……だからってそれを悪って決めつける理由にはならない。
「これから先、何があっても、お前は霜を信じてやれよ。霜の味方でいてやれよ。もちろん俺だって……二人の味方だ。約束する」
「……」
サンとゼウスには悪いかもしれないけど。
俺もやっぱり切り捨てられない。
だから俺は……なにがあっても、二人を見守る。助ける。味方になる。
「!?」
雫がいきなり抱き付いてきた。ふわり、と甘い香りが俺の鼻をくすぐる。
さっきの雰囲気もあり、また少し心臓の鼓動が速くなる。
「あんたって本当……お人好しの馬鹿よね」
「……別に馬鹿でいいよ。それが俺だから」
雫はすぐに俺から離れて、そのまま横をすり抜けて昇降口へと歩き出した。その顔は……少しすっきりしたように見える。
「明日の準備があるんでしょ? 手伝うわ」
「ん? お前、今日来てないのに準備だけ手伝うの? ていうか、霜が寂しがるから早く帰ったほうがいいんじゃないのか?」
「メールしておくから大丈夫。ほら、早く行くわよ」
……なんかいきなり元気になったな。まぁいいけど。
俺も雫の後に続いて歩き出した。と思ったら……雫がくるりと振り返った。
「なんだよ?」
「……それとも、さっきの続き、する?」
「は? 続きって……」
思い出した瞬間、自分の顔が赤くなるのがわかった。
吐息がかかるほど近い。雫の顔……唇を思い出して――。
「……うっそー! やーい。騙されたー!」
「……てめ」
子供染みたことしやがって。
別に本気にしたわけじゃないぞ? 違うんだからな!
「大体お前な。ああいうことは勢いで言うんじゃねぇよ。心にもないことをさ」
好きだなんて、そんな簡単に口にすることじゃないんだぞ。いくら考え込んでたからって、それで相手に勘違いされたらどうするんだよ。
「……別に、心にもないことでもないけどね」
「ん? なんか言ったか?」
「べっつにー」
雫はさっさと昇降口に行ってしまった。
……なんか言ってたような気がしたけど、まぁいいか。
大変なのはこれからだけど、とりあえず、元気になったみたいだし。
俺もああ言ったからには責任持たないとな。
なにがあっても、二人の味方でいる。その責任を。




