story4「これから」
時刻は夜の九時を少し回ったところ。
俺たちはあの後、家に戻って遅めの夕飯を食べることにした。別にあのまま外食でもよかったんだけど、瑠璃が昼間のお礼に作るって聞かなかったんだ。
「美味しいですね~」
瑠璃の作った夕飯に、レナは満足そうだった。
確かに、母さんが家にほぼいないから、食事の支度から家事は全部、瑠璃がやってる。さすがに俺も手伝うけど、メインは瑠璃だ。だから瑠璃の料理は普通に美味い。
「だろ? 我が妹ながら、将来は良いお嫁さんになると思ってる」
「瑠璃ちゃんは誰にも渡さないわ」
なに言ってんの? こいつ。
「人間のご飯にしてはまぁまぁだね」
そしてそこの黒猫。なに普通に人間の食べもの食ってるの? さっきのチョコといい。チョコって中毒をおこすんじゃなかったっけ? このさい中毒おこしてひっくり返ってほしいけど。
「カールちゃん。ミルク飲む?」
「もらおうかな」
あの生意気な黒猫を、瑠璃はすっかりお気に入りのご様子。動物好きな瑠璃にとってはストライクなんだろうけど、正直俺は全く可愛いとは思わない。本当に。生意気で。
「レナは葉介の願いを叶えに来た神子、なんだっけ?」
さっき、レナのことは一通り説明した。やっぱり最初はちょっと信じられないような感じだった瑠璃と雫も、神力アイテムを見たら信じるしかなかったんだろう。ちなみに、そのためにまた俺が実験台にされた。さっきの天使のような悪魔の翼で空を飛ばされたんだ。天使モードのつもりが間違って悪魔モードになってて、マジで落ちるかと思った。ジェットコースターの百倍は怖かった。
「はい! 私の神子としての初めての仕事なんですよ~」
「……しかも葉介とレナは昔からの知り合い。葉介、なんでもっと早く紹介しないのよ」
「さっきみたいなことになるからだよ」
いや、忘れてただけだけどさ。
夕飯を終えて、食後のお茶を瑠璃が入れてくれたところで、俺は願い人と神子についてもう少し聞いてみることにした。
「願いごとを叶える期間、えっとつまり……願いごとはどれくらいの間に考えればいいんだ?」
「……えっとカール、どれくらいでしたっけ?」
「……レナ。君、本当に選抜試験合格したんだよね?」
瑠璃の膝の上で丸まってたカールが、起き上ってお座り状態になった。瑠璃がそれを見て顔を緩ませる。可愛いか? これ。
「まぁ別に期間に指定はないよ。ただこれまでのケースで言うと……長くても大体一か月ぐらいだったね」
「一か月か……」
それなりに考える時間はあるってことか。すぐに決められる気がしないからな。
後はやっぱり、気になるのはあれだよな。
「今まで、どんな願いごとがあったんだ?」
「……えっとカール、どんなのがあったんですか?」
やっぱり、俺の質問はカールへと流れた。
「……まぁそれに関しては初心者神子の君は知らなくて当然か。ていうか、それは個人情報だから教えられないよ」
「ケチ」
「うるさいな!?」
フシャー! と俺に威嚇の声を出してきたカールは、瑠璃に撫でられ「大きな声出したら駄目だよ?」と宥められて大人しくした。さすが瑠璃、動物の扱い方をよくわかってる。ていうかやっぱり猫じゃん。こいつ。
「……ああそれから、神子が願い人の願いを叶えるための条件が一つあるんだ」
「条件?」
「願い人が、その願いを心から本当に望んでいること」
どういうことだ?
「……つまり、本気でガチでマジで望んでる願いじゃないと駄目ってことか?」
「そう。どんなに上っ面だけで願っても、心から望んだ願いじゃないと叶えられないよ」
それって案外難しいな。
単純にこれを願いたい! と思っても叶わないかもしれないってことか。本気で心から望んでないと叶わない。まぁ確かになんでもかんでも叶ってたら大変かもしれないけど。
そういえば、レナがさっき言ってた神子の口上みたいなのに、叶えてほしいことを心から願ってくださいってあったな。あれはそういう意味だったのか。
「じゃあ世界征服したいって心から望めば叶うってことだよな?」
「……願う気?」
「なんでも願いごとが叶うって条件なら、誰か一人ぐらい言いそうじゃん」
「残念だけど、願い人はランダムで決まるって言っても、ちゃんと過去の経歴とか人柄とかを考えて選別されてるからね。あんまり邪気がある人間は選ばれないよ。少なくとも、そんな馬鹿な願いを本気で願うような人間は」
なんだそうなのか。
まぁ確かに、悪い人間がそんな権利もらったら大変か。
「じゃあ願い人に選ばれた俺は、少なくとも悪い人間とは見られてないってことだよな」
「……あんた、なに胸張ってんの? 私に殴ってほしいの?」
やめろ。食った物を全部リバースする。
本気で俺に向かって拳を構えてた雫は、くるりとレナに振り返る。俺は心底ほっとする。
「神子ってさ、レナみたいにみんな可愛いの?」
「お前、なにを本気でそんなこと気にしてるんだ?」
お前だけだぞ。そんなの気にしてるの。しかも本気で言ってるからな。
「ふえ?」
お茶とお菓子に夢中だったレナは、慌てて口の中にあったお菓子を飲み込んだ。ちょっとむせそうになりながらも、雫の質問に答える。別に無理して答えなくてもいいけど。
「神子も基本的には人間と同じですよ。生まれた個体で容姿も性別も性格も違います」
「なるほど、じゃあレナが可愛いのはレナが可愛いからね」
どういう理由? 訳わからん。
「レナさん……えっと、神子もお母さんから産まれるの?」
カールの喉を撫でていた瑠璃が、遠慮がちに会話に参加してきた。性格だから仕方ないけど、もうちょっと堂々と喋ってもいいと思うぞ。
「お母さん?」
「自分を産んでくれた人のこと……」
「神子を生んでるのはゼウス様ですよ~」
そういえばそんなこと言ってたな。ゼウスっていう王神が神子を生んでるって。
「正確にはゼウス様が神力で神子を生みだしてるんだよ。どういう神子が生まれるかはゼウス様にもわからないけど、人間と同じように赤ん坊で生まれて、八年間は一般教養を受けるんだ。その後は神子育成学校で七年勉強して、選抜試験に合格して初めて正式な神子になれるんだよ」
神子にも学校とかあるんだな。七年って小学校より長いじゃん。神子もなかなか大変だな。試験まであるなんて。
ああそういえば、もう一つ気になることがあった。
「神力ってなんなんだ?」
今まで何回も出てきてるけど、けっきょくなんなんだよ。
「神界の王神様たちが持ってる力のことだよ。ようは神としての力のことだね。これが大きければ大きいほど、神界での位が高くなるんだ。選抜試験に合格した神子は、ゼウス様から神力を与えられて、願いごとを叶える力を手にすることができるんだよ」
そういや神力アイテムは神力が込められた道具だって言ってたな。神子のためにゼウスが作ったとか。つまりは神の力。そのまんまの意味ってことか。
「じゃあレナもゼウスって人からもらった神力で葉介の願いを叶えるってことね」
「はい! ゼウス様から神力をもらった瞬間……神子になれたって実感が沸いたんですよ! 嬉しかったですね~」
確かに、そのために生まれた神子にとって、最高の名誉なんだろうな。レナは本当に嬉しそうだ。神子の仕事を誇りに思ってる。そんな感じだ。まだ初めての仕事だけど。
「……」
瑠璃の膝にいるカールが、少しだけ表情を暗くした気がした。でも気がしただけだし、猫の表情とかわからんから気のせいだろう。ていうかどうでもいい。猫畜生の表情とか。よく考えたらいつもあんな不機嫌そうな顔だったな。
「そういえばさ、葉介が願いごとを決めるまで、レナはどうするの?」
「どうするって……なにがですか?」
「泊まるところとかあるの?」
「……」
レナがカールをちらりと見た。
「基本的にゼウス様は放任主義だよ」
「放任主義ってなんだよ?」
「自分でなんとかしろってこと」
なんて適当な上司だ。
「いちおう、最低限の人間界のお金は支給されてるけどね」
「え? そうなんですか?」
「君が飛び出してっちゃったから、僕が預かってるよ」
最低限ってことは、一か月もホテルとかに泊まるほどはないだろうな。そもそも俺がどのくらいで願いを決められるかなんてわからないし。
「レナさん……ウチにいればいいんじゃない?」
俺が考えていたことを、瑠璃がさきに提案してきた。
うちは俺と瑠璃しかいないし、空き部屋もある。レナ一人ぐらいならどうとでもなるんだ。願いを叶えてもらうんだし、その間の生活ぐらいは支給してあげないと罰が当たりそうだ。
「えっと……いいんですか?」
レナが俺の顔を見てきた。答えは決まってる。
「当たり前だろ。むしろ俺の部屋で一緒に寝ても……いや、なんでもない」
瑠璃と雫が怖い目で見てる。雫にいたっては本気の殺気を放ってるし。欲望をそのまま吐くと命に関わりそうだ。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
「あ、僕の寝床もよろしくね。ちゃんとした布団じゃないと眠れないから」
うるせぇな。お前なんか座布団で充分だろうが。百均で買った座布団でもやるよ。
「ようし! じゃあレナの着る服は私に任せなさい!」
なんか雫がすごく張り切ってる。手を握り締めてガッツポーズしながら勢いよく立ち上がった。でも言ってる意味がよくわからない。
「なにがだよ?」
「だってレナ、その服しか持ってきてないんでしょ? いくらなんでも町中じゃ目立つわよ? ずっと同じ服ってわけにもいかないだろうし」
そういえば、レナは鞄とかなにも荷物を持ってなかった。あるのはスマートバンクだけか。もうちょっと準備してから来ればよかったのにな。
まぁ確かに、今着てる神子の服(なのか?)は見た目はただのコスプレみたいな服だ。あれで町を歩いてたら注目の的だろう。そもそも寝にくそうだし。
「明日、家から適当に服を持ってくるわ。そしたらレナの着せ替えパーティよ~♪」
そっちが本音かよコラ。台詞に音符マークが見えるぞ。楽しそうだなおい。
話がまとまったところで、瑠璃が大きな欠伸をした。まぁそろそろ夜十時近い、眠くなってきてもいい時間だ。
「瑠璃、さっさと風呂はいって寝たほうがいいぞ。雫に引っ張りまわされて疲れただろ?」
「え? そ、そんなことないよ……」
否定はしてるけど、明らかに瑠璃は疲れてる表情だ。新しく入学した学校。それだけでも神経を使うんだ。それに加えて雫の激しいスキンシップ。夕飯まで作ってるし、さすがに疲れただろう。純粋に気遣う俺がいる。
「じゃあ三人でお風呂入ろうよ~」
「お前は帰れよ」
「……」
「なんでもないです」
おかしい。家の主は俺のはずなのに。なぜ逆らえない。なんか、瑠璃がさらに疲れそうな気がするのは俺だけか?
「お風呂ですか? 人間界のお風呂ってどんなのなんでしょうね~」
「私は神界のお風呂のほうが気になるけどね。まぁ早く行こ行こ!」
「し、雫さん……引っ張らないで……」
雫に引っ張られて、レナと瑠璃は風呂場へと連れて行かれた。
……ていうかそれこそレナ、今着替えあるのかよ。
いや、ワイシャツ一枚で寝るとかそういうパターンもありだ。むしろ大歓迎。
「全く、騒がしい家だね」
「賑やかで楽しい、ぐらいに言えよ」
くそ。この生意気な黒猫と二人きりになっちまった。俺も一緒に風呂入ってこようかな。雫に殺されるけど。
「……お前、ゼウスって奴のお世話係だったんだっけ?」
「ゼウス様、だろ」
「……使い神ってそういうもんなのか? お世話係とかお目付け役とか」
「まぁそうだよ。基本的に王神様が補佐役で生み出した存在だよ」
アニメとか漫画でよく聞く、使い魔と同じ感じか。
……もう少し愛想よく作れなかったのか?
「そんな小さなこと気にしてないで、君はさっさと願いごとを決めればいいんだよ」
「……最長で一か月って例があったんだろ? だったら別に急がなくてもいいじゃん」
「……まぁ別にいいけどさ」
カールは俺からぷいっと顔を背けてから、
「長く一緒にいればいるほど……辛くなるのは君たちだよ」
「は?」
「なんでもないよ」
なにかぽつりと言った。
でもその意味が俺にはよくわからなかった。