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神子の恩返し  作者: 天天
『雫』パート
49/63

story7「お揃い」

 赤ヶ丘高校、第三十回文化祭。

 ……ウチってまだできてから三十年程度だったのか。学校として、古いのか微妙だな。

「葉介。お客さんたくさん来てますよ~」

「予想以上だな。まだ始まってから三十分も経ってないのに」

 午前十時から開始の文化祭。まだ三十分も経ってないのに、ウチのクラスの外にはかなりの人だかり。まぁ……主に男子だけどな。女子もちらほら見える。本当に男子のコスプレ狙いなんて居るのか?

「どぉだぁ? 俺の狙いは間違ってなかっただろ?」

「ドヤ顔するとこれだけムカツク顔も珍しいな。吸血鬼」

「わりといけてね?」

 吸血鬼のコスプレをした浅賀がムカツクドヤ顔をしてる。本人は意外とご満悦だけど……もうなんか、ただのチャラくて痛い兄ちゃんにしか見えん。

「女の子に『血をいただく』って言って首筋にキスしたらイチコロじゃね?」

「警察に通報されても俺たちの名前は出すなよな」

 本当にやったら締め出して俺たちは無関係ですオーラ出すからな。

 まぁ俺は俺で……執事服なんて着せられてるわけなんだが。すっげぇ窮屈なんだよこの格好。でも女子たちに絶対脱ぐなって言われてるし……。

 まぁ仕方ない……文化祭の間だけの辛抱だ。

「そろそろ客入れるか。レナは最初からシフト入ってたよな? 始めが肝心だからよろしく頼むぞ」

「任せてください! 一生懸命おもてなししますよ!」

 レナにおもてなしされる客が羨ましすぎる。後で絶対、俺も客として行ってやる。

 今言った通り、始めが肝心だからな。最初のシフトはレナを始めとした、クラスの可愛い女子で固めてある。まぁそもそも、ウチのクラスの女子って大体可愛いけどな。その中でも選りすぐりのってことだ。

「あれ、雫は?」

「さっき着替えてたので、もうすぐ来ると思いますよ」

 今頃着替えてるのかよ……さっきまで、コスプレしたクラスメート女子たちの写真撮りまくってたからな。

「鳥海のコスプレか……ぐふふ」

「ただひたすらに気持ち悪い顔すんな」

 その顔でぐふふとか、犯罪者にしか見えないっての。

「あ、来ましたよ!」

 レナが指さす先には、クラスの女子に囲まれた雫が居た。

 ……神子ならぬ。巫女の服を着た雫が。

「動きづらくない? これ」

「似合ってるよ~。鳥海さん、やっぱりスタイル良いから!」

 本人は着心地あんまり良くなさそうだけどな。巫女服って着慣れてないと動きづらそうだし。

「天坂。巫女服ってよ、意外と体系がモロに出るんだぜ。ありゃやべぇ……想像以上だ……」

「今年一番でどうでも良い情報をありがとよ」

「……まさか下着はいてないんじゃないのか!? 巫女さんって確かそうだろ!?」

「んなわけねぇだろ」

 こいつは一度捕まったほうが世の中のためかもしれないな。

 確かに破壊力は抜群かもしれないけど。体のラインがモロに出てるし、ポニーテールが巫女服にすごく合ってる。元々の容姿もあるし、かなりの存在感。

 ……不覚にも可愛いって思っちまった。

 まぁ雫も外見だけなら激美少女の類だからな。幼馴染で昔っから一緒に居ると感覚麻痺してくるけど。

 そうだよな……可愛いんだよな……雫は。

「……なに見てんのよ?」

 邪気を悟られたらしい。めっちゃ睨まれた。こうなるとただ怖いだけだ。

「雫に見惚れてたんですよね~。葉介は」

「そ、そんなんじゃないやい」

 俺は誤魔化そうとして、わざとふざけた言い方をした。だけど、

「……ふ~ん」

 雫はそれ以上なにも言わないで、少しだけ嬉しそうに笑った。

 ……? コスプレして女子に囲まれてるのが嬉しいのか?

 そして俺は眼中にないってことか。俺が見惚れてようがどうでもいいってことか。

 ちくしょう。



★☆★☆★☆



「追加の飲み物持ってきたぞー」

「おう。そこ置いてくれ」

 開始から二時間。ちょうど昼時ともなって、客が増えてきた。軽食しかないはずなのに、コスプレを見るついでになにか食べようって奴が多いんだ。眼福と同時に満腹ってか? こっちは忙しくなるだけだ。

「レナ。そろそろ交代だろ? ちょっとは休んでおけって」

「葉介だって休んでないじゃないですか。私だってまだまだ大丈夫ですよ!」

 と言っても、俺は別に接客してないからな。接客で動き回ってる女子たちは疲れるだろうに。けっきょく男子はコスプレを一応してるものの、裏方ばっかりだし。

「葉介。コーラの在庫ないわよ」

「ああ。今追加持ってきてもらった」

 巫女服で動きにくいはずなのに、雫は意外と俊敏に仕事をしてる。接客としてはまぁ……男と女で落差がひどいけど。女の子には全力でスキンシップ取りながら接客。男には罵倒がたまに混ざりつつ、適当に接客。でも男にはそれがなぜか大人気。男ってのは本当に悲しい生き物だな。

「あ」

 雫の目が、キラキラと輝きだした。その視線の先には……。

「霜! こっちよこっち!」

 キョロキョロと、おどおどとして教室を外から覗いていた霜が居た。

 ……うん。キョロキョロとおどおどが×2。後ろには全く同じ仕草で教室を覗いていた瑠璃が居た。

「瑠璃までなにやってんだ?」

 二人を裏方に連れて行く。なんで二人が一緒に居るんだよ。

「昇降口で会って……霜ちゃん、迷ってたみたいだから、連れてきてあげたの」

「なるほど。ていうか瑠璃、お前自分のクラスは?」

「ウチは休憩所だから……やることないんだよね」

 おい。高校で初めての文化祭で休憩所て。

 まぁでも、その分好きに見て回れるから、それもありなんだよなぁ。

「ってことは、瑠璃ちゃんもコスプレできるってことね」

「え?」

 ギラリ……と、雫の下心センサーが瑠璃をターゲットにした。

「念のため、瑠璃ちゃんの衣装も選んでおいてよかったわ~」

 選んでたのかよ。抜け目ない奴。

「じゃあ霜も瑠璃も着替えましょう! こっちですよ~」

 何気なく、レナはそう言って二人を更衣室に連れて行こうとした。

 それなのに……。

「レ、レナ!」

 雫がほとんど怒鳴るような声で、制止した。

「は、はい?」

「……霜は私が着替えさせるから、レナは瑠璃ちゃんを手伝ってあげてくれる?」

 雫が霜の手を引いて、更衣室とは反対の方向へと出て行った。

「雫! 更衣室はこっちですよ」

「大丈夫よ。私たちは女子トイレで着替えるから」

 半ば強引に、雫は霜を連れて行ってしまった。

 ……なんだ? なんかおかしかったな。別々に着替える理由なんてないだろう。いつもの雫ならむしろ「みんなでお着替えよ!」ってノリノリでいきそうな気がするけど。

 ……霜の着替えを見られると不味いことでもあるのか?



★☆★☆★☆



「……」

 時刻は午後三時を回ったところだ。俺はこのあと、しばらくシフトに入ってない。まぁシフトに入ってても、俺は裏方だけど。

 つまり……客としてレナにおもてなししてもらうチャンスなわけで。さっそくこうやって客として席に着いてるわけなんだが。

「お待たせいたしました~」

 抜群の笑顔で、俺が注文した抹茶ココアを運んできてくれたレナ。

 ……うん。いいね。

「レナ。様になってるな」

「もう慣れました~。楽しいですね! おもてなしって!」

 ただでさえ可愛いレナが、神子服で可愛さ倍増。周りの客がちらちらとレナのことを見てる。こっちに来てくれないかな? と期待を込めた目で。

 残念だったな……俺に抹茶ココアを持ってきてくれたのが、レナの最後の仕事だ! レナもこの後、しばらくシフトから外れてるんだ。

「レナ。この後シフトから外れるだろ? ちょっと校内を見て回ろうぜ」

「はい! 他のクラスはどんなことをやってるんでしょうね~」

「瑠璃と霜も一回解放してやるか」

 もはやそこいらのウチのクラスメートよりも仕事してるし。

 ちなみに、瑠璃と霜は王道ストレートなメイド服だ。こうやって見ると、まるで姉妹みたいだな。瑠璃は家で家事をやってるから慣れっこだけど、客の前に出ると顔真っ赤で恥ずかしがってる。でも、それがむしろ受けてる。男女問わず。霜は霜であのきょとんとした子供みたいな表情がたまらないみたいだ。たまーに見せる小さい笑みにやられる客も多い。こっちも男女問わず。

「さてと……」

 抹茶ココアを飲み干したところで、雫のところに向かう。

「雫。俺とレナはしばらくシフトから外れるから、瑠璃と霜を連れて校内回ろうと思うけど、お前はどうする?」

「行かないとでも思ってる?」

 ですよね。でもお前の許可無しに霜連れて行ったらあとが怖いんだもん。

 後のことをクラスメートに任せて、しばしの自由時間。

 文化祭の醍醐味はクラスの出し物だけじゃない。校内をこうやって周るのも文化祭の楽しみだ。

「両手に持ちきれない花だわ……」

「じゃあ俺にくれ」

「あんたにあげるぐらいなら無理やりにでも持って愛でるわ」

 愛でるて。

 持ちきれない花ってのは言うまでもなく、レナ、瑠璃、霜のことなんだけど。

 まぁ傍から見たら、俺も美少女四人に囲まれた、それこそ両手に持ちきれないほどの花なんだけど。しかもコスプレしてる。そのせいか、

「めっちゃ視線が集まる」

 視線がすっげぇ気になる。

「人間の格差を目の前にしたらこんなもんでしょ」

「……ん? もしかして、今俺罵倒された?」

 格差って俺がめっちゃ下ってこと? 釣り合ってないってこと? それはそうかもしれないけど、もう少しオブラートに包め。

「瑠璃! 霜! たこ焼き食べませんか!」

 こういうイベントでは定番のたこ焼き。シフトから外れるとき、クラスメートが買って来てたのを一つもらってきたんだ。レナは爪楊枝でたこ焼きを刺すと、瑠璃と霜の口へと押し込んだ。

 ……ていうかそれ、出来立て熱々じゃ……。

「~~!?」

 案の定、瑠璃はものすごい熱がってる。そりゃそうだ。出来立てのたこ焼きを口に押し込まれるとか、どんな罰ゲームだ。どこぞの芸人じゃあるまいし。あれは熱々おでんだけど。

「……」

 対して、霜は表情を変えず、たこ焼きをじっくりと噛んで味わってるように見える。熱くないのかな……レナが手にもってる残りのたこ焼きを見ても、ホカホカと湯気を立ててるんだけど。

「美味しい、です……」

 目を輝かせる霜。どうやらたこ焼きをお気に入りらしい。

「ですよね! もっと食べていいですよ~」

「レナ。瑠璃は苦しそうだから自重してあげて」

 尚も瑠璃の口にたこ焼きを押し込もうとするレナを止める。瑠璃、涙目だから。

「葉介。焼きそば買ってきてよ。確か三年生のどっかのクラスでやってたから」

「お前は当たり前のように俺を足で使うんじゃねぇよ」

「そのためにあんたも一緒に居るんでしょ?」

 あれ? 確か誘ったのは俺だった気がしたけど、夢幻だったのかな。雫の脳内都合良い変換じゃなくて、俺がおかしいのか。そっかそっか。

 ……ちくしょう。

「食べ物って、他にどのぐらいやってるんですかね?」

「んー……たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、フライドポテト、他にもあったけど……俺も全部把握してないな。お祭りにあるようなのは大体あったけど」

「綿飴もありますかね!」

 そういやレナは綿飴がお気に入りだったな。夏祭りでやたらと食べてたし。

「綿飴は焼きそばの隣にあるみたいだよ」

 熱いたこ焼きに口をやられた瑠璃が、水片手にパンフレットを取り出した。まだ涙目だ。

「おぉ。さすが瑠璃。パンフレットなんて物を持ってるとは」

「私は周るだけの予定だったからね……」

 えーっと、焼きそばは中庭で三年B組がやってるみたいだな。綿飴はその隣で三年D組がやってる。

「じゃあ俺とレナは焼きそばと綿飴買いに行ってくる」

「レナが行くなら私たちも行くわ」

 お前、さっき人を足で使おうとしたくせに、レナも行くとなったとたんにこれかよ。しかも何気に『私たち』って瑠璃と霜も入れてるし。

「ていうか、飲食店は大体中庭に集まってるな」

「本当に学校でやるお祭りみたいですね! すっごくテンション上がります!」

 おぉ。レナからテンション上がるなんて言葉が出てくるとは、相当楽しいんだな。

「……」

「霜? どうしたの?」

 中庭に行く途中、一階にある多目的室でやってる『的当て』をじっと見つめる霜。

 いや、正確には景品の中にある……ヘアゴム? だっけ。女の子が髪を束ねるのに使うゴム。レナで言うリボンだな。二つセットで、黒いゴムに三日月の飾りが付いてる。

「……」

 尚もじっと見つめる霜。まるで子供が欲しい物の前から動かないかのように。

「……霜。任せなさい」

 その気持ちを悟ったのか、雫が動いた。

 一回二百円。手作りの的に番号が書いてあって、それをおもちゃの銃(丸い玉が飛び出すやつ)で落とせば、同じ番号の景品がもらえるらしい。

 ……でもよ。雫。

「……」

 ものの見事に、雫の玉は全弾外れた。五発も撃てるのに。

 こいつ、こういうの苦手だもんな。夏祭りでもムキになってたけど、なにも取れなかったし。

「お、お姉ちゃん……いいです。私、いりません……」

「いえいえ! 霜のためだもん……いくらかけても絶対に!」

 気合いだけは認めるけどな。たぶん、お前だとそれこそいくらかけても取れないと思うぞ。

「どいてろって」

 雫を押しのけて、店番生徒に二百円を払う。

 こういうの当てればいいわけじゃない(雫は当たってもいなかったけど)。当てる場所と的の角度。それを計算すれば……。

「よっと」

「……」

「てい」

「……」

「そりゃ」

「……」

 うん。店番生徒の目線が痛いな。

 そりゃそうだ。五発で五個の的を落としたんだから。

「葉介すごいです!」

「お兄ちゃん、こういうの得意だもんね」

 得意って言うか、理屈がわかればある程度は取れる可能性は誰でも高くなると思うけど。

「ほれ」

 ヘアゴムを雫に手渡す。

「……あ、ありがと」

 お? 雫が俺に素直に礼を言うなんて珍しい。いつもならもっと噛みついてくるのに。それだけ霜に取ってあげたかったってことか。

「他のはレナと瑠璃にやるよ」

「ありがとうございます!」

「ありがとう」

 他の四つはぬいぐるみとかだったからな。俺が持ってても仕方ないし。ぬいぐるみ大好き二人組にあげよう。

 雫はさっそく霜の髪を整え直してあげてる。元々着いてたヘアゴムを一度取って、サイドポニーを作り直す。

「できた! 霜可愛すぎ~」

 デッレデレだな。目の中に入れても痛くないってのはこういうことを言うんだろうな。

「……」

 自分の髪を何度か触ってから、霜は余っていたもう一つのヘアゴムを手に取った。ああ。そういや二つセットだったな。

「え?」

「お姉ちゃんもやってあげます」

 雫のポニーテールを一度解き、ヘアゴムで作り直す霜。サイドポニーとポニーテール。同じヘアゴムでお揃いになった。

「お揃い、です」

「……」

 もしかして、雫とお揃いにしたかったから欲しがってたのか?

 その霜の気持ちを悟った雫は、ハートを全力で出しながら霜を抱きしめた。

 ……そういえば、昔も二人はお揃いのヘアゴムをしてたな。小遣いを出し合って買ったって、嬉しそうに俺に報告してた。

 見れば見るほど……。

 この子は霜なんだって、そうとしか思えなくなってくる。

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