story6「文化祭前日」
「……」
警察が来て、かなりの大騒動。なんか前にもこんなことあったな。ああ、あれだ。瑠璃が車に轢かれそうになった子供を助けようとして、それを俺が庇って……そのときはレナが神力アイテムで助けてくれたんだ。
今回も幸い、怪我人は無し(運転手は軽い怪我。まぁ自業自得だ)。警察には軽く事情を聞かれただけだった。霜が片手で軽自動車を止めたのは……はっきりと瞬間を見たのが俺とレナだけだったから、そんなに追及されなかった。
それはいいんだけどさ……。
「レナ。俺はなんで殴られたんだ?」
「え? さ、さぁ……」
霜を迎えに来た雫が、出会いがしらに俺の右頬に一撃放ってきたんだけど。
「霜を危ない目に合わせた罰」
「……お姉ちゃん。葉介君は悪くないです」
「いいのよ霜。こういうときは男が責任を取るものなの」
なに、そのとんでも理不尽理論。
「大丈夫ですか? 葉介」
「大丈夫じゃないからぎゅってしてくれ」
「もう一発いくわよ? 今度は腹部に」
暴力反対。一方的な暴力はいじめだぞ。
「でも、霜すげぇな。車を止めるとか」
「可愛いからね」
関係ねぇだろ。
「ゴーレムだから身体能力が高いって先輩が言ってましたね」
「護衛が目的だから、危害を加えられるような仕様じゃないって言ってたな」
つまり、守るってことに関してはすごいってことか。
それにしても……車を止めるとか、相当の身体能力だぞ。それこそ『高い』ってレベルじゃないほど。
……まぁいっか。結果として、小学生たちは助かったんだし。
「あ、そうだ。ここに居るなかで、ゆういつ、すごく、どうでもいい存在の葉介」
「その言い方はいじめととっていいな?」
PTAに訴えてやる。
「文化祭で使う衣装、無償で譲ってくれる人を見つけたわよ」
「衣装って、コスプレの?」
無償? マジで? そんな気前の良い人がいるのか。
「お母さんの友達に、ディスカウントショップやってる人が居て、売れ残ってるいろんな衣装が何十着もあるんだって。処理に困ってるから、どうせなら使ってもらいたいって」
「おーマジか。それはぜひお願いしたい」
よし。一番の難題だった衣装がなんとかなりそうだ。
「じゃあ明日の放課後にさっそく行くわよ」
「ん? お前も来るの?」
「当たり前でしょ」
まぁ俺はその人のこと知らないし、仲介してもらう意味でも雫は居たほうがいいか。
「霜とレナに似合う衣装を先手必勝で選ぶんだから」
それが目的ですか。
「ていうか、レナならその必要はないぞ」
「……ん? どういう意味よ。もしかしてあんたがもう選んでるとか言うんじゃないでしょうね? レナにどんな格好させる気よ。返答によってはここで今すぐあんたの命を取るけど」
あの……この人マジで怖いんだけど。
「私は自分で衣装を作るんですよ~」
「え? そうなの?」
「はい! 神子のときに着てた服を作るんです! 葉介が一番私に似合うって言ってくれたんですよ~」
あ、レナ。一言多いよ。
「……」
無言で俺にギラリと目を向けてくる雫。これだともう俺が衣装選んだのと同じだもんな。俺の命取られる?
「……」
雫は俺に向かってグッドサインをしてきた。
……いいのかよ。けっきょく自分も見れればなんでもいいんだな。神子服は雫にとってもツボだったのか。
「……私の衣装?」
霜が頭に?を浮かべる。いきなり自分が話に出てきたんだから当然か。
「霜も文化祭でコスプレするのよ~」
「コスプレ?」
霜が浮かべる?が増えた。つーか、雫声でかいんだよ。コスプレコスプレ何回も連呼すんな。
「可愛い格好をするってことですよ~」
「可愛い格好……」
コスプレ=可愛い格好。すっかりそれが定着。まぁわかりやすくていいんだけど。
「……はい。私も、可愛い格好したいです」
霜独特の微笑。可愛い。
でもその可愛さに一番反応したのは俺じゃなくて、
「任せて! 私が霜の可愛さを引き出す最高の衣装を選んであげるからね!」
雫だった。男より欲望全開な奴だ。
「んじゃあ明日の放課後に衣装をもらいに行って……それから喫茶店の装飾を決めないとな。飲み物は市販のを入れ替えるだけでいいけど……喫茶店だから軽食もないとな。教室で火は使えないから……家庭科料理室のコンロを何個か借りれるように交渉しないとな」
「葉介。やる気満々ですね~」
「人間。やらなきゃいけないときは嫌でもやる気になるんだよ」
運営委員になっちまったからには、それなりに動くしかない。
去年のクレープ屋は外でやったから、教室よりは火を使いやすかった(それでも交渉大変だったけど)。でも今回は料理を作るとなると、やっぱり家庭科料理室のコンロのほうがいい。
「装飾は男子でやるとして、軽食は女子に考えてもらうか。女子のほうがお洒落なメニュー考えれそうだし」
「楽しくなってきましたね~」
……楽しく、か。
まぁ確かに、学校生活にとって学園祭ってのは大事なことかも。
どうせなら楽しまないとな。
★☆★☆★☆
「……楽しく、か」
やべぇ。めっちゃ忙しい。
あっという間に文化祭前日。おかしいな……まだ二週間あると思ってた頃の俺はどこへ行った……。
教室の装飾。メニューの最終確認。店を回すシフト。前日は確認することでいっぱいだ。あり得ない忙しさ。喫茶店なんてやっぱりやるもんじゃないな。
「葉介。メニューの確認終わりましたよ~」
「おー、サンキュ……う?」
思わず変な声が出る。だって……レナが……。
「なんでもう神子服着てるの?」
「明日まで待ちきれなくて~」
瑠璃と一緒に時間をかけて作った神子服。完全に、神子だったころの服を再現できてる。家で何回も着て見せてもらったけど、うん可愛い。俺の選択は間違ってなかった。
「レナさん可愛いね~」
「なんのコスプレなの?」
レナを取り囲むクラスの女子二人(佐山さんと倉島さん)。すっかりクラスに打ち解けたレナ。うん。これは嬉しいことだ。
……ていうか、二人もコスプレしてるし。(佐山さんは魔女。倉島さんはお姫様)
「神子ですよ!」
「みこ? 巫女さん?」
「あー……説明すると長くなるから、可愛ければすべてよしってことで」
ていうか、説明してもわかんないだろうし。
ふー……とりあえず、ひと段落だ。一休みしよう。
「一回休憩しようぜー。もう外も暗くなってきたし。用事がある人は帰ってもいいからなー」
もう夕方六時近いし、暗くなってくるのも無理はない。だいぶ日が短くなったな。こんな時間にこれだけ学校が賑やかなのも、文化祭のときだけかも。ほとんどのクラスが準備で残ってるからな。
「よう! お疲れさん!」
「なんだ、浅賀か」
「なんだとはなんだ。この素晴らしい企画を提案した功労者に対して、その反応はひどいだろ」
「逆に言うと提案しただけで、あとは大したことしてないだろ」
今も目の前に居る女子三人のコスプレを鼻の下伸ばして見てるし。
「それにしても、よくこんだけの衣装が集まったな」
「雫の人脈で」
「女子全員に着せても余るし、客にも着せるか? コスプレ体験コーナーとかでよ?」
「生徒会に捕まったらお前を差し出すからな?」
ったく、こいつは欲望で動きすぎだろ。そこは雫と良い勝負だ。
「そういえばさ、男子もコスプレするんでしょ?」
突然の佐山さんからの一言。
「「え?」」
俺と浅賀の声が重なる。
「だって、コスプレ衣装の中には男子が着るやつもけっこうあるよ? それに、女子だけコスプレして男子がしないのは不公平じゃない?」
「だよねー」
た、確かに……明らかに男用の衣装もあるけど、そんなの考えてもなかった。男子がコスプレするなんて。
「いや、それは誰得って言うか……誰も喜ばないし」
「だ、だよな? 俺は女の子のコスプレ見れれば満足だし……」
浅賀、本音出てるぞ。
「葉介はこれなんかどうですか?」
レナ! なんでそんなに俊敏に俺の衣装を見つけてきてるんだ! ノリノリで!
「あ、俺ちょっと仕事があったんだ。これで失礼!」
あ!? 逃げやがった! 浅賀の野郎! あとで殴る! 大体お前に仕事がないのは俺が一番よく知ってる!
「って、なにこれ?」
「執事服みたいだね」
「葉介に似合いそうですよ~」
執事服って……俺に一番似合わなそうなジャンルだよ。そんなの、いくらレナのおすすめでも、恥ずかしく着れない。
「い、忙しいから……さぁて仕事仕事!」
「たった今、休憩にしようって自分で言ってたじゃない。天坂君」
「……」
一分前の俺。ふざけんな。
「でもさ、天坂君に執事服ってどうなのかな?」
「うーん。ルックスは普通だしね。チャライだけの浅賀君よりはいいかもだけど」
浅賀と比べられるのがすげぇ嫌だな。
「ルックスってなんですか?」
「格好良いか悪いかってことだよ。レナさん」
「よ、葉介は格好良いですよ! 葉介が格好悪いなら、格好良い人なんていません!」
あ、あれ? レナにフォローされてるんだけど。嬉しいような……嬉しくないような……。
「もーう、格好悪いなんて言ってないよ。そんなこと言っちゃうレナさん可愛いなぁもう!」
「抱き付いちゃえ! ぎゅってしちゃえ!」
「きゃっ!?」
……お? これって逃げるチャンスじゃん。そろりそろり……ゆっくりと確実にこの場を……。
「……おい。なんで扉を閉めた?」
廊下の外にいたクラスメートの男子共が、まるで俺が外に出るのを拒むかのように、扉を閉めた。
「「お前が逃げると俺たちに被害が来るだろうが」」
こ、こいつら……心が一つになってやがる。
「……」
背後から邪悪な気配。さ、寒気が……。
「それ! 剥いちゃえ!」
剥いちゃえ!?
レナ、佐山さん、倉島さんが素早い動きで俺の制服をつかんできた。
「私たちは上を剥くから。レナさんは下をお願いね」
「了解です!」
「了解しないで! え? ちょっ!? マジで!? マジで俺の制服つかんでるよね!?」
「シャツなんか脱いで脱いでほらほら」
「意外と少し筋肉あるね。男の子ってこんなもんなのかな?」
「あ、葉介。今日は可愛い系のパンツですね~」
「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
剥かれた……マジで剥かれた……女子三人に……。
もう嫌だ……お家帰りたい……。
★☆★☆★☆★
「……」
ガチ泣きしてる俺を見て、剥いた張本人の女子三人は「おぉ~」と声をあげる。
もう一回言おう。俺、ガチ泣きです。
「葉介! 似合ってますよ~」
「うん。正直全く全然似合わないと思ってたけど、意外と似合ってるね」
「そうだね。意外と……執事服。意外と似合ってるよ。天坂君」
意外とって褒めてんの?
「窮屈……脱いでいい?」
「ダメ。脱ぐんならパンツ一丁で居てね」
「明日もちゃんと着てね」
「格好良いから大丈夫ですよ!」
もはやいじめだろ。
制服だって窮屈なのに、執事服ってのはあちこちがピシッとした作りだから肩が凝りそうだ。脱ぎたい……でも脱いだらパンツ一丁だし……。
「お客さんの中には、その格好でもてなしてほしい人が居るかもよ?」
「あ! 私もお客さんとして行きますよ!」
「よし。じゃあ俺も客としてレナにもてなしてもらいに行くから覚悟しておけよ」
よし。これでレナのところに客として行く理由ができた。怪我の功名とはこのことだ。そのぐらいのメリットあってもいいだろ!
「葉介。料理の材料買い込んできたけど、とりあえず家庭科料理室に一つ冷蔵庫を借りたからそこに……」
ひょっこりと教室に入ってきた雫が、俺の格好を見て、何とも言えない、微妙なものを見るような目を向けてきた。
本当に、興味はないけど、目に入っちゃったからとりあえず情報として脳に取り入れないといけないなぁ程度の感じで。
「へぇ。意外と似合ってるじゃないの」
意外とばっかりなんだけど。やっぱ褒めてないよな?
「それともそれは私に順々に従うって現れなわけ?」
「なんでやねん!」
「まぁどうでもいいわ」
最終的にどうでもよくなっちまったよ。ちくしょう。
「買い込んだ材料。家庭科料理室に冷蔵庫を一つ借りたから、そこに全部入れたわよ。入らない分はクーラーボックスを持ち寄ってくれるように頼んだから、それで足りるでしょ。飲み物は一番出るだろうから、余るぐらいがいいと思ってたくさん買ってきたわよ。食器も割れにくいプラスチック製のを100円ショップで買ってきたから。調理器具は確保したし、料理も何度も確認して作ってみたから大丈夫そうね」
「……お前、意外と仕事するな」
「意外と?」
お前も俺に言っただろ。お返しだ。
でも実際、雫一人でかなり仕事をこなしてくれた。クラスにこういう奴が一人居ると助かるな。なんだかんだで、その時になれば動いてくれる奴。
「雫はどんな衣装を着るんですか?」
「え?」
レナの質問に、雫は心のそこからの「え?」を出す。
「……ああそっか。私も着るんだっけ」
「当たり前だろ」
なんで自分のことをすっかり忘れてんだよ。
「正直、私のことはどうでもいいのよねー」
「えーもったいないなぁ。鳥海さん、スタイル良いのに」
「ちょっと露出の多い衣装を着ればお客さんいっぱい入ると思うよ!」
「やめて。俺が生徒会に叱られる」
女子はそういう衣装禁止。それが生徒会に言われた条件だから。
「だって……みんなの可愛い衣装が見れればそれでいいんだもん!」
雫が不意打ちで佐山さんと倉島さんに抱き付いた。女の子には見境ないな。なんかこれ見てると……同じ欲望なのに、男ってだけで嫌煙される浅賀が惨めだな。
「……ん?」
ふと窓の外から視線を感じた気がした。
……そんなわけないか。ここ二階だぞ。
念のため、窓から周りを確認してみる。けど、やっぱり誰も居るわけない。
「……気のせいか」
なんか……さっきの感じ、前にもどこかで感じた気がするな。
嫌な感じがする、悪寒。
★☆★☆★☆
「……へぇ。本当に神子が人間に生まれ変わってるんだね」
校舎を見下ろす一つの影。
その目は、クラスメートとはしゃぐ、レナのことをじっと見つめていた。
嫌悪と、羨ましさが混ざる感情で。




