story5「どうすれば」
「……決まらないな」
六限目のホームルーム。文化祭の出し物について話し合いをしてるんだけど……これでもかってぐらい決まらない。運営委員の俺とレナがまとめようとしても、四十人もいるクラスは簡単にまとまらない。やる気ないくせに、自分勝手な意見ばっかり出してくるし。
「葉介、去年はなにをやったんですか?」
クラスメートたちがそれぞれ話し合いをしてる中、レナが俺に聞いてきた。うーん、去年か……確かに参考になるかもしれないけど。
「去年はクレープ屋をやったんだけどな。飲食店はけっこう大変だぞ? 火とか使うと生徒会からの規制が厳しいし。材料費は大体生徒会からの支給額じゃ足りないから、クラスで費用を集めなきゃいけないし。買い出しにコキ使われるし」
あ、最後は俺の愚痴だったな。
まぁ去年はクレープ屋で、クレープの生地ってけっこう焼くの難しくて、失敗作を山ほど食べさせられたし。安売りの店を探して卵を買いに走らされたし。散々だった思い出しかない。
「みんなが楽しめるものがいいですよね~」
「うーん。まぁそうだな。楽しんでなんぼの文化祭だし」
これも青春の一ページとして見るなら、できる限り楽しいものにしたいのは当然だけど、運営委員って立場もあるし。
「ふっふっふ……ここは俺の出番のようだな」
変な笑いを浮かべながら、浅賀が教壇に上がってきた。念のため、レナを下がらせる。手を出しそうだし。まぁそんなことしたら雫に殺されると思うけど。
「浅賀。お前の戯言に付き合ってる暇ないんだけど?」
「戯言とか言うな。せっかく俺がこのだらだらと過ぎていく時間に終止符を打ってやろうって言うのによ」
嫌な予感しかしないけど、確かにこのままだらだらと時間が過ぎていくのも無駄だ。
「聞くだけ聞いてやるよ」
「ふっふっふ……いつまでそんな態度がとれるかな?」
だからその変な笑いをやめろって。
浅賀はチョークを手に取ると、黒板に大きな字でなにかを書きはじめた。どうでもいいけど、汚い字だな。
「俺はこれを提案する!」
浅賀が黒板に書いたのは……。
「……コスプレ喫茶?」
「おう」
ドヤ顔すんな。
「いちおう、理由を聞いてやるよ」
「コスプレはまさに文化だ」
「よし。席に戻れ」
「待て! 最後まで聞け!」
それこそ時間の無駄だと思うんだけど。
「お前はコスプレのすごさをわかっていない!」
「お前の欲望が詰まってるだけじゃねぇのか?」
「馬鹿め。今世の中コスプレブームだって言うのによ」
聞いたことねぇよ。そんなの一部の電気街だけの話だろうよ。
「お前も知らないわけじゃないだろ? 文化祭で一番の客動員数になったクラスに与えられる特典を」
「あんなの本当にあるのかどうか怪しいもんだろうが」
そもそも、休憩所とかやってるクラスもあるんだぞ? なにを基準に動員数トップを図ってるのかわからないしよ。
「一番になるとなにかあるんですか?」
「学校から商品が出るらしい。つっても、別に全校生徒の前で表彰とかするわけじゃないから、本当にもらえるのかどうかわかったもんじゃないよ。口で言ってるだけで、実はどこのクラスももらってないんじゃないかって言われてるし」
「馬鹿野郎。もらってないって証拠もないだろうが。だから! 俺たちが一番になって確かめるんだよ! そのためにはコスプレ喫茶しかねぇんだ!」
お前がコスプレ見たいだけだろ。
「いちおう聞いとくけど、コスプレ喫茶って客がコスプレするわけじゃないよな?」
「あたりめーだ。女子がコスプレしてもてなす喫茶店に決まってるだろうが」
男の欲望全開の喫茶店じゃねぇかよ。
「賛成!!!」
女でも欲望全開の奴もいたよ。ていうか雫、いつの間に教壇に上がってきてるんだよ。
「勝手に賛成するな」
「レナが可愛い格好しておもてなししてくれるなんて最高じゃないのよ」
真面目な顔でなにを言ってるんだこいつは? つーか、お前、客で来る気だろ。
「コスプレかぁ……」
「一度やってみたかったかも」
「うん。可愛い格好するならやってもいいかもね」
あれ? 意外と女子勢が乗り気だぞ。コスプレってその存在だけで嫌遠されがちだと思ってたけど、偏見だったのかな?
「コスプレって……可愛い格好をするってことですか?」
「まぁ……大まかに言えばそうかな。細かく言うといろいろあるけど」
「私も可愛い格好してみたいです!」
ああ……レナまで乗り気だ。まぁ別にみんなが乗り気なら、反対する理由はないんだけど。
「見ろ。俺の発言で流れが変わっただろうが」
「結果オーライって言葉がこれほど似合う状況はないけどな」
下手すりゃクラスの女子全員から総好かん食らってたぞ。
その後の話し合いで、けっきょくウチのクラスの出し物はコスプレ喫茶に決定した。まぁ最終的にできるかどうかは、生徒会から許可が出るかどうかによるけど。うーん……生徒会に「コスプレ喫茶やります!」とか言いづらいな。白い目で見られたらどうしよう。
「じゃあまぁ……詳細を決めるのは生徒会に話を通してからだけど。そもそも肝心のコスプレ衣装はどうすんだ? クラスの女子全員分ともなるとかなりの数だけど」
俺は言いだしっぺの浅賀に聞いてみた。まさかなんの考えもなしにそんな意見を言ってるわけじゃないだろう。少しは見解あっての……。
「ん? 知らね」
そのまさかだった。
「……よし。浅賀はあとで殴るとして、まぁいいや。また明日相談しよう。もうホームルームの時間終わるし」
「え? 俺殴られるの?」
「なにか質問ある人ー?」
浅賀を無視して、ホームルームを締めるためにお決まりの台詞をクラスメートに投げる。こう言っても、大体は質問なんてないんだけどな。
「はいはい」
と、思ったら……席に戻ってた雫が手をあげた。
「なんだよ?」
「コスプレ喫茶って、身内を参加させるのアリ?」
「……? 家族をコスプレさせるってこと?」
「そう」
なんでそんなこと聞くんだ?
どうなんだろうな……お客参加型の企画とかならともかく、客側を働かせる形ってありなのかな?
「相川先生。そこんとこどうなんですか?」
俺じゃ判断できない。横で欠伸していた相川先生に話をふってみた。
「ぶっちゃけばれないでしょ? 同意の上なら問題ないない~」
適当だな。おい。ばれなきゃOKって教師が言っていい言葉じゃない気がするけど。
「……」
ああ……そっか。
雫がなんでそんなことを聞いたのかわかった。
霜を参加させたいんだろうな。客としてじゃなくて、一緒に文化祭をやりたいんだろう。
「……それとなく生徒会に聞いてみるけど、まぁ先生がいいって言ってるからいいんじゃね?」
なにかあったら相川先生のせいにしよう。
「いよし!」
ガッツポーズの雫。嬉しそうだなおい。
★☆★☆★☆★
「なんとか通ったな……」
「よかったですね~」
放課後、生徒会にクラスの出し物を報告に行った。結果、なんとかコスプレ喫茶は出し物として認められた。ただし、女子の衣装で際どいのは禁止、らしい。そこだけ気を付ければ、まぁ大丈夫か……。
「可愛い格好するの、楽しみですね~」
「んー、やっぱ女の子ってそうなの?」
クラスの女子もやたらと乗り気だったし、女の子ってのは可愛い格好するのが好きなもんなのかね? 男にはわからない。
「それはそうですよ。可愛い格好をするだけですごく楽しくなりますよ!」
「へぇ……まぁやってる方も楽しくて、見てる方も楽しいなら万々歳か」
その見てる方が卑猥な目ばっかりだと思うけど。
「葉介はどんな格好が好きですか?」
「え? 俺?」
「はい! どんな格好が可愛いと思いますか?」
俺の趣味はどういう格好かってことですか? そんな自分の性癖を暴露するのと同列なこと言いづらいんだけど……。
んー……まぁレナがする格好で可愛いって言ったら……まぁぶっちゃけなんでも可愛いと思うけど。
「……神子の格好が一番可愛いと思うけど」
「え?」
「レナがするなら、神子の格好が一番可愛いと俺は思う」
人間として生まれ変わってから、神子の格好をしたことない。ていうか、そもそも神子の服がないんだけど。
「……可愛いんですか? 私の神子服」
「俺は好き」
「……」
あ、もしかして俺、ストレートに言い過ぎた? 引かれてないかな? 気持ちを純粋に吐き出しすぎたかもしれない。やっべ。
「あーあの……別に深い意味はないって言うか、なんなら今のは忘れてくれてもいいって言うか、そもそも別にレナは何を着ても可愛いって言うか……」
「……」
必死に言い訳する俺の言葉が耳に入ってない様子のレナ。あれ? どうしたんだろうな。そ、そんなに俺に引いたのか?
「……葉介が可愛いって言ってくれるなら、神子服、頑張って作ります!」
「え?」
「瑠璃に教わりながら、自分で作ってみます!」
神子服を作るの? そこまでしなくても……。
「別に俺の意見だから、そこまで尊重しなくても……」
「だって、葉介に一番可愛いって思ってもらいたいんですもん」
「え?」
「なんでもないです~」
……なんか可愛い発言があった気がする。思い出すと顔が赤くなりそうだからやめておこう。
「でもさ、神子服なら神界に行けばもらえたりするんじゃね? サンに頼めば」
「神子服は神子しか着れない神聖な服ですから、たぶん無理だと思いますよ」
ああ……確かに、人の願いを叶える存在である神子の象徴の服だからな。そんなにポンポンともらえないし、もらおうとするのも失礼か。
「それにもらえたとして、前に私が着ていた神子服と同じ服はないと思いますし」
神子服って神子によって少しずつ違うもんな。
「だから頑張ります! 楽しみにしててくださいね!」
「うん。めっちゃ楽しみにしてる」
レナが神子服でおもてなししてくれるのか。
……俺も客として行こうかな?
「……ん?」
道の先で、ぽつんとたたずんでいる人物を見つけた。
霜だ。なにやってんだ? 一人で。
「霜。一人でどうしたんだ?」
「あ、葉介君」
雫が着せたであろうフリフリの可愛い服に身を包んだ霜は、俺とレナに目を向ける。
「雫を待ってるんですか?」
「……うん」
「あれ? 雫は大分前に帰ったはずだけどな」
確か「霜が待ってるわ!」って大声で叫びながら、陸上選手も顔負けの速度で走っていったけど。
「……私が勝手に迎えに来ただけだから」
「……? なんでこんな所に居たんだ?」
学校から雫の家の間に、この道は入ってないはずだけど。
「……迷いました」
「……なるほど」
まだ慣れてないから無理もない。
「雫に連絡してやるよ。たぶん、そっこうで迎えに来ると思うけど、いちおう家まで送ってくよ」
「ありがとうございます」
小さく笑う霜。なんだろう……霜はレナみたいに満面の笑みより、こういう笑い方のほうが似合う。簡単に言えば可愛いってことなんだけど。
「霜も文化祭に来るんですよね?」
「……? ぶんかさい?」
きょとんとする霜。そりゃそうだ。知ってるわけないよな。
「学校でやるお祭りだな。やりすぎなきゃなんでもありの」
「……私も行っていいんですか?」
「むしろ、文化祭ってのは外からのお客の為にやると言っても過言じゃない」
まぁ雫は霜にウチのクラスでコスプレさせる気満々だけどな。それは言わないでおこう。
「あ」
雫から返信だ。どうせすぐ行くとかそんなだろ。別に返信しなくていいのに。
『すぐ行くわ。霜に手を出すな』
……手出すわけないだろうが。なんかこれ、俺が誘拐犯みたいな文じゃん。金は用意する。だから娘に手を出すな的な。
ん? まだ下に文があるな。わざわざ間を空けて書くとか、一体どんなことを……。
『むしろ雫の半径百キロに近づくな』
俺はこの町からいなくなれってこと?
相手にしてられん。雫の家に向かってればその内会うだろ。
「……」
霜がレナをじっと見つめてる。なんだ? 別に制服姿のレナは今日も可愛いだけだけど。
「……」
「きゃわっ!」
レナの「きゃあ」と「わっ」の混ざった悲鳴。可愛い……じゃなくて、霜がレナの胸をいきなりつついた。な、なんて羨ましい……じゃなくて、けしからん! あ、いや……女の子同士だからセーフか。俺がやったら警察行きだけど。いや、その前に雫に殺されるな。
「な、なんですか?」
「……」
続けて霜はレナの体のあちこちをつつきまくる。その度にレナが「んっ」とか「あんっ」とか男心をくすぐる声を出すもんだから、俺はその様子を凝視……じゃない、えっと……これ、なんかの危ないビデオになりそうだからそろそろ止めたほうがいいかな?
「霜。そろそろやめてあげてくれ」
「……神子」
「ん?」
「神子から人間になった体に興味があって」
興味? 神子から人間になったレナに?
確かにイレギュラーで初めての例だけど、なんで霜がそんなことに興味を持つんだ? ゴーレムだから? 自分が守るべき存在のことだから?
「別に、レナは普通の人間と同じだぞ」
「……そうみたいですね」
納得したのか、レナの体をつつくことをやめた霜。やっと刺激から解放されたレナは、羞恥心からか、少し顔を赤くしてる。さすがに、体を直接さわられると羞恥心がでてくるみたいだな。普段は俺の前に下着で出ても気にしないけど。
「し、霜は私に興味があるんですか?」
「レナ。なんかそれだと違う卑猥な意味に聞こえるから」
神子から人間になったレナに、ね。
「……神子は」
霜は少し感慨深い顔で、
「どうすれば人間になれるんでしょうか……?」
俺とレナを交互に見て、そんなことを言った。
神子はどうすれば人間になれるか……だって? レナが人間になれたのは、俺が願ったからだけど……それは前に説明した。
なんだろうな……神子関連、いや、レナが人間に生まれ変わったって話になると、霜はどこか雰囲気が変わる。
まるで、神子が人間に生まれ変わることに執着してるみたいだ。
「……ごめんなさい。気にしないでください」
気にしないでくださいって言っても……気になるんだけど。
「霜! 雫が来たらクレープを食べに行きませんか?」
そんな空気でも通常運転のレナ。こういうとき、レナみたいな存在は本当助かるな。
「クレープ?」
「美味しいですよ~。私のおすすめは抹茶バニラです! 抹茶ココアとの相性抜群なんですよ~」
抹茶ばっかりですね。
「……食べてみたいです」
霜もさっきとは違って、いつも通りの小さい笑みを浮かべる。
……まぁいっか。とりあえず、クレープでさっきの話はどっかに行っちゃったし。
「ん?」
なんか悲鳴が聞こえた気がした。と思ったら……俺の目に飛び込んできたのは、一台の軽自動車。
ふらついてたと思ったら、突然の猛スピードで、道路を外れて……下校中の小学生の列に突っ込んでいった。居眠り運転だ!
「レナ!」
「は、はい!」
俺が行っても、さすがにどうしようもない! レナに神力アイテムで助けてもらうしかない! それでも間に合うかどうかわからないぞ!
「「!?」」
――瞬間。俺とレナの思考が停止する。
小学生の列に突っ込んだ軽自動車は、止まっていた。
いや、止められていた。
霜に。しかも片手で。
軽自動車のフロント部分は、霜の手のひらが触れている部分から潰れて、ものすごい力で無理やり止められたというのが見てわかる。
霜は……表情を変えず、平然としている。
ゴーレムって……こんなに身体能力が高いのか? いくら神子を守るためだって言っても……Aランク神子のサンたちよりも高いんじゃないのか?
「し、霜! 大丈夫ですか!」
霜に駆け寄るレナ。俺はまだ、驚きのあまり動けない。
それぐらい、目の前の光景は衝撃的で……。
「どうだい? すごいだろ。僕が改造したゴーレムは」
「!?」
え?
今……誰か、俺になにか言ったか?
振り返っても、人込みしか見えない。
……気のせいだったのか?
「……」
……気のせい。
じゃあなんだったんだろうな。
一瞬感じた、悪寒は。




