story4「それでも守ります」
えーっと。
ここって俺の家だよね? 間違ってないよね? 確かに俺が長年暮らしてきた我が家だよね? 確認だよ? 念のため。俺がおかしくなってないか。俺が勘違いしてないか。俺の理性がぶっ飛んでないか。本当に念のために聞いてるだけなんだよ?
だってさ……。
「なんで俺、隔離されてんの?」
俺の現在地。キッチンのテーブル。
レナを始めとした、瑠璃、雫、霜たちはリビングのソファー。
その間には、これでもかってぐらいのバリゲード(椅子やらクッションやらぬいぐるみやら。ぶっちゃけ本気になれば超えられるけど。雫の殺気がそれを許さない)。
……。
……。
あーなるほど。
俺は邪魔ってことね。あの絵の中に、俺はいらないってことね。
ちくしょう。
「霜と瑠璃ちゃん。もっとくっついて!」
スマホのカメラを向けながら、雫はカメラマンのようにそんなことを言う。その声がやたらとマジな声なもんだから、瑠璃と霜は言うとおりにくっつく。そして雫は満足顔。そしてニヤケ顔。
「そしてその二人をレナが両方抱きしめるようにして上から覆いかぶさる!」
「こうですか?」
瑠璃と霜の間に割って入るようにして、レナが二人をぎゅっと抱きしめた。レナは雫の要求にまんざらでもないみたいだけど、瑠璃と霜は顔が真っ赤なんだけど。こうして見ると、本当似た者同士だな。
「いいわ! 完璧よ! これ以上ない絵よ!」
お前はなんの完璧を求めてるんだよ。
「あ、あの……雫さん。私、夕食作らないと」
「そんなのいいのよ! 今日だけは……今日だけは私のわがまま聞いて!」
「あう……」
いや。わりといつもわがまま聞いてるだろ。一度だって、瑠璃がお前の要求を断ったことがあるか? 答えは否だ。
「じゃあ今日は出前かしらぁ?」
「うわっ!?」
「うわってなによぉ。女の子相手にそんな驚き方するのは失礼よ?」
「……いやだって、いつから居たんだよ? ミレイ」
いつの間にか、ミレイがキッチンのテーブル。俺の向かいに座って、置いてあった煎餅を口に運んでいた。ただの煎餅なのに……なんでミレイが食べると色っぽく見えるんだろう。
「たった今だ。神界に定期報告に行ってきた帰りだ」
「……サンも居たのかよ」
そして俺の隣にはいつの間にかサン。お前ら、気配もなく入ってくるなよ。殺し屋じゃないんだから。
「さぁて。じゃあ私はどれにしようかしらねぇ」
徐に、ミレイはどこかの店のチラシを吟味する。
……ていうかちょっとまて。その店はもしかして……。
「ミレイ。それ……『うなぎのお化け』のチラシじゃないか?」
「よくわかったわねぇ。変な名前よね。うなぎのお化けなんて。食べられたうなぎのお化けでも出るっていうのかしら?」
「違う。それはどうでもいい。問題はその店の値段だ」
『うなぎのお化け』は、マジでガチなうなぎ専門店だ。
つまり、値段もガチなわけで……。
「お前、自分で払うんだよな?」
「……私はうな重の特上ね♥」
「今の間と言葉の後のハートはなんだよ!?」
え? 俺? 俺にたかる気なの? あんな何千円もするうな重の特上を?
「葉介」
「……なんだよ?」
「うな重の特上、四つ追加よ」
「自分の分は払うんだろうな? あと、せめて霜の分も」
「……はぁ?」
聞きました? 今の『はぁ?』。自分で払う気などまるでない。あんたが払うに決まってるでしょ。この流れなら。空気読みなさいよ。このKY。そんな気持ちが込められた『はぁ?』でしたよ。
「お、お兄ちゃん……私はいいよ」
「……この流れで瑠璃だけ食べないのはおかしいだろ。今日は俺がおごってやる。ただし! 条件が一つだけある!」
俺だって一つぐらい条件を出してもバチは当たらないだろう! 瑠璃に向かって俺の要望を訴えた。
「明日からお弁当豪華にしてください(土下座)」
「……」
瑠璃が「え? そんなことでいいの?」みたいな目で見てきた。
うぅ……どうせ俺の訴えられる要望なんて小さいことだよ。俺はそういう立場だよ。あー泣きたくなってきた。
「……うん。じゃあ頑張って作るからね」
それでも、瑠璃は満面の笑みで答えてくれた。
……我が妹ながら、なんて可愛い笑顔。レナと並んで笑ってくれたら尚可愛い。って、これじゃ雫と考えてること同じじゃないか。
「……お兄ちゃん?」
霜がきょとんと?マークを浮かべる。なんだ? お兄ちゃんの単語がどうかしたのか?
「……瑠璃さんは」
「さん、なんてつけなくていいよ。同い歳だもん」
霜が生きてたら、ってだけだけどね。
「……瑠璃ちゃん?」
「うん。それでいいよ。私も霜ちゃんって呼ぶから」
「……はい。えっと……瑠璃ちゃんは、葉介君の妹なんですか?」
「え? そうだよ?」
それを聞いて、霜はなぜか考え込んだ。雫の顔をちらちらと見てる。
「……瑠璃ちゃんは、お姉ちゃんの妹じゃなかったんですか?」
「え?」
今度は瑠璃がきょとんとする番だった。
霜……さっきの雫の嘘、完全に信じてるよ。
「そうよ」
「そしてお前もあっさりと肯定するな。違うから。瑠璃は俺の妹だから」
「寝ぼけないでちょうだい」
「……」
俺、そろそろ泣いていいのかな? 無理やり、力づくで真実を闇に葬られるんだけど。
「いいえ。瑠璃は葉介の妹ですよ?」
ここで天使の声が俺を救ってくれた。ああ……やっぱりレナは俺の天使だ。
「瑠璃は葉介のことが大好きなんです!」
「レ、レナさん!?」
慌ててレナの口を押さえる瑠璃。俺は聞こえなかったフリをした。顔が赤くなってるのがばれないように。
「大好き……?」
霜は俺と瑠璃を見て、最後に雫へと視線を移す。そして、
「私もお姉ちゃんが大好きですよ」
雫の理性を吹っ飛ばす。禁断の一言を放った。
霜……それは小動物が獣に襲ってくださいと言ってるようなもんだぞ。
「――!?」
脱兎のごとく、ハート全開で霜を抱きしめる(襲う)雫。ああ……小動物が獣の餌になってしまった。
……今のうちにバリゲード壊そう。遠くて話しづらいんだよ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
バリゲードを破壊してる(片付けてる)と、瑠璃が霜を見ながら意味深な顔をしていた。
「霜ちゃんって、神力アイテムなんだよね?」
「みたいだな」
霜のことはさっき全部説明したけど、まだ信じられないって感じだな。まぁそりゃそうか。こんな神力アイテムは初めて見たしな。
「じゃあ霜ちゃんは、神子のこととか全部知ってるのかな?」
「あー……どうなんだろうな」
サンに聞いた話だと、生まれたばっかりのゴーレムは赤ん坊みたいなもんらしい。つまり、何も知らない状態だ。性格とかは、生んだ人間の思考で変わるらしいけど。つまり、この霜は、雫が想像した通りの昔の霜まんまってことだ。
確かに……ゴーレムって神子のこととか知ってるのかな?
「霜」
「あぁ?」
私と霜の時間を邪魔しないでよと言わんばかりに、雫にドスのきいた声と一緒に睨まれた。お前は呼んでないって。邪魔するなって言うなら帰れよ。
「霜は神子って知ってる?」
「はい。人の願いを叶える、私が守るべき存在です」
知ってるみたいだ。と言うより、そういやそうか。ゴーレムは神子を守るために作られた神力アイテムだ。守るべき存在のことを知らないわけないか。
「だから私は、お姉ちゃんを守ります」
「……ん?」
待て。今の会話の流れおかしいぞ。
「霜」
「はい?」
「雫は神子じゃないぞ」
「……」
絵に描いたように、驚きの表情を見せる霜。そもそも……なんで雫が神子だと思ってたんだ? 生んだ使用者を自動的に神子って認識するのか?
「お姉ちゃんは……神子じゃないんですか?」
「……えっと、うん……」
さすがにここで「私は神子よ」なんて嘘は言えなかった雫。だらだらと冷や汗をかきながら、挙動不審。どうやって言い訳しようか考えてるのが見てわかる。
「し、霜……あのね……」
「それでも」
雫の言い訳が脳内で固まる前に、霜は……柔らかい笑みを浮かべて、雫の手を取った。
「私はお姉ちゃんが大好きなので、守ります。それが私の使命です」
「……」
雫の頭がボンッと爆発した。そんな台詞をそんな笑顔で言われたら、そりゃああなる。そして欲望のままに、霜を抱きしめる(襲う)雫。
……まぁいいか。結果オーライ。
「ちなみにあっちの二人が神子だから、自分のことについて知りたかったら聞いてみるといいぞ」
サンとミレイを指さしながら言うと、雫のホールドからなんとか顔を出した霜が二人をじっと見つめる。
「……私と同じ力を感じます。あれが神子なんですね」
そういやゴーレムは神子みたいに神力で体が構成されてるんだったな。
同じ力。神力のことか。
「はいはーい! 私も元神子ですよ!」
元気よく自己主張するレナ。俺はあんまり元神子って単語が好きじゃないんだけど、本人があんなに元気に言えるぐらいだから気にしなくていいか。
「元……?」
「そうよ霜。レナは元々神子だったんだけど、人間に生まれ変わったの。ちなみに、あれがレナの最初で最後の願い人よ」
「あれとか言うな」
相変わらず、俺をそこいらの物みたいに言いやがって。
「……どうやって人間に生まれ変わったんですか?」
「え? えーっとだな……それは俺が……」
改めて言うことでもないんだけどな。
でも……なんだろう。
霜の目が、さっきと少し違う。おどおどとしていた目じゃなくて、真剣さに満ちている。
「……願ったってことですか?」
「え?」
「葉介君は、他人のために願ったってことですか? どうして?」
「……霜。どうしたんだ?」
明らかに、少し普通じゃない様子の霜。俺は質問に答えることよりも、それが気になった。
俺がレナのために願った理由。それについて、やけに聞きたそうにしてるんだ。
「……いえ。ごめんなさい。言いたくなければいいんです」
「言いたくないっていうか……別に理由なんてないからな」
「え?」
「俺がそうしたいから願った。ただそれだけ」
「……」
ミレイにも聞かれたことがある。何回聞かれても、俺の答えは変わらない。
俺がただ、レナと一緒に居たいと思った。だから願った。それだけだ。
他人のために願うのが珍しいって言われるけど……。
俺にとっては別に珍しくもなんともない。
俺は、自分より他人が気になる馬鹿だからな。
「……葉介君は、優しい人なんですね」
「……」
……。
なんだろう。今の話をして、普通に優しいなんて褒められたのが初めてだからか、すっごい恥ずかしい。いつも馬鹿とか変わり者とか言われてたから。
「そ、そろそろ……うな重頼むか!」
そんな霜の視線から逃げるように、俺は携帯を手に取って廊下に出た。
しかし、雫の妹だけあって……可愛いな。霜。あんなに見られたら普通に照れるんだけど。
「葉介」
俺を追って、サンが廊下に出てきた。
「ん? 大丈夫だって。ちゃんとサンのうな重も頼んでやるよ」
「……そこではない」
サンはちらりとリビングに居る霜を見た。
……ああそっか。神界に行ったってことは『ゴーレム召喚!』のことも、ゼウスに聞いてきたってことか。
「『ゴーレム召喚!』のほとんどは、主にBランク以下の神子へと配布されていた」
「そりゃそうだよな。Bランク以上は激強だから、守ってもらう必要ないし」
「ゼウス様はその全てをもちろん把握していない。どの神子が『ゴーレム召喚!』を持っているかなど、気にもしていなかった」
もちろん把握してないっていうのも、王神としてどうなんだろうな。
「ただ……」
サンが難しい表情を作る。
「一つだけ、気になることを言っていた」
「……なんだ?」
「『ゴーレム召喚!』を作成してすぐ、その内の一つが何者かに盗まれたらしい。その時期は丁度……堕ちた神子という存在が生まれたのと同じ頃だ」
サンがなにを言っているのか、すぐにわかった。
さっきも言っていたからな。雫に『ゴーレム召喚!』を送ってきた相手は、雫がサンたち神子と関わりを持っていることを知ってる可能性があるって。
つまり……。
「『ゴーレム召喚!』を送ってきたのは、堕ちた神子かもしれないってことか?」
「……可能性の話だ。ここには元堕ちた神子が居るからな。接触してくる可能性がある。それだけの話だ。仮にそうだとしても、目的はわからない」
確かに……仮に『ゴーレム召喚!』を送ってきたのが堕ちた神子だとしても、その目的が全くわからない。雫に神力アイテムを送って、何になるって言うんだ?
サンの言うとおり、可能性の話だ。
そんな訳無い。心の中で何度も考えた。
自分に言い聞かせるように。
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寝静まったリビング。けっきょく、今日は天坂家に泊まることになった雫と霜。リビングで、雑魚寝という形で、レナ、瑠璃、雫、霜は寝ていた。
その中で、一人体を起こす霜。
「……」
その目は、レナのことを見ている。
観察するような。そして少し……敵意を持った目で。
「……元神子。622号との接触に成功」
小さく、誰かに連絡するように呟く霜。
「次の指令を。マスター」




