story2「帰ってきたの」
「……思ったよりかかったな」
もう夕方の四時半。てことは、一時間ぐらい話し合いしてたのか。
さっそく、文化祭実行委員の俺とレナは、放課後生徒会室で文化祭についての話し合いをしてきた。最初の集まりだからそんなに時間かからないと思ったけど、各クラスの予算とか使う場所とか、最初からけっこう話すことがあったな。
まぁウチのクラスはまだなにも決まってないから。ほとんど聞いてただけだけど。
「文化祭って、普通はどんなことをやるんですか?」
「んー。ぶっちゃけこれって決まってるわけじゃないからな。生徒会の許可が下りればなんでもいいんだ。定番なのは飲食店とか、軽いアトラクションとか、簡単な出し物とかかな」
なんでもいい。ってのを良い事に、休憩室とか言って、椅子とテーブルだけ置いて放置してるクラスとかもあるからな。店番の必要もないから、自分たちは好きなだけ遊べるってことを考えると、それも一つの手だけど。
「私たちはどんなことをやりましょうか?」
「明日クラスで話し合わないとな。文化祭まで三週間ぐらいしかないし」
文化祭の日にちって、学校によって変わるんだけど、赤ヶ丘は十月の終わりだ。つまりはあと三週間ぐらいしかない。本当はもっと前からクラスで話し合いとかするんだけど、ウチのクラス、あんまりやる気ないからなぁ。
部活動に精を出す生徒たちの横を抜けて、校門に出たところで、携帯にメールの着信。相手は……瑠璃か。
「瑠璃ですか?」
「うん。帰りに醤油買ってきてくれだって」
俺たちが実行委員の集まりがあったもんだから、今日は先に帰ったんだ。そういえば、帰りに夕飯の買い物していくって言ってたけど、見事に醤油を忘れたみたいだな。
まぁいつもなら、瑠璃一人になっても引っ付いていく奴がいるんだけど……。
「雫、大丈夫ですかね……?」
言わずもがな。それは雫のこと。でも、今日は珍しく学校を休んでるんだ。理由は知らないけど。昼休みにレナがメールしたら、ハートマーク連打の返信だったし。どんだけレナのこと好きなんだよ。ていうかけっきょく意味わからん。
昨日は別に普通……どころかめちゃくちゃ元気だったけどな。
「……ん?」
商店街に入ったところで、見知った顔を二つ見つけた。
「先輩とミレイさんですね」
「……あいつら、二人でなにやってんだ? あんまり仲良くないくせに」
「先輩はミレイさんの監視役ですからね。ミレイさんが出かけると付いていかなきゃいけませんからね」
嫌々一緒に居るってことね。
確かに、サンの顔には明らかにイライラの負のオーラが出てる。その横で、ミレイはめちゃくちゃ楽しそうだ。
「たい焼きってどうしてこんなに美味しいのかしら? ただ餡子を生地で包んで鯛の形にしただけなのに……作った人をハグしてあげたいわ~」
「……みたらし団子のほうが美味だ」
「あら? サンちゃんはみたらし団子が好み? でも私はやっぱり餡子派かしらね~。同じ団子なら餡子がついてるやつがいいわ」
「ちゃんを付けて呼ぶな!? 団子はみたらしだ! それ以外など邪道だ!」
「あらら。自分の意見を他人に押し付けるのはよくないわよ? 人それぞれなんだから。だからあなたをちゃん付けで呼ぶのも人それぞれ。私の勝手よ?」
「……お前。自分が監視されているという自覚があるのか?」
「あるわよ? だからどこに行くにもあなたが一緒に居るじゃないのぉ。なんだかデートみたいねぇ」
「断じて!? デートなどではない!?」
なにコントやってんだよ……。
まぁあの二人、家でもあんな感じだからな。俺と瑠璃とレナの三人で生活してたのに、ずいぶんと賑やかになったもんだ。
……親父と母さんが帰ってきたらどうやって説明するか。
「まぁ、そろそろ助けに入ってやるか」
「そうですね~」
そうしないと、サンが抜刀しそうだし。
「先輩~」
レナが声をかけると、サンは心底安心したように息をついた。だいぶ精神やられてたな……。
「レナと……葉介か」
「あらら。そっちはそっちでデートかしらぁ? ダブルデート?」
「デートではないと言っているだろうが!」
うわぁ。サンがあんなに取り乱すのも珍しい。ちょっと新鮮。
「俺らは学校の帰りだよ。お前らこそなにやってんだ?」
「食べ歩きよぉ。美味しい物を食べながら歩いてるの」
「……おい。お前、さっきは堕ちた神子を束ねている奴が接触してくるかもしれないから出かけると言っていたよな?」
「えー? そうだったかしらぁ?」
「……」
サンがスマートバンクで神力刀を転送。素早く構えてミレイに一線。それをひょいと避けるミレイ。な、慣れてる動きだ……。
「ていうかサン!? 街中でそんなの振り回すな!」
「離せ!? こいつは斬る!」
うがぁ!? 駄目だ! 俺じゃサンを押さえられない! 下手したら俺まで斬られる! 逆鱗に触れた張本人はたい焼き食べてるし!
「駄目ですよ~。先輩。落ち着いてください。みたらし団子買ってあげますから」
必死に(マジで必死)サンの腕を押さえてた俺の後ろから、ふわりと両腕でぎゅっと、レナがサンを抱きしめながら魔法の言葉を口にする。
「……」
レナに頬をスリスリされて、サンの目に理性が戻る。大人しく、神力刀をしまった。
さすがレナ。サンの扱い方わかってる。
「ミレイ。あんまりサンを挑発するなよ」
「挑発なんかしてないわよぉ? 面白いからいじめたくなるのよねぇ」
余計タチ悪いわ。
サンじゃないけど……こいつ、自分が監視されてるってこと忘れてないか? 生活を楽しみすぎだろ。
「あんまり出歩くと瑠璃が心配するぞ」
「あらら。瑠璃は心配性ねぇ。でも……瑠璃の泣きそうな顔ってそそらない? いじめたくなるわよねぇ」
生粋のドS発言。どんだけ他人をいじめたいんだよ。
そういえばこいつはこんな奴だった。これ以上余計なこと言うと、ターゲットが俺になりそうだからやめておこう。
「……そういえば聞いたことなかったけどさ」
話題を変えようとして、少し真面目な顔を作る。
「似合わないわねぇ。真面目な顔」
「うっさい」
「それで? なにかしら?」
くそ。ペース乱されるな。歳上だからって歳下をからかって遊ぶんじゃない。
「……ミレイはいつ頃堕ちた神子になったんだ?」
「え? なんでかしら?」
「いや、堕ちた神子になったきっかけって言うか。答えたくないなら別にいいよ」
ミレイがゼウスに恨みをもって、堕ちた神子になったきっかけ。
気にはなってたんだけど。聞けずにいたんだよな。
「……そうねぇ。二年ぐらい前だったかしら」
ミレイは嫌そうな顔をするでもなく、答えてくれた。
その顔には、もうゼウスへの恨みは無いように見える。本人はまだ恨みが消えたわけじゃない。どうでもよくなっただけって言ってたけど。
「レナと同い歳ぐらいの頃から神子として仕事を始めて、何年も何年も……人間の願いを叶え続けてて。ふと……思ったのよ」
「ん?」
「私はこのまま、人間の願いを叶えて一生を終えるの? ってね。そう思ったら……なんだか馬鹿らしくなっちゃって」
神子にとって、人間の願いを叶えることは名誉であり誇り。
でも、全部の神子がそう思えるわけじゃないんだろうな。
「欲望全開の願いごとをしてくる人間ばっかりで、正直嫌になっちゃったのよね。願いごとを聞くのが怖くなったの。どんな願いごとでも、その人間が心から願ってれば叶う。そして、その願いが叶うってことは、心から欲望を願ってるってこと」
欲望に満ちた願い、か。
確かに、そんな願いごとばっかり聞かされてたら、俺も嫌になるかもしれない。
神子は、そんな人間の願いを真正面から向き合わないといけないんだ。
「……でも、願い人になる人間は一応厳選されてるんだろ?」
「裏を返せば、人間なんてみんな同じよ。欲望の塊」
真正面から向き合うことを辞めた神子。それが堕ちた神子。
……やっぱり俺は、堕ちた神子を責める気にはならないな。
「まぁそんな中で、君みたいな人間も居るわけだけど」
「……俺?」
「そっ。他人のために本気で願えるようなお馬鹿さんがねぇ」
お馬鹿さんで悪かったな。
「もうちょっと自分に自信を持っていいと思うわよ? 君みたいな人が……神子にとっては希望。人間の願いを叶えたいって思える最後の砦なんだから」
希望。
……くすぐったいな。俺はそんなに大層なことやってないのに。
「……買い被りだっての。俺は自分のやりたいようにやっただけだよ」
「それがすごくて、格好良いんだけどねぇ」
「ん?」
「なんでもないわよぉ」
妖艶に笑いながら、ミレイは目を逸らしてしまった。
……今、なんて言ったんだろうな。
まぁいいか。
「葉介!」
いつ間にやら近くの団子屋に行っていたレナとサンが、みたらし団子を手に戻ってきた。
「どうぞ~」
「……さっそく買ってきたの?」
みたらし団子を一本受け取って、口に運ぶ。俺は別に好きでも嫌いでもなく普通程度だけど、たまに食べるには美味しいよな。
「……ていうか、サン。何本持ってんだよ?」
「……」
顔を赤くしてぷいっとそっぽを向いてしまったサンの手には、七本のみたらし団子。全部食うの? 俺なら胸焼けしそうなんだけど。
「……おい」
手に持っていたみたらし団子を一本、ミレイに向けて差し出すサン。
……ああ、なるほど。後ろからレナがエールを送るような顔をしてるところを見ると、仲直りしてくださいね? とか言われたんだろうな。仲直りのきっかけがみたらし団子ってのも……ちょっと可愛いところあるな。サン。
「食べろ。餡子よりも美味しい」
「……」
珍しくミレイが少し戸惑ったように目を丸くして、みたらし団子を受け取る。そして一つ口にして、
「……そうね。たまには甘さ控えめもいいかもね」
優しく笑った。
……ミレイは妖艶な笑い方よりも、こっちの笑い方のほうが綺麗だな。
「あ、レナー!」
聞き覚えのありすぎる大きな声が聞こえた。
あーいつもの光景だ。この声の後に、弾丸のようにレナに抱きついてくるんだ。あいつは。
……あいつ?
「きゃあ!? し、雫?」
思ったとおり。レナに抱きついてきたあいつは、雫だった。
あれ? なんで学校を休んでた雫が普通に街を歩いてるんだよ。
「雫。大丈夫なんですか? 学校を休んでたのに……」
「あ、大丈夫よ。サボリだから」
「堂々とサボリ発言するな」
「サボリの常習犯のあんたに言われたくないわよ」
じょ、常習犯ってほどサボってないやい。
でも珍しいな。基本優等生な雫が、しかも学校に来ればレナと瑠璃に会えるって特権があるのに、学校サボるなんて。
「サボってなにやってたんだよ?」
「買い物よ」
「……一人で?」
学校サボって一人で買い物って、なかなか寂しいと思うけど。まぁ雫はそんな小さいこと気にしなそうだけど。
「一人じゃないわよ?」
「……は?」
平日に学校サボってるのに一人じゃないだと? 意味わからん。サボリ仲間? そんな仲間、縁を切ることを勧めるけど。
「お、お姉ちゃん……」
不意に、雫が弾丸のように飛んできたのと同じ方向から、ぼそぼそと小さな声。
この周りの目を気にしたような弱々しい声は瑠璃? いや、でも瑠璃は先に家に帰ってて、俺にわざわざ買い物を頼むぐらいだから、商店街に来てるわけないし……。
大体、お姉ちゃん? お兄ちゃんの間違いじゃなくて?
「あ、ごめんねー。この子、私の恋人なの(ハート)」
違うから。日本は同性愛禁止だから。堂々と恋人とか言うな。レナは俺の(脳内妄想)。
……て、え? お姉ちゃんって雫のことか?
「……!?」
声の主を見て、俺は言葉を失った。
そこには、白いワンピースに黄色のカーディガンを羽織った女の子が居た。
いや……それだけなら俺はこんなに驚かない。
その女の子は……。
「……し、霜?」
俺の記憶にある幼い少女。
その少女が……俺たちと同じ年月を過ごしてきたかのように、成長した姿。
鳥海霜。
死んだはずの、雫の妹だ。
「あれ? 葉介……あの人って」
霜のことを知っているレナも、驚きを隠せない。
……他人の空似? いや、それにしては似すぎてる。面影がありすぎる。
なによりも……。
「大丈夫よ。霜。この人たち、私の友達だから」
「……お友達?」
雫がこの子を霜って呼んでる。
……えっと、ちょっと混乱してるんだけど。
「雫」
「なによ?」
「なによじゃねぇよ。この子……誰だ?」
「霜よ?」
「……よし。ちょっとこっち来い」
雫の手を引っ張って、霜(?)に聞こえないように小声で話す。
「霜は死んだだろ。もう居ない。それはお前が一番わかってるはずだ。あの子はなんなんだよ?」
「帰ってきたの」
「……そんな帰省から帰ってくるんじゃねぇんだから」
こいつも少し混乱してないか? 自分の都合の良いように脳内変換しすぎだろ。
いやいや。有り得ないから。霜は確かに九年前に死んだんだ。
あの時の雫の涙は嘘なんかじゃない。俺は今でもしっかりと覚えてる。
じゃあこの子は……?
一体誰だって言うんだ?




