プロローグ
一秒。一分。それが、ものすごく長く感じた。
時間って、こんなに流れるのが遅かったっけ?
わからない。今まで、こんなに時間が早く過ぎてほしいなんて思ったことなかったから。
もうどのぐらい経った? 一時間ぐらい経った? 二時間ぐらい経った?
「……」
まだ三十分ぐらいしか経ってない。
手術中。その赤いランプが点灯してから、まだそれだけしか。
私の隣では、お父さんが祈るようにして両手を組んでる。その隣では、お母さんが声を出さずに泣いている。
私はまだ泣かないよ。
だって、大丈夫だもん。
大丈夫だよ。霜は……大丈夫だもん。
昨日だって元気にお話してたもん。私のこと、お姉ちゃんって、呼んでくれてたもん。見たテレビのお話とか、好きな漫画のお話とか、いつもの、当たり前のお話をしてたもん。
大丈夫……大丈夫……。
大丈夫だよね? 霜。
また、霜の元気な笑顔が見れるよね?
★☆★☆★☆
それからどれぐらい時間が経ったのかな。
とても、とても、長い時間。時計とにらめっこしていた。
やっと、手術中の赤いランプが消えた。
お父さんとお母さんが立ち上がって、出てきたお医者さんとお話してる。
大丈夫? 霜は? 霜はどうなったの? 大丈夫だよね? 元気になったんだよね?
「――!?」
声にならない悲鳴をあげて、お母さんがその場に座り込んで、さっきよりもたくさん、涙を流してる。
私が駆け寄ると、お母さんは私をぎゅっと抱きしめた。
お母さんの涙は止まらない。顔はさっきよりもぐしゃぐしゃになってる。
お父さんも、体を震わせて、感情を押し殺してるように見える。
……どうして?
どうして二人共、そんな顔してるの?
だって、霜は元気になったんでしょ? もっと喜んでいいんだよ。
また、霜とたくさんお話するんだから。
これからだって、今までどおりに、ずっと一緒に居るんだから。
ずっと……一緒に……。
★☆★☆★☆
お父さんとお母さんがお医者さんに連れて行かれて、私は一人、廊下で待っていた。
なんで二人共帰ってこないんだろう……早く、霜に会いたいよ。霜の顔が見たいよ。
会ったらまずはどんなお話しようかな。学校でのお話かな? 昨日見たドラマのお話かな? あ、霜の好きな漫画の最新刊が出たんだ。そのお話かな?
……。
……。
嫌だよ……一人は……寂しいよ……。
霜……。
「あっ!?」
息切れした喉から出たような声が聞こえて、廊下の先を見ると……汗だくになってる葉介が居た。
なんでそんなに急いでるの? なんで不安そうな顔してるの? 葉介に、そんな顔は似合わないよ。
「し、雫……」
息を整えながら、私の他に誰も居ないことを不思議に思ったのか、周りを見渡す葉介。
「……霜は? 霜は……どうなったの?」
ああ。そっか。霜を心配して、そんなに急いで来てくれたんだ。
うん。ありがとう。葉介。霜も喜んでると思うよ。
霜も……。
霜……霜……霜は……。
「……うあぁぁぁん!?」
「うわっ!?」
さっきまで、必死に自分の心を騙してたけど、それももう限界だった。
葉介に抱きついて、抑えてた涙をおもいきり流す。
霜……霜……霜……。
どうして……どうして……なんで……もっと、一緒に居たかったのに……。
「……」
泣いている私を見て、霜がどうなったのか察した葉介が、私の頭を撫でてくれる。
鳥海霜。
私、鳥海雫の妹。
まだ生まれてから七年しか経ってないのに……。
あまりにも早い。この世界とのお別れだった。




