story14「ごめんなさい」
「……」
九月の終わりとはいえ、夜はそこそこ冷えるな。もう夜の十時回ってるし。こんな時間に学生が出歩いてたら補導対象だ。そんな補導も恐れず、俺が滅多に乗らない自転車に乗って、商店街のファミレス前までなんで来てるのかと言うと、
「お兄ちゃん」
「よっ」
瑠璃を迎えに来たからだ。
ファミレスって、学生が居られる時間何時までだったっけな? とにかく、時間ぎりぎりまで、瑠璃はクラスメートたちにお別れ会と称して、ファミレスに招待してもらっていたわけだ。
社会人なら、ここからオール(徹夜)で遊ぶぜ! とかあるのかもしれないけど、学生だからそれはさすがに無理。学校に連絡でもされたら停学ものだ。
「楽しかったか?」
「……うん」
後ろのサドルに座るように促す。片側に両足を下げて瑠璃が乗ったことを確認してから、自転車を走らせる。二人乗りは駄目? そんなの聞こえませーん。
「落ちるなよ?」
「……落ちないよ。子供じゃないんだから」
「でも念のため、俺にしっかり捕まってたほうがいいぞ。ぎゅっと抱きしめる感じで。ガタンっていう一回の振動で、瑠璃は吹っ飛んじまうかもしれないからな」
「……私、そんなに軽くない」
確かに言いすぎかもしれないけど、瑠璃って小さいから、あんまりそう考えても違和感ないんだよな。
瑠璃が俺の体に手を回して、それこそぎゅっ。ちょっとドキドキする。秋の夜風を感じながら走るのも、なかなか良いもんだな。遅い時間だから人も少ないし。貸切のサイクリングコースみたいだ。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんは……私が優勝すると思ってた?」
「……」
ミスコンのことか。
つい数時間前のことなのに、遠い過去のように思える。
ミスコンで、瑠璃が優勝したときのことが。
俺はそのとき、嬉しいのか嬉しくないのか、よくわからない気持ちになった。
まぁその後、瑠璃は騒がれる前にクラスメートたちとファミレスに行ったから、誰かに告られるとかはなかったけど。
あのまま学校に残ってたら……どうだったんだろうな?
まぁ、考えたくもない。考える意味もないし。
「まぁ瑠璃が優勝すると思ってたかどうかは別としてだな」
正直、そこは俺にとって重要なところじゃないし。純粋に、俺はただ、
「瑠璃が一番可愛く見えたのは確かだな」
そう思っただけだ。
「……」
あれ? 黙るなよ。俺のおふざけコメントにつっこんでくれよ。黙られるとなんか……俺がガチで言ったみたいで恥ずかしいじゃないか。まぁ実際、本気でそう思ったんだけど。
「しっかし、瑠璃が勝ち取った賞金で、瑠璃のお別れ会なんて……なんとも微妙だよな」
「うぅん。みんなの気持ち……嬉しかったし」
嬉しかった、か。
……瑠璃がいなくなるのは明日。そんな現実が目の前に迫っている。
そんな中で、嬉しかったなんて思える出来事は、瑠璃にとって、大事なことだろう。
「…‥叔父さん。明日、何時に来るって言ってたんだ?」
「……お昼過ぎって言ってたよ」
昼過ぎか。必然的に、学校は行けないってことになる。そもそも、書類の上では瑠璃は今日限りで転校することになってるんだ。俺が校長先生にお願いして、ぎりぎりまで待ってもらってるけど。
昼過ぎってことは……俺の計画を実行するには充分な時間があるな。
「お兄ちゃん。ちょっと寄り道しない?」
「ん? どこに?」
あんまりうろついてると、マジで補導くらうんだけど。
「小川の流れてる丘」
「……瑠璃が行きたいならいいぞ」
小川が流れてる丘。レナと俺が初めて会った丘のことだ。
……そして、瑠璃がミレイに願いを叶えてもらった場所でもある。
自転車を丘の上に停めて、二人で小川の前まで歩く。会話はとくにない。時間も時間だから、すごく静かで、まるでここだけ別世界のような感じ。やっぱり、都会より、田舎のほうが好きだな。俺は。
「……静かだね」
「そうだな」
うぅん。会話が続かない。どうでもいいことしか喋れない。いつもの調子で喋ろうとしても、うまく言葉が出てこないんだ。
なんか……なんかないかな……話題……。
「……瑠璃」
「なに?」
「ミスコンのとき言ってた、好きな人って誰なんだ?」
おい馬鹿、俺。なに聞いてるんだよ。この期に及んで。そんなこと聞かれて答える奴がどこにいる。大体俺に教える義理がないし。あ~俺の口の馬鹿野郎!
「あ、ごめん、やっぱ今の無し」
「……知りたい?」
え?
「お兄ちゃんになら教えてもいいよ」
「……」
まさかの返答。
聞いておいてあれだけど……聞きたいような。聞きたくないような。どっちやねん。俺。
瑠璃の好きな人……。
「……俺が本気で聞いたら、本気で教えてくれるのか?」
これは冗談で言ってない。
冗談で聞いていいことじゃないんだ。
だからこそ、聞くからには、俺も本気で聞く覚悟がいる。
「……うん。教えてあげるよ」
そうか。なら……。
「じゃあ聞かない」
「え?」
あっけらかんと俺は言った。
「本気で聞いたら本気で教えてくれるってことは、それだけその相手が本気で好きだってことだろ? だったら、それでいい。どこの誰なんて別にいい。瑠璃が好きになった奴なら、良い奴に決まってる」
「……」
瑠璃はきょとんとしていて、やがて吹き出すように笑った。笑うところ? 俺、けっこう真面目に言ったんだけど。
「うん。良い人だよ。自分より他人が気になっちゃう人で、とにかく優しいの。一緒に居ると嬉しくて……暖かい気持ちになる人」
「……」
瑠璃の笑顔を見て、思った。
本当に……本気で好きなんだな。そいつのことが。
ちょっと嫉妬。その幸せ者はどこのどいつだ。
「だったら尚更実行しないとな」
「え?」
「……家に帰ってから話すよ」
ちょっと肌寒くなってきたな。早く帰らないと。秋だからって風邪を引く。
「帰ろうぜ。レナが待ってる」
「……うん」
俺が一足先に、丘を上がろうとしたとき、
「お兄ちゃん」
瑠璃が呼び止めた。
「ん?」
「……覚えておいてね。私は、今好きな人が……本気で好きだったってこと」
「……過去形にするなよ。これからも好きで居ていいんだって」
「……本当に?」
「当たり前だろ」
「……うん、約束だよ。お兄ちゃん」
……? 約束って、どういうこと? 俺がなにを約束するんだ?
「お兄ちゃん」
瑠璃が、暗い夜でもわかるぐらいに顔を赤くして、俺を見つめていた。
なんだ?
瑠璃は……なにを言おうとしてるんだ?
「私……お兄ちゃんが――」
――ピリリリリリ!
「あ……」
瑠璃の携帯が鳴った。どんなタイミングで鳴るんだよ。瑠璃が途中で言葉を止めちまったじゃないか。
「あ、レナさん……」
相手はレナか。時間も時間だ。遅いから心配するのも無理はないけど……やっぱりちょっとタイミング悪いな。いや、レナは悪くないけどさ。
少しの間会話して、通話を終えた瑠璃は、
「レナさんが心配してるから、帰ろうか」
もう、さっきの続きを口にする気がないようだった。
「……今、なんて言おうとしたんだ?」
「……なんでもないよ。気にしないで」
気になるっての。
でも……もう一度言って貰えそうにないな。瑠璃はさっさと丘を上がっていってしまった。
……。
まぁいいか。それよりも、明日のことを考えなきゃいけないし。
瑠璃の……俺たちの運命は、明日の動きで決まるんだ。
★☆★☆★☆
家に帰ってきてシャワーを浴びて、俺はすぐに部屋で明日のことを考えていた。
叔父が来るのは明日の昼過ぎ。その前にレナや雫、サンも集めて、行動に出る。
すでに、レナたちには瑠璃がお別れ会に行ってる間に説明してある。協力してくれるみたいだ。あとは瑠璃に説明するだけなんだけど……。
「どう切り出すかな」
けっこう過激な作戦だからな。びっくりさせないように、どうやって切り出すかだ。それを考えてて、俺は瑠璃の部屋に行けなかったりする。
……いや、それもあるけど、辛いのかもな。
荷物がまとめられた、瑠璃の部屋を見るのが。
片付けなくていいって言うのに、瑠璃は聞かなかった。部屋を片付けると……瑠璃がいなくなるってことが現実味を帯びてきて、俺は嫌だったんだけど。
……現実味ってか、現実なんだけどさ。
「さぁて、どうしたもんか」
「お兄ちゃん?」
「どわたぁ!?」
部屋の扉をノックする音。それに続いて瑠璃の声。不意を突かれた俺は、格好悪い声を出す。声に驚いた瑠璃が扉を開けて入ってきた。
「ど、どうしたの?」
「……ちょっと発声練習」
「……?」
なに言ってんだよ、俺。
瑠璃もシャワーを浴びて、パジャマ姿だ。見慣れた姿だって言うのに、なんだろう……昼間のミスコンのことがあるから、どうしても色っぽく見える。妹を変な目で見るな! 俺! 理性をしっかりと保て!
「ど、どうかしたか?」
「うん……えっと……」
なにか用がある。でもなかなか切り出せない瑠璃。ずっとモジモジしてるだけだ。なにかお願いがあるのか? 別に遠慮しなくていいのに。
「遠慮するな。俺にできることならなんでもするぞ」
「……本当に?」
「当たり前だ」
そう軽々しく言ってしまったことを、俺はすぐに後悔した。
「……一緒に寝てもいい?」
「ぶっ!?」
吹き出した俺。まさかのお願いだった。
いやだって……俺たちもう高校生だよ? 小さい頃はよく一緒に寝てたけど、この歳で一緒に寝るのはまずいんじゃないかなー? 世間の目とかいろいろと……でも、五秒前に俺にできることならなんでもするぞって言ったばっかりだし。うぐぐ……どうしよう? どうすればいい? 誰か教えて!
「……駄目?」
「……」
神様(あ、神様ってゼウスだった)。今日だけは、愚かな行為に走る俺を許してください。
断れるかよ……あんな目で見られたら……。
「る、瑠璃がいいなら……いいけど……」
「ふふ……だって、私が頼んでるんだよ? いいに決まってるでしょ?」
そりゃそうだ。俺、訳わかんない。
あ、ちょっとまてよ……俺はもしかして勘違いしてるんじゃないか? 一緒に寝るって言っても、別に同じベッドとは限らないじゃないか! そうだ。きっと瑠璃は同じ部屋で寝てもいい? って意味で言ったんだ。うん。そうだそうだ。絶対そうだ!
「……って、ベッドに入っていらっしゃる!?」
「……?」
当たり前のように、枕片手にベッドに潜り込んでくる瑠璃。
い、いいのか? 本当にいいのか? 若い男女が一緒に寝るなんて……いくら妹だからって……。
……あれ?
なんで妹の瑠璃と一緒に寝るのに、こんなにドキドキしてるんだ? 兄妹だぞ? 家族なんだぞ? 別に特別なあれじゃないんだぞ?
……。
……。
……俺は、瑠璃を一人の女の子として見てるのか?
だからこんなにドキドキして……。
「お兄ちゃん?」
「な、なんだ?」
思考がぐるぐると回りすぎて訳わからなくなってきた。おちけつ……じゃない! 落ち着け! 俺!
「もう遅いから、寝ようよ」
「……そ、そうだな」
瑠璃が寝ている隣に、俺もそっと横になる。
……ち、近いな。すぐそこに瑠璃の顔がある。
ていうか、瑠璃……なんでこっちをじっと見てるの? 別に俺の方を向いて寝なくていいんだよ? 俺はこんなにも必死に天井を見てるっていうのに。
……シャンプーの香りが、ドキドキ感を煽る。うぐぐ……ただのシャンプーの香りで、なんでこんなにも心を揺さぶられなきゃいけないんだよ。女の子+シャンプーの香りなんて定番のコンボ……イイじゃないですか!
「……明日、だね」
「……」
寂しそうな瑠璃の声。
俺は我に返って、顔を引き締めた。
……なにを興奮してるんだよ、俺。そんな場合じゃないだろうが。
そもそも、俺は瑠璃にその話をしようとしてたんだ。瑠璃から来てくれたのは、ある意味助かった。自分から行くタイミングを見計らってたからな。
「……瑠璃。真面目な話があるんだけどさ」
「なに?」
「まず、これはもうレナたちには話してあって、了解をもらってるとわかった上で聞いてくれ」
この数日間で、俺が考えたことだ。
「逃げてみないか?」
正直、考えたってほどのことじゃないけど。それが結論だった。
「……え?」
「相手が過激派の企業だかなんだか知らないけど、とりあえず逃げてみるんだ」
「で、でも……そうしたら、お父さんとお母さんが……」
その通りだ。そんなことしたら、親父と母さんがなにをされるかわからない。でも、そこも考えてある。
「サンに協力してもらって、親父と母さんを守ってもらうんだ。それで、相手が本当に強硬手段に出てきたら……警察に行けばいい。いくら裏の顔がある大企業って言っても、警察はさすがに無視できないだろ? あとはなるようになれ、だ」
レナとサンに協力してもらえば、それも不可能じゃないはず。神力アイテムがある。神力アイテムは神子の身を守る防衛アイテムでもある。きっと、親父と母さんを守ってくれるはずだ。
でも、正直、当たって砕けろ。みたいな行動だ。そのあと、どうなるかわからない。
それでも俺は……そうしたいと思った。
瑠璃がこのまま、俺の前から消えてしまうぐらいなら……それぐらいの危険はどうってことない。
「……お兄ちゃんは、いいの?」
「ゼウスが言ってたからな。願いごとは撤回できない。でも、結果がわかっていたとしても、その結果に至るまで、俺たちがどうするかは自由。だから俺はそうしようって思った。ただそれだけだよ」
「……」
瑠璃が俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。瑠璃の体温が、ダイレクトに俺に伝わる。う……心臓がバクバクしてる。たぶん、顔真っ赤だ。
「うん……お兄ちゃんとなら、怖くない」
「……決まりだな」
受け入れてくれたことにほっとする。後は明日、行動に出るだけだ。すでにレナとサンはいろいろと準備してくれてる。昼までに行動しよう。
「……今日は、このまま寝てもいい?」
「……ああ」
抱きつく力を少し強める瑠璃。
……この温もりを、絶対に失いたくない。
そう決意しながら、俺はゆっくりと眠りに落ちた。
「……大好きだよ。お兄ちゃん」
★☆★☆★☆
「……ん……?」
携帯のアラームが鳴ってる。おぉ……もう朝の七時か。最近、考え事ばっかで寝てなかったせいか、熟睡しちまった。
「……瑠璃……?」
……。
……。
……瑠璃がいない。
昨晩はあった、あの温もりが、俺の腕から消えていた。
「……先に起きた、だけだよな」
自分に言い聞かせるように呟く。なんでそんなことを呟いたのか……。
嫌な予感がしてるからだ。
なんだこれ……?
なんだか、もう瑠璃には会えないような不安が押し寄せる。
「……!?」
携帯にメールが来てる。受信時間は……朝の五時!? そんな早朝に? 俺は祈るようにメール送信相手を確認した。
瑠璃じゃありませんように。
そんな俺の希望を打ち砕くように、相手は……瑠璃だった。
『嘘ついてごめんなさい。』
『本当は……早朝に迎えに来る約束だったの。』
『お兄ちゃんが逃げようって言ってくれたの……本当に嬉しかった。でも、やっぱり駄目。お兄ちゃんたちに迷惑かけられないよ。』
『これは……私の責任だから。私が悪いから』
『最後まで勝手なことばっかりして、ごめんなさい。』
『ありがとう。さようなら。 瑠璃』
「……」
迷惑だって?
そんなのいくらだってかけろ。瑠璃が傍に居てくれるなら……そんなの……。
……禁止だって言ったのに。
叱りに行かなきゃな。
もう……自分が悪いなんて言うなって!
「くっそ!」
五時にメールが送られたってことは、少なくとも瑠璃が家を出てから二時間経ってる。間に合うか!? すぐにレナを起こして、サンと雫にも連絡を――。
「――!?」
部屋を出ると、ミレイが廊下の壁に寄りかかっていた。
「……どこに行くのかしら?」
「……瑠璃のところに決まってるだろ。邪魔すんなよ?」
「邪魔はしないわ。でも……」
今日のミレイには、あの妖艶な笑みはない。
真面目で……強ばった表情をしている。
「君はどうして、他人のためにそこまでするの?」
「……どういう意味だよ?」
「自分以外の人のために、どうしてそんなに必死になれるのかって聞いてるの」
前にも聞かれたことがあるな。
なんで、他人のために願えたのか。
それと同じ意味で聞いてるんだとしたら、俺の答えも同じだ。
「前にも言っただろ? それが俺なんだよ」
「……」
そんなことを聞くために、わざわざ待ってたのか? そんなこと話してる場合じゃないってのに。
「わかったら、もういいだろ? 俺は瑠璃を追いかけなきゃいけないんだよ」
「願いごとの撤回は不可能。それがわかった上で、やっぱり行動するのね?」
「それも前に答えただろ。俺の答えは変わらない」
「君たちの行動で、あの子の想いを無駄にすることになっても? なんのために、あの子が自分を犠牲にしてるか、わかってるのかしらね? それはただの、君の自己満足じゃないのかしら?」
瑠璃の想い。
そんなの、痛いほどわかってる。
瑠璃は俺たちに迷惑をかけたくない。絶対に。そういう奴なんだ。それは……俺が一番よく知ってる。でも、
「関係ない」
瑠璃の想いとか、そういうのは全部別の話だ。
例え、俺たちになにかあったとしても……。
「俺は瑠璃が居なくなる方が、百倍嫌なんだよ」
ただ、それだけだ。
瑠璃が居なくなった後のことなんか、どうでもいい。俺たちが平穏に暮らせるとか、そんなのどうでもいい。瑠璃が居なくならないために、今、俺にできることをしたいだけだ。
「……なんで?」
ミレイの声が、少し震えていた。
……こんなに感情を表に出したミレイは珍しい。声に出るほど。
「状況はすでに動いてる。あの子もそれを受け入れてる。あなたはもう諦めていい。そんな要素しかないのに、なんで諦めないの?」
「……」
なんで、か。
それが俺だから。って、また言ってもよかったけど、それよりも……。
「ミレイも、大事な人ができればわかると思うぞ」
「……大事な人? そんなの、誰も居ないわ」
「だから、いつかできたときのために、覚えておけよ。そうしたら、今の俺と同じ行動に出るはずだ」
「……大事な人ができたとき?」
大事な人を失いたくない。
諦めない理由なんて、それ以外になにもない。
「大事な人を作る。人の願いを叶える使命に縛られた神子に、そんな権利あるのかしら?」
「当たり前だろ。ミレイの人生はミレイの物だ。誰にも縛る権利はないんだよ」
話してる時間が惜しい。俺はミレイの横を通り過ぎて……行こうとして、一度振り返った。
「一つ、お前の言う通りかもな」
「え?」
「ただの俺の自己満足。そうなのかもしれない。俺は……瑠璃に居なくなってほしくない。だから、俺は俺のためにやってるのかもしれないな」
「……」
ミレイはそれから、なにも答えなかった。
伝わったかな? 俺の気持ち。
とにかく、早くレナを起こさないと! 作戦をすぐに実行に移す!
「……瑠璃」
言っただろ。
俺は、絶対に諦めないからな!
★☆★☆★☆
「大事な人……」
葉介の背中を見つめながら、ミレイは呟いた。
自分にも、大事な人ができれば、理解できるのだろうか。
今は到底理解できない。天坂葉介の気持ちが。
「……あの子は……」
自分の願い人になった少女のことを考える。天坂葉介が、あれだけ大事に想っている、血のつながっていない兄妹。
「大事な人と離れる。どんな気持ちなのかしらね……」




