story13「います」
『さぁて! 選考結果の末に、本戦へと出場した四名をご紹介したいと思います!』
まぁたこいつの解説と進行か。正直、テンションについていけないんだけど。俺がついていけないテンションって相当だぞ。マジで。
『一年D組。姉崎桃香さん! 一年生とは思えないほどの巨乳! スタイルはおそらく、勝ち残った四人の中でダントツ! 胸に顔をうずめたい! という声が多く届いていました! 私もうずめたい!』
セクハラじゃね? これ。
『続いて一年F組。望月春奈さん! 緩い笑顔に癒されたいという意見が多数! 顔も性格も緩いけどそれが良い! 頭を撫で撫でしたい! 私がしたい! 世話を焼きたくなる女子生徒ランキング一位という経歴の持ち主です!』
そういうランキングっていくつあるの? ていうか緩い笑顔ならレナが一番に決まってるだろ。
『そしてやっぱり勝ち残りました! 今ミスコンの大本命! 一年C組。星野七瀬さん! 可愛い! とにかく可愛い! 可愛すぎて辛い! ペロペロしたい! 全力でしたい! アイドルの肩書きは伊達じゃない! 優勝候補というかすでに優勝したのではないでしょうかぁ!』
可愛い言いすぎだろ。いい加減ペロペロやめろ。気持ち悪いを通り越して怖いっての。
『おぉっと! しかし、まだこの人が居ました! 星野さんに続いて期待値マックス! 一年B組。天坂瑠璃さん!』
そして、瑠璃の紹介。
やっぱり、本戦に勝ち残った。誇らしいことのはずなのに、俺は複雑な気分だ。
『ご存知、妹にしたい女子生徒ランキング一位! ぎゅってして頭を撫で撫でしたいという声が全力で届いています! 甘いですねぇ。私なら撫で撫でした上で額にチューしますよ! もう全力で愛でてやりますよ! スタイルは他の三人に比べると控えめですが、むしろそれが良い! 全く何も問題ない! あなたはずっとそのままで居てくれ!』
あ、こいつ。死んだな。雫に殺されるな。ご臨終。冥福だけは祈ってやるよ。それから、問題ありすぎだろ。そんな特殊な趣味の奴を煽るんじゃない。
『さてさて、以上が本戦に勝ち残った四名です。これから、各一人ずつ、アピールタイムが始まります! 事前に受け付けた質問も、こちらで厳選し、後に私がご本人に質問しますので、お楽しみにー』
質問? そんなシステムあったの?
質問……本当に厳選してんだろうな? あんまり際どい質問だと、マジで校長先生に怒られるぞ。
『アピールタイムは一人十分程度で予定しています。女子生徒たちの準備が整いしだい始めますので、みなさん! ムラムラしながらお待ちください!』
ムラムラしてんのてめーだろうが。
しばしの待ち時間。瑠璃たちは今頃、ステージ裏で準備中だろうな。アピールタイムって……瑠璃、大丈夫か?
「葉介。雫はなんで唸ってるんですか?」
「瑠璃のお付役としてステージ裏に行ったら、関係者以外立ち入り禁止って言われて追い出されて悔しがってるんだ」
「……」
まぁ仕方ないだろう。こればかりは、さすがに雫も強攻策に出るわけにもいかない。
「アピールってなにをやるんでしょうね?」
「なんでもいいんだろ。得意なことでも、主張でも、私はこんな感じです~ってのなら」
「じゃあ瑠璃は料理をアピールすればいいんじゃないですか? 料理を作って、みんなに食べてもらうとか!」
「……いや、さすがにそれは無理だと思う」
料理が得意ですって言うぐらいはいいと思うけど、料理を作るとなると時間かかるし、十分じゃ時間が足りないだろう。あらかじめ作るにしても、もう遅いし。
「瑠璃ちゃんは可愛い。それだけで充分よ」
「……いや、可愛いだけならみんな可愛いから駄目だろ」
アピールでもなんでもねぇよ。
そんなに難しく考えなくても、ただ喋るだけでいいと思うけどな。瑠璃なんて、喋れるかかどうかも怪しいんだから。
……こんなことしてていいのか?
このままだと、瑠璃は家から出て行かなくちゃいけないのに。こんなことしてる場合じゃないのに。
相手は過激派の企業。逆らうと、どうなるかわからない。瑠璃の叔父も、親父と母さんを盾に、瑠璃の意見を全く無視してた。
……でも、
逆らうとどうなるかわからない。下手なことをしないほうがいい。それがわかっていても、俺は……。
自分の中で、一つの答えを出してる。
それが正しいのかはわからないけど……取り返しの付かないことになるかもしれないけど……。
俺はそうしたい。
レナのときみたいに、俺がそうするべきだと思うんだ。
『さぁて、準備が整ったようですので……いよいよアピールタイムを始めます!』
俺の思考とは裏腹に、周りは盛り上がる。うるせぇなぁなんて思う俺は、今ちょっと心が荒んでるのかもしれない。
『さっきのご紹介の順に行いますので、自分はこの子を押す! というときだけ前に出てきていただいてもいいですよ~。逆に、押してないときは適当に相槌してればいいと思いますよ~』
お前、そのうち殴られるぞ。
アピールタイムが始まって、さっき紹介された女子生徒たちが、思い思いに自分のことを主張する。うぅん……どの子も人気あるな。予選を勝ち抜いたんだから当たり前だけど。
でも中でもやっぱりすごかったのは、
「「「七瀬ちゃあぁぁぁぁん!」」」
虹色7メンバー。現役アイドルの星野七瀬。
「みんな~。ありがとう! 私に投票よろしくね! きゃは♪」
きゃは。なんて……リアルで言うんだな。さすが、アイドルは違う。衣装もたぶん、実際のアイドルグループの衣装っぽいし。ファンにはストライクだろう。なんだこれ? ここはライブ会場かよ。
「……」
雫が、珍しく、可愛い女の子相手にめっちゃ鋭い目をしてる。ぶりっ子が嫌いってのは、マジなんだな。確かに、俺もさっきのきゃはには腹が立ったけど。
それにぶっちゃけ、見た目だけで言うなら、前二人の女の子と大差ないと思う。歌って踊れて私は可愛いアピールするだけで、こんだけ人気が変わるのか。恐るべしだな。アイドル。
『さぁさぁ! 盛り上がってまいりました! では、最後の生徒に参りましょうか! 一年B組。天坂瑠璃さんです!』
そして瑠璃の番が来た。
うぅん。俺まで緊張してきた。瑠璃、大丈夫かな?
ステージの横から瑠璃がひょこっと顔を出して、ステージ中央まで歩いて……あ、こけた。あんなドレス着たことないから歩きにくいんだろうな。「あうっ……」て声が可愛かったのか、それだけで周りは大盛り上がり。おいコラ。こけて大盛り上がりってなんだよ。誰か一人ぐらい心配しろ。
『おっと、大丈夫でしょうか?』
「だ、大丈夫です……」
顔が真っ赤。さっきよりも真っ赤だ。トラウマにならなきゃいいけどな……。
『さぁて、瑠璃さんはなにで自分をアピールしてくれるのでしょうか?』
期待の視線。とは言っても、瑠璃にそんな期待に沿えるようなアピールができるとは思えないけど。小さい頃なんか、店でなにか買うとき、レジで店員と話すのだって恥ずかしがってたんだぞ。
『みなさん。瑠璃さんのアピールをとても楽しみにしているんですよー』
ハードル上げるんじゃねぇよ。瑠璃はそういうの向かないんだって。それは俺が一番よく知ってるんだよ。
「……」
もう見てて可哀想なぐらいに顔が真っ赤。そしてなにもできない瑠璃。これ……もう止めてやるべきじゃないか? 優勝とかどうでもいいから。
……優勝はどうでもいい。俺の願望が入ってるかもしれないけど。
一歩、俺がステージに向かって足を踏み出したときだった。
「瑠璃ー! 笑顔ですよ! 笑顔!」
レナが叫んだ。お手本を見せるように、満面の笑みで。
「……」
瑠璃はちょっときょとんとして、それでもこのままじゃ駄目だと思ったのか、勇気を振り絞るように顔を振って、
「……(ニコッ)」
笑顔を作った。
いや、顔が真っ赤なままで、恥ずかしそうな表情が混ざってるけどね。でも、それが……なんだこれ、逆に可愛い。
「ぐっふぅ!?」
「あぐはぁ!?」
「……(無言で倒れる)」
男女問わず、生徒たちに会心の一撃。あまりの可愛さに体を震わせて余韻に浸る生徒と、あまりの可愛さにその場に倒れる生徒が多数。た、ただの笑顔でこの破壊力だと……。
『ぐ、ぐふ……ただの笑顔でこの破壊力……なんてことでしょう……』
こいつと同じ発想だってことがちょっと悲しくなった。
でも実際、ただの笑顔でこれじゃ……瑠璃、もう充分だぞ。これ以上なにかやると死人(萌え死に)が出てもおかしくないぞ。
「る、瑠璃ちゃん……」
俺の横でも、今にも倒れそうなほど過呼吸な奴がいるし。雫、お前……自分が女だってわかってるよね? まぁ他の女子生徒も似たような感じだけど。男女問わず、瑠璃の人気は絶大だ。
『うぐ……私が倒れるわけには……さ、さてさて……これ以上、天然でアピールされると私たちが危なそうなので、ちょっとこちらから聞いてみましょうか……』
天然でアピール。確かに、天然ほど怖いものはないかもしれない。瑠璃は別にみんなに可愛さをアピールしたわけじゃなくて、なんとか自分にできることはやっただけだ。それでこの結果。恐ろしいな。
『瑠璃さんはなにか得意なこととかはあるのでしょうか?』
おい。質問タイムはまだだろ。実況が先に質問するなよ。
「得意なこと……あ、私は、料理が得意です」
でも、瑠璃が自然と答えられてるから結果オーライ。レナもさっき言ってたけど、瑠璃の料理は充分に特技だと言っていい。
『おぉ! 料理ですか! 瑠璃さんの料理を食べられる人は幸せでしょうね~。主に、誰に作ってあげているのでしょうか?』
だから質問タイムじゃねぇだろ。質問攻めにするんじゃねぇよ。
「えっと……家で、美味しいって食べてくれる人がたくさんいるので、私はその人たちに作ってあげるのが大好きです」
……俺たちのことだな。
作ってあげるのが大好き。そんなふうに思ってたんだな。
『いいですねぇ! いいですねぇ! 私も作ってもらいたい! いくらでも美味しいと言って差し上げるのに!』
てめーの意見はどうでもいいんだよ。
『さぁて……アピール時間ということで、もっといろいろやってもらいたいところですが、おそらく、会場のみなさんは私と同じ気持ちのはず! もっといろいろやってもらうよりも! やってもらいたいことは一つ!』
は? なに言ってんのこいつ。興奮しまくりで暴走したか?
『さっきの笑顔で、お兄ちゃん大好き、と言ってもらいたいぃぃ!』
なんでそうなる。
でも、会場の男子生徒たちからは「うおぉぉぉ!」と同意の声が。おい……瑠璃にそんなこと言わせるのか? 雫がそんなこと黙ってないだろ。
「意義あり!」
ほらな。さっそく雫が抗議した。手より先に口を出したのは、全校生徒の前だってことがあるだろう。さぁ雫、言ってやれ! そんな瑠璃の意思を無視したことを無理やりやらせるなんて――。
「お姉ちゃん大好き。のパターンも要望するわ!」
こいつも同類だった。
そして女子生徒から同意の声が。もう嫌だ。この学校。
『これは失礼いたしました。確かにそうですよね。瑠璃さんにお姉ちゃんと呼んでもらいたい人も多いはず。でわ! お兄ちゃんとお姉ちゃんの2パターンでお願いしましょうか!』
「え? ……え?」
戸惑う瑠璃。勝手に話が進んでるからな。そりゃそうだ。
瑠璃、嫌だったら嫌だって言うんだ。それぐらいの権利はあるぞ。
でも……そこで嫌だって言えないのが瑠璃なんだ。
それも、俺が一番よくわかってる。
「……」
会場からの目線(興奮した生徒たちの)に、瑠璃は一回顔を伏せてから、ゆっくりと、望まれている言葉を口にした。
「……お、お兄ちゃん……大好き……」
さっきの笑顔+定番の台詞。
会場の男子生徒が一気に膝から崩れ落ちた。会心どころじゃない。殺人級の一撃。一人ぐらいは幸福すぎてマジで逝ってるかもしれないぞ。
ていうか……リアルに瑠璃のお兄ちゃんである俺は……。
「……」
ちょっとドキッとしてたりする。
今のが、無理矢理に言わされた言葉だとしても……俺の心が動いたのは間違いない。
……なんでだろうな。
なんで俺は、こんなにドキドキしてるんだろうな。
瑠璃は妹なのに。妹に好きって言われた(仮だけど)だけなのに。
本当、訳わからない。
「お、お姉ちゃん……大好き……」
あ、ちゃんとそっちのパターンもやるのね。
2パターンの台詞で、会場で立っている人間はほぼいなくなった。なんだこれ? 覇○色の○気? 五万人とか一気に倒せるんじゃないのか。
『……こ、これ以上は私が持たないので……最後に質問タイムと行きましょうか……と言っても、厳選した結果、瑠璃さんへ許されたのは一つの質問だけですが……』
倒れろ。無理するな。お前はむしろ倒れとけ。静かになっていい。
厳選って、確か先生たちがするんだよな? 通ったのが一つだけって、どんだけ際どい質問ばっかりだったんだよ。
『それでわ……瑠璃さんへ質問です!』
もういいから早く終わってくれ。瑠璃がそろそろ限界だ。
『瑠璃さんは今、好きな人がいますか?』
……厳選した結果がこれ? ドストレートすぎるだろ。先生たちよ。こんなもん人前で言わされる生徒の身にもなってみろよ。たぶん、青春を桜花みたいな感覚で考えてるんだろうけど。もう少しセキュリティを強くしてくれ。
「……」
顔を真っ赤にしていた瑠璃が、今日一番に、真面目な顔になった。
……言うのか? 答えるのか? 別に誤魔化してもいいところだ。わざわざ正直に言わなくても……。
「います」
迷いのない声だった。
『おぉっと! これはすごいカミングアウト! 瑠璃さんには今、好きな人が居るらしいですよぉ!』
男子生徒がざわつき始める。自分だ。いや自分だとあちこちから声がする。自惚れもいいところだなお前ら。別にこの学校にいるとは限らないだろうが。
なんだろう。俺は知ってたはずなのに。
瑠璃に好きな人が居るって、知ってたはずなのに。
……なんだか胸が痛い。
実際にもう一度、本人の口から聞くと、チクチクする。
好きな人、居るんだよな。瑠璃……。
『さすがに、その人の名前までは教えてもらえないですよねぇ?』
「え、えっと……それはちょっと……ごめんなさい……」
『あ~いえいえ! 聞いてみただけですからお気になさらずに!』
正直、その後のステージの会話はあんまり頭に入ってこなかった。
瑠璃に好きな人。そればっかり考えて。
ぼーっと立ち尽くして、時間が過ぎて。
いよいよ、ミスコンの最終結果発表のときが来た。




