story9「好きな人」
次の日の放課後。俺はまた瑠璃の教室に向かうことにした。
今日は明らかに、朝から瑠璃は元気なかった。声をかけても、どこか上の空だったし、様子を見に行ったほうがいい。
「葉介。瑠璃の所に行くんですよね?」
教室を出ようとした俺を、レナが呼び止めた。心配そうに瑠璃にことを見てたからな。気持ちは俺と同じだろう。
「私たちも行くわよ」
「え? 雫も?」
「…‥なによ? 私がいたら駄目なの?」
駄目じゃないけどさ。お前、瑠璃に抱きつくからな。
まぁ断る理由はない。俺一人よりはいいだろうし。
「昨日……なにかあったんですか?」
「ん? ああ……」
そういえばまだ説明してなかったな。
俺は昨日の出来事を説明した。瑠璃の叔父さんが来たことと、瑠璃がウチに居れるのは、あと一週間だってことを。
「葉介ぇ! なんでその叔父をぶん殴らなかったのよ!」
「ぐえぇ!? な、殴ってどうすんだよ……」
「そいつを殺れば瑠璃ちゃんがここに残れたかもしれないじゃないのよ!」
今まさに俺が殺られそうです! く、首! 首が絞まってるから!
「お、お前はとりあえず相手を殺るって発想から離れろ……」
「瑠璃ちゃんのためなら犯罪なんて怖くないわ」
こいつ。マジで殺りそうで怖い。
「一週間……もうそれだけしか時間がないんですね」
「……まぁ瑠璃が元気なかったのはその話を聞いたせいだと思う。心配だからな。ちょっと様子を見に行く。とりあえずレナ。雫に俺の首から手を離すように言ってくれ……」
なんとか雫を俺から引き離して、宥めながら一年の教室に向かう。なんだこれ……俺は凶暴な猛獣でも飼ってるのか? いや、猛獣のが可愛いもんか。
「……あれ?」
一年B組の教室を見渡しても……瑠璃の姿がない。
「いませんね。瑠璃」
「まさか帰っちゃったの?」
「……まぁいないならそうなのかもしれないけど」
大体は俺たちと一緒に帰ってたから、勝手に帰るのはあんまり考えられないけど。委員会があったりするときはメールが来てたし。
まだ校内にいるかな。と、昇降口あたりを探してみようと思ってたら、
「あ、あの」
三人の女子生徒が声をかけてきた。
「なに?」
「……瑠璃ちゃんの、お兄さんですよね?」
「そうだけど……」
瑠璃の友達か? 声をかけられると思ってなかったから、ちょっと戸惑う。だって教室に来た知らない先輩に声をかけないだろ。普通。
「瑠璃ちゃんが転校しちゃうって……本当なんですか?」
「……」
なるほど、もう学校にも話が来てるのか。瑠璃の叔父さん、ずいぶんと手が早いな。
転校……っていうか、養子に行くから、学校に行けるのかどうかもわからないな。
「せっかく仲良くなったのに……どうしてこんなに急に転校することになったんですか?」
「瑠璃ちゃん……今日はずっと寂しそうな顔してました」
「どうしても転校しなきゃいけないんですか? 私たち、瑠璃ちゃんと一緒に卒業したいです!」
俺たちだけじゃないんだ。瑠璃と一緒に居たいのは。
赤ヶ丘に入学してから、瑠璃が築き上げてきた居場所。正直、引っ込み思案な瑠璃が学校に馴染めるかどうかってのを、最初は気にしてたりしたけど、俺の杞憂だったみたいだな。
瑠璃にはこんなにも、想ってくれる友達がいる。それが嬉しかった。
「……俺からはまだなにも言えないけど、大丈夫。俺もまだ諦めてない。だから……瑠璃が本当にいなくなるときまで、友達でいてあげてくれる?」
本当に、瑠璃がいなくなるまで。俺は諦めない。
だからこの子たちには、そのときまで瑠璃を支えててほしい。
「……はい! もちろんです!」
諦めるわけにはいかないな。やっぱり。
「大丈夫よ! 瑠璃ちゃんを転校だなんて絶対させないから!」
「「「きゃあっ!?」」」
雫が女子生徒三人に抱きついた。こいつは女の子なら誰でも抱きつくな。初対面の相手にはもう少し抑えてほしいな。
さてと……とりあえず瑠璃を探そう。
「葉介? どこに行くんですか」
「瑠璃を探す。とりあえず靴があるかを確認してみる」
昇降口で下駄箱を確認。瑠璃の靴は……まだあるな。ということは、まだ校内にいるってことだ。なにか用事があるのか?
「手分けして瑠璃を探すか」
「そうですね」
「葉介が見つけたら、声をかける前に私に連絡するのよ」
なんでだよ。意味わからん。
手分けして、俺が一階、レナが二階、雫が三階を探すことになった。ちなみに一階は体育館とかも含まれる。つまり、俺が一番範囲がでかい。押し付けられました。ちくしょう。
つっても……一階のメインは一年の教室と職員室と校長室ぐらいだけどな。あとはもう部活動の部室とかだ。でもそこは除外していいだろう。
あ……そうか。校長室。充分可能性はあるな。個人的にあんまり行きたいところじゃないけど、仕方ない。
★☆★☆★☆
「し、失礼します……」
うぐぐ……単体で校長室ってのはかなりきついな。いや、美人の校長先生なんだけどさ。性格がちょっときついっていうか……。
「天坂君? なにか用かしら。今日は一人なの?」
書類とにらめっこしていた校長先生は、、相変わらずどこか人を寄せ付けないような冷たい目を俺に向けてきた。背筋がちょっとヒヤっとする。
「えっと……瑠璃が来てませんかね?」
「瑠璃? ああ……妹さんね。来てないわよ」
ハズレか。あとは職員室も可能性としてはあるか。先生の誰かに用事があるのかもしれないし。
「そうですか。じゃあ失礼しました……」
「まちなさい」
さっさと退出しようとした俺を、校長先生が呼び止める。おもわず体がビクっとする。
「な、なんでしょうか? 俺、なにかしましたか? 校長先生の逆鱗に触れたでしょうか?」
「なにを言っているの? そうじゃなくて……昨日、突然妹さんを退学させるという連絡があったの」
「……」
瑠璃の叔父さんだな。本当、手が早い。
「……どうなっているの? こんなに急に退学させようなんて、普通じゃないわよ。しかも連絡してきたのはご両親じゃなくて、叔父を名乗る人だったのよ。ご両親にも確認して……今日、書類が届いたけど」
話がどんどん進んでるな。これは本当にうかうかしていられない。
「……ちょっといろいろありまして」
「いろいろ?」
「まぁいろいろです」
「そのいろいろがなにかは聞かないほうがいいのかしら?」
「……できれば」
校長先生は神子のことを知ってるけど、さすがに堕ちた神子とかそういう話は、校長先生にする話じゃない。
「……なら詳しくは聞かないわ」
「助かります。それと……まだ瑠璃が退学するとは限らないんで、最後まで手続きは待ってもらえますかね」
「……また特別扱いかしら?」
「う……」
ジロリ、と見られる。睨まれるよりも効果あるぞ。あの目。怖い。
「まぁいいわ。普通じゃないのは明らかだし。ウチの学校の方針は、生徒の意思最優先ですからね」
「ありがとうございます」
なんだかんだ言って、良い人だよな。美人だし。
★☆★☆★☆
「いないなぁ……」
職員室にもいなかった。一年の他の教室も全部覗いたけどいなかった。後は体育館ぐらいだけど……すでに部活動が始まってたから、中にはいないだろう。だから体育館裏の倉庫のほうを探しに来たんだけど。
「さすがにこんな所にいないよなぁ」
倉庫なんて、授業で道具の出し入れするときしか来ないし。瑠璃が放課後にこんな所に来る理由もない。ぶっちゃけ駄目元。そう思って来たんだけど、
「……あ」
いた。体育館裏の倉庫の前で、瑠璃を見つけた。
でも……一人じゃない。瑠璃の前には、一人の男子生徒がいた。一年生か? 瑠璃は目線を合わせようとしないけど、男子生徒のほうは瑠璃をじっと見つめてる。
……なにやってんだ? こんな所で。
「手紙……読んでくれたかな?」
男子生徒が震える声で口にした。
手紙? 手紙って……なんだ?
「うん……」
瑠璃もそれに答える。男子生徒もそうだけど、瑠璃も顔が真っ赤だ。
……これってもしかして。手紙って単語から想像するに……学校生活で定番の……。
「俺と……付き合ってくれないかな?」
告白。
マジか? マジで告白なのか? 瑠璃が? 瑠璃が告白されてるのか?
俺はサッと壁に隠れた。
なんで隠れたんだ? 俺。
いや、そりゃ隠れるだろ。だって告白の現場に鉢合わせたんだから。しかも妹の。
「……」
瑠璃は答えない。
返事を待つ男子生徒。
瑠璃……なんで……そんな困った顔してるんだよ。不安そうな顔してるんだよ。
そして……なんだ? 胸がチクチクする、この感覚は。
レナが神界へ帰ることを考えたときと、同じ感覚だ。
……どうしたんだよ。俺。
「ごめんなさい……」
瑠璃は断った。俺は心底ほっとする。
……ほっとする?
なんで? なんで俺はこんなにほっとしてるんだよ。
訳わからん。マジでどうしたんだ、俺。
「な、なんで……?」
「私……好きな人がいるから……」
(瑠璃に好きな人!?)
声が出そうになった。危ね。
好きな人? 瑠璃には……好きな人がいるのか?
また胸がチクチクする。さっきよりも強い。もはや痛いと言ってもいいぐらいだ。
いやいや、そりゃ高校一年生にもなれば、好きな人の一人や二人いるだろ。そんなに驚くことじゃない。
……でも、なんなんだよ。この気持ちは。
「そ、そっか……わかった」
男子生徒が泣きそうな顔で、こっちに走ってきた。やべ。見つかる。
壁に張り付いて一体化でやり過ごした。勇気を出して告白して、その結果が断られた。可哀想だけど、こればっかりは仕方ない。人の感情ってのは理屈じゃない。好きか好きじゃないか。だからな。
「……お兄ちゃん?」
「うおぉ!?」
しまった! 男子生徒に気を取られて、瑠璃に見つかった! 変な悲鳴が出ちまって、格好悪いし気不味い。瑠璃はたった今告られたばっかりなんだぞ!
「よ、よう……教室にいなかったから探しに来たんだ。一緒に帰ろうと思ってな」
「……そっか。じゃあ私、教室に鞄取りに行くね」
あれ? もしかして覗き見してたのばれてない?
逆に不自然なぐらい、瑠璃はいつも通りの笑顔。告白されたばっかりだってのに。
まるで、俺には知られたくないかのように、平然を装ってる。
教室に向かって歩いていく瑠璃の背中を見て、前に浅賀が言ってた話を思い出した。
瑠璃……人気があるんだよな。そりゃ告白の一つや二つ、されて当たり前だ。
……胸がチクチクする。またかよ。
なんなんだよ。一体。
まるで俺は……瑠璃が告白されるのが嫌みたいじゃないか。
★☆★☆★☆
「葉介~。瑠璃~」
昇降口でレナと雫と落ち合った。瑠璃はさっきのことがなかったかのように、いつも通りに二人と接する。
……告白されたってのに。
いや、それだけ本当に相手に興味がなかったってことか。
それだけ……別に好きな人がいるってことか。
「葉介。あんたが先に瑠璃ちゃんを見つけたら、声をかける前に私に連絡しろって言わなかったかしら?」
え? あれってガチで言ってたの? 理不尽もここまで来ると気持ちいいな。
「葉介葉介。これ見てください!」
「ん?」
レナがやけにテンション高く、昇降口に貼ってある張り紙を指さした。
なんだこれ? ミスコン?
「近所のデパートでこんな時代遅れなコンテストやるのか?」
「違いますよ。ウチの学校でやるんです!」
「……は?」
ウチの学校でミスコンだって?
よく張り紙を確認してみると、確かにウチの学校でやるみたいだ。しかも、新入生の一年限定。おいおい……教育の場である学校でこんな企画を開催してもいいのかよ。
日付は来週の水曜日。授業を休みにして、一日ミスコンで使うらしい。こんなの校長先生がよく許したな。
「すごいのはここからですよ!」
「ん?」
レナが張り紙の下に書いてある、生徒の名前を指差す。これは参加者の名前か? あー……事前に告知しておくことで、注目度をあげようってことか。
……って、おい。生徒の名前の中に、信じられない名前を見つけた。
「……瑠璃。ミスコン出るのか?」
一年B組。天坂瑠璃。しっかりと、我が妹の名前が書かれていた。
「えぇっ!?」
めちゃくちゃに驚いてる瑠璃。どうやら、本人は知らなかったらしい。
「わ、私……聞いてないよ!」
「でも名前あるぞ」
「……」
瑠璃ははっとして、なにか心当たりがあるのか、走って自分の教室に戻っていった。俺たちも後を追う。一年B組の教室に行くと、瑠璃が一人の男子生徒に詰め寄っていた。
「新島君! 私、ミスコンの話なんて聞いてないよ!」
瑠璃にしては珍しく大きな声。本気で困ってるときだ。あれは。
「す、すまない……委員長として詫びる……」
この男子生徒、クラス委員長なのか。こういう催し物の決定権は委員長にあるし。だからって勝手にエントリーはひどいけど。
「で、でも! これは君のためでもあるんだ!」
「え?」
「ミスコンは各クラスから二人ずつ。計十二人で行われる。そして優勝したクラスには特別報奨金が出る。その報奨金で……君のお別れ会を盛大に行おうと、クラス内で話がまとまったんだ」
理由を聞いて、瑠璃は少し口ごもる。自分のため、なんて言われたら、そりゃこれ以上責められなくなる。
「そして、ミスコンで一番優勝できる可能性があるのは君だと……これもクラス内で話がまとまったんだ。君に内緒にしてたのは悪かった……できれば、お別れ会のことも内緒にしておきたかったんだが……」
瑠璃に問い詰められて、つい言っちまったってことか。周りにいた生徒から、少し白い目で見られてる委員長君。
「……で、でも……私、ミスコンなんて……」
ただでさえ、恥ずかしがり屋の瑠璃だ。確かにミスコンなんてきついだろうな。それは俺が一番よく知ってる。瑠璃はそういうコンテストに向かない。
大体、ミスコンなんかでもし優勝したら……。
「葉介?」
「……んあ?」
「真面目な顔してどうしたんですか?」
レナ。俺が真面目な顔したらおかしいみたいに言わないで。
……俺の頭に浮かんでたのは、さっきの、瑠璃が告白されたときのことだ。
ミスコンなんかで優勝したら、また瑠璃は告白されるんじゃないか。そう思っただけだ。
俺は……それを嫌がってるのか?
なんで?
なんで俺はこんなに嫌な気持ちになってるんだよ。
「瑠璃ちゃん。やりましょう!」
雫がガシッと瑠璃の手を握る。なぜか、やる気満々だ。
「可愛い衣装で瑠璃ちゃんの晴れ姿が見れるなんて、これ以上の喜びはないわ!」
それが理由ね。確かに、衣装は各自自由って書いてあった。普段から瑠璃を着せ替え人形にしてるからな。雫にとってはこれとない機会ってことか。
「瑠璃なら優勝できますよ~」
レナもノリノリだ。そもそもレナ、ミスコンの意味わかってるのか? 女の子が自分の可愛さを競うんだぞ。裏では女同士の醜い争いがあるんだぞ(偏見)。
「お兄ちゃん……」
俺にも意見を求めてくる瑠璃。
俺は……。
「……瑠璃が嫌じゃなければ、やってみてもいいんじゃないか?」
それしか言えなかった。
だって、普通に言っちまいそうだったからな。
出るんじゃない。
瑠璃が遠くに行っちまいそうで。
……このままだと、瑠璃は本当に遠くに行っちまうんだけど。それとは別に、本当に手が届かないところに行っちまいそうで。
「……うん」
クラスメートの気持ちもあって、瑠璃は頷いた。
自分のお別れ会の費用を自分で稼ぐってのも、微妙な気分かもしれないけどな。
お別れ会……か。
本当に、お別れにならないように、考えないとな。
最後まであがく。俺はそう決めたんだ。




