story6「ここに居たい」
「葉介。殺りに行くわよ」
「……」
いきなりなに言ってんだこいつ? 朝っぱらから教室で。
「……なにがだ?」
「決まってるでしょ! 瑠璃ちゃんを私から奪おうとする輩をよ!」
輩って。相手は大企業の社長だぞ。
「つーか、なんでお前がその話知ってるんだ?」
「昨日、レナから電話で聞いたの」
レナが話したのか。純粋に、相談のつもりだったんだろうけど、雫は瑠璃のこととなると暴走するからな。しばらく黙っておこうと思ったけど。
「大体、まだ相手の情報とか一切ないからな?」
「じゃあ瑠璃ちゃんを騙した神子を殺りに行くわよ」
こんどはそっち?
「……女の神子だぞ?」
「だからなによ?」
「いや……なんでもない」
歳上には興味ないってか。基本、雫のストライクゾーンは同い歳か歳下だからな。
「あと、いくらお前でもタイマンじゃ分が悪いと思うぞ」
「はぁ?」
「サンが遅れを取るほどの相手だからな」
それを聞いて、さすがの雫も難しい顔をした。サンの強さは知ってるからな。なにせ神子食いをあっという間に倒したほどだし。
「じゃあサンと二人がかりで殺りに行くわ」
「とりあえず、殺るから離れろ」
確かに、サンと雫が組んだら倒せそうだけどさ。
でも、ミレイを倒したところでなにも解決しない。無駄な苦労だ。
だからどうしようか考えてるんだけど……まだなにも良い案は思い浮かばない。カールとサンはどうにもならないって言ってた。だからってなにもしないわけにはいかないけど。
「……瑠璃ちゃんは?」
「ん? あー……朝はけっこう普通だったけどな。昨日はずっとレナが付いてたけど」
瑠璃は変わらず、朝起きたらいつも通り家事をして、普通に学校に来てる。
まぁ見た目は変わらず、って言い変えるか。
心の中ではたぶん、いろいろ考えてるんだろう。それを表に出さないだけで。
「あれ? そういえばレナは?」
「今日は休みだ」
「なんで?」
「サンと一緒に神界に行ってる」
堕ちた神子と遭遇したこととか、いろいろ報告に行ってるんだ。レナはもう神子じゃないから、手続きとかいろいろ面倒らしいけど、今回は特別にって言ってた。
……なにより俺は気になっていることがある。
「……雫はわかるか?」
「なにがよ?」
「瑠璃がなんで俺と兄妹じゃなくなることを願ったか」
まぁそれは間違った形で、本当の意味での瑠璃の願いはわからないんだけど。実は一番気になってることなんだ。
「……むしろ、あんた本当にわからないわけ?」
「は? わからないから聞いてるんだよ」
「……鈍感って、過剰だと罪かもしれないわね」
なんだよ。レナといいサンといい雫といい。わかってるなら教えてくれてもいいだろうが。鈍感鈍感言いやがって。
けっきょく雫も全く教える気がないらしい。そのせいで、俺は授業中もずっとそのことを考えるはめになった(別に授業を真面目に受けない言い訳じゃないぞ)。
瑠璃はなんでそんなことを願ったのか。
最近の瑠璃の様子と関係あるのか? とは言っても、瑠璃の様子がおかしかった件についても、俺はなにもわかってないんだ。
……もしかして、みんなが言うように、俺が鈍感……ていうか知らなすぎなのか?
そんなモヤモヤした思考が頭を駆け巡って、あっという間に昼休みになった。思考をフル回転させるだけでも、腹は減るんだな。腹虫がグーグー鳴いてる。
「……」
瑠璃の様子を見に行くか。
朝は普通だったけど、正直、まだ心配だからな。一人で考え込んでないか。
「どこ行くのよ?」
弁当片手に教室を出ていこうとすると、雫に呼び止められた。
「瑠璃のとこ。一緒に飯食おうと思って」
「抜けがけはさせないわ。私も行く」
抜けがけってなに? ただ妹と飯を食うだけなんだけど。
それになぁ……お前が来ると絶対に……。
「瑠璃ちゃん!」
こうなるんだもん。
一年の教室に着くなり、雫が瑠璃のところへダッシュ。小さな瑠璃の体をおもいきり抱きしめた。
「大丈夫!? 一人で抱え込んでない? 私はいつでも瑠璃ちゃんの味方よ! 瑠璃ちゃんの敵は私が全員ぶっ飛ばしてあげるわ!」
「し、雫さん……苦しい……」
瑠璃の細い体が折れそうな勢いだ。それと、他の生徒の視線が痛い。他人のふりしたいけど、そうも行かない。さっさと退散しよう。
「瑠璃。弁当持って早く出てきてくれ。雫がこれ以上暴走する前に」
「う、うん……」
抱きつく雫を引きずりながら、瑠璃も自分の弁当を持って教室から出てきた。
「雫。いい加減離れろ」
「嫌」
気持ち良いぐらい即答。
お前の激しいスキンシップは瑠璃の体力をものすごく消耗させるんだよ。瑠璃はどっちかっていうと文化系なんだから。体力怪物のお前の相手なんかできないっての。
「じゃあ代わりに俺に抱きつけ。それで我慢しろ」
「死ぬ?」
ひ、ひでぇ……軽い冗談だったのに。
「わ、私が抱きつこうか?」
「……なんで抱きつかれてる瑠璃が俺に抱きつくんだ?」
「あ、あう……」
本末転倒だろう。それじゃ。
俺たちの教室に行っても、また瑠璃が気を使いそうだから、屋上に行こうってことになって屋上へ。まだ九月で日差しが強いからな。滅多に人は来ないはずだ。いちおう、日除けの屋根的なのはあるけど。
適当に腰を下ろして昼飯を食べ始めてすぐ、俺は朝気になってたことを聞いてみた。
「朝の電話って母さんか?」
俺が起きたとき、瑠璃は誰かと電話してたんだ。会話の内容を聞く限り、相手は母さんだ。電話のあとは、何事もなかったかのようにしてたけど。
「……うん」
少し寂しそうな顔をして、瑠璃はうなづいた。
「ごめんねって謝られた。泣いてたよ……お母さん」
「……」
瑠璃も辛いだろうけど、母さんだって辛いはずだ。
娘を借金のために手放す。それがどれだけ辛いか……母さんの気持ちを考えると胸が痛い。
「……瑠璃ちゃん」
それを聞いてたまらなくなったのか、雫が真面目な顔で口を開いた。
「本当に……行っちゃうの?」
「……」
真っ直ぐに向けられた雫の目を、瑠璃も真っ直ぐに見つめ返す。そして小さく笑う。
「しょうがないよ……だって、私が悪いんだもん……」
そして瑠璃はまたそう言った。
自分が悪い。
昨日からそればっかりだ。
「瑠璃。それ言うのもう禁止な」
「え?」
「自分が悪いって言うの」
聞くたびに納得いかないんだ。
瑠璃が自分を責めて、自分が悪いって思ってるのは事実かもしれないけど。
「瑠璃は悪くない」
瑠璃は全然悪くないんだ。
それは確信をもって言える。
「願う心に善も悪もない。前にレナがそう言ってたぞ。瑠璃は心の底から自分が望むことを願った。ただそれだけだろ? 悪いのは……その心を弄んだあの神子だ」
「……」
さっきとは違って、小さく、嬉しそうに笑った瑠璃は、
「……ありがとう」
そう言った。
なんだろう。ストレートにお礼を言われると照れる。
「神子って……堕ちた神子。だっけ?」
雫はレナから話を聞いただけで、本人と会ってないからな。あんまり想像できないんだろう。
「神子を追われた神子。神子の使命から逃げた神子だってよ」
「だから、神子を使命で縛ったゼウスを恨んでるってことよね?」
ゼウスが神子を生み出して、神子に人間の願いを叶えるように命じた。言い方を変えれば、神子に神子としてしか生きることを許さなかったってことだ。
神子を使命で縛ったゼウス。使命から逃げた堕ちた神子にとっては、確かに恨むべき相手かもしれない。
「……ゼウスは今、いろいろやってるんだけどなぁ」
神子の在り方を変えるために。
まぁ堕ちた神子にとっては、いまさらなのかもしれないけど。だからってゼウスを恨んでも仕方ないだろう。
……あれ? そういえば。
「あいつ、ミレイって名前なんだよな?」
「え? うん……」
「珍しいな。神子で名前持ってるなんて」
普通、神子は識別番号で呼ばれてるからな。レナも俺が名前をあげる前は622号って呼ばれてたらしいし。
「えっと……ミレイさん、301号だから、ミレイって名乗ってるって言ってたよ」
「……なるほど」
ただの語呂合わせってことか。識別番号そのままで名乗らなかったのは、ゼウスにもらった番号なんて名乗りたくない。ってところか。
ミレイか……見た目は美人だったけど、なんかどこか怪しいって言うか……妖艶? そんな感じがしたな。レナやサンよりも大人って感じの。いやまぁ、実際年齢は上だと思うけど。そうじゃなくて……雰囲気が人生経験の豊富さを感じさせるみたいな。
「瑠璃ちゃんはその神子とどこで会ったの?」
「……この前、みんなが私を探しに来てくれたとき」
あのときか……。
「レナさんがいつも行ってる丘。あそこで会ったの。いきなり……あなたの役に立ちたい。願いを叶えてあげるって言われて……」
またあの丘か。神子はいつもそうだな。神界の天の川に似てるらしいけど。そういや、あのときの瑠璃は少し変だったな。あれはミレイと会ったからだったのか。
そしてそのとき願いを叶えてもらった。
……あのとき、瑠璃は俺に対して、なにか強い感情を持ってたのは間違いない。それがどういう感情なのかはわからないけど。
でも戻ってきたときは、さっきみたいに、自分が悪かったってずっと言ってた。やけに強く主張して。感情をかき消すかのように。
瑠璃が本当に望んだ願いごと。
もしかして……俺も関係してるのか?
「ちょっと、ぼ~っとしてないで考えなさいよ!」
考え込んでたら、雫に頭を殴られた。そのまま体をおもいっきり振られる。
「な、なにを?」
「決まってるでしょ! 瑠璃ちゃんがどうすればここにいられるかどうかをよ!」
雫はいつになく真剣な顔だ。
いや……目が少し潤んでる。こいつ、泣きそうになってる? 雫がこんな目をするなんて中々ない。でもとりあえず俺を振るのやめてくれ。
「せっかくレナが戻ってきたのに……今度は瑠璃ちゃんって……もう嫌だからね!? 誰かがいなくなっちゃうのは!」
見るからに取り乱してる雫。それだけ、瑠璃を大事に想ってくれてるってことだろう。兄として感謝しかないけど、俺はなにも言えなかった。
「雫さん……」
瑠璃は嬉しそうにしている反面、悲しそうにも見える。
考える……か。
瑠璃がここにいられる方法。
願いごととして受理されている以上、それは難しい。カールとサンはそう言ってた。
……どうすればいいんだろうな。
「あ……」
昼飯を食べ終わって、昼休みはまだ半分残っているだろうというとき、瑠璃の携帯が鳴った。メールの着信らしく、それを見て瑠璃は慌てて立ち上がる。
「次の授業で使う教材を友達と取りに行くんだった……ごめんなさい。私戻るね」
「おう」
弁当箱を片付け、足早に屋上の入口へと走っていく瑠璃。
……聞くか迷ったけど、やっぱり聞いておこう。
「瑠璃」
入口の扉に手をかけていた瑠璃を呼び止める。
「なに?」
「……瑠璃が本当に願ったことがなにかとか、もう別に聞かない。でも、一つだけ聞かせてくれ」
「……?」
できる限りの真面目な顔を作って、俺は聞いた。
「瑠璃は……ウチに、ここに居たいんだよな?」
「……」
瑠璃がどうして俺と兄妹でなくなることを願ったのか。本当に願ったことはなんなのか。それはもうどうでもよかった。
大事なのは……今、瑠璃がどう思っているかだ。
ここに居たいのか。養子になんて行きたくないのか。
それを瑠璃の口から聞きたい。
「……当たり前だよ」
考えるまでもない。そんな感じで瑠璃は答えた。
「……わかった」
「うん……じゃあね」
教室に戻っていく瑠璃の背中。
やっぱり……寂しそうに見える。




