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神子の恩返し  作者: 天天
『瑠璃』パート
29/63

story5「堕ちた神子」

 復讐だって? ゼウスへの?

 だったらなんで……瑠璃なんだよ? 瑠璃がなにしたって言うんだよ。

「お前……『堕ちた神子』か」

 ミレイの言葉に揺らいだサンが一瞬、『神力刀』を握る手を緩めた、瞬間――ミレイがスカートの中に隠していた短剣を素早く取り出し、一閃。パンツ見え……じゃない! サンはギリギリ一足速く反応してバックステップで回避した。なんだこれ? どこのバトル漫画だよ。

「あら残念。もう少しで当たったのに」

「……それは戦闘用の神力アイテムか?」

「あなたの刀こそそうよね? B……いえ、Aランク神子かしら? 感じる神力がかなり強いわね」

 戦闘用の神力アイテムを持ってるってことは、こいつも少なくともBランク以上の神子ってことか。

「……カール。堕ちた神子ってなんだ?」

「……神子を追われた神子」

 神子を追われた神子って……確かさっきサンがちらっと言ってたな。

 堕ちた神子。神子じゃないのか?

「神子としての仕事を放棄して、拘束されそうになったとき、人間界へと逃げた神子のことだよ。神子を追われ、堕ちた神子。それが今までの神子歴史で、けっこうな数いるんだ」

 それを聞いて、なんとなくわかった。

 神子としての仕事を放棄した神子。つまりは……神子の仕事を嫌悪し、神子であることを辞めた神子ってことだ。確か、神子の仕事を放棄すると、更生のために拘束されるって言ってたな。拘束される前に、人間界に逃げたってことか。

 だからこそ……神子なんて存在を作って、縛ったゼウスを恨んでるんだ。

「神子の仕事は人間の願いを叶えること。それは同時にゼウスの仕事でもある。ゼウスがどんな意味を求めて神子という存在を作ってそんなことをしてるのかはわからないけれど、私たち堕ちた神子は人間の願いを間違った形で叶えて、それを邪魔する。人間界がめちゃくちゃになれば、ゼウスの面目は丸潰れ。良い気味だわぁ」

 ゼウスが神子を作る意味。

 ……ぶっちゃけゼウス自身も、先代から引き継いだだけでよくわかってないんだけど。俺はゼウスなりの答えを聞いていた。

 人間が欲望のままに願いを叶えれば、人間界はめちゃくちゃになる。でも、そうならなければ、人間は捨てたもんじゃない。人間を試すために、先代ゼウスは神子を生み出した。

 じゃあ堕ちた神子は……意図的に、間違った願いを叶えて、人間界を混乱させようってことなのか?

「まぁ今回のは、そういう意味で言ったら小さい願いだったけど。これじゃああんまり世の中に影響は無さそうねぇ」

「おかしな話だね。神子は願いを叶えると神力を消費する。それはゼウス様に力をもらわないと回復しない。ゼウス様にお願いしない限り、君が願いごとを叶え続けるなんて不可能なはずだけど」

 カールの指摘に、ミレイは不敵に笑った。

「それは問題ないわよぉ? 私の『神食い』は……」

 そこで俺は一瞬、ミレイの姿を見失った。そして時間にして一秒も経たない内に――ミレイはサンに接近し、持っていた短剣を、

「うぐっ!?」

 サンの左肩に突き立てた。

「刃を当てることで、神力を吸収して自分の物にできる能力なの。人間の願いを叶えるとき、神力が光になって拡散するでしょ? それを『神食い』で吸収すれば、ほとんど神力を消費しないで、願いを叶えることができるから。私は何回でも願いを叶えることができる。そして神子の体も神力で構成されてるから……こうやって神力を吸収できるのよねぇ」

 刃が突き立てられたサンの左肩から、神力が光となって漏れ出した。その光は……刃を通じてミレイの体へと吸い込まれる。

「うあぁっ!?」

「先輩!?」

「この……!?」

 黙って見ていられず、俺はサンに助太刀するべく、ミレイに殴りかかった。女の人を殴るとかやりたくないけど、そんなこと言ってられる状況じゃない!

「あでっ!?」

 でもあっという間に返り討ち。サンから短剣を抜かせるのには成功したけど、俺はミレイに片手でいなされ、床に倒された。

「元気の良いお兄さんねぇ。人間は斬ったことないんだけど……試してみようかしら」

 ミレイが短剣を俺の額へと向ける。

 目でわかる。

 こいつは冗談で言ってるんじゃない。簡単にサンを刺したことからも、こいつの異常性がわかる。

 本気で俺を斬るつもりだ。やべぇ。

「葉介――」

「やめて!?」

 レナがスマートバンクに手をかけたとき、瑠璃が叫んだ。

 涙で濡れた目を無理やり擦り、荒い息をなんとか整えて、ミレイを強い目で見ている。

「瑠璃……」

「……お兄ちゃん。大丈夫だよ。だって……私が悪いんだもん。私が……願ったからこうなったんだもん。だから……大丈夫。ミレイさん。もうやめて……」

「……」

 ミレイは短剣をスカートの中に戻し、俺とサンに背を向けた。

「いちおう、私の願い人なわけだし、言うこと聞いて、今日はこの辺にしておこうかしら」

 リビングの扉に手をかけ、顔だけ振り返ったミレイは、俺と瑠璃を交互に見た。

「願いごとが完全に叶うまで、見届けさせてもらうわよ。小さなことでも、これはゼウスへの復讐なんだから」

 ウインクをして、ミレイは外に出て行った。

 くっそ。やりたいだけやって出て行きやがった。あの野郎……、

「サン。大丈夫かよ?」

「……問題ない。これぐらいなら自然に回復する」

 回復すんのかい。確かに、実害ってか神力を吸収されただけって感じだったけど。

 それにしても……サンが遅れを取るなんて。あいつ、かなり力の強い神子だ。そんな神子が堕ちた神子になるなんて……厄介だな。

「……」

 瑠璃に目を向ける。

 息遣いこそ落ち着いてきたけど、瑠璃は黙って俯いている。さっきは大丈夫って言ってたけど、そんなわけない。大丈夫なわけないだろ。

「ごめんね。みんな。迷惑かけちゃって……」

 瑠璃は力なく笑った。

 無理やり笑ってるのが見てわかる。悲しいのに。泣きたいのに。笑っている。

「瑠璃。これはお前が願った形じゃないんだよな?」

「……」

「じゃあお前が願った本当の形ってのは、一体なん――」

 俺の言葉を聞きたくないかのように、瑠璃は急に走り出し、二階へと上がっていってしまった。

「瑠璃!?」

「葉介! 私が行きます!」

 レナに制止される。確かに、俺が行ってどうしようって言うんだ。かける言葉がない。

 瑠璃の後を追うレナの後ろ姿を見送って、俺はソファーに座り込んだ。

「はぁ……」

 おもわず漏れるため息。

 いきなり大変なことになった。瑠璃が家を出ることになるなんて……。

「……願いごとって、一度受理されたら取り消しはできないのか?」

 リビングに残っていたサンとカールに質問する。サンはまだ左肩を押さえている。漏れていた神力は止まったみたいだけど。

「それは無理だね。いくら間違った形で正式な願い人じゃないとしても、願いごととして受理されている以上、取り消しはできないよ」

 やっぱりそうだよな。

 取り消しなんてできたら、願いごとを必死に考えて、心の底から願うのが馬鹿みたいだしな。

「……例外がないわけではないがな」

「え?」

「だが、それは不可能と言っていい」

 サンが無駄な期待を持たないように前置きをしてから、説明を始めた。

「願いを別の願いで上書きすることだ」

「……それって、願った願いごとを、さらに願いごとで打ち消すってことか?」

 そんなことできるのか?

 いや、でもサンは不可能だって前置きしてる。続きを聞こう。

「それができるのは願った本人だけだ。別の願い人が願っても、意味はない」

「……心の底から願えないからか?」

「そうだ」

 他人の願いを上書きするために、自分の願いごとの権利を消費する。そんな条件で、心の底から願えるわけない、か。本人なら、願いごとを打ち消したいって本気で願える。そういうことか。

「そして本人がもう一度願うためには、もう一度願い人にならなければならない」

「でも、それは無理だね。瑠璃はもう願い人になってるから」

「ん? それってあのミレイって神子に願いを叶えてもらったからか? そんなの、願い人になったって正式に言えるのかよ?」

 ゼウスからの命で来たわけでもないのに、そんなの願い人になったって言えるのか。俺は納得できない。

「違うよ。レナが一度消えたときの話さ」

「え?」

「君を助けるために、瑠璃はレナに願いを叶えてもらった。あの願いは、正式に願いごととして認められてる。瑠璃はもう、願い人の権利を使ってしまったんだ」

「願い人になれる権利は、全ての人間、一度きりだ」

 俺が死にかけたときの話だ。

 瑠璃は俺を助けるために、レナの最期の力で、俺の無事を願った。そのおかげで、俺は助かった。でも、そのせいで瑠璃は願い人の権利を使ってしまった。

 もちろん、その後、生きてる間に瑠璃が願い人の権利をもらえたかどうかはわからない。

それを考えると、瑠璃がまだ願い人の権利をもらえる可能性があったとしても、あまり意味はないのかもしれない。願い人に選ばれる可能性は限りなく低い。

「……どうにもならないのか?」

「……そうだね。残念だけど」

 瑠璃が家を出る。

 そんなの……耐えられないぞ。



★☆★☆★☆



「瑠璃」

 レナは部屋に入るなり、隅で座り込んで顔を伏せている瑠璃の傍へと寄った。

「……」

「大丈夫ですよ。葉介はちゃんとわかってくれてます」

 隣に座ると、瑠璃の体が震えているのがわかる。さっきは気丈に振舞っていたが、感情を押し殺していたのだろう。

「レナ……さん……」

 ゆっくりと顔をあげた瑠璃の目は、赤く腫れていた。涙で、見ていられないほどに。

「私……こんなことになるなんて思ってなかった……私は……ただ……」

「……」

 レナは瑠璃の体を優しく抱いた。少しでも震えが止まるように。

「私はただ……お兄ちゃんが……」

「好きなんですよね」

 気持ちを見透かされて、瑠璃はレナの顔を見た。

「でも、瑠璃と葉介は兄妹。葉介も、瑠璃を妹としてしか見てくれない。だから……葉介と兄妹で無くなれば、妹としてじゃなくて、女の子として見てくれる。そう思って、あの願いをしたんですよね」

「……」

 その結果。願いは間違った形で叶ってしまった。

軽々しく、願ってしまったせいで。

「……確かに、兄妹じゃ無くなるってことは、家を出るってことなのかもしれない……でも、それだと意味がないの……お兄ちゃんと離れちゃったら……全然……」

「……そうですよね」

 瑠璃の気持ちは痛いほどわかる。

 だからこそ、レナには見つからなかった。

 どうすればいいのか。

 どうすることが、瑠璃にとって一番いいのか。

「これなら……私は……兄妹でよかった……お兄ちゃんと一緒にいられるなら……兄妹でよかったよぉ!」

「……瑠璃。大丈夫です」

 感情を抑えきれずに泣き始めた瑠璃を、優しく受け止めるレナ。

「考えましょう……どうすればいいのか。瑠璃が葉介と離れないためには……どうすればいいのか。頑張りましょう……瑠璃」

 今は泣いていい。

 その感情を受け止める。

 今のレナには、それしかできなかった。


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