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神子の恩返し  作者: 天天
『瑠璃』パート
28/63

story4「間違った願い」

「……は?」

 なにを言ってるんだ? 親父は。

 瑠璃が……家を出ることになるかもしれない?

「ちょっと待ってくれよ……どういうことだよ!? 瑠璃が家を出るかもしれないって!」

 俺の叫ぶような声に、隣にいたレナとサン、そしてキッチンにいた瑠璃もリビングに走ってきた。

「……お兄ちゃん?」

「……親父、詳しく話してくれ」

 感情的になると話が頭に入らなくなる。俺は深呼吸をして、冷静になった。

『……正確に言えば、養子に行くということだ』

「養子? なんで今更……大体そんなの瑠璃が嫌がったら駄目だろ? まさか強制ってことはないんだろ?」

『……』

 親父の沈黙。

 それは、そのまさかであることを意味していた。

『瑠璃の元父親が病気で亡くなったのは知っているな?』

「ああ」

 それで親父と母さんは再婚したんだ。

『その元父親の兄……つまりは、瑠璃にとって叔父にあたる人物がいるんだが……その叔父が、生前、弟に金を貸していたと連絡してきたんだ』

「金?」

 それと瑠璃が養子に行くのとなんの関係があるんだ? 怒鳴りたいのを我慢して、俺は話の続きを待った。

『……その額は五千万円。叔父が言うには、ギャンブルで使うと言っていたらしいんだが……』

「母さんは? なんて言ってるんだよ?」

『そんなことは知らないと。夫はギャンブルなんてやる人ではなかった。病気の治療代も本人の貯金で払っていたと。だが……本人がもう亡くなっているからな。事実はわからない。しかし、ちゃんとした借用書も残っている』

 確か、瑠璃の元親父さんは……癌で亡くなったって聞いた。

 たまに瑠璃から話を聞くけど、確かにギャンブルをやるような人には聞こえなかった。

 病気の治療代ならまだしも、ギャンブルで五千万も使うなんて考えられないけど……本人はもう亡くなってる。生前になにをやってたかなんて確かめようがない。

「……それをいまさら返せって言ってるのか?」

『ああ。もちろん、そんな額は払えない……それで、向こうが出してきた条件が……瑠璃を養子として出し、許婚にすることだ』

 つまりはこういうことだ。

 瑠璃の叔父さんは今外国の企業で働いている。それもかなり大きな企業だ。その企業の社長のところへ瑠璃を養子として出し、別の大企業の社長の息子と結婚させる。ようは政略結婚ってことだ。その結婚で、企業同士の仲が良くなることで、企業が協力して利益を出す。瑠璃の叔父さんは、その件の発案者として、企業での位を上げられるって寸法だ。

「……その条件を呑んだのか?」

『……』

「答えろよ!? 親父!」

 怒りがこみ上げてきて、声が自然と大きくなる。

 怒ってるのは親父にじゃない。その叔父にだ。もう何年も前の話をいまさら言ってきて、弟の娘を自分の出世の出汁に使おうとしてるんだから。

『もちろん。納得はしてない。だが相手側はかなり過激派の企業だ。条件を呑まなければ家族がどうなっても知らないぞと……脅しをかけられ、彩乃はうなづくしかなかった』

「……母さんが?」

 天坂彩乃。俺の今の母さんだ。

 母さんが……瑠璃を渡すことを決めた? そんな馬鹿な!? あの優しい母さんが……。

 ……いや。優しいからこそか。

 母さんは俺と親父に迷惑がかからないようにって、泣く泣く……その選択をしたんだ。

 でも瑠璃は……。

「お兄ちゃん……」

 普通じゃない俺の様子に、瑠璃が心配そうに見つめてくる。今の俺は、たぶん感情を隠せてない。

 本人の知らないところで……こんな話が進められてるなんて。

「……親父。瑠璃にも話すんだろ?」

『……ああ。代わってくれるか?』

 携帯を渡す。不安そうに受け取る瑠璃。俺は脱力してソファーに座り込んだ。

「葉介……? なにがあったんですか?」

「……」

 すぐには口を開けなかった。

 瑠璃がこの家からいなくなるなんて。信じられない。夢なら覚めて欲しい、なんて、リアルに考えることになるなんて。

「話せ。お前がそこまで取り乱すなんてよっぽどのことだろう」

 サンにも促され、俺は重い口を開いた。

「……瑠璃がこの家を出ることになるかもしれない」

「……え?」

 レナも驚きのあまり、さっきの俺みたいに言葉を失った。それから瑠璃を見る。

 瑠璃は親父から話を聞いて、どんどん顔が青冷めていってる。話の中心人物だ。無理もない。

 それから俺はレナとサンにも詳しく話をした。二人はもちろん、納得いかない様子だった。

「好きでもない人と結婚しなきゃいけないんですか? 瑠璃が……そんなの可哀想です!」

「……くだらないことをする人間も、やはりいるんだな」

 俺とレナの件で、人間を認めてくれてたサンも、嫌悪感を表す顔をした。

 そうだ。これが人間なんだ。

 良い人間もいれば、くだらないことをする、悪い人間もいる。

 でも、だからって、はいそうですかなんて納得できない。

「お兄ちゃん……」

 瑠璃が震える手で携帯を手渡してきた。なにか声をかけてやりたいけど、それよりも、今は親父に聞きたいことがある。

「親父。その話はいつ実行するんだよ?」

『近いうちに、叔父が家に行くと言ってた。そこで詳細を説明すると……』

 家に来る? だったら一発殴ってやりたいけど、感情的になった負けだ。口で言ってわかってもらえるとは思えないけど、まずは話さないと。

『葉介。わかってはいると思うが……彩乃は……』

「……わかってるよ。母さんは悪くない」

『もちろん。俺もこんな話はおかしいと思ってる。なんとか説得する。瑠璃は……俺の大事な娘だからな』

「……ああ」

 また後で連絡すると言って、親父は通話を切った。

 しばらく携帯を握りしめて、それから瑠璃を見る。瑠璃はその場に呆然と立っていた。レナが心配そうに声をかける。

「瑠璃……気を強く持ってください」

「……ちが……うよ……」

 レナの声が聞こえてないのか、瑠璃はぼそっとなにかを口にした。

「瑠璃? どうしたんですか?」

「ちがう……私は……私が……」

 激しく嫌々をする瑠璃。

 どうしたんだ? 様子がおかしい。確かに冷静ではいられない話だけど、それにしたって取り乱しすぎだ。

「瑠璃! どうしたんだよ?」

「私が……私が……」

 瑠璃は両手で頭を抱えながら、驚くべき言葉を口にした。

「私が願ったのはこういうことじゃないよ!?」

「……え?」

 願った?

瑠璃が? なにを?

 そんな聞き慣れた言葉を口にして、レナとサンが反応を見せる。とくに、サンは表情を強ばらせて。

「願った。とはどういうことだ?」

「……」

 責めるかのようなサンの強い声。

 人間が願う。

 それは神子にとって、自分の仕事の大部分をしめることだ。放っておける訳がない。

 瑠璃が言ってるのは……そういうことなのか?

 神子に願いを叶えてもらったってことなのか?

 でも、神子に願いを叶えてもらうには願い人に選ばれなきゃいけない。サンが言うには、人間界の宝くじが当たる確率よりもずっとずっと確率は低いらしい。

「瑠璃。落ち着いて話してください」

 レナがそっと瑠璃の手を取る。

「レナさん……違うの。私は……私はこんなこと……」

「はい。わかってます。瑠璃が自分から……葉介と離れることなんて願いませんよね? だから……なにがあったか教えてください」

 レナが優しく諭す。俺はまだ少し混乱してて、それをただ見てるだけしかできなかった。

 瑠璃もまだ動揺している。レナが言うように、とにかく落ち着こうと胸に手を置いて、ひたすらに荒く呼吸をする。

「私……私は……」

 なんとか、という様子で瑠璃が言葉を紡ぎだそうとしているときだった。


「あら? なんでそんな顔をしてるのかしら? 願いが叶ったって言うのに」


「え?」

 いつの間に入ってきたのか。知らない女性がリビングの扉の前に立っていた。

 青髪のショートカットを右手でかきあげ、青い目を細めながら笑っているその女性は……真っ直ぐに瑠璃を見ていた。綺麗系で大人の女性って感じの雰囲気。うん。スタイルは雫以上かもしれない……って、そんなのどうでもいい! それよりもこの人の格好だ。

 どう見ても、レナやサンと同じ、神子の格好だ。

 この人……神子なのか? だとしたら、まさか瑠璃の願いを叶えたのは……。

「ミレイさん!」

 瑠璃が叫ぶように名前を呼んだ。この人の名前か?

「どうしたの? 願いが叶ったんだから、もっと喜んだら?」

「私……こんなこと願ってない!?」

「どうして? あなたは願ったじゃないの。義理の兄、天坂葉介と兄妹で無くなることを」

 え? 今……なんて言った?

 瑠璃が願った? 俺と兄妹じゃ無くなることを?

 ……なんで、そんなことを?

「そ、それは……」

 瑠璃が口ごもる。それは確かに自分が願ったということを意味していた。

「なにが間違っているの? これで晴れて、あなたはこの家とは無関係になるのよ?」

「ちがう……私が願ったのは……そういう意味じゃない……ちがう……ちがうよぉ……」

 瑠璃の目に涙が浮かぶ。

 俺は訳がわからない。どうすればいいんだ?

 瑠璃が俺と兄妹じゃ無くなることを願ったなんて……どう受け止めれば……。

「葉介」

 さらに混乱していた俺に笑いかけてきたのはレナだった。

「レナ……?」

「ちがいますよ。瑠璃は葉介と離れることを願ったわけじゃありません。信じてあげてください」

 その言葉で、俺は冷静さを取り戻した。

 よくわからないけど、少なくとも、目の前にいる神子の言葉よりも、俺は瑠璃を信じる。それだけは確かだ。

「……お前、本当に神子か?」

 サンがミレイという神子の後ろに回り込み『神力刀』の切っ先を首元へと向けた。

「……あらあら。元神子と、現役の神子までいたのね。予想外だったわ」

「……レナのことを知っているのか?」

「有名じゃないの。ゼウスのお気に入りだって」

 ゼウス? 呼び捨てにしてる。

 その時点で、こいつが普通の神子じゃないことだけはわかった。神子は決してゼウスを呼び捨てにはしない。ゼウスを呼び捨てにすると、サンは本気で怒るからな。

「君が神子なら、おかしなことがあるね」

 激辛バームクーヘンで気絶していたカールがいつの間にか起き上がり、ミレイを睨みつける。睨んでも全く迫力ないけど、今はつっこまずにいよう。

「神子が願い人の願いを叶える場合、条件があるんだよ。それは、願いごとを心の底から願うこと。つまり願いごとが、願ったこととちがう形で叶うなんてことは有り得ないんだよ」

 それは俺も知っている。

 願い人が願いを叶えてもらうには、その願いを心の底から願うこと。そうしないと願いごとは叶わない。

 つまり、カールが言うように、ちがう形で願いが叶うってことはないはずだ。

 心の底から願い、その願いが叶うんだ。心から願って、願いごとを間違えるわけがない。

「あら? 賢い猫ちゃんね」

「猫って言うな!?」

「でも、それって意外と簡単なのよ? 願いごとを叶える瞬間に、神力で願いごとに干渉すれば……あら不思議。ちがう形で願いごとが叶っちゃった」

 それを聞いて、瑠璃が目を見開いた。

 それって……まさか……。

「ミレイさん……それって……」

「ごめんなさいね。最初からそのつもりだったのよ」

 騙したってことか? 瑠璃を。

 ……この野郎。

「なんのために?」

「あら? あなたがお兄さん?」

「質問に答えろよ!? なんのためにそんなことしたんだよ!」

 俺が怒鳴ると、ミレイの表情が少し変わった。

 なんて言うか……さっきまでは妖艶な笑み。でも今は……。

「復讐、かしらね。ゼウスへの」

 深い憎しみの笑み。

 一瞬、背筋が凍った。それほどに強い憎しみだった。


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