story3「理由」
「どこ行ったんだよ……」
もうすっかり暗くなってきちまった。瑠璃はどこ行っちまったんだよ……。携帯は家に置きっぱなしだったし。こうやって探し回るしか手がない。くそ! 早く見つけないと。
「葉介。見つかりましたか?」
『天使のような悪魔の翼』で空から探してたレナが降りてきた。その言葉からすると、見つかってないみたいだ。俺は首を横に振る。
「いや……全然いない」
「どこ行っちゃったんでしょう……瑠璃」
「葉介! レナ!」
俺とは別行動で探してた雫も合流した。その顔を見る限り、やっぱり成果はないみたいだ。もう町中探し尽くしたかもしれない。それでも見つからないなんて。
「瑠璃ちゃんはどこ!? さぁ出しなさい! 私の前に瑠璃ちゃんを今すぐ! そしてぎゅってさせなさい!」
「うぐあっ!? く、首を絞めるな……瑠璃を出す前に俺からいろいろ出ちまう……」
つーか、最後はお前の欲望じゃねぇかよ。
三人で探しても、お互いに成果なし。日は……今、完全に暮れた。この暗闇の中、どこにいるんだよ……瑠璃。
「そもそも葉介。あんた瑠璃ちゃんになにしたの? 白状しなさい。今なら掌底五発で許してあげるわ」
え? 妥協してそれなの? 重くね?
「なにもして……ないとは言えないのか……」
「なにをしたの? さぁ白状しなさい。今なら掌底七発で許してあげるわ」
増えてるじゃねぇかよ。
とは言っても、俺だってよくわからないんだ。
瑠璃がどうして怒ってるのか……俺のなにが駄目だったのか。
瑠璃を探しながらもいろいろ考えたけど、やっぱりわからない。
でも一つ、もしかしてと思ってるのは……。
「……嫌われちまったのかな。瑠璃に」
おもわず、そんなことを考えちまう。
あんな瑠璃は初めて見た。もしかしたら……俺は完全に嫌われたのかも――。
「大丈夫ですよ」
そんな俺の思考を止めたのは、レナだった。
「瑠璃が葉介を嫌いになるなんて、絶対にありません」
確信に満ちた、優しい笑みだった。
「葉介が考えてる以上に、瑠璃は葉介を大事に想ってるんですよ? 葉介が死んじゃいそうになったとき、葉介の無事を心から願ったほどに。だから……信じてあげてください。瑠璃を」
俺がレナの願い人になったときのことだ。レナの初めての、そして最後の神子としての仕事。
神子としての使命を全うして、俺の願いを叶えて消えようとしていたレナ。そのレナを狙って、『神子食い』という、神力を食べる神界の化物がこっちの世界に出てきた。サンの力も借りてなんとか撃退したけど、俺はその後、鉄骨の下敷きになりそうになったレナを庇って、大怪我をした。生死の境を彷徨ってた俺を助けてくれたのは、俺の無事を本気で願ってくれた瑠璃。そしてその願いを叶えてくれたレナだ。
あのとき、瑠璃が俺のことを本気で助けようと願ってくれていなければ、俺はここにいなかった。
「瑠璃は葉介のことが大好きですからね!」
「……」
面と向かって言われると照れるんだけど。
でもそれって……兄妹としてってことだよな? 当たり前だ。俺と瑠璃は兄妹なんだから。
「……雫。なんで俺のほっぺをつねるんだ?」
「なんとなく。ナチュラルに腹が立ったから」
なんでやねん。
俺のほっぺを両手で左右に引っ張ってた(普通に痛いんだけど)雫の顔が、突然驚きの表情に変わった。なんだ? 俺の顔がそんなにひどい顔になってるのか? と思ったけど、違う。雫の目は俺の後ろに向いてる。その視線を追うと。
「……瑠璃!」
暗闇の中、街灯で照らされた路地の角に、瑠璃の姿があった。
「あ……」
悪戯がばれて怒られると思っている子供のように、罰が悪そうにする瑠璃。でももう逃げたりはしなかった。瑠璃の姿を見てほっとした俺たちはすぐに駆け寄った。
「瑠璃ちゃん! 大丈夫? 変な奴に絡まれたりしなかった? もしそんな奴がいたなら私がボッコボコにしてあげるから!」
瑠璃に抱きつくなり、物騒なことを言う雫。お前なら本当にやりそうだよ。地獄の底まで追い詰めて血祭りにあげるだろうよ。
「だ、大丈夫……」
「どこに行ってたんですか? 心配したんですよ~」
「ごめんなさい……」
尚も罰が悪そうにしている瑠璃。その視線が俺とぶつかった。
うぐ……言葉が出ない。あれだけ必死に探しておいて、いざ見つけたらかける声が見つからない。情けないな。俺。
と、とにかく……なにか言わないと……。
「……えっと、瑠璃……さっきは……」
「う、うぅん! いいの! お兄ちゃんは悪くないから!」
「……え?」
瑠璃の予想外の反応。
あれ? さっきはあんなに怒ってたのに、どうしたんだ?
「ごめんなさい……一人で勝手に怒って飛び出したりして……」
「……あ、いや……でも、瑠璃が怒ったのにはそれなりに理由があったんだろ? だったら俺にも悪い部分が――」
「お兄ちゃんは悪くない!」
さっきよりも強い主張だった。
俺はそれ以上なにも言えず、瑠璃の顔をただ見ていた。
なんだ……今の瑠璃、まるで自分に言い聞かせてるみたいに見えたけど。
「私が悪かったの……それでこの話は終わり。ね?」
「あ、あぁ……」
「心配かけてごめんなさい。じゃあ帰ろ? 夜ご飯、今から頑張って作るから」
瑠璃は笑っていた。なんか久しぶりに笑顔を見た気がする。
無理して笑って……るようにも見えない。俺の考えすぎか? ただ単に、本当に自分が悪かったって反省してるだけなのかな。
でも、俺には到底そうは思えない。
瑠璃だけが悪かったなんて。俺にも絶対に非があったんじゃないかって。
それほど、あのときの瑠璃の様子は普通じゃなかったんだ。
「私も手伝いますよ~」
「じゃあ私は一緒にご飯作ってる二人を応援するわ」
「……お前は帰れよ」
つーか応援て。
肩を並べて歩いていく三人。
その後ろで、俺の目は瑠璃の背中だけを見ていた。もっとなにか言ってやることがあるんじゃないかって。そればかり考える。
でもけっきょく、俺はその後、なにも言えなかった。
★☆★☆★☆
あの出来事から三日。
瑠璃はいつも通りだった。
レナや雫に対してはもちろん、俺に対しても。今では、あれはなんだったんだろうなって思ってきた。
やっぱり俺の考えすぎだったのか? 今さら聞けないし、完全に話が流れてる。
「お、お兄ちゃん……一緒に帰ろ?」
そして放課後。いつも通り、瑠璃が俺たちの教室に来た。赤ヶ丘に瑠璃が入学してからは、特別な理由がない限りは大体一緒に帰ってる。だからこの前一緒に帰りたくないって言われたときはショックだったわけなんだが。
「おう」
「帰りましょう~」
俺とレナも鞄を手に取り、瑠璃のところへと向かう。その隣で、雫が悔しそうに、恨めしそうに俺を睨んでいた。なんで俺が睨まれるんだよ。
「うぅ~……私もレナと瑠璃ちゃんと一緒に帰りたい……」
「お前、今日は委員会があるんだろ? 早く行けって」
「私を邪魔者扱いするつもり!? あんたにレナと瑠璃ちゃんハーレムはもったいないわ!」
とうとうハーレムって言っちまったよこいつ。
それと邪魔者扱いしてるわけじゃなくて、ただ単に遅刻しないように気遣ってるだけなんだけど。人の好意をなんだと思っている。
雫の恨みの念が込もった目で呪い殺される前に、俺は逃げるように教室を出た。レナと瑠璃も雫と一言二言話してから追ってくる。そして正門を出た所で、瑠璃が遠慮がちに口を開いた。
「あのね……今日、駅前のお菓子屋さんで激辛バームクーヘンが発売されるから、寄ってもいい?」
多いな。激辛シリーズ。流行ってるの?
「わぁ~。美味しそうですね!」
美味しそうって……バームクーヘンって甘い物じゃないの? バームクーヘンが辛いとか、世の中信用できなくなるんだけど。常識って言葉になんの意味もなくなる。
「俺は普通のバームクーヘンでよろしく」
「「……」」
え? なんで? なんで俺が「空気読んで」みたいな目で見られるの?
「レナさんも辛い物得意だよね」
「あのピリピリする感覚がいいんですよね~」
激辛はピリピリどころかビリビリして痛いだけだと思うんだけどな。激辛が得意な奴の味覚と俺の味覚は在り方からしてすでに違うようだ。
「……」
激辛トーク(どんなトークだよ)をしながら歩く二人をぼーっと見つめる。
なんか……やっぱりいつも通りだな。
それが駄目とか嫌だってわけでは全くないんだけど。むしろこれがいいんだけど。
それでもやっぱり引っかかる。この前の瑠璃の様子が。
俺って馬鹿のくせにいろいろ考えちまうよな。願い人になったときの願いごとといい。馬鹿のくせに思考を無駄に使うって言うか。馬鹿のくせにそこまで考えるかって言うか。馬鹿のくせに細かいことを気にしすぎだって言うか。ていうか自分で馬鹿馬鹿言っててそろそろ悲しくなってきた。やめよう。
駅前のお菓子屋さん(瑠璃行きつけ)でめでたく激辛バームクーヘンをゲットして、ニコニコ顔の瑠璃。「売り切れてなくてよかったー」とか言ってるけど、そもそも売り切れとかの心配は全くないと思うけど。買う奴なんて限られてるから。よく商品化しようとしたな。店長。
「美味しいですね~」
「うん。この刺激の強すぎる絡みが絶妙だね」
刺激の強すぎるって駄目なんじゃないの? 平気な顔して食べられる二人が信じられない。
「カールも食べます?」
「ふにゃ……なにを?」
鞄の中で寝てたのか、カールが欠伸をしながら適当に受け答えする。本当、寝てばっかだな。この黒猫。
「おやつですよ~」
「よくわからないけど、もらおうかな」
「「あ」」
俺と瑠璃が同時に声を出したものの、時すでに遅し。レナが激辛バームクーヘンをカールに一口食べさせた。
「……」
カールは声もなく、白目を剥いて鞄の中に倒れた。
「あれ? カール、どうしたんですか?」
「猫に辛い物は駄目だよ。レナさん」
「そうなんですか?」
「まぁこいつは猫の分類に入るかどうかは微妙だからセーフだろ」
普通に人間の食べ物食いまくってるし。使い神とは言え、いちおう神なんだから、このぐらいで死にはしまい。
……生きてるよな? ピクピク動いてるし。
「瑠璃の辛い料理は美味しいですよね~」
「一番自信があるよ。お兄ちゃんは食べてくれないけど」
ちらっとこっちを見てくる瑠璃。そんなこと言われても。俺の舌は君たちみたいに鋼鉄製じゃないんだよ。
「もう少し辛さを抑えてくれたら食えるんだけど」
「「それじゃ意味がないです!」」
声を揃えて言わなくても……。
「レナさんも料理覚えるの早いよね。教え甲斐があるよ」
「瑠璃には敵いませんよ~。ですよね? 葉介」
なんで俺に振ったんだ?
確かに、たまにレナの作る料理も、覚え始めにしてはかなり美味い。普通に合格点だろう。でも、瑠璃と比べると……比べる相手が悪いって言うか。
「まぁ我が妹ながら将来は良いお嫁さんに――」
慌てて口を押さえる。
学習能力ゼロか! 俺! マジでここは空気を読めよ俺!
レナも苦笑いしてる。やばい……また瑠璃が怒っちまう。
「お兄ちゃんはそればっかりだね。良いお嫁さんにならなかったら責任取ってもらおうかな」
……あれ? 怒ってない。それどころか、どっちかって言うと笑顔だ。
笑顔の裏の怒り? いや、雫じゃあるまいし。
レナをちらっと見る。レナもきょとんとしてる。
「早く帰ろ? 夜ご飯の準備しなくちゃ」
「そ、そうだな」
深くつっこまないほうがよさそうだな。とりあえず、怒ってないならよしとするか。
ていうか、責任取ってもらうってなに?
★☆★☆★☆
「なぁんか瑠璃おかしくないか?」
リビングのソファーから、キッチンで夕飯作り中の瑠璃を見ながら、レナにも意見を求める。いつも通りだと思ってたけど、なんか、逆にいつも通りなのに違和感を感じる。
「そうですねぇ……」
そう思ってるのは俺だけじゃないみたいだ。レナもそう感じてるらしい。
「……? なにがだ?」
そしてなぜか、俺たちが家に帰るとリビングでみたらし団子を食べながらお茶を飲んでいたサン。普通に不法侵入なんだけど。どうやって入った? って聞いたら、窓を『神力刀』でぶっ壊して、その後『あの頃に戻りたい手榴弾』で直したとか言う、空き巣顔負けの方法だったし。今度から合鍵を渡しておこう。ご近所で変な噂が立つ。
「瑠璃がですねぇ……」
俺をちらっと見て、レナはサンの耳元で小さく話した。明らかに、俺に聞こえないようにしてるのがわかる。
「……」
そして話を聞いた直後、サンが俺になんとも言えない視線を向けてくる。
なんていうか……軽蔑? 哀れみ? なんだろう。本当になんとも言えない視線だ。
「その目はなんだよ?」
「鈍感男に話すことはない」
最近、俺の扱いがひどいのは気のせいか?
レナといいサンといい……なにかあるならはっきり言って欲しいんだけど。
「つーかサン、仕事は?」
「最近一つ終わらせた。今は仕事待ちだ。だからレナの様子を見に来ただけだ」
「じゃあついでに、そこでのびてるお目付け役に活入れろよ。食っちゃ寝で全く仕事してねぇから」
カールはさっきの激辛バームクーヘンのせいでまだ気絶してる。相当効いたらしい。
「それだけなにもないと言うことだろう」
「……だったらいる意味自体ない気がするけどな」
もはやただのペットと化してるからな。言うと噛み付きそうな勢いで文句言ってくるけど。
「神界はドタバタしてるんだろ?」
「そうだな。ゼウス様の暴走で」
暴走て。
聞くところによると、神子の在り方についての法律をいろいろ変えようとしているらしい。使い捨て神子とか、また悲しい運命をもった神子がこれからも生まれてくるからな。レナの例を元にして、ゼウスが先代ゼウスの決めた法律を覆そうとしているんだ。
「今まで当たり前だった神子の在り方を変えようとしてるんだ。それは批判もある。他の王神様からな」
「ゼウス以外にも王神っているんだな?」
「当たり前だ。同格の王神様が、ゼウス様を含め、全部で十二人いる」
十二人もあんな王神がいるのかよ。
いやまぁ、あんな適当な王神はゼウスだけだろ。そうだと思いたい。全部あんなのだったら、さすがに神界に未来が見えない。人間界で神に祈ってる人が哀れに思える。
「まぁそれ以外にも問題があるんだがな」
「問題ですか?」
「神子を追われた神子。それが……いや。レナ。お前が気にすることじゃない」
神子を追われた神子? なんだそりゃ。
サンはそれ以上、そのことについて話すつもりがないのか、お茶を飲みながら目を逸らした。
神子を追われた神子……なんか気になる単語だけど、まぁいいか。今は瑠璃のほうが気になるし。
「……お?」
俺の携帯が鳴り出した。なんだ? 一緒に帰れなかった雫からの文句か? なんて思ってたら……違った。
親父だ。なんだろう。夏休み中に一回帰ってきてるから、帰るって話じゃないだろうし。そんなことを思うのは、基本、親父からの電話は家に帰る話かそれ関係のなにかしかないからだ。それ以外の用は母さんから電話くるし。
「もしもし?」
『ああ……葉介か?』
なんか、親父の声が暗い気がする。いや、普段からテンション高くて明るいわけじゃないけど。どっちかって言うとクソ真面目な仕事馬鹿だからなぁ。
「どうしたの。なんか用?」
『……瑠璃は、どうしてる?』
瑠璃? なんで瑠璃なんだ? ていうかそれなら、瑠璃に電話すればいいのに。
「今、夕飯作ってるけど……なんで?」
『……えっとだな』
なんかはっきりしないな親父。こんな親父も珍しい。
「瑠璃に用なら代わるけど?」
『いや……瑠璃に用というかだな。まず葉介に言うことがあるんだが』
……?
いまいちわからない。親父がなにを言おうとしてるのか。
「なに?」
『……落ち着いて聞いてくれ。葉介』
「俺は落ち着いてるけどさ。むしろそっちが大丈夫? なんか変だよ?」
電話の向こうで親父が深呼吸してるのがわかった。そんなに話すのに準備がいることなのか? だんだん不安になってくる。
『葉介……実はな……』
意を決して話し始めた親父。その内容に……。
『瑠璃が……家を出ることになるかもしれない』
俺は言葉を失った。




