story3「初めての登校」
「葉介! 葉介!」
「うぐがぁ!?」
俺の意識がまだ眠りの奥深くにあったとき、いきなり強い衝撃。それも連続で。俺は嗚咽をもらすと共に目を覚ました。
衝撃の正体は……俺の上にまたがって飛び跳ねているレナだった。
「な、なにやってんの……?」
「朝ですよ! 起きてください! 今日から学校ですよ!」
テ、テンション高……いくら今日から学校に通えるからって、どんだけ楽しみだったんだよ。とりあえず、俺の上でドタバタ暴れるのやめてください。
「お、起きてる……起きてるから……」
「声がまだ寝てますよ~。起きないとチューしますよ?」
「はい! 起きました!」
じゃねぇよ俺! 起きない方が美味しかったじゃないか! 俺の馬鹿野郎!
「あ、起きましたねー。ご飯できてますよ」
「……うん。起きた起きた」
朝からビッグチャンスを逃した。テンションダウン。でも起きないわけにはいかない。俺は重い頭を持ち上げて、起き上がった。
「きゃっ!?」
あ、まだレナが俺の上に乗ったままだった。
俺が起き上がった反動で、レナは後ろにすってんころりん。ベッドの上でよかった。
「悪い悪い。大丈夫かレ……」
俺の目が見開かれ、ある一部分を凝視した。
すってんころりんしたレナは、スカートが完全にめくれて、女性神秘の三角形が完全にあらわになっている。簡単に言えばパンツ丸見え。うん。白。
「急に起き上がらないでくださいよ~……あれ? どうかしましたか?」
「……(黙ったまま首を横に何度も振る)」
朝から眼福眼福。テンションアップ。完全に目が覚めた。
……雫に目撃されてたら、即刻俺を殺りに来るな。あぶねぇあぶねぇ。
「早く降りてきてくださいね~」
「了解了解」
クローゼットから制服を取り出す。これに袖を通すのも一学期以来だな。まぁ今はワイシャツだけだけど。この暑いのに学ランとか着てられるか。
昨日、全部もう準備はしてある。こういうところはぬかりないぜ。俺は。
通学鞄を手に取って一階へと降りると……ご機嫌な声が聞こえてきた。
レナか? と思ったけど……違う。これは雫の声だ。あいつ、もう来てやがる。
「レナ。こっちのリボンも試してみましょう!」
リビングに入ると、何種類ものリボンが散乱していた。雫はというと、次々とレナの髪をリボンで結んでは解き、結んでは解きを繰り返している。また着せ替え人形にしてるな。
「朝から元気だな」
「うるさい。邪魔よ」
一蹴された。相変わらず、家の主の威厳が全くない俺。
「お兄ちゃん。ご飯できてるよ」
「おう」
「雫さんとレナさんも、早く食べないと遅刻しちゃうよ?」
「「は~い」」
おいコラ。なんで瑠璃の言うことは聞くんだよ。俺は邪魔者扱いされたのに。
朝飯を食べながら、今日のスケジュールを確認。
俺たちは別に特別なことはない。ただ普通に登校して、普通にHRやって、普通に始業式だ。
でもレナはそうはいかない。教室に行く前に担任の先生のところに行って、いろいろ説明を受けたあと、俺たちの教室に合流。自己紹介とかを済ませてから始業式だ。今日は始業式だけだから、午前中で終わる。
「レナ。俺がすぐにクラスに溶け込む技を教えてやる」
「え? なんですかそれ?」
「親指を自分にこうクイッと向けて『マイネームイズ・レナ』さらにできる限り外人っぽい笑い方を――」
「馬鹿の言うことは気にしないでいいわよ」
せめて最後まで聞いて。
まぁクラスに溶け込むことも大事だけど、勉強も大変だよな。なにせ学校が違うと習ってた範囲が微妙に違うから……って、あ。
「……レナって人間界の教科を勉強したことあるのか?」
そうだ。レナは違う学校どころか、神界出身だった。
「……」
「……」
雫と瑠璃も無言でレナを見つめる。レナはきょとんとしている。
よし。ここはそこで寝てる黒猫に聞いてみよう。
「おい起きろ」
「ぎゃわん!?」
てかこいつ、夏休み中からずっと寝てばっかなんだけど。こうなるともうただの猫なんだけど。ペットと同じ扱いでいいか?
「なんだよ!?」
「神子って人間界の一般教科って勉強してるのか?」
確か、七年は一般教育を受けるって言ってたけど、その一般教育ってのがどういう物なのか。
「決まってるだろ!? 神子は人間界に行くために勉強するんだから!」
「なんだ。なら大丈夫か」
心配して損した。人間界に行くから、人間と同じ勉強しなきゃいけない理屈はわからんけど。そこはまぁどうでもいいだろう。
「あ、人間界の教科ってあれですよね! 算数のことですよね! 私、算数はけっこう得意でしたよ~」
それを聞いて、俺、雫、瑠璃はピキッと固まった。
さ ん す う ?
「……レナ。得意ってどういうのが得意だったんだ?」
「九九なら全部言えますよ~。掛け算割り算も得意です!」
なんてレベルの低い答えを笑顔で言うんだ……。
俺は黒猫の首根っこを掴んだ。
「どういうことだ? おいコラ」
「……神子が人間界の一般的な勉強を受けるのは、せいぜい、小学生程度のだけだよ。神子はそれ以外にも覚えなきゃいけないことがたくさんあるからね」
小学生程度だと……俺たち高校生なんだけど?
でも確かに、小学生だって六年あるんだ。七年って期間を考えたら、中学と高校の勉強まで教わるのは無理かもしれない。
「ちなみに、レナの成績は落ちこぼれと言っていいレベルだったよ。選抜試験に受かったのは奇跡だったんだから。まぁ人間界の教科テストは全体の三分の一もないけどね」
小学生レベルの勉強で落ちこぼれだと……。
大丈夫? ウチの学校、別にレベルは高くないけど……さすがに小学生が付いていけるかって言ったら、無理だと思うぞ。
「あれ? どうしたんですか? みんなして暗い顔して」
レナは事の重大さに気が付いてない。
編入試験がないことを喜んでたけど、どっちにしろ、勉強についていけなければ、最悪、留年なんてこともある。
「……瑠璃ちゃん。私たちでレナに勉強を教えましょ」
「……うん。頑張る」
雫と瑠璃が目と目でなにか意思疎通。
「レナを留年なんて絶対させないんだから! 絶対に一緒に卒業するわよ!」
「よし! じゃあ俺もレナに勉強を――」
「「あんた&お兄ちゃんは無理」」
即答&ハモリ。泣くぞ。
いやまぁ確かに……俺はお前ら二人に比べたら全然勉強できるわけじゃないけどさ……それでも成績は中の下ぐらいだぞ!(微妙)
「なんだかよくわからないですけど……私も頑張りますね!」
どこか緩いレナの言葉。私もってか……レナが一番頑張らないといけないんだけどな。
まぁいいか。笑ってるレナを見たら、なんとかなる気がしてきた。今は一緒に学校にいけることを喜ぼう。
そんなこんなで、登校時間が迫ってきた。そろそろ出る準備をしないとな。
「そろそろ行くぞ」
「待って! レナのリボンがまだ決まらないの!」
何時間やってんの?
「リボンなんか適当でいいだろ……」
「あ?」
「なんでもないです」
ヤクザ顔負けの威嚇顔と声。こいつ、本当に女か?
「じゃあ葉介が選んでください!」
「え?」
いきなりふられた。そんなこと言われても困るんだけど。俺、そんなセンスないし。
「いや、俺にはレナの可愛さを引き立てるセンスなんか――」
「そうよレナ。葉介にそんなセンス皆無よ。初日から葉介の変なセンスで登校なんてしたら、印象台無しよ」
そこまで言うか。おい。
「そうですか……」
あ、あれ? 思ったより落ち込まれたぞ。そんなに俺に選んで欲しかったのか?
やばい……なんか罪悪感。
「じゃあお兄ちゃん。レナさんに新しいリボンをプレゼントしたら? お兄ちゃんのセンスで」
「え?」
レナの気持ちを悟ったのか、瑠璃が片目をパチパチさせながら俺に言う。つまりは、空気を読んでってことだけど。
……ここは従うしかない。
「よし! 任せろ! レナの可愛さを引き立てる最高のリボンを選んでやる!」
「本当ですか? やった! 楽しみにしてますね!」
自分でハードル上げちまった。
リボンなんてわかんないぞ……そもそもいくらぐらいするんだ? 俺、懐寂しいんだけど。
「よし! これに決定!」
けっきょく、雫が選んだのは真っ赤なリボンだった。黒とか白とか言ってたのに、なんで?
「あえて強い色で行くことで、印象を強くするのよ! 制服にも合ってるし!」
確かに、セーラー服に赤は王道って言うか、まぁ合ってる。俺が見てもそれがわかる。
とりあえず、雫の着せ替え時間(?)も終わったし、さっさと家をでないとマジで遅刻する。
「さてと……レナ。僕の入る鞄は?」
家を出ようとしたとき、黒猫がさも当たり前かのように言う。
「寝ぼけてるなら邪魔だからどっか行ってろ」
「寝ぼけてない!?」
「鞄に入る猫は可愛いとでも思ってるのか? 残念だったな。お前のその顔じゃどんな仕草や格好でも可愛くない」
「なんだと!? 僕のどこが可愛くないって言うんだよ!」
可愛いとは思ってるのか。
でも実際、どういうこと? お前が入る鞄ってなんだよ。
「……まさかお前、学校に付いてくる気か?」
昨日、俺たちが校長先生に直談判に行ったときみたいに。あのときはお前のせいで散々だったんだぞ。わかってるのかコラ。
「当たり前だろ」
当たり前じゃないから。
「学校はペット禁止だ」
「僕はペットじゃない! レナのお目付け役なんだから、一緒に行くのは当然だろ!」
お前、ずっと寝てるだけじゃん。こんなときだけお目付け役って立場を持ってくるなよ。
「でもカール。鞄を二つ持っていくのは不自然じゃないですか?」
「大丈夫でしょ。人間界の学校だし」
どういう意味だコラ。
「とりあえず、今日は駄目だ。始業式とかレナの編入とかでドタバタするからな」
「……」
猫ちくしょうに睨まれた。痛くも痒くもない。
大体、お前付いてきてもどうせ寝てるんだろ? だったら家にいても同じだろうが。
不満気なカールを放置して、俺たちはレナの初登校を見守るべく、家を出た。
★☆★☆★☆
見慣れた赤ヶ丘高等学校の正門。同じ制服に身を包んだ生徒たちが行き交う中で、
「行きますよ~瑠璃」
「うん」
正門の手前で、なぜか息を合わせて、手を繋ぐレナと瑠璃。
なにやってんだ? と思ったら、
「「えい!」」
二人でジャンプ。正門から校内へと入った。
「やりました~! 私の初登校ですよ!」
「あ、あう……」
レナに振り回されて、瑠璃はよたよたと転びそうになる。
……なにやってんだか。可愛いから許す。
「そしてそこのストーカー女。写メ撮るのやめろ」
そんな様子を写メで次々と撮影している雫。目がギラギラとしてて怖い。
「私の至福の時間を邪魔すると……死、あるのみよ」
目がガチなんだけど……。
雫のことはとりあえず置いておいて(口出すとマジで殺られそうだし)、さっきから視線を感じる。
正門を通る、生徒たちからの視線だ。主に男子。
まぁ美少女が三人集まってるから、無理もないかもしれないけど。その美少女三人の中にいる男子の俺。ちょっと優越感。
「なんだあいつ? あんな可愛い子たちと、なんであんなぱっとしない男が一緒にいるんだ?」
「哀れみで一緒にいてもらってるんだろ? もてなそうだし。くっそ……俺もあんな子にお近づきになりてぇ……」
なんか聞き捨てならない台詞が聞こえるんだけど。
俺がこの美少女三人と釣り合わないのはわかってるが、これが現実だ。ちゃんと受け止めろ。嫉妬は見苦しいぞ。
教室に行く前に、職員室にレナを連れて行く。HR前に、レナにはいろいろ説明があるからな。
「担任って一学期と変わらないよな?」
「相川先生でしょ。ほら。あそこにいるわ」
職員室の奥、窓際の席に座っている、俺たち二年C組の担任。相川陽子先生(二十九歳独身。彼氏募集中)を発見。見た目はけっこう美人なのに、なんで彼氏できないんだろうな? この学校の七不思議の一つだとかいう噂がある。
「せんせーい」
雫が呼ぶと、相川先生はこっちに気がつき、仕事を中断した。俺たちは相川先生の席まで行く。
「鳥海さん。久しぶりね~。天坂君は相変わらず能天気な顔してるわね」
「……どういう意味ですか?」
悪気はない。この先生は素でそう思って、それをズバズバと言ってくる。たまーに傷つくんだけど。
「レナのことは聞いてますよね? 今日からウチのクラスに編入するんです」
「あ~……あなたがレナさん? 可愛いわねー。あれ? でもそのリボン一年生のじゃないの?」
「あ、あの……」
先生。そっち瑠璃。
一年生は胸のリボンが青色。二年は赤。三年は緑なんだ。それで学年が区別できる。
「先生。それは俺の妹です」
「え? 嘘言わないでよ。天坂君にこんな可愛い妹がいるわけないでしょ?」
「……それもどういう意味ですか?」
話が進まん。俺は瑠璃を引っ込めて、レナを先生の前に出した。
「こっちがレナです」
「初めまして~」
深くお辞儀をするレナ。先生は机にあった書類を確認して「あ~そういえばこの子だったわ」と納得した。写真があるなら間違えないでくれ。
「外国の方? あ、ハーフかしら?」
いえ。神界出身です。
「特別な事情があるので聞かないでください」
「……まさか天坂君と駆け落ちとか?」
なんでそうなる。
「先生。そうなったら私が葉介を地獄の果てまで追って殺りますから安心してください」
なにを安心するんだよ。
話が脱線しすぎだ。先生の相手をまともにしてる時間はない。
「とにかくお願いします! 俺たちは先に教室に行ってますから!」
「え~? 駆け落ちの理由とか教えてよー」
だからなんでそうなる。
逃げるように、俺たちは職員室を出た。ったく……あの先生を相手すると疲れる。
「相変わらずね。相川先生」
「相川だけにな」
「……殴ってほしいの?」
やめてください。ちょっと魔が差したんです。
「お兄ちゃん。私こっちだから……」
一年生の教室は一階だ。瑠璃とは階段でお別れってことになる。
「おう」
「瑠璃ちゃーん。また放課後ね」
手を振りながら自分の教室に入っていく瑠璃を見送って、俺たちも二階にある二年C組の教室へと向かう。
「よう天坂。今日も仲良く幼馴染と登校か?」
教室に入るなり、中学から同じ学校、同じクラスの浅賀真太郎が声をかけてきた。
「別に仲良くねぇよ」
「なに言ってんだよ~。いつも一緒にいるじゃねぇか。幼馴染ってのは羨ましいね~」
「雫の狙いは瑠璃だ」
「あーお前の妹か? 妹にしたい女子生徒ランキング一位の」
そんなランキングあるの? 初耳。
「守ってあげたくなる女子生徒でも堂々の一位だぜ。お前の周りはすごいな。鳥海も罵倒して踏んでほしい女子生徒ランキングで一位だし。彼女にしたい女子生徒ランキングでは二人で3トップに入ってるぜ」
前者の雫はすごいの? それ。
あの二人、人気あるんだな。常に近くにいる俺でも驚きだ。
「つーか、お前詳しいな」
「女子生徒の情報なら俺に任せろ」
ドヤ顔の浅賀。
こいつ、女子に告るのが趣味だからな。いまんとこ全滅してるけど。
浅賀を適当にあしらっていると、予鈴が鳴った。HRが始まる。
いよいよ、レナの人間界学校デビューだ。なんだろう……子供を見守る親の気分。
予鈴が鳴ってすぐ、入口から相川先生が入ってくる。
「はいはーい。席に着いてー。夏休み明けだからって浮かれてるんじゃないわよー」
いや、夏休み明けってどっちかっていうとダウンな気分だと思うけどな。
軽く連絡事項を言ってから、相川先生は無駄にタメを作ってから、
「今日はみんなと勉強する新しいお友達を紹介しまーす」
小学生みたいな紹介文を言った。ここ、高校なんだけど。
「どうぞー」
相川先生が呼ぶと、引き戸をガラガラと開けて、レナが満面の笑みで入ってきた。第一印象が大事って、あれだけ意識してたからな。うん。最高の笑顔だ。最高の第一印象。
「葉介~!」
俺の名前を呼ばなければな……。
レナの容姿に見惚れていた男子生徒どもが、一瞬にして殺気立った目を俺に向けてきた。
なんだこれ……四面楚歌? 周りが敵ばかりになったんだけど




