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神子の恩返し  作者: 天天
『レナ』パート
2/63

story1「流れ星の少女」

「……どうしてこうなった?」

 目の前に広がる光景。死屍累々とはこのことか。いや、屍じゃないんだけどさ。

 まぁ見慣れたって言ったら見慣れてるんだけど。

「うぐ……」

「あが……」

「パンツ……見えた……」

 地面に重なりながら転がる数人の不良たち。それぞれが重い一撃を食らって倒れてる。何人か幸せそうな顔してる気もするけど。

 その重い一撃を放った人物は……。

「ったく、最近の不良は弱っちいわね」

「……いや、お前が強すぎるだけだろ」

 俺、天坂葉介の幼馴染である。鳥海雫。

 手をぱんぱんと叩き、不良たちを見下すその目は……敵意が向けられてない俺でさえ悪寒がする。うん、怖い。俺ならすぐに逃げ出す。逆らおうなんて微塵も思わない。目をつけられたらその瞬間に生きることを諦める。

 ポニーテールにまとめた、腰まで伸びた桜の花びらを思わせるようなピンク色の髪を揺らし、雫が振り返った。夕焼け……じゃない訂正。灼熱の炎を思わせるオレンジ色の瞳で(睨まれれば熊だって逃げ出しそう)俺をジロリと見てくる。

「葉介。あんたも男なら女の私を庇うとかそういうあれはないわけ?」

「ありません」

「……即答してる自分が恥ずかしいと思わないの?」

 恥ずかしくない。正論だ。お前は守られる側じゃない。殺る(?)側だ。

 雫の家は代々続く『修羅流武術』の道場だ。つまり、小さい頃から武術を叩き込まれ、鍛えられている。だからさっき不良たちに浴びせた正拳突きや蹴りだって洒落にならない威力だ。実際、人を殺せる(本気で)。むしろ俺は不良たちに同情する。声をかける相手を間違えたな、と。来世では真面目に生きろよ。

 まぁでも……雫も見た目は可愛いからな。スタイルもお世辞抜きでボン、キュッ、ボンだし。ナンパしたくなるのもわかる。性格はちょっと、いや、かなりきついけどな。

「それで? 瑠璃ちゃんは?」

「あー、もう来るだろ。さっき学校出たってメール来た」

 携帯でメールを確認する。瑠璃は俺の一個下の妹だ。この春に、ていうか昨日、俺たちが通う『赤ヶ丘高校』に入学した新一年生。そのお祝いに、今日は瑠璃に夕食をご馳走する約束なんだ。

「瑠璃ちゃんの制服……可愛かったわ……」

 雫が満面の笑みで語りだす。顔がめっちゃ緩んでる。これはこれで怖い。

「見て見て! 学校で『てへっ』のポーズやってもらったのよ! 可愛いでしょ~」

 緩んだ顔のまま、雫は携帯の写メを俺に見せつけてきた。その写メに写ってるのは……顔を真っ赤にして、雫曰く『てへっ』のポーズ(人差し指と中指を立てて目の所に置く)をしている、我が妹、天坂瑠璃。

 いや、めっちゃ恥ずかしそうなんだけど……軽く泣きそうなんだけど……。

 肩にかかるぐらいまで伸びた、流れるような茶髪。まだ発達途中の小さな胸だし、背も小さい。小さいからか、どこか猫を思わせるような金色の瞳。兄弟のヒイキ目とかを差し引いても……確かに可愛いと思う。でも、だからって無理やりやらすなよ。

「あ~……可愛いわ。瑠璃ちゃん。妹にしたい。葉介、私に瑠璃ちゃんちょうだい」

「なに言ってんの?」

 ほいほいあげられるかよ。

 いくら血の繋がった兄妹じゃないからって。

 瑠璃は親父が再婚したときの、相手(今の俺の母さん)の連れ子だ。だから俺と瑠璃は血の繋がった兄妹じゃない。

「……噂をすれば来たぞ」

 俺たちのいる駅前。人の波が流れる中を必死に走ってくる瑠璃の姿が見えた。人にぶつかりそうになる度に転びそうになってる。危なっかしいな。

「健気……来たらぎゅってしちゃお」

「……ほどほどにな」

 周りの目が痛いから。

「ご、ごめんなさい……遅れちゃって……きゃっ!」

「いいのいいの。社会のゴミを掃除してたから」

 息を切らせて辿り着いた瑠璃を、雫がぎゅっと抱きしめる。そのホールドで瑠璃はさらに苦しそうに荒く息をする。助けてやりたいけど、無理。邪魔したら俺がやられる。社会のゴミってのは……言わずもがな、さっきの不良たちだな。

「係の仕事は終わったのか?」

「う、うん……飼育係だから、今日からいろいろと仕事があって……」

「飼育係か。瑠璃にぴったりだな」

 瑠璃は動物好きだからな。犬猫を始めとしたモフモフ系は当たり前で、爬虫類とかそういう、女の子にとって動物に分類していいか微妙なのも「可愛い……」って目を輝かせる。

「さってと、じゃあ行くか? 瑠璃の好きな所でいいぞ。今日は金に目をつけん」

「じゃあフランス料理」

「……なんで雫がリクエストすんだよ? それからさすがにそれは無理」

 学生の財力舐めんなよ。サラリーマンだってボーナスが出たときぐらいしか食べないだろ。フランス料理とか。

「わ、私は……ファミレスでいいよ」

「ファミレス? そんな安っぽい所でいいのか?」

「うん。一番落ち着いて食べられるし……」

 まぁ確かに。変に高級感のある店より、親子連れとか学生が多いファミレスのが雰囲気としてはリラックスできるけど。そして俺の財布にも優しいけど。

「それに……」

「それに?」

「……激辛太陽ハンバーグ食べたい」

「……あれか」

 瑠璃の大好物。ファミレスの『激辛太陽ハンバーグ』。見た目真っ赤で、その名の通り激辛味のハンバーグだ。正直、一般の奴は食えない辛さ。なんでメニューに入れたんだ? と、店長の頭を疑う。でも瑠璃は辛い物が大好きで大得意だ。そんな客泣かせのハンバーグを、満面の笑みで食べられる。ちょっと尊敬する。

「じゃあ私はカルテッドハンバーグにしよっと」

「……あれ? もしかして、お前の分も俺が払うの?」

「当然でしょ?」

「……当然なのか?」

 しかもカルテッドハンバーグって、ハンバーグが四つ重なってる一番高いハンバーグじゃねぇか。相変わらずすげぇ食欲だな。こんだけ食べて、あのスタイルを維持できるのは人体の神秘だよ。いや、栄養が全部胸に行ってるのかも。

「……お兄ちゃん」

「ん?」

 やっと雫の抱擁から解放された瑠璃が、なぜかもじもじとしながら俺をちらちらと見てきた。

「なんだ?」

「……制服、似合う?」

「は?」

 なに顔を真っ赤にして言ってんだ?

 赤ヶ丘の制服はセーラー服だ。男子は学ランな。可愛いって評判らしいけど、別に他の学校の制服と変わらない気がする。制服で赤ヶ丘に進学を決める奴もいるとか。正直そこは男の感覚ではわからん。

 大体、制服姿見たの今日が初めてじゃないんだけど。昨日から見てるし。さらに言えば入学が決まって制服を取ってきてから何回も見せられてる。なのになんで今頃聞くんだ?

 ……でもやたらと真剣な目。俺も真面目に答えるべき?

「……まぁ可愛いだろ。普通に」

 とりあえず、普通に感想を言っておいた。それだけなのに、

「……あ、ありがと」

 瑠璃はまた顔を真っ赤にして下を向いてしまった。なんで?



★☆★☆★☆



「……どうしてこうなった?」

 この台詞、今日二回目なんだけど。

 今の俺の状況を説明しよう。

 ファミレスで夕飯のあと、瑠璃は雫の家に拉致された。明日は土曜で学校が休みだから、別に遅くなってもいいんだけど……それはそれでだ。

「なんで俺が荷物持ち?」

 正確に言うと、瑠璃が拉致されたのは商店街での買い物の後だ。

 高校合格祝いに、雫が色々と瑠璃に買ってやっていた。ついでに俺も少しだけ買わされた。瑠璃は「べ、別にいいよ」って言ってたけど、雫が強引に。

 その結果、大量に買った荷物を俺が家に運ぶはめになった。ほとんどが服。重い。本当に。服ってこんなに重いんだ。新発見。

「雫の奴……あんなに服買えるなら、ファミレスの代金自分で払えよ」

 そう抗議したら「女の子にご飯もおごれないの?」って、なぜか俺が悪者扱いだし。

 もうすっかり夜。七時回ってるから当然だ。もう住宅街に入ってるから商店街の賑やかさに比べたら静かなもんだ。俺以外に道を歩く人は見かけない。いつもよりは遅い時間だからな。まぁ別に帰っても待ってる奴なんていないからいいんだけど。

「親父と母さんは数か月は帰ってこねぇよな」

 両親は二人とも、海外を飛び回って仕事してる。まぁ母さんは親父の助手みたいな感じだけど。どんな仕事してるかは忘れた。ていうか難しすぎて聞いてもわからなかった。

 数か月に一回は家に帰って来るけど。逆に言うと数か月に一回しか帰ってこない。放任主義にもほどがある。基本、家では俺と瑠璃の二人だけだ。

瑠璃の入学式で昨日帰ってきて、またすぐに海外に行っちまったから、帰ってくるのはまた数か月後だ。まぁ入学式で帰ってきてくれるだけ、俺らが大事に想われてるってことだろう。

「なんか疲れた……帰って飯食ってさっさと風呂はいって寝よ」

 女の買い物に付き合わされるとどうしてこんなに疲れるんだろう? ある意味哲学だ。

 家までもう少しの所で、空を見上げる。とくに意味はなく。ただなんとなく。空を見上げるのに理由なんていらないと、昔、近所のおじさんが言ってた。ただそのおじさん。当時リストラ食らったあとだったけどな。

「……ん?」

 そして見つけた。

 夜空にキラリと光る一つの点。

 なんかでかい星だと思ったら……流れ星か? 珍しいな。こんな都会でもないけどに流れ星なんて。

「……つーか」

 でかいとは思ったけど。

 でかすぎね?

 いや、ていうか……なんかさらに段々でかくなってるような気が……。

「きゃあぁぁぁぁ!?」

「……あ?」

 突然聞こえた悲鳴のような声。

 周りを見渡すが……人っ子一人いない。ていうか上空から聞こえたのは気のせいか?

「……」

 不思議に思ってふたたび空を見上げる。

 その瞬間、俺は自分の間違いに気がついた。

 流れ星だと思ってた光は――。

「どいてくださいぃぃ!?」

「うおぉぉぉぉぉぉっ!?」

 女の子だった。

 俺に向かって急降下してくる。ていうか落ちてる?

 うん。避けられない。俺の反射神経で反応できる速度とタイミングじゃない。

 そう悟った直後……体をあり得ない衝撃が襲った。上と下がわからなくなる感覚がして、地面を転がる。骨の一本ぐらい逝ってもおかしくない衝撃だって。マジで。

 つーか生きてる? 俺。

「……い、生きてた」

 でも体中が痛い。目をパチパチとして視界が良好なのを確認。それから体を確認。骨は……大丈夫みたいだな。打撲ぐらいはしてるかもしれないけど。

「うおっ!?」

 起き上ってすぐに驚愕。

 俺に覆いかぶさるようにして倒れてたのは……さっき空から降ってきた女の子。

「……生きてるよな?」

 口に手を当てる。うん、呼吸はしてる。気絶してるだけみたいだな。たぶん、俺の上に落っこちたから衝撃が和らいだんだろ。おかげで俺は死ぬかと思ったけど。

「……」

 自分の胸にある女の子の顔をしばし凝視。その理由は一目瞭然。

 めちゃくちゃ可愛いよ。おいこの子。

 星の飾りの付いた髪止めでツインテールに整えられた、黄金の太陽みたいな長い金髪。瑠璃に負けず劣らず軽い体を包んでいる服は……何か見たことのない服。いや、女の子の服とかよくわからないけど、そう言うことじゃなくて。何て言うか……ゲームとかに出てきそうな、一言で言えばファンタジーっぽい感じ。肩を露出させ、胸元が開いている白いヒラヒラした服。スカートもこれまたヒラヒラした飾りが付き、白色の全体に青いラインが所々入っている。背中には羽のような大きなヒラヒラがあり……ヒラヒラばっかだな。RPGで言えば魔法使いみたいな感じだ。なにこれ? なんかのコスプレ?

 ていうか、さっきから腹部に感じているこの柔らかい感触はもしかして……胸? うん、瑠璃程じゃないけどちょっと小ぶり……ってそうじゃねぇ。

「よっと」

 女の子の体を支えながら起き上がり、力が全然入っていない体に呼び掛ける。

「おい……大丈夫か?」

「……」

 応答なし。どうやら完全に気絶している模様。空から落ちて来たんだから当然って言えば当然だな。

 どうするべきか……空から降ってくるとか、何か面倒な感じがめちゃくちゃする。でもこのまま置いて行く訳にもいかない。

「……しょうがねぇな」

 女の子を背中におぶさり、立ち上がる。とりあえず……家に連れて行くしかない。警察に連れて行って説明しても信じてくれないだろうし。へたしたら俺が疑われる。

「……」

 背中に当たる胸の感触。おまけに女の子特有の甘い香り。

 これで興奮しない男がいますか?

 落ち着け俺……今背中にいるのは怪我人だ……変な気を起こすな俺……。

「あんまん食べてぇ……」

 別に背中にある感触を元に言ってるんじゃないぞ? ちょっと心を落ち着かせようとしてるだけで。

 深呼吸。何回も。念入りに。

 落ち着いたところで。うん、とりあえずね。

「荷物持てねぇんだけど……」

 押し付けられた大量の服。当たり前だけど持てない。背中には女の子がいるから両手が塞がってるんだ。かと言って、置いて行くわけにはいかない。雫に殺される。

 なんとか、無理やり、本当に無理やり、よく頑張ってる俺。女の子をおんぶしながら荷物を手にし、俺は帰り道を急いだ。

 手が痛い……。


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