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神子の恩返し  作者: 天天
『レナ』パート
11/63

story10「神子だから」

「雫の奴……容赦しねぇな……」

 左頬に湿布を貼りつつ、首が捻れてないか確認。変な方向向いてないよな?

 帰宅直後、待ち構えていた雫にいきなり掌底を一発もらった。グルグルと俺の体は数回転して吹っ飛んで、首が飛んだかと思った。死んだかと思った。追撃を喰らいそうになったとき、すかさず予定通りレナが雫に抱きついて、俺は九死に一生を得た。さらにはメールで連絡してた通りに瑠璃も雫に抱きついて、雫の機嫌は一気に上昇。俺なんてどうでもよくなってた。それはそれで微妙な気分だけど。

 まぁそれでも……夕飯は俺の奢りでピザなんて注文させられたけどな。俺に拒否権はない。夕飯中、俺はずっと雫の機嫌を損なわないように必死だったんだぞ。飲み物が無くなればすぐに補充し、ピザが空になったらすぐに片付け、後片付けも言われる前に進んで自分からやったんだ。その努力の結果、雫はご機嫌で家に帰って行った。

 やっと俺は圧力から開放され、ゆっくりと風呂に入ったら……雫にもらった掌底の一撃がジンジンと痛み出してきたから、こうやって部屋に戻ってすぐに湿布を貼っていたというわけだ。

 つ、疲れた……よく頑張った俺。

「はぁ……」

 ベッドに寝転んでため息。疲れたため息でもあるけど、それだけじゃない。

 願いごとなぁ……。

 考える、なんてことは俺の脳には似合わないけど、今回ばかりはそうも言ってられない。働いてもらわないと困る。

 すごい願いごと。

 ……マジでハードル上がっちまった。

 すごい願いごとってなに? なにがどうなればすごい願いごとなんだ?

 俺の人生が変わるような願いごと? 世界がひっくり返るような願いごと? いや、それはさすがに大げさか。もっと小さなことでも……でもそれじゃすごい願いごとって言えないか。

 すごくて、最高の願いごと……。

 考えれば考えるほど思うんだけどさ。俺は……自分のためになにかを願えそうにないんだよな。自分のための願いごとがあれば、すぐに思いついてる。思いつかないってことは……そういうことだろう。

 だとしたらどうすればいいのか。

 自分のために願えないなら……。

 誰かのために願うとか? 俺以外の誰かのために。

 でも……誰のために? その誰か、は……受け入れてくれるのか?

 けっきょくまた考える。無限ループ中。思考があっちいったりこっちいったり。もう訳がわからなくなってきた。

「ヴぁぁぁぁぁぁ……」

 ゾンビ声を出して思考整理。あはは。余計混乱した。

 やばい。発狂しそう。

「葉介」

 部屋の扉をノックする音に、俺はゾンビ声をやめて起き上がる。この声は……レナか。

「どうぞー」

 返事をすると、風呂上りでパジャマ姿のレナが部屋に入ってきた。

 風呂上りの女子の色っぽさってすごいよな。それに始めて気が付いたのは、中学の修学旅行で風呂上りの女子と対面したときだった。女子は髪を下ろすだけでも印象がだいぶ変わる。それはレナも同じで、いつもツインテールだから、髪を下ろした姿は新鮮だ。

「どした?」

「いえ……雫に叩かれたところは大丈夫かなと思って……」

 本気で心配してるのが声でわかる。まぁ無理もない。あのときの俺、マジですっげぇ吹っ飛んだもん。傍から見たらたぶん「あ、こいつ死んだ」と思われるぞ。

「へーきへーき。こんなもん。レナとデートできたことを考えると安いもんだぜ。痛くも痒くもない」

 めっちゃ痛いけど。レナとデートの代金と思えば、もう二、三発もらってもいける。

 ……あ、やっぱもう一発が限度かも。首が飛んじゃう。

 無駄に元気なところを見せようと腕をぶんぶん振り回してみせる。レナも安心したのか、小さく笑うと、俺の部屋を見回し始めた。

 あ、やべ。部屋散らかってないか? そういや、レナに部屋を見せたの初めてかも。女子に見せられないような薄い本は……大丈夫だ。見える所にはない。俺の隠し場所は絶妙だぜ。たまーに瑠璃が勝手に俺の部屋を片付けるときがあるからな。学校から帰ったら机の上に薄い本が置いてあった、なんてパターンは嫌だ。

「汚い部屋で悪いな」

「え? いえいえ! 違います。これが葉介の部屋なんだなぁと思って」

 興味の目で俺の部屋を改めて見渡すレナ。

 そんなに珍しいか? 別に広くもないし。一般的な高校生男子の部屋だと思うけど。変わった物もないし。まぁあえて言うなら、お年玉と貯金をはたいて買ったコンポが目立つぐらいだ(59800円)。それ以外はとくにない。

「レナも部屋に欲しい物があったら言ってくれ。親父の部屋からぱくってくるから」

 空いてる部屋だったから、テレビもなにもない。レナはいつもリビングでテレビ見てるけど、部屋でも見たいなら親父の部屋からぱくる。どうせあんまり戻ってこないし。

「ふふ。大丈夫ですよ。私は置いてもらえるだけで充分です」

 謙虚だな。俺的にはむしろ、願いを叶えてもらうから、できるかぎりは待遇を良くしたいんだけど。

「……」

「……」

 そして、なぜか二人共沈黙。

 あ、あれ? なにこの空気。レナとは普段普通に喋ってるのに、なんで沈黙してるんだ? 空気が重いんだけど。いつものテンションはどうした俺! レナもいつもの緩いテンションはどうした!

「……レ、レナ。とりあえず座るか?」

 間を持たせようと、ベッドにあったクッションを差し出す。立たせてるのは悪い。座ってもらおう。

「は、はい……」

 やっぱり、レナもなんかギクシャクしてる感じがする。俺、なにかやったっけ? 別にレナが気にするようなことはなにもしてないと思ったけど、俺がそう思ってるだけで実はなにかやったのかな? 夕飯のとき、雫のご機嫌を取るのに必死だったから、知らず知らずにレナになにか失礼を……。

「葉介。願いごと決まりました?」

「ぶっ!?」

「ど、どうしました?」

「い、いや……」

 痛いところを突かれて、おもわず吹き出す。

 考えてはいる……でも、まだ全く決まっていません。なんてはっきりと言えない。レナをがっかりさせちまう。あんなに期待してたんだから。

「……ま、まだだな。もちろん! 候補はいろいろあるぞ! でもな、俺がレナに約束したのはすごい願いごとだからな! そんな簡単には選別できないっていうか……」

「ふふ。そうですね。ゆっくり考えてくださいね」

 ふ、ふぅ……焦った。催促されたのかと思った。

 そうだよな。もう少しゆっくり考えてもいいよな。

 だって、俺が願ったらレナが帰――。

「……」

 あれ? なにを考えてるんだ俺は?

 俺は……。

 レナに帰ってほしくないと思ってるのか?

 レナは神子。神子だから、願い人の俺が願ったら、神界に帰る。それは当たり前のことだ。だって次の願い人の所に行かなくちゃいけないんだから。

 それは当たり前のこと。

 それが神子の仕事。

 レナと俺は、神子と願い人。ただそれだけの関係。

 でも、それでも俺は……。

 心のどこかで思ってる。

 レナに帰らないでほしい。

 ……これじゃ雫と考えてること同じじゃんか。

「葉介」

「ふぁ、ふぁい?」

 やべ。声裏返った。動揺しすぎだろ俺。

 俺のことを呼んだのに、レナは俺の方を向いてない。反対方向を向いてる。なんだ? 目を合わせてくれないんだけど。

「あ、あの……」

 そしてなぜかモジモジ。なにか言いたいことがあるけど、言えない。そんな感じだ。とりあえず、そのモジモジ顔可愛い。ぎゅってしたい……じゃなくて、理性を保て、俺。

「なんだ? なにかあるなら遠慮しないで言ってくれていいぞ」

「……」

 遠慮されるってのは、なんか余所余所しく感じるからな。言いたいことがあるなら言ってほしい。

「よ、葉介! あのですね!」

「お、おう……」

 鬼気迫る勢いのレナ。そんなに重要なことなのか?

 なにかを言おうと決意した顔に……なったのは一瞬だけで、またすぐに俺から目を逸らした。

「な、なんでもないです」

 おいおい。それは無理があるぞ。

「……本当に?」

 あそこまでなにかありそうな感じだったのに、いまさらなにもないって言っても説得力が。絶対なにかあっただろ。

「ほ、本当になんでもないんです! お、お邪魔しました!」

 慌てて逃げ出すように立ち上がったレナ。でも、足元を見ていなかったらしく、クッションを踏んづけてバランスを崩し、

「きゃっ!」

 そのまま前のめりに転倒した。

「レナ!」

 俺はすぐにフォローに入る。でも、俺も慌てて立ち上がったこともあり、できたのは、なんとかレナと床の間に体を入れることだけ。

「あだっ!」

 そして一緒に転倒。でも、レナは俺の上に転んだから、痛いのは俺だけだ。セーフ。

 セーフだけど……。

「……」

「……」

 結果。レナが俺に覆いかぶさる形で、二人寝転んでたりする。

 顔がすごく近い。レナの息遣いが一つ一つ聞こえて、俺の体は急激に熱くなる。

 だってちょっと顔を動かせば、レナの唇が届く所にあるんだから。

 心臓が破裂しそうなぐらいバクバク言うとはよく言ったものだ。俺は今、まさにそんな感じ。あまりに激しく動きすぎて、止まってしまうんじゃないかというぐらいだ。

 風呂上りで、シャンプーの良い香りが……綺麗な髪だな。おもわず触りたくなるのを我慢する。細いレナの体は、強く抱きしめたら折れてしまいそうで、軽く手を添えるだけになっている。レナの体も熱い。風呂上りだからか、それとも……いやまぁ、風呂上りだからだろう。だって羞恥心って物があんまりないレナだから――。

「……ご、ごめんなさい!」

 って、あれ?

 顔を真っ赤にしたレナは、慌てて俺から離れて立ち上がった。

 いつもと反応が違うぞ。そこは緩い笑顔で「転んじゃいました~」とかでいいのに。そんな素の反応されると俺までさらに恥ずかしくなる。

「し、失礼しました!」

「あ」

 呼び止める間もなく、レナは部屋から出て行ってしまった。

 少しの間、一人でポカンとする。レナの体から感じていた温もりがなくなったことを、寂しく思いながら。

 えっと……なんだったんだ?

 なんかおかしかったな。レナ。



★☆★☆★☆



「はぁ……はぁ……」

 逃げるようにして自分の部屋に戻ってきたレナ。

 いや、実際逃げたのだろう。

 言いたいことも言えずに戻ってきたのだから。

「でも……やっぱり言えません」

 胸を押さえ、自分の気持ちを押し殺すレナ。心臓のドキドキがまだ止まらない。

「だって……私は神子。葉介は人間。神子の使命は……願い人の願いを叶えること。葉介が願ったら……私は帰らなきゃいけない」

 ずっと一緒にいられるわけではない。

 それならば、この気持ちを伝えても迷惑にしかならない。

 だから言えなかった。ただそれだけ。

 それだけなのだ……。

「でも……」

 やっぱり、胸が痛かった。

 本当なら言ってしまいたかった。そうすれば、こんなに痛くなかったのだろう。

 でも言えない。

 神子だから……。

「レナ」

「きゃあ!?」

 不意に声をかけられて、心臓が跳ね上がった。振り返ると、お座りの状態でレナを見上げているカールがいた。

「カ、カール。起きてたんですか?」

「僕だっていつも寝てるわけじゃないよ。君のお目付け役なんだからね」

 いつも寝てる気がする。というツッコミはやめておいたレナ。実際、今日もほとんで寝ていた。だからこそ、一人で散歩に出たのだ。

「今日、どこか行ってたの?」

「あ、はい! そうなんですよ! 葉介にゆうえんちに連れていってもらって、いろんな乗り物に乗ったんですよ! 楽しかったです! また連れて行ってくれるって言ってました。楽しみですね~」

「……」

 楽しそうに話すレナに対して、カールは厳しい表情を崩さない。いつもなにかと厳しいカールだが、それとは違う。レナもそれに気がついて、問いかける。

「カール? どうしたんですか?」

「レナ。君は神子だよ? 神子の使命、わかってるよね?」

「……」

 現実に引き戻されたかのように、レナは肩を落とす。そして、はしゃいでいた自分を恥じる。

 確かに今日は楽しかった。今まで生きてきた中で、最高と言っていいほどに。

 でもそれでは駄目なのだ。楽しんでいては駄目なのだ。

 自分がここにいる目的は、楽しむことではないから。

「……レナ」

 さっきとは違い、どこか優しいカールの声。レナは寂しい笑みを浮かべて答えることしかできなかった。

「ごめんなさい……私、はしゃぎすぎましたね。私は葉介の願いを叶えるために来たのに……」

「……でも僕は、今回は良いと思ってるんだ」

「……え?」

「レナが楽しんでも、ね」

 さっきとは真逆のことを言われて、レナは戸惑う。

 良いはずがないのだ。仕事を忘れて楽しんでいることが。

 なのに、なんでカールはそんなことを言うのだろうか。わからない。

「……レナ。大事な話があるんだ」

「……」

 なぜだろう。聞くのが怖かった。

 なんとなくわかったのだ。

 その話が……自分にとって、良いことではないと。


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