ともだち
友達がほしい。一人ぼっちの蛙は言いました。
彼は池のほとりに一人ぼっちでした。とても大きな池なのに、彼はずっと一人ぼっちでした。それが、彼の世界の全てでした。
「トモダチがほしい、だって?」ある時、いつものように水浴びにやってきた烏が小ばかにしたように聞き返しました。そうなんだ、と蛙は答えました。
「はっはっは。そいつはおもしろい。トモダチがほしいときたか。へえ、トモダチねえ」烏は羽をすきながら繰り返します。
「そんなにほしいなら探してみるといいさ。どんなにくさっていてもこの世界は広いんだ。おまえのトモダチになってくれる物好きもいるかもしれないぞ」
言うだけ言うと、烏は飛び去って行きました。うん、探してみる、と蛙はうなずきました。
どうしようか、と蛙はむっつりと考えました。どこを探せばいいんだろうか。トモダチって、どこにいるんだろう……?
そこで蛙は、次の日にまた水浴びにやってきた烏に聞いてみました。
トモダチって、どこを探せば見つかるものなの?
「トモダチがどこで見つかるか、だあ?」烏はめんどうそうに答えました。「はっはっは。トモダチってのは探して見つかるものじゃあないだろう、アホウ」
そうなのか、と蛙はひとつ納得しました。そこで、その次の日にやってきたすずめたちに言いました。
トモダチになってくれませんか。
「トモダチ? トモダチだって?」
すずめたちはいっせいに鳴き出しました。
「トモダチだって? トモダチになってくれって?」
「トモダチになってどうするんだい?」
「何かいいことあるのかい?」
「それで何が変わるんだい?」
「トモダチってそんなにいいものかい?」
わからないよ。蛙は答えました。でもトモダチがほしいんだ。
「いいよいいよ。トモダチになってあげるよ」
「トモダチトモダチ。ぼくたちトモダチ」
「トモダチトモダチ。わたしたちトモダチ」
ひとしきり歌った後、すずめたちは飛び去って行きました。その後ろ姿を眺めながら、蛙はむっつりと思いました。
あれ? なんかちがうな。
そのことを後で烏に話すと、烏はカーカーと大笑いしました。
「そーいうトモダチがいいのならそれもアリなんじゃないか? おまえがそれでいいんならな」
いや、やっぱりなにかちがうと思う。そう蛙が言うと、烏はまた高笑いしながら去って行きました。
次の日、池の水を飲みに狐がやってきました。狐は初め無心に水を飲んでいましたが、やがてじっと自分を見上げる視線に気が付きました。
「あら、何か?」
いえ、その、トモダチになってくれませんか。
「トモダチ? ふん、トモダチねえ」
狐は少し考えてから、蛙に問いかけました。
「それじゃあ、あなた。たとえばだれかを落とし穴にかけるのって、好き?」
いいえ、と蛙は正直に答えました。
「それじゃあ、誰かの後ろからこっそり近づいて驚かせて遊ぶのは、どう?」
いいえ、と蛙はまたも首をふりました。
「そう……悪いけど、あなたのトモダチにはなれそうもないわ。ごめんなさいね」
そう言って、狐は去っていってしまいました。
あれ、何がいけなかったんだろ。
「なんだ、まだ見つからないのか、トモダチ?」
次の日やってきた烏に、蛙はうなずきました。
何がいけないのか、わからないんだ。
「はは、そーかいそーかい。あ、おれに聞くなよ。わからないからな」
それだけ言って、また烏はどこかへ飛んで行きました。
蛙は、むっつりと首をかしげるばかりでした。
またその後、のっそりと大きな熊がやってきました。
あの。
「んー?」
眠たそうに目をこすりながら、熊がふり返りました。
トモダチに、なってくれませんか。
「あー、トモダチー?」
熊は、どっかりと座ってゆらゆら考えます。
「あー、それじゃあ、おまえは魚とるの、好きか?」
いいえ、と蛙は答えました。
「んー、それじゃあ、おまえはうまい木の実が落ちてるところ、知ってるか?」
知らないです、と蛙は答えました。
「それじゃあ、何が好きなんだ?」
こうして、一日中赤くなった葉っぱが落ちていくのを見ているのが好きです。
蛙は答え、二人は少しの間その様子をながめました。
んー、と熊はふらふら考えてから、よっこいしょと立ち上げり、
「ごめんなあ、おれじゃあおまえのトモダチにはなれそうにない」
そう言って、ふらふらしながら帰ってしまいました。
あれ、何だか前にもあったような気がする。
やってきた烏は、蛙の話を聞いて、
「はっはっは、あきないなあおまえも。そんなにトモダチがほしいのか?」
うん。
「へえ、そんなにいいものかねえ、トモダチって。というかさあ」
烏は、蛙を見下ろして、
「トモダチって、そもそも何さ?」
その質問に、蛙は答えられませんでした。烏も、それ以上は何も言わずに去って行きました。
トモダチって、何なんだろう。
蛙は、考えました。考えて、考えて、考えました。
でも、わかりませんでした。
しばらくの間、誰も訪ねてこない日が続きました。蛙は少しさみしくなりました。思い出したように鳴いてみても、広い池に空しく響くだけでますますさみしさはつのりました。そのうち、寒くなってきたので、蛙はしばらくねむることにしました。
やがて、暖かくなってきて、蛙が目をさまして少したったころ、ひらひらと、一羽の蝶が舞い降りてきました。
「こんにちは」蝶はきれいな羽根をひらひらさせながら言葉をくれました。こんにちは、と蛙も答えました。
「何しているの?」蝶の女の子は蛙に問いました。考えているんだ、と蛙は答えました。
「何を?」トモダチのことだよ。
「トモダチ?」そう。
「トモダチがどうしたの?」トモダチって、なんなのかな。君はわかる?
問いかけに、蝶はしばらく考えこみました。長いこと考えこみました。ずっと考えこんで、蛙がもういいよ、と言おうと口を開いたとき、蝶はそっと答えました。
「トモダチはね、そのひとにとって、大切なひとよ」
大切なひと? 蛙が聞き返すと、蝶はそう、と言いました。
「うれしいときもかなしいときもいっしょにいて、楽しいことも苦しいこともわかちあってくれる。そして、そうしてあげられるようなひとのことよ。あなたといっしょにいてくれて、あなたもいっしょにいてあげられるひとのことよ。……つまりね」
静かに聞き入る蛙に、蝶はちょっと照れたように、
「あなたが大切に思うことができて、あなたを大切に思ってくれる。そんなひとのことよ。それが、友達っていうの」
大切なひと、友達。蛙は小さくつぶやいてみました。
「あなたにはそんなひとが、いない?」
蝶の言葉に、蛙はちょっと考えてから、答えました。
いるかもしれない。ずっと、初めからいてくれていたのかもしれない。
その後しばらくたってから、久しぶりに烏がたずねてきました。
「よう、久しぶり。元気にしてたか?」
笑う烏に、蛙はむっつりと言いました。
ねえ、トモダチが何なのか、わかったんだ。
「へえ、まだそんなこと言ってたのか。で? 何だったんだ?」
烏がこちらへやや身を乗り出してくるのにうなずいて、蛙は口を開きました。
「あのさ、」