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夜道に光るキノ娘

 森に落ちた夜の闇。天上は曇り、月明かりも星の光もわずかにしか届かない。

 見渡す限り全方位、真っ黒に塗り潰された壁のようで、歩けど歩けど前に進んでいる感覚がない。


 光源が一切ない闇の中では、可視光に頼る視覚の持ち主達は息を潜めて自身も闇に溶け込んでいる。そうして静かに、朝の到来を待っているのだ。

 そんな真っ暗闇の中を、二つの不気味な光が漂っていた。

 薄っすらとした赤い光を宿す暗紫色の丸い点が二つ、ゆらゆらと不安定に揺れながら宙に浮かんでいる。


 その光の正体は他でもない、私だ。


 普通の人間ならばとても真っ直ぐに歩けないような闇の中を、私はしっかりと山道を選びながら進んでいた。

 我ながら恐ろしいことに、私の目は爛々と輝いて、驚くべき集光性能でもって夜の闇を見通していた。


 決して×××を使いすぎて、瞳孔が開いちまったわけじゃない。

 これはたぶん、私が人であることをやめた証拠の一つ。キノコのキノ娘たる所以ゆえんなのだろう。

 ……いや、そもそもキノコが可視光をどの程度、感知できるのかは私もよくわからないのだが。ひょっとすると可視光ではなくて、別の何かを感知して風景を認識しているのかもしれない。

 うわ、なんだそれ怖い。自分で考えたことだけど、人間じゃねえよもう。


「しっかし、なんにしても便利なもんだな、キノ娘の体は。夜の森でもそこそこ見えるし、体も疲れねぇし、眠くもならねぇ」

 私は昼間から山道を登りつめていたが、全くと言っていいほど疲れを感じることがなかった。ただ少し、お腹が減ったかなと思う程度だ。

 ちなみに、大と小の排泄というものもなくなっていた。最初はただの便秘かと思っていたのだが、どうやらキノ娘はトイレに行かないらしい。

 なんてことだろう。乙女の理想じゃないのかこれは?


 などとくだらないことに感心しながら山道を歩いていた私は、闇の中にふと奇妙な光の点を見つけて足を止めた。

「何だ、あの光……蛍か?」

 目に映った光は、薄緑色に発光した小さな点だ。

 しかし、近づくに連れて、光が無数に存在しているのが見えてくる。


 大きく伸びたしいの木に貼りつく、光の点の数々。

 それは蛍光を発する小さなキノコの群生地だった。

「あ、なんだろうな、この光景……昔、どこかで見たような……」


 ――その時、不意に目の前が明るくなって、真っ暗な闇が真っ白な光に置き換わる。

 同時に意識が不明瞭になって……あ、やば、これフラッシュバックだわ。


 突如として、私の意識は白い闇に飛んだ。




 ――それはある夏の夜のこと。


 夏の風物詩である蛍を見に行こうと、放蕩者の親父と幼き日の私はとある離島の森林地帯へと足を踏み入れていた。

 私が蛍を見たいと思いつきで言っただけで、どこぞの島まで足を伸ばしている辺り、親父の放蕩さが知れるというものだ。ちなみにこの旅行の後、家に帰ったらお袋は姉を連れて実家の田舎に帰っていた。


「親父ー! 親父ぃー! 蛍、いたかー!」

「うーん、見当たらないな。地元の人の話だと、川原の近くなら普通に見られるという話だったんだけど」

 私と親父は蛍を探して、水源近くの森をさまよっていた。

 そんな時、椎林の中にぼんやりと光る緑色の光を発見したのだ。


「親父ぃっ!! 蛍だ! あれ、きっと蛍だぞ!」

「え? あ、本当だ、光が……あれ? でも、おかしいな……点滅せずに光り続けている……」

 興奮した私は林の中で光る点に向かって駆け出していた。

 親父も首を捻りながら後についてくる。


 椎林に飛び込んだ私が見たものは、椎の木にぽつぽつとへばりついた緑の光だった。

 それはとても幻想的で優しい光だった。

「これが……蛍……」

「違うよ、絹子。あれは蛍じゃない、椎の灯火茸ともしびだけという稀少なキノコだよ」

「しいのともしびだけ~?」

「ああ、珍しいものを見られたね。蛍よりもよっぽど珍しい……」


 こうした稀少性の高いものに目がない親父は、私をそっちのけで椎の木をずっと眺めていた。

 暇になった私は蛍を探そうと椎林を見回して、またしても椎の灯火茸を見つけてしまった。しかも、親父が見ているものよりもよほど群生しており、明々とした蛍光を発していた。

「親父ー! あっちにも、ともしびだけー!!」

「うわ、本当だ、すごい!! よし、もっと近くで見よ――」

 キノコに向かって駆け出した親父の声が突然、途切れる。

 そして、どこか遠くから聞こえてくる親父の悲鳴。


「親父~? どこいった?」

 夜の森は暗い。椎の灯火茸の光に目を奪われて足元がおろそかになっていた親父は、林の斜面を転げ落ちていた。

「親父~?」

 だが、幼き日の私は親父がどうしていなくなったのか、わからなかった。

「つまんね。帰ろ」

 椎の灯火茸は見ていて綺麗だったが、声をかけても親父のように返事がくるわけじゃない。飽きた私は椎林を出て、宿への帰路についた。


 そうして、一人だけ宿に帰ってきた私を宿の主人が不審に思い、私から事情を聞きだしたのち、島の住人達による椎林での親父捜索が行われたのだった。




「――はっ!? また、なんか変な幻覚を見ちまっ……た!? あああ!?」

「きゃっ……」

 意識を取り戻すと、目の前にぼんやりと光る少女の姿が映った。

 飛び起きた私にびっくりしたのか、薄緑色に光る小柄な少女は声を上げて後ろへと一歩引いた。


「え……なに、お前……幽霊?」

 私がトリップしている間に枕元に立つとか趣味悪いんですけど。

 身勝手な非難の眼差しを向けられた少女は、胸元で光る椎の葉を象ったペンダントを握り締め、鮮やかに光る緑の瞳で不安そうに私を見返してきた。

 もう片方の空いた手で、銅製のカンテラを差し出して私の姿を照らし出し、上から下までじろじろと眺め回してくる。

 一方的に観察されるのも気に食わないので、私も暗紫色の瞳を赤く光らせながら目の前の不思議少女を穴が開くほどに見つめてやる。


 全身が淡く緑色に発光しているその少女は、ワンピースの白いロングドレスに身を包んでいた。髪型は一風変わったボブカットといった感じで、おでこのあたりに強い癖っ毛がくるんと巻いており、とってもかわいらしい。

 少女は私の強い視線に気がついたのか、怯えたように身を竦め、じりじりと後退していく。


「あ、あーっと……なあ、お前も、キノ娘だよな?」

「……私、椎野灯シイノアカリ……。クヌギタケ族のキノ娘……です」

 おずおずと縮こまりながらではあるものの、キノ娘少女アカリは自己紹介をしてくれた。ただ、それだけで積極的に口を開こうとはしない様子だ。


「そっか、やっぱりな。ああ、ほら、そんなに怯えんなよ。私も……キノ娘だ、一応。たぶんな」

「キノ娘……?」

 ちょっと自分のアイデンティティが揺らいだが、同類アピールしてアカリの不安を取り除こうと試みる。キノ娘という言葉に反応して、あからさまにほっとした様子を見せたのは、仲間意識を少しは持ってくれたと見ていいのだろう。


 ……まあ、別に怖がられたからどうということもないのだが、このわけわからないキノコ世界において話が通じそうな相手は皆、貴重な情報源である。

 ひょっとしたら、ヒナコのようにシロシベ家のことを知っているかもしれない。


「なあ、お前さ。シロシベ家っての知らないか? 一応、この山道の先にあるとは聞いているんだけどさ」

 アカリは小首を傾げて思案したが、思い至らなかったのか首を左右にふるふる振ると申し訳なさそうに縮こまった。

「いや、別に知らなきゃいいんだけどさ。この先に温泉があるって話も聞いたことないか?」

「あ……それなら、知ってる……。この山道、登っていけばある……」

 温泉に関しては、アカリもはっきりと肯定した。やはりヒナコの情報は正しかったのだ。とすれば、シロシベ家もその近くにあるに違いない。

 しかし、そうすると肥溜めもあるのか。私はそのことを確認しようか迷ったが、結局やめておいた。温泉があるとわかった以上、あまり意味のない質問だろう。


「そうかそうか、ありがとな。参考になったぜ、アカリ。またな!」

「あ……ううん……別に……」

 いまいち反応の薄いアカリだったが、どことなく礼を言われて嬉しそうにも見える。


「……名前……呼んでくれた……。それに……またね……って……。また、会えるといいな……」

 遠くで、小さく呟くアカリの声が聞こえた。


 椎野灯シイノアカリ

 ちょっと無口で臆病な性格だが、人付き合い……もとい、キノ娘付き合いは嫌いじゃないらしい。


 私はまた、新たなキノ娘の知り合いを得たのだった。


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