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小さなキノ娘

「あ~……くっそ~。ナメコのやつ役にたたねぇー……」

 わけのわからない世界にやってきて、気がついたら人間やめてキノコになっていた私。

 だが、そんな私にもこの世界に家族がいるらしい。


 シロシベ家。

 人間であった頃の私の苗字、『白蕊』と同じ発音だが、どうも少しばかりニュアンスが異なるようだ。

「どこだよ、シロシベ家~。そもそもキノコに親兄弟とか、そんなもんあるのか……?」

 歩けど歩けど見渡す限り巨木の森と、でかいキノコにシダ植物。

 目的地であるシロシベ家の方角も知れないまま、私は腐海の森をさまよい続けていた。


「やべ……これもしかしなくても、迷子? てか、遭難?」

 元から現在地など何もわからない状態で歩き出したのだから、今更迷子もあったものではないが。

 途方に暮れながらも私はとりあえず前へと足を進めた。今はただ歩くしかない。

 右も左もわからないが、立ち止まったらもうそこからどこにも歩いていけそうにない気がしたのだ。


 ……ぉぉぃ……ぉぉ~ぃ……


「あん? 何の音だ? 人の声か?」

 あてもなく腐海をさまよっていると、どこからともなく人の声らしきものが聞こえてきた。

 声はとても小さく、注意深く耳を澄ませていないと聞こえてくる方向もわからなくなる。


 ……ぉぉぃ……ぉぉ~ぃ……


「こっちか? いや、あっちかな?」

 人の声なら渡りに船。

 道を聞いてシロシベ家か、どこか適当な町でもいい、とにかく落ち着ける場所を見つけて休みたい。

「おい! 誰かいるんだろー! 私の声が聞こえたら返事しろー!」


 ……ぉぉ……ぉぉっ……


 私が声を張り上げると、声の反応が少し変わった。


「まだ、声が小さいな。もっと遠くか、いったいどこにいるんだ? あっちの方から聞こえる気がするんだけどな……」

 いまいち場所が特定できないことに苛立ち、私は思い切ってあたりをつけた方角へ走り出す。

 そのとき――。


「ゎきゃぁぁ……!」

「ん?」

 突然、足元から変な声が聞こえてくる。

 ふと視線を下に向けると、私の足の下で小さな生き物がじたばたと暴れていた。


 それは一言で表すなら――幼女。

 ただし、その大きさは並みの人間の幼女というものではなく、手の平どころか指の先に乗ってしまいそうなほどに小さい。

 赤からオレンジにグラデーションがかかった着物に身を包み、同じ模様の大きなリボン(体格に対してだが)を頭に結っている。

 リボンに飾られた頭髪は、頭頂部から毛先へ向かうに連れ紅から白へと色が変わる。小さな顔は真っ白だが、頬は赤く、くりっとした目は濃い紅色の瞳をして特徴的だ。


「え……? この生き物はいったい……」

「こ、こらー! 足を、足をどかせー! どかすのじゃー!」

「あっ、と……悪い悪い、踏んづけちまった。その、あんまり小さいもんで……」

「なんじゃとー!!」

 小さい幼女、というか極微小な幼女は、『小さい』と言われたことに腹を立てたのか、頬をことさら真っ赤に染めて怒りをあらわにした。


「あ~、もしかしてさ。いや、もしかしなくても、さっきから聞こえていた声はお前だよな」

「他の誰であるというのじゃ! こんなにも大声で叫んでおったのに!」

 大声と言うが正直、踏んづけるほどに近づくまで、どこか遠くから聞こえてくる声だと思っていたのだけれど。


「あぁ、あぁ、悪かったよ。ほら、汚れも落としてやるから機嫌直せって。怪我とかないか?」

「む? むふふ……。大丈夫じゃ、怪我はしとらん。それよりほれ、背中の土汚れも落としてくれぃ」

 抱き上げて着物に付いた汚れを撫でて落としてやると、極微小の幼女は心底から気持ち良さそうに目を細めて笑った。

 やばい、可愛い、誘拐したい。

 まるでお雛様人形のような幼女の愛らしさに、常日頃から荒んでいた私の心は癒された。


「ふぅ、もうよい。汚れは落ちた、ありがとうのー」

「はいはい、どういたしまして。んで、お前はいったい何を叫んでいたんだ?」

「うむ、お前、ではないぞ。わちしの名前は『龍谷雛紅リュウコクヒナコ』じゃ。品行方正なるベニタケ族のキノ娘よ」

 小さな体で、小さな胸を精一杯に張って自慢げに名乗るキノ娘のヒナコ。

「こいつもキノ娘かよ……」

「なんじゃぁ? おまいさんもキノ娘であろう? 名前はなんと申す? どこの一族じゃ?」


 自分の出自を聞かれた私は返答に詰まった。

 私は人間、白蕊絹子。だけど今はシロシベ家のキノ娘らしい。どちらを自分の名乗りとすれば良いのかわからなくなってしまったのだ。

 私が返答に窮しているとヒナコはどこか残念そうな顔をして小さく呟いた。


「自分の名前も名乗れんとは……。おまいさん、その若さでもうボケたのか……かわいそうじゃのう」

「ちっげーよ!! ボケてねーよ! 私は人間、白蕊絹子だ! わけわかんねぇキノ娘なんかじゃ断じてない!!」

「…………これはまた、重症じゃのう。とんでもない娘に助けを求めてしもうたかもしれん……」

 とても、とても沈痛な面持ちでヒナコは溜め息を吐いた。

 あ、これむかつく。私、頭おかしい子みたいに思われている。


「私の出自なんてどうでもいいんだよ。それで、助けが必要ってのはどういうことだよ。むしろ、私の方が迷子になっていて助けが欲しいんだけどさ」

「そ、そうか……それは本当に、大変じゃのう……。いやな、わちしの願いはそう難しいものではない。ただちょっとな、地面の上から、それ、そこの巨木の上の方まで運んでくれなんだか。それだけでいいんじゃ」

「なんだ、本当にちっさな願いだな」

「おまいさんにはそうかもしれんが、わちしには大きな問題じゃ。あそこまで登るのは骨が折れる。おまいさんみたいなのに踏み潰される心配があるので、普段からなるべく高い場所で暮らしておるのじゃが……先日の嵐で落っこちてしまっての」

「先日の嵐? 台風でも来ていたのか?」

 私の何気ない質問に、ヒナコはまたしても残念そうな憐れみの表情を浮かべる。


「先日のことさえ覚えておらんのか……。いよいよもっておまいさん、危ないんじゃないかのぅ?」

「ああん!? てめ、私のこと馬鹿にすんのか! 仕方ねえだろ! こちとら一週間くらい部屋にこもって×××でトリップしてたら、いつの間にか異世界にトリップしちまったんだ! 昨日の天気なんて知るかよ!」

「…………お、おまいさん…………」

 今度こそ完全にヒナコは引いていた。

 改めて省みれば、今の私の発言はかなりイカれていたかもしれない。


「……ま、まあいいさ。木の上に行きたいってんだろ? それくらいなら私が手助けしてやるよ。踏んづけちまった負い目もあるしな」

「おお、そうか! ありがたいの! では、早速頼むぞ、あの巨木を登って三つ目くらいの枝が良いのう!」

 微妙に細かい注文をつけてくるヒナコに苦笑いしながら、私はヒナコを肩に乗せて近くの巨木に登り始めた。


「どうでもいいけど、ヒナコ。お前なんでそんな古風な喋り方なんだ? 口の汚い私がどうこう言えることでもないけどよ」

「む……この喋り方のことかの? やはり、気になるか?」

「まあなぁ……ちょっと、いや、かなり違和感あるよな」

「ふむ、まあ、わちしも自覚はあるのじゃが。いかんせん、わちしはその……小柄じゃろ? なんというか、もう少し威厳というものを出したくての」

「それでその古風な言い回しなのか? 別にいいじゃねぇか、子供らしく可愛らしい喋り方だってさ」

「何を言うか。こう見えてもわちしは、立派な成菌せいきん女性なんじゃぞ!」

 なんだその成菌女性って。あれか、成人女性みたいなものなのか? そうなのか?

 巨木の一つ目の枝に手をかけながら、私はまた人としての自我同一性アイデンティティを揺るがすような自問自答に悩まされた。

 しかし、深く考えると自己崩壊に繋がりそうで怖いので、むりやり別の話題を考えることにした。


「でもよ、大人の女性にだって可愛いやつは結構いるぞ。そんで、やっぱり尊大な態度取るよりは可愛い方が他の奴の受けはいい。人気者になれるだろ?」

「そ、そうなのか……? しかし、いっぱしの成菌女性として媚びを売るというのはどうも……」

「だからよー、それがわざと媚び売っているなら、私だってぶっとばしたくなるけどさ。そうじゃないだろ、ヒナコの場合は。自然体でいいってことだよ」

「自然体……か」

 三つ目の枝へ登るまで、ヒナコは無言だった。彼女にも考えるところがあるのだろう。


「ほら、到着だぜ。この枝の上でいいんだろ?」

「う、うむ……」

 三つ目の枝へ到着してヒナコを下ろしたが、彼女はどこか不満げな様子だ。原因はよくわからないが、これ以上は付き合う義理もないだろう。


「んじゃ、私は行くから」

「あっ、ちょっと待てい! おまいさん、確か迷子じゃったろ? どこかあてはあるのか?」

「ああ……一応な。シロシベ家ってのを目指してはいるんだけど……」

「シロシベ家か……ふむ。それならば心当たりがある。ほれ、そこの山道を登って山頂を目指すとよい。途中、六合目付近かのう。小さな温泉と肥溜めが道の脇にある。そのすぐ近くの朽ちた巨木のうろを、シロシベ家が住処にしているはずじゃ」


 驚いたことにヒナコはシロシベ家の細かい位置を教えてくれた。肥溜め……つまりは糞の池があるってのは、わざわざ教えてくれたのはたぶん間違って落っこちるなよ、というありがたい忠告かもしれない。

「ひょっとして、私のことも知っていたんじゃ……」

「いや、シロシベの娘のことまでは知らん。近所の噂程度にシロシベ家の場所を知っていただけじゃよ」

「そっか……。まあいいや、自分のことは身内に聞けば済むことだしな。ありがとうな、ヒナコ! もう落っこちるんじゃねえぞ!」

 私はヒナコに礼を言うと巨木から飛び降りて、森に紛れていた山道へと進んだ。

 そんな私の背中に、ヒナコが声をかけてくる。

 

「シロシベの娘よ」

「うん?」

 振り返れば、巨木の枝に立ったヒナコの姿が目に映る。

 ヒナコは小さな体を折り曲げて、チョコンと一礼した。


「助けてくれてありがとう。おまいさまの旅路が良きものとなりますように」

 先程までの尊大な態度は影を潜め、代わりに等身大の愛らしいヒナコがそこにいた。

 屈託のない笑顔で、紅色の瞳が私の行く道を見通している。


 ヒナコの温かい見送りを受けて、私は少し後ろ髪を引かれた。


 ――ぅゎ、ょぅじょ、かゎぃぃ――


 それが私の素直な感想だった。


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