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私は何キノコ?

 私は今、混乱の極みにあった。

 何故かって? 説明するまでもない。


 ――あなたはキノコです――


 こんなことを言われて混乱しない奴がいるか? いるとしたらそいつは正気じゃない。完全に逝っちまっている。

 間違いなく×××をキメて、夢と幻と現実の区別がつかなくなっている奴だ。

 だから、私はまだ正気なのだろう。


「私はキノコ……私がキノ娘……私は……私は……」

 混乱から立ち直れない私は、無意識に琥珀色の髪をかき上げる。だが、無情にも髪を手で乱暴に撫でると、ふわふわ胞子が飛んだ。フケじゃない、胞子だ。

 これが、私が、紛れもなくキノコ……いやキノ娘である証だと言うのか。


「……って、んなわけあるかーっ!! 私は人間だ!!」

「ひぃやあぁぁ……!! いきなり叫ばないでください~。驚きますー!」

 ふと、隣を見るとなんだか茶色くヌメヌメした生き物がいた。

 滑木滑子ヌメリギナメコ滑子ナメコのキノとかいう舐めた奴だ。


 ヌメヌメ……ヌメヌメ……ヌメヌメ……ヌメ……。


「んだよ、てめえまだいたのかよ。どっかいけよ」

「えぇ~、ひどいですー。私の方が最初からここにいたんですけどー。それにここが私のお気に入りの場所なんです~」

 そう言ってナメコ女は、倒れ朽ち果てたブナの巨木の上に跨り、べたぁっとうつ伏せに体をくっつけて気持ちよさそうにしている。

「大体なぁ、おまえが変なことを言い出すから私は混乱してんだ!」

「あなたがキノ娘ってことですかぁ? どう見てもそうじゃないですかぁ」

「うるせっ! そもそも私がキノコって、何キノコだってんだよ! てめえは見ればナメコってわかるが、だったら私は何だ!? え? 言ってみろ!」

「う、う~ん……本当にわからないんですか~、御自分のことぉ」

「わかんねーから聞いてるんだよ」


 ナメコはとても気の毒そうな表情で私を見つめると、やがて諦めたように溜め息を一つ吐いた。

「はぁ……。私の知る限りですね~、たぶんあなたはシロシベ家の娘さんだと思います~」

「何? しろしべ? お前、なんで私の苗字、知ってんの?」

 私の名前は白蕊絹子しろしべきぬこだ。そうだ、混乱して自分の名前さえぶっ飛びそうになっていたが私は白蕊絹子しろしべきぬこ、人間だ。

 大事なことなので二回言った。

 決してキノコじゃない。


「知っていたわけじゃないんですよ~。ただですねー、あなたを見れば誰でも予想はつくと思うんです~」

「あ? どうして、予想がつくんだよ? 理由を説明しろよ、三十文字以内で」

「えぇー……怒りません?」

 ナメコは一瞬、視線を逸らして口ごもったが、私が落ちていた木の枝で突っつきながら急かすと「あっ……やめて……」とか呻いておずおず口を開いた。


「えぇとですね、『あなたみたいに逝っちゃってるキノ娘さんは他にありえないから』です」

「てぇんめぇっ!! 喧嘩売ってんのか!?」

「きゃあぁあー!! 怒らないで、叩かないで、突っつかないでください~!」

 ブナの木にしがみついたナメコの尻を、私は木の枝で引っ叩き、憎らしいほど肉付きのいい胸を枝の先で突きまわした。


「だって、だってぇ~! キノ娘なのに、御自分のこと『人間』だなんて言っちゃうのは、よほど逝っちゃってるアレな方だと思うんです~!」

「なんだよ!? よほど逝っちゃってるアレって!? アレって何さ!?」

「ひぃぃい~! だから嫌なんですよ~、×××中毒の方は話が通じなくてぇ~……」

 泣き喚いてそれでも決してブナの木から離れようとしないナメコ。


 怒りに燃える私は小一時間ほどナメコを突きまくって、ようやく心を落ち着けてから冷静に考えた。

 先ほど、ナメコは気になることを言っていた。


 ――御自分のこと『人間』だなんて言っちゃうのは――


 それはつまり、ナメコも私もキノ娘で、『人間』と呼ばれるものは別にいるということではないだろうか。


「まじかよ……私、まじで人間やめちまったのか……。しかもよりによってキノコになっちまったのか……」

「ひぃん……まだ言ってるし~……。もう、どこか行ってくださいよ~。私をゆっくり休ませてください~」

 情けない声で泣くナメコだったが、私はまだまだわからないことだらけで、聞きたいことが山ほどある。

 そもそも、ここはどこなのか? 本当に地球なのか? だとしたら、この環境の変化はどうしたことか? キノ娘とはなんだ? 人間とは何が違う?


「ははは……やっべぇな……私。いよいよもって、頭がイカれちまった……」

 改めて自分の思考をなぞってみて、どう考えても頭のおかしい人の考え方だと納得した。

 ナメコが言っていることも一理あるわけだ。


「とは言え……これからどうしたもんか。こんな場所じゃ、知り合いもいない……や、待てよ」

 そう言えばナメコが言っていたではないか、シロシベ家の娘さん、と。

 それはつまり、シロシベ家というものが存在するということ。

「私の、家族がいるってことか……?」

 ナメコに視線を送ってみたが、彼女はブナの木の上でぐったりとしていて答える気力はなさそうだった。

 これ以上は苛めてやるのも酷だろうと、優しい私はナメコを放置してシロシベ家を探すことにした。


 何歩か腐海の如きキノコの群生林を歩き、

「おい、ナメコ!! 私の家、どっちだ!? どこにある!?」

「知りませんよぉー!!」


 私の旅は、まだ始まったばかりだ。



<あとがき>

 少しだけやる気が出て、話の続きを書き始めました。

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