表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

異世界トリップ

 その日の目覚めはいつになく爽快だった。

 ただ一つ違和感があるとすれば、それは部屋の中の様子だ。


 散らかって荒れ果てた部屋なのはいつものこと。だが、その部屋全体に見たこともないようなキノコが生えまくっているのはいったいどういうことなのか。


「あ、あれ? おっかしーな。キノコは押入れか風呂場に生えるものじゃないのか?」

 その考えも一般常識で考えれば少しずれていたが、私にはそれを冷静に判断できる気持ちの余裕がなかった。

「なんだここ、私の部屋じゃねえし」

 自室だと思っていた場所は、室内どころか岩肌むき出しの洞窟のようだった。所々、天井が崩れかけていて日差しが斜線となって入り込んでいる。


 ふらふらと洞窟内を歩き回り、行き止まりに見つけたのは小さな泉。

 覗き込むとそこには、白いワンピースドレスに薄紫のカーディガンを羽織った女の子の姿が映る。

 純金のイヤリングとブレスレットを指先で弾き、艶やかな琥珀色の髪を一撫でしながら、うん、今日も私は決まっている、と水鏡を見つめてしばし呆然。

 水鏡に映る私は、暗紫色の瞳を薄っすら赤く光らせて、まっすぐに私のことを見つめ返してくる。


 おかしい。


 何がおかしいって、まず私の髪の毛は黒のはずで、琥珀色に染めた覚えはない。

 瞳の色も茶色のはずが、暗紫色ってなんだ? しかも、何故か仄かに赤く光っている。カラーコンタクトでもこうはならないだろう。


「な……何が私に起きた?」

 いつもと変わりないのは眼の下の不健康そうな隈と、欠けた八重歯くらいなものだ。

 寝ている間に整形手術でもしたのかと思うほど、あまりにも異常な変貌だった。


 異常事態。それは果たして自分だけの問題なのか。

 周囲を見渡して、既にそれが自分一人だけの問題ではないと気づいた私は、洞窟を駆け抜けて光ある外へと飛び出す。

「お、おい!! どうなってやがるんだ、これは!! 私も、家も……っ!?」

 洞窟の外には見知った住宅街の風景は存在しなかった。

 代わりに、巨大なシダ植物が鬱蒼と茂り、これまた巨大で多種多様なキノコが生えた黴臭い森が辺り一面に広がっていた。


 自身の姿を見て、そして周囲の風景を目にして、私はしばらく言葉もないままふるふると体を震わせていた。

 決して×××を切らして禁断症状が出ているわけではない。受け入れがたい現実に、恐怖とも怒りともつかない感情が湧き上がっているのだ。


 見上げても先端の見えない巨木が立ち並び、空の光が半ば遮られた薄暗い森。

 巨木の根元にはシダ類やキノコ類が生えているのだが、それさえも私の背丈を優に超える巨大さだ。


「やっべー、なんだこの森、やっべーよ……腐海かよ……」

 明らかに現代文明とは程遠い、どころかジュラ紀か白亜紀かと疑うような光景である。

 いや、どちらにせよ巨大なキノコが無数に生える光景はありえないかもしれない。だとすればここは、果たして地球なのだろうか。それすらも怪しくなってきた。


「くっそー……わけわかんねーよ。ここどこだよー。こんなところに一人で放り出されたら、死んじまうだろうがよー」

 なんだかつい最近まで、自分の人生とかどうでもいいと思っていたような気もするが、こんなわけのわからない場所で死ぬのは御免だ。

 空中にやたらとキノコの胞子みたいなものが浮いているし、寄生されて徐々に弱りながら死んでいくとか恐ろしい死にざまが思い浮かぶ。


 当てもなく腐海をさまよっていると、触れてもいないのに不意に近くの茂みが揺れた。

「だ、誰だ!? おい、誰だよっ!!」

 誰かいるのか、希望と不安の入り混じった台詞が口から飛び出す。しかし、このような未知の腐海に人などいるのだろうか。あるいはこれまた未知の生物が出現するのではないか。


 茂みはがさがさと葉擦れの音を立てるばかりで、葉を揺らす正体不明の存在は姿を見せようとしない。

 元来より短気な私は、じっと茂みを観察していることが耐え難くなってきた。

「くそー……ちくしょー……私をからかってやがるのか? ふざけんなよぉ……誰だか知らねぇけど、私をなめるなー!」

 完全に×××でいってしまった人の被害妄想だが、もはや私には揺れる茂みしか目に入らず、どうやって敵を引きずり出してやろうかという考えしか頭にない。


 私は葉擦れの元凶がいそうな茂みへと意を決して飛び込み、無我夢中で両腕を振り回した。

 ぱらぱらと舞い落ちるシダの葉に混じって、何か生暖かくベタついた感触のものに触れた。

 べちゃり、とも、ヌメリ、とも表現できる異様な感触に背筋が凍りつく。

「う……っぎゃあぁぁあ!? なんか触っちまった~!!」

 私の大絶叫が腐海に響く。すると一拍遅れて、私が掴んでしまった生暖かい物体から奇妙な叫びが上がる。

「……き、きゃあぁぁ~! ななな、なんですか~、あなたは~!?」


 叫び声をあげた物体、それは、私が今までに見たこともないような生き物だった……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ