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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第一部『春、しあわせ荘のひとびと』
8/48

その8『雪女の雪江さん』

☆注意☆

この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪




 夜、食事も終えて、何とか真白さんにもお帰り頂いて(リンさんの言ったとおり、色んな意味で怖い妖怪だと思い知らされて)、その後に尋ねて来たシャルルの目に練りニンニクをぶち込んでから、真は時間も空いたので、ふらりと外に出てみる事にした。


 夜風が涼しいぜ……なんて格好いい事は言わない。取り敢えず、しあわせ荘の二階から、外の景色を眺めてみた。

 そう言えば、203号室のでかい男の子はどうしたんだろうか? と考えつつ、ふと横を見ると、パジャマ姿の女の子。

 カチューシャはそのままに、枕を抱えて星空(言うほど星は出ていないが)を見上げる涙目の女の子、瓜子さん。


「天野さん?」

「……あっ、遠野君」


 びくっと肩を弾ませて、瓜子さんは距離をとった。


「どうしたの?」

「べ、別に、遠野君の持ってた心霊写真が怖くて、一人で家に居るのが怖くなっちゃった訳じゃないからっ!」


 成程、遠野君の持ってた心霊写真が怖くて一人で家に居るのが怖くなっちゃった訳か。慣れれば非常に分かりやすい妖怪さんである。


「大丈夫だよ。写真に一緒に写ってた僕が何ともないんだし」

「……そ、そう言えば……で、でも、今も虎視眈々と遠野君を狙っている可能性も無きにしもあらずっ」

「大丈夫だって。オバケなんて怖くないから」

「こ、怖くないもんっ!」

「怖くないんだね。じゃあ、大丈夫」

「え? あ、そ、それは……その……ちがっ……」


 素直じゃないなぁ、と苦笑しつつ、真は適当にポケットに突っ込んでいた一枚のお札を取り出した。シャルルを封印するのに使っていたものである。


「じゃあ、これを上げる」

「なにこれお札?」


 真から差し出されたそれを、瓜子さんは素直に受け取る。


「入るな、って念じると、嫌いな相手を通さないお札。幽霊くるなって念じてドアの前に貼っておいたら、幽霊なんてきっと来ないよ」


 吸血鬼来るなと一度念じて、シャルルを封じ込めたお札である。吸血鬼レベルを封じられるのだから、幽霊なら大体はシャットアウトできる代物だ。例外として、ちょっと危ない真の守護霊、ヒカルはランクが高すぎて通してしまうが。幽霊に滅法強い真がいれば、そちらの侵入も問題ない。


『おまっ、人をまるで夜這いする最低男みたいに』

「しそうだし」

『ひでえ』


 心中の守護霊との会話、一応の釘をヒカルに刺しつつ、完璧に瓜子さんを安心させようと、真は試しに言ってみる。


「要らない?」


 要る? ではなく 要らない? と聞く。すると、分かりやすく瓜子さんは答えた。


「べ、別に貰って上げてもいいけどっ!」


 ぷいっとそっぽを向く瓜子さん。やっぱりか、と早速その対応の仕方を覚えた真は、苦笑した。


「…………あ……ありがと」

「え? 今何か言った?」

「な、何も言ってないっ!」


 素直なのか、素直じゃないのか、どちらか分からないが、どちらにしても分かりやすい天邪鬼、瓜子さんはぽわっと頬を赤くして、柵から下を見下ろした。


「……あれ?」


 そんな瓜子さんが何かに気付いた。それに気付いた真もふと下を見る。


 大分暗くなった外。街灯がわずかに照らす夜景の中に、ぽっと浮かび上がる様な白い顔。顔だけ浮いているのかと思いきや、どうやら暗さに溶け込む黒いスーツを来ているだけのようで、それはどうやら普通の女性のようだった。いや、普通かは分からないが。

 白い顔は真を見上げる。


 にやり。


 なぜか白い顔は笑った。怖い。


「どうも、こんばんはー」


 白い顔は挨拶してきた。真はむん?と首を傾げる。そんな彼に、あの女性を知っているらしい瓜子さんが耳打ちする。


「あの人、一階の雪江さん。仕事が終わるのが遅かったんだと思う」

「へえ。あの人が……」


 引っ越してきてすぐの挨拶の時には留守だった人。

 リンさん曰く、嫌な人。

 暗闇に浮かび上がる白は確かに怖かったが、かつかつと階段を上がり、近づいてくる雪江さんをよくよく見れば、結構綺麗な人である。

 雪のように真っ白な肌に、黒い髪と黒い瞳。すっと切れ長の目は冷たい印象。しかし、薄桃色の口紅光る口元がほんのり緩んでいることで、その印象は幾分かかき消されている。全体的に見ると、凜々しいスーツ姿や細身のすらっとした体型、大人の佇まいから、どこか落ち着いた雰囲気を与える女性だ。リンさんとは正反対のようにも感じる。

 『これまたいい女じゃねぇの!』と、いつも通りの女性との初対面時リアクションを見せるヒカルを慣れた様子でスルーしながら、真は大体の雪江さんの雰囲気を読み取った。


 雪江さんがにんまりと笑う。

 そう、この笑顔である。通常の表情はクールなお姉さんといった印象。

 闇に浮かんで怖かった表情が今の表情である。


「瓜子ちゃん、こんばんは。そっちの子は……彼氏くんかな?」

「ち、ちがっ……! そんなん、そんななななっ!」


 慌てすぎである。

 なるほどな、と真はその笑顔の意味を察した。

 そういえば、中学校時代に男女関係を遠目に見ている学校の近所のおばさんの笑顔と一緒だ。

 「最近の若い子はお熱いわねぇ。ぬっふふ」とか頻繁に言ってた室田のおばさんと全く一緒だ。

 瓜子さんも大分取り乱しているので、真はそっとフォローを入れる。


「205号室に越してきた遠野です。よろしくお願いします」

「あら、205号室の? そうなの。私は102号室の白川雪江です。よろしくね」


 にこり、と今度は優しい笑顔。ただ笑っただけだったが、それだけでも真は、この人は人当たりがよさそうだという印象を受けた。

 元々、リンさんの言うことなどあまり信じていなかったが(既に株大暴落である)、付き合いづらい人でなくて良かったと素直に思う。


 そこでふと思い出す。そうだ、人じゃないのか。


 確か、リンさんが言うには『雪女』。何となくなら知っている。


「リンさんから聞いたんですけど、雪江さんは雪女なんですか?」

「リンが? ええ、そうよ。あ、ちょっと寒かった? ごめんね。夜は私の近くだと冷えちゃうでしょ?」

「いえ。そんなことは」


 真は素直に否定する。

 どうやら気遣いの出来る人らしい。

 言われてみれば、確かに少し冷気を感じる、雪江さんの周囲。しかし本当に真はあまり気にならなかった。実は幽霊の冷気になれているから寒さに強いだけなのだが。

 真は頭の中で「雪江さん>リンさん」という式を作りながら、ふむと軽く頷いた。


 しかし、雪江さんは非常に暗い表情をしていた。


 正確には笑顔である。しかし、深い影の掛かった笑顔だった。


「……そう。夜は私の近くだと冷えちゃうの。そう言って、前の彼は離れていったわ。体だけじゃなくて、恋まで冷めてしまったのね。ろくに体を触れあわせてもいなかったけど」


 笑顔のはずなのに。

 なぜか真には雪江さんが泣いて見えた。


「……そりゃ、私は雪女よ。でも、多少体温が低い位じゃない。あんなに尽くしてきたのに。何が冷めたよ。どうせ私は冷たい女ですよーだ。何よ。何よ。何よ……」


 顔を真っ赤にしながらあわあわ言っていた瓜子さんが、ぶるっと体を震わせて「寒っ」と一言事態に気付いた。どうやら頭が冷えたらしい。


「ちょ、ちょっと! あんた雪江さんに何言ったの!?」

「え? いや、何も。雪女なんですよね、って。そしたら何かぶつぶつと……」

「……冷たいのは生まれつきよ。それなのに、何よ。最初に好きだっていったのはそっちじゃないの」

「ゆ、雪江さん落ち着いて!」

「……寒っ。急に冷え込んできたぞ」

『だな。こりゃ大分寒くなってきた』

「どうせ寒いわよ私なんて!」


 瓜子さんにぐっと腕を引かれる真。


「ばかっ! 雪江さんは変なところでスイッチ入っちゃうんだから余計なこと言わないでよっ!」

「え? スイッチ?」

「見せつけてくれちゃって……」


 雪江さんの背後に怨念じみたものを真は見た。


 この人、やっぱり怖っ!

 

 真は改めて、死んだ人間よりも生きている人間の方が怖いということを思い出した。いや、妖怪か。

 雪江さんはつい先日、男に振られたばかりである。

 なので大分ノイローゼ気味なのである。

 怨念垂れ流し中の雪江さん。最早誰にも止められない。周囲が一気に冷え込む中で、誰もが凍死を覚悟した(誇張表現)その時。


「おらっ」


 ビシ! と一発、雪江さんの頭にチョップ。

 背後から振り下ろされたチョップの主は、ジャージ姿のリンさんだった。


「帰ってたのかよ。振られたと思ったら、今度は新高校生に手を出そうってか? この色魔!」

「……誰が色魔よ、この無職っ!」

「無職じゃねーし! 家事手伝いだし!」

「お金になんなきゃ、無職のプーでしょうよ!」

「男をあんだけとっかえひっかえしてりゃあ色魔だろうよ! いや、使い回されてるって言えばいいのか?」

「誰にも使われちゃいないわよこんの……!」


 雪江さんのグーパンチがリンさんの頬を捉えた。意外と鋭い一撃である。


「痛って……! こんのやろっ……!」

「そっちが先にぶったんですぅ~! お互い様ですぅ~!」

「グーパンとチョップじゃ1対2くらいでそっちが悪いだろうがっ!」

「同じですぅ~!」

「うっぜぇえええ! その語尾! この野郎ッ!」

「やろうっての!? やってやるわよ、無職のプーのちんちくリン!」


 殴り合いである。

 女性の喧嘩とは思えない拳の応酬である。


 面倒臭い人たちだなぁ、と真は二人の認識を改めた。式が「雪江さん=リンさん」に変わった瞬間である。


「相変わらず仲良しね……」


 瓜子さんが言った。

 成程、仲が悪いのか。真とヒカルは納得した。




 二人の殴り合いの大喧嘩は、騒ぎを聞きつけやってきたきっこさんに、こっぴどくしかられるまで続いたという……





~本日の現代妖怪辞典~

【雪女】

言わずとしれた雪の妖怪。冷気を纏い、氷雪を司る女性の妖怪です。白くてすべすべなお肌が自慢の美人さんが多いそう。美人さんが多いけれど、その多くは悲恋に見舞われることが多々あるとか。凍死させられないよう、男性は要注意です。人間社会では、冷たい以外は問題はないみたい。けれど熱いのはちょっぴり苦手。熱い妖怪とは相容れないとか。




※これは現代妖怪辞典です。実在の妖怪とは何ら関係はありません。本当の雪女はこんなんじゃないよ!




雪女、恋に悩む働く女性、白川雪江さん。リンさんとは犬猿の仲で対照的なクール(色んな意味で)な女性です。黒スーツに黒髪、白い肌のコントラストが見事です。出来る女だけど、どうしてモテないのかしら?(泣きながら本人談) ちなみに料理と水仕事が苦手。リンさんだけは大嫌い。あと、きっこさんには頭が上がりません。

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