その7 『狐の真白さん』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
その日中に荷物も整理し、引っ越しも一段落。引っ越しの挨拶も、その時にできる限りは終えて、ようやく落ち着いて部屋の真ん中に腰掛けて、ふうと息をつく真。
『学校はまだなのか?』
「あー。まだだなあ。いつだったっけ……まあ、いいや」
引っ越しの疲れと、アパートの住人の相手の疲れ、その両方でぐでんと真は床に伏した。荷物運び完了後、なんとか心霊写真アルバムを取り上げた真だったが、今度はリンさん、まさかの「手伝いしたから小遣いよこせ」発言である。
半ばカツアゲ。きっこさんの目を盗んでの犯行は、瓜子さんの密告により終了したが、しつこく絡みつくリンさんはとても相手するのが疲れたという。真の中で、リンさんが高校生に集る駄目人間(妖怪だけど)に確定した瞬間である。
「明日以降まだ挨拶してない部屋も回って~……」
『あのパツキンのパイオツカイデーのチャンネーの所か!』
「お前、ちょっと三途の川渡ってこい」
『ごめんなさい。だから、御祓いしようとしないでください』
ヒカルの悪ノリに御札で釘を刺しつつ、真はすくっと立ち上がる。
『お、どした?』
「晩ご飯」
引っ越しの片付け完了後、しっかり夕食の買い物は済ませた真は、一人暮らし初めての自炊に取り掛かる。とはいえ、元々料理は自分がしていた事もあって、特に難しい事もなかった。既に炊き始めている米の炊きあがりの時間に合わせて、真は動き出す。
ぴんぽーん。
その時、まるでタイミングを見計らったかのように、インターホンの音が鳴り響く。
「なんだリンさんが夕飯でもたかりに来たか」
リンさん株大暴落である。真は嫌々ながら、それに応える事にした。
「はい」
『おお、夜分にすまんの。202の金剛と申す者じゃ。ちと、挨拶に来た』
「あ、はい。今開けますんで」
金剛。202号室の住人。ああ、と真は思い出す。
『おお! あの金髪美人!』
ヒカルが真にしか聞こえない声を上げた。アパートに来たときすれ違った、金髪に色白肌、何故か巫女服を着た美人。きっこさんにはしろさんと呼ばれていた人だ。
向こうから挨拶しにくるとは、少し驚きながらも真は急いで玄関に向かい、鍵を開けた。
ぎい。
そこにはやはり、あの時の金髪美人が立っていた。今度はやはり巫女服だが、上からは半纏を羽織っている。口元をきゅっと釣り上げ、悪戯な笑顔を浮かべて、女性、真白さんはすっとドアに手を掛けた。
「悪いの。図々しいのは承知じゃが、ちと上げてくれんかの? 手土産もある。話もしたい。勿論、ぬしが構わんかったらでよいが」
「あ、構いませんよ。どうぞ」
「おおう、すまんな」
真白さんは片手に包みをぶら下げて、ずいずいと中に押し入ってきた。ひょいとサンダル(下駄でも履いてるかと思った)を脱ぎ捨てて、途中部屋を覗きながら進んでいく。あれだ、妖怪は図々しいのがデフォルトなのだろうか。
「なんじゃ、飯はまだかね」
そんなお婆ちゃんみたいな事を言われても、と真、心中で苦笑い。リンさんじゃないけれど、たかりに来た人というのは正解だったようだ。
「これから作るんです」
「そか。じゃ、ちと待つかの」
たかる気満々のようだ。どうしたものか、一人分しか買い物してきていないのに。真は悩んだ末に、仕方がなくメニューを変更、明日の材料も使いつつ、二人分を作れるものを作ることにした。
料理を開始する真。すると、真白さんはテレビのリモコンを弄りながら、話し始める。
「主、人間か?」
「ええ、まあ。真白さんは妖怪ですか?」
「おお、そうじゃ。『白面金毛九尾狐』。ま、主等には、『九尾の狐』と言えば分かりやすいかの?」
九尾の狐、何かと出てくるすごい妖怪。真も流石にちらっと聞いたことはある。
「あれですよね? 尻尾九本ある狐ですよね?」
「そうじゃ。まぁ、尻尾なんぞ何本にもできるがの。化け狐でも最強と謂われる凄い妖怪なのじゃ。えっへん」
「それはすごい」
「ほっほ! そうじゃろ!」
嬉しそうに包みを解きながら、真白さんは鼻歌を歌い始めた。本当に嬉しそうだ。貫禄がない。包みの中身はタッパー。その中身までは台所の真には分からない。ぱかっとタッパーを開きながら、真白さんは台所で野菜を切る真の顔を見た。
「人間……人間か。ええの。ええの」
「どうしました? 何がいいんです?」
「ん。わしゃ、人間ってもんを好いとってな。恋しくて恋しくて堪らんのじゃ」
「え?」
きょとん、とする真。九尾の狐の真白さんは、にまっと悪い笑顔を浮かべて真の目を見た。
「……と、いうのも……昔愛した男の事を思い出すからなのじゃがな。おなごでもない主には、わしの『こいばな』など興味はないじゃろが」
「ヘーキョウミアルナー」
社交辞令である。真はここで乗っからない程空気は読めなくない。真白さん、多分話したくて仕方がないのだろう。ちらっ、ちらっと真の顔を見ていた。そして、興味ある(棒読み)と来た途端、ぱぁっと表情を明るくした。
分かりやすい大妖怪である。
「そか! そか! 興味があるなら仕方あるまいっ! 仕方ないやつじゃの! ええと、まとこ!」
「まことです」
どういう間違え方なのだろうか。本当にこの人、大妖怪なのだろうか。あ、人じゃなかった、妖怪だ。
「其れはわしがまだ人間との交わりを持たぬ……多くの妖怪達に恐れられて、ひとりぼっちだった頃の事じゃった……」
昔語り入った。
「ある日、わしはとある神社に出向いたのじゃ。そこでわしは、ひとりの人間に出会うた」
真はとんとん肉を切りながら聞き流す。
「そして、わしは恋に落ちた」
「早っ」
重要な場面全カットである。
「その時、わしはその正体になかなか気付けなくての。腹がぐるぐるとなって、むずむずして、男を見つめていると、じゅるじゅるとよだれが止まらなくなったのじゃ」
あれ? 何かおかしくない? 腹? 真は思った。あ、ご飯が炊けたようだ。
「男の匂いにくらっとして、どうしてもこの腹のドキドキを抑えきれなくなっての。この気持ちはなんじゃろな、と知り合いのタヌキに尋ねたのじゃ。そしたらタヌキはいいよった。『それ、恋じゃね?』と」
知り合いにタヌキがいるのか。……いや、問題はそこではない。フライパンを準備。今日は野菜炒めだ。
「わしは男と会話を交わし続け、その度にどきどきしての。次第にそのよだれを抑えきれなくなってきたのじゃ」
なぜ、よだれ? 調味料を出して置く。
「……しかし、その苦しい感情も、男が度々くれる油揚げを食べる事により、緩和されとった」
恋って油揚げ食ったらおさまるものなのか? さぁ、炒め始めるぞ。
「それ以来、わしにとって、油揚げというものは、忘れられない恋の味となった……というわけじゃ」
タッパーから取り出した稲荷寿司をもごもごと頬張りながら、真白さんはにっこり笑った。
「ほれ。主を見たときから収まらなかった『どきどき』が、この通り収まったぞ!」
それってもしかして……
野菜と肉を、味付けしながら炒めながら、真は嫌な予感。
「……おおう。いい匂いじゃの。なんだか腹がどきどきしてきたぞ。これも……恋、かの?」
炒め終わった。これにて野菜炒め二人分完成。皿に盛りつけ、ご飯の準備だ。
……それってもしかして、腹減ってただけじゃないですか?
「九尾の狐って人食べますかね?」
「人? ああ、基本肉食じゃて。食う奴は食うじゃろ」
『真。残念だが確定的だ』
成程、この人は、お腹が空いた状態で人を見て、食べたくてお腹がどきどきしてたのか。だから油揚げを貰って食欲満たすとそれがおさまった、と。そうか、成程…………
あれ? 滅茶苦茶危なくないですか?
「……野菜炒め、二人分作ったんですけど、食べてきます?」
「おおっ! ありがたや! いただいていくぞ!」
真白さんは、ぱぁっと笑って手を叩いた。
「ご飯は大盛りでの! あ、まこと! お前にもお稲荷さんを分けてやろう!」
真は、真白さんにたかられる事を覚悟した。だって、食べられたくないものね。
~本日の現代妖怪辞典~
【白面金毛九尾狐】
『九尾の狐』とも呼ばれる言わずと知れた大妖怪。その妖力は、現代でもトップクラス。変幻自在の妖怪です。油揚げや稲荷寿司が大好きらしいです。結構小食ですね。現代では人間社会の拡大に合わせ、人間に好まれる姿に化けて、人間社会に溶け込んでいます。流石は化け狐、その多くは人間を魅了しそれなりの地位を確立しているようです。外見でなく中身が重要、人間がそう思えない限り、彼らの社会支配は続くでしょう。現実は残酷です。
※これは現代妖怪辞典です。実在の妖怪とは何ら関係はありません。本当の九尾の狐はこんなんじゃないよ!
九尾の狐、アパート最長老で最高位の大妖怪、金剛真白さん。人間に恋する不思議な化け狐です。デフォルト衣装は巫女装束、金髪色白のべっぴんさん。スタイル抜群モテモテです。年齢の事は聞いちゃいけない。
格下タヌキに化かされちゃう、ちょっぴりお茶目な大妖怪です。