その5 『鬼火のリンさん』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
二階の挨拶も大概終了。今は留守の家には後に回るとして、真with守護霊はアンパン男のマーチを口ずさみながら階段を降りる。
そこで大体気付いたのだが、この『しあわせ荘』、案外空きがあるようで……一階にはきっこさんを含め、6つの部屋中3つしか埋まっていない(なんで二階は5つ埋まってるのに)。これじゃまるで新メンバーフラグ……げふんげふん、兎に角、思いの外すぐに挨拶が終わりそうだ。しかも春休みの真っ昼間。社会人やらは留守にしているようで、102の白川雪江さんは居なかった。
取り敢えず101のきっこさんはよしとして、残るは103の鬼灯リンさんだ。
ドアの内から音がする。どうやら御在宅の様子。
『また女だ。やったな!』
「やってない。別に嬉しいのはお前だけだろ」
ふんふん鼻息を鳴らす背後霊……じゃなくて守護霊のヒカルに呆れ顔の一瞥を送ると、真はインターホンをプッシュする。
ぴんぽーん。
はいよー。
「今日、205に越してきた遠野です」
あ? あー。分かった分かった。ちょっくし待ってろー。
随分と男っぽい、というか荒い口調だ。どんな人なのだろうか。
がちゃり、とドアが開く。
「おお、何だ子供かぁ」
顔を出したのは、言葉のとおり子供ではない大人の女性である。
ぼさぼさの赤毛にぼんやりと赤い半開きの目。だらしなく弛れた赤いジャージを上下で着こなし(着こなしという程立派ではないかも)、そのやる気のなさやだらしなさを遺憾無く表現しているかのような見事なファッションである。
全体的な印象は、赤い、だらしない。部屋の奥が酷く散らかっている所もだらしない。とにかくだらしない。
「おっと、自己紹介がまだだった。あたしは鬼灯リン。見ての通りの妖怪、鬼火だ。職業はきっこの家事手伝い。決して無職のプーではないので誤解の無いよう」
成程。何でこんな平日から家に居るのかと思ったら、無職のプーだったのか。真とヒカルは妙に納得した。
まあ、それは置いておいてだ。その妖怪種族名、鬼火に今度は興味が向いた真とヒカル。
「鬼火?」
「おっと。興味あるなら話してやるけど、まずは自己紹介。な?」
「あ、はい。すみません」
礼儀にうるさいけど見た目はだらしない。
「遠野真です。よろしくお願いします」
「おお、よろしくー。困ったコトがあったら何時でも言えよなー。相談に乗ってやっからよ」
「ありがとうございます」
「おお、いいねえ。礼儀正しい奴は嫌いじゃねー」
ジャージのポケットからタバコの箱を取り出して、一本をくわえるリン。そして、その指先をタバコの先に当てると、タバコはぼっと発火した。
「おお」
「ん? ああ、火が何で点いたかって? ふふん、別に手品でもなんでもないぜ? なんたってあたしは鬼火。そりゃあ火だって点けれるさ」
鬼火、というと、真がまっ先に思い浮かべたのは墓場に浮かぶ人魂。真もよく見るものである。あれって妖怪だったのか?と真はむむむと口を曲げる。
「ん? 鬼火に見えないって思ってるか? まあ、現代妖怪なんて人間社会に溶け込む奴ばっかりさ。人間の姿を取れなきゃ生活もままならねーし、馴染めなきゃ生きてけねーよ」
多分此処で「リンさんは馴染んでいるんですか?」と聞いたら怒られるだろう。
「まあ、鬼火の姿にも化けられるけど……ただのふよふよ浮かぶ火の玉だ。見ても面白そうじゃないだろ?」
「はあ」
タバコを蒸す鬼火は、かっかと笑った。まあ、本人が鬼火と言っているんだし、鬼火なのだろう。
「ところで真。挨拶は大体済ませたのか?」
「いいえ。結構留守の部屋が多くて。202、203、102はまだです」
「おうそっかそっか。202は絶対行っとけ。丁寧に挨拶もするといい。ここらで一番の大御所だ。『九尾の狐』っつったら聞き覚えがあんだろ? 怒らせたら怖いぜ。ま、余程の事がない限りは怒らないけどな。そんなに頻繁に怒られちゃあ、ここら一帯スグに焦土だ。はは」
真が思い出すのは、金髪色白の、巫女服姿の綺麗なお姉さん。あの人は九尾の狐って妖怪なのか。成程、思わぬ情報を手に入れた。リンさんは、意外と頼りになるお姉さんのようである。それにしても九尾の狐、怖そうな人(妖怪?)だ。そうは見えなかったが、気をつけよう。
ふむ、と記憶のページを更新する真に、リンは、びしっと指を立てて、更なる情報を提供する。
「あと、102。この隣の女。あいつはあんまり相手にしなくていいぞ。あいつは滅茶苦茶性格悪い女だからな。雪女の雪江ってんだ。芸のねえ名前だろ?」
雪女で雪江。とても覚えやすいではありませんか。しかし、性格悪いとはこれ如何に。
「嫌味な奴なんだよ。人のこと何かと馬鹿にしやがる。正社員だか知らねーが、人間仕事の善し悪しじゃあ価値は決まらねーだろ?」
人間じゃなくて妖怪じゃないですか。そんなツッコミを真が飲み込む程に、リンはめらめら燃えていた。リアルに。しっかりと鬼火として発火していた。
「ちょ……リンさん、燃えてる!燃えてる!」
「……あいつはいっつもムカツクんだ……昔からそうだ。小学校の頃も少し成績がいいくらいでよお……小学校の頃はあたしのが友達多かったんだぜ? 中学、高校、ホンットにずっとずっと面倒くせえやつなんだ」
「家事になります!家事になります!警報が危ない!」
「失恋ばっかしてるくせによお、懲りずになんども恋する馬鹿なやつなんだぜ。失恋の度に慰めるこっちの身にもなれっての!」
「リンさん!」
燃え上がる鬼火、鬼灯リン。雪女の雪江に対する謎の怒りで、しあわせ荘が危ない!
「こら、リンちゃん!!」
そのとき、可愛らしい子供の声が響く。
「きっこさん!」
登場したのは、じょうろ片手に駆けつけた、座敷わらしの管理人さん、きっこさん。いやいや、じょうろで鎮火は無理ですよ。
きっこさんは足をぱたぱたピコピコさせながら、その怒っているのか分からない怒声をあげた。
「何度いえば分かるんですかっ! 落ち着かないとお家賃請求しちゃいますよっ!」
じょうろでは鎮火はできない。しかし、その一言は、一瞬でリンさんの怒りを沈下し、たちまちその顔を青ざめさせた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよきっこ。冗談きついぜ全く。ほら、家事手伝いの給料から、家賃は差し引いてるじゃん。な?」
「もう許しませんっ!」
「ごめん! ごめん! な!? ほら、今度前気に入ってた杏仁豆腐作ってやるから! な!?」
必死である。食べ物で釣ろうとしている。しかも、本気で自称、家事手伝いで家賃払ってないんだ。
流石にきっこさんも見た目は子供でも大人だ。そんな子供騙しの釣りでは引くまい。いや、子供でも騙されない。
「むむ~。じゃあ今回は見逃してあげますっ!」
釣られんのかよっ!
「それじゃあもう絶対に放火とかしないでくださいよっ!」
「ははは。もうしないって!」
撫で撫でときっこさんの頭を撫でて、リンはごまかす。
「じゃあ、今日の晩御飯になー」
一頻り撫でられて満足した様子のきっこさんは(勿論、真も撫で撫では忘れない)、とことこピコピコ101号室に戻っていく。
それを見送り、ふうと胸を撫でおろして、リンは一言。
「……と、まあ、こういうことだ」
成程。つまりそういうことか。
~本日の現代妖怪辞典~
【鬼火】
夜に浮かび上がる火の玉妖怪。色は赤に青、その他様々。人間に化けると、炎の色がその姿に反映されるとか。一時期、化学現象扱いされて、とても焦った種族の一つ。妖怪だよ! リンの発火じゃないよ! 火は昔から畏怖の対象。だから鬼火も畏怖の対象。でも、狐火と呼ばれたりもして、何だか下級妖怪扱いされがち。火球だけにね!
※これは現代妖怪辞典です。実在の妖怪とは何ら関係はありません。本当の鬼火はこんなんじゃないよ!
鬼火で無職のプー、自称、家事手伝いの鬼灯リンさん。家事手伝いの腕は確か。得意料理は中華全般。中華は火力だ! 頼りないようでいざというときは頼りになる、姉御肌のお姉さんです。