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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第三部『夏、おもいおもいで』
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その47 『吸血鬼のセシル嬢』




 真は無理矢理ついてきた地縛霊、レイを引き連れ、とある土地を訪れていた。

 ひっそりと佇む小さな社。

 誰もが振り向かないが、ひっそりと花が供えられたそこの前に立ち、しばらく静かに黙りこくった。


「お社ですね。なんですこれ?」


 レイが不思議そうに尋ねても、真は一切答えない。

 むっ、とむくれるレイが周囲でちょっかいを掛けても怒らない。

 流石に少し様子がおかしい事に気付いたレイが、同じくじっと社を見ながら黙っていると、真はぺこりと頭を下げて、踵を返した。


「え、もうおしまいですか」

「留守みたいだから。時間ずらしたけど居ないみたいだし……うーん、次は夜かな」

「え。誰か居るんですかここ」

「多分、この土地の偉い神様か何か。最近気付いたから挨拶した方がいいかと思って」

「へぇ。こんな寂れたお社に。忘れられてるんですかね」

「ああ。それで荒んでたら何してくるか分からないから、危ないからついてくんなって言ったんだけどな」

「確かに少し危ないかもですね。でも、それは真さんも同じでは」

「まぁ、叩けば何とか……」

「そんな家電みたいに!? ってか、神様殴る気だったんですか!? 祟られますよ!?」

「いや、割と何とかなるもんだけど。前も大丈夫だったし」

「前科有り!?」


 珍しくツッコミ役に回るレイ。

 何はともあれ用事が果たせなかった為、帰ろうとする真。

 そして、あっ、と思い出した様に歩みを止めた。


「ビデオ借りに行こう」

「唐突ですね」

「なんか折角休みも長いし、家で映画とかみたい気分」

「いいですね! 行きましょう! レンタルビデオショップとか私初めてです!」

「ついてくるのか……」


 断っても無駄な事を真も知っているので、余計な抵抗をしない。

 このポルターガイストはうるさいだけで、基本的に害はない。

 とりあえず、気にせずに思い付くままに近場のレンタルビデオ店に真は向かう事にした。

 



   ----




 ホラー映画のコーナーに彼と彼女はいた。


「『静かなるひる』シリーズ五作目……!? マジぱねぇ、流石ニッポン、未来に生きてやがるし……!」

「お嬢様。人目があるので興奮しない方が」

「興奮してねーし、勝手言うなし、マジざけんなし」

「日本語おかしいですって」


 真は直感した。

 あれは関わってはいけないタイプの人種である。

 金髪の外人さんらしき少女と、黒いスーツの、マフィアみたいな男。

 真はぐるっと棚を回り込んで、怪しい二人をかわそうとした。


 しかし、この手の人物に主人公が遭遇する場合、それは大概回避不能なイベントである。


「はっ! 兄上のにおい!?」


 金髪少女ががばっと振り返る。

 露わになる真っ赤な瞳。

 ニッポンに対する過大評価。

 黙っていれば美形。

 一瞬で共通点を見出し、とある吸血鬼を思い出す真。

 そして、「兄上」という不吉なワードを聞いてしまえば、そのパツキン少女の正体なんて一発で分かった。


「待ちなさいそこの人間!」


 呼び止められた。あーあ、と真はひょこっと棚の脇から顔を出した。

 流石に無視してダッシュすると後が面倒臭そうだ。そういうタイプに違いない。

 少女はつかつかと、マントをばさりと翻しながら真に歩み寄り、怪訝な顔で見上げてきた。


「なんでしょう」

「どうしてあなたから、兄上のにおいがするのです」


 兄上に思い当たる節があったが、真は敢えて聞く。


「兄上と言われましても。兄上様のお名前は」

「シャルル・シュバリエ。偉大なるシュバリエの吸血鬼の跡取りです」


 やっぱり。頭を抱えたくなる真。というか抱えた。

 その様子を見て、はっとして、その後ふふん、と得意気に笑って、少女は胸を張る。


「まさか……あなた、いえ、お前は兄上のしもべですか?」


 別にこんな女の子の言葉にキレる程、真も余裕がない訳ではないが、傍らでレイが「おさえて真さん!」と腕を引っ張ってくる。

 少女はドヤ顔でフフンと笑った。


「ならば、お前は私のしもべでもあるようですね!」


 傍らでレイが「相手は子供なんですから!」と必死に手を引いてくる。真は若干そちらの方にイラっとした。

 少女は胸に手を当て、踏ん反り返った。


「私の名は『セシル・シュバリエ』! 偉大なるシュバリエの吸血鬼! ひれ伏しなさい、下僕ども!」


 真は吸血鬼のセシル嬢と出会った。




   ----




「マコト! マコト! 兄上の居城はまだですか!」


 レンタルビデオ店の袋を手に提げて、セシル嬢が真の後ろで声を上げる。

 黒いマントの金髪美少女、悪目立ちも良いところである。

 何で真にセシル嬢がついてきているのかというと、どうやら彼女と彼女の使い魔両方ともが、目的地に着く事ができなくなったらしい。地図を見てもどこがどこだか分からないので、目的地である彼女の兄、シャルルの元まで案内しろとの事である。


「居城て。まぁ、あと10分も歩けば」

「そうですか! それにしても、兄上が選んだ居城……シャーハッセ城。どれ程のものなのでしょう」


 シャーハッセ城ではない。しあわせ荘である。

 多分、この子は多大なる勘違いをしている。

 真も突っ込みづらいウキウキっぷりを見て、合わせて興奮し出したのはレイである。


「シャーハッセ城!? お城があるんですか!?」


 お前、シャルルがアパートの一室に住んでるの知ってるだろう。何故乗っかる。

 肘打ちでそんな無言のメッセージを送る真だったが、「真さん? ぶつかりました?」とすっとぼけるレイ。彼女は基本的に天然なのである。

 話題を変えたい真は、丁度今しがたまでいた、レンタルビデオの話題を振った。


「それよりセシルは何のビデオを借りたの?」

「ふむ。マコト。興味がありますか。高貴なる吸血鬼が、どのような娯楽に興じるのか」

 

 セシルは聞かれて嬉しかったのか、ふんす、と鼻息を鳴らしてレンタルビデオ店の袋をまさぐった。

 どうやら話し口からも分かるように、自分大好きっ子のようである。


「これです」


 『静かなる蛭』と書かれたパッケージ。

 厳ついグラサンのおじさんが、凄く物騒なものをもって、厳ついおじさん達に囲まれている。

 てっきり、もっと優雅な感じのものを見せてくると思った真は呆気に取られた。


「こ、これは……」

「日本在住の吸血鬼、通称『蛭』は極道の幹部。多くを語らない蛭が血で血を洗う抗争に巻き込まれていくというストーリーです」


 まさかの極道モノのVシネマである。しかも、かなりマニアック。

 恍惚とした表情で、ビデオを抱き締めセシル嬢は語る。


「ジンギ、ニンキョー、実にflais……! 蛭のオトコギにはもう、高貴な私もゾッコンamourです! 寡黙に生きながらもジョーにアツい、多くを語らずとも背中で語る、ああ……フランスにはこんな吸血鬼はいませんでした! フランスでは第四作までしか流通していなかったのです。まさか、日本では既に五作目が出ていようとは……思わぬ収穫でした!」


 サムライ、ニンジャ、スシ、テンプーラなベタベタ日本マニアの兄に対して、こちらの妹、まさかの極道系の愛好家である。


「任侠モノ、好きなの?」

「Oui! このような島国などと侮っていましたが、ニホン文化のみは認めて差し上げても宜しいと思っています!」


 どうやら基本、高飛車な吸血鬼のようである。プライドがやたらと高そうだ。

 そこで、真はひとつの懸念を抱いていた。

 

 これ、絶対に『今の』シャルルを見せてはいけない子である。


 吸血鬼シャルル・シュバリエは元々は結構セシル嬢に近い性格かと思われる。

 しかし、今の彼は日本に馴染むために、日本大好きエセ外国人キャラを演じているのだ!

 道化を演じる兄を見て、この子は果たしてどんな反応をするのか。想像に難くない。

 

「おいレイ」

「ん? 何です真さん」


 レンタルビデオ店にくっついた本屋で、きっこさんのお小遣で買った本の背表紙を眺めながら歩いていたレイを呼び止める。やたら大人しいと思ったら、どうやらセシル嬢の話に聞く耳持たずといった様子である。


「ちょっとセシル連れて遠回りしてくれ。俺、ちょっと先回りしてやらなきゃいけない事あるから」

「え。嫌ですよ。だって、この子面倒臭いですもん」


 お前が言うかとも思ったが、確かに正論である。特にレイとは絶対に波長が合わないタイプである。

 ひょうきんな騒霊、レイが棘のある言い方をする辺り、相当に苦手なタイプという事だろう。

 しかし、真は何とか先回りして、シャルルに妹が来ることを伝えなければならない。


「頼む。今度アイス奢ってやるから」

「私をそんなに安い女だと思ってるんですか?」


 何だか面倒臭い事を言い出すレイ。どうやら余程苦手なようだ。

 声を潜めて真が聞く。


「……じゃあ何なら聞いてくれる?」


 レイが本の背表紙から視線を外し、真を見る。

 苦手な相手の面倒を見させられそうで不機嫌だからか、珍しく冷めた表情である。

 こいつもこんな表情するのか、と真が少し驚くと、レイは視線を右斜め上に泳がせて考える。

 そして、何かを思い付いたようで、視線を誠に戻して、少し不満げに言った。


「……今度どこかに遊びに連れてってくれたらいいですよ」


 意外な注文。


「……それだけか?」

「まぁ、お困りのようですし」


 レイは本を袋にしまった。


「真さんが私に何かを頼むくらいですから。相当困っているんでしょう? だから別に私も意地を張るつもりはないですけど」


 珍しく物分かりがよく気の利いた回答だった。


「ありがとうな」

「約束ですからね。忘れたとか無しですよ」

「分かってるって」

「じゃあ、ここは私に任せて先に行って下さい。お喋りは得意なんで、まぁ止めときますよ」


 真はこくりと頷きセシルの前に立つ。

 『蛭』の話を延々と続けていたセシル嬢も流石に気付いて立ち止まる。


「ごめん、セシル。少し用事があるから、こっちのレイに道案内任せて大丈夫かな?」

「え? これから良いところでしたのに……まぁ、仕方が無いですね」

「悪い。じゃあレイ。後はお願い……」

「あ、シャルルル」


 レイが「おーい」と手を振った。

 真の背筋が凍る。


「ハーイ! レイサーン! マコトー! オハヨウゴザイマース! どこ行ってたんデースカ!」


 真がギギギと振り返る。向こうから件のシャルルが歩いてきていた。

 浴衣を着こなした、完全エセ外国人モードである。

 真がギギギとセシル嬢に顔を戻した。


 笑顔である。

 眩しいくらいの笑顔である。

 (^v^)こんな顔である。


 真はほっとしかけたが、違う。

 セシル嬢は完全に凍り付いている。


「アレ? ソッチに居るのはお友達デスカ? ハーイ! ハジメマ……」


 シャルルが真の後ろに隠れていた少女を覗き込み、挨拶途中でぴたりと口を止めた。

 そして、戯けた表情が一変する。


「セ、セシル!? どうしてここに!?」


 このリアクションは完全に妹の来日を知らなかったパターンである。

 そりゃ、妹来ると分かってたら迎えに行くだろうし、こんな隙だらけでもなかっただろう。

 そして、凍り付いたセシル嬢の口元がわなわなと震え出す。


 あ、ヤバイ。


 真がごくりと息を呑む。

 セシルはいよいよ口を開いた。


「こ、こ、こここここここここ」


 壊れた。

 そして、くわっと表情を一変させ、くるっと回って逆方向に駆けだした。


「こんなの兄上じゃないッ!」


 予想以上のリアクションだった。

 あわわ、と珍しく慌てる真の肩が叩かれる。

 振り返れば、青ざめた表情の吸血鬼が立っていた。


「助けてくれ真……!」


 また、面倒臭い吸血鬼に絡まれる事になった。




やたらと面倒な吸血鬼回

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