その43 『血みどろ! 昼ドラ子さん!』
後編!
夜子さんのバイト先で、昼ドラチックなイベントが発生した。
着物姿の上品な奥様、どうやら夜子さんを気に入っているファミレスオーナーの母親らしい。
いきなり因縁つけはじめて、ファミレス内は何やら嫌な空気である。
「全く……早くメニューをお出し!」
「は、はい。申し訳御座いません……」
キツイ奥様の物言いに、少し縮こまるように夜子さんが頭を下げた。
メニューを乱暴に受け取り、奥様はフンと鼻を鳴らす。
「全く……こんな鈍くさいのを、貴史さんが紹介するなんてねぇ……」
あからさまに夜子さんを睨み付けると、奥様はバンとメニューで夜子さんの腕を叩いた。
「じろじろ見てるんじゃないわよ! 決まったら呼ぶからとっとと下がりなさい!」
「も、申し訳御座いません!」
慌てて戻っていく夜子さん。先程までの軽やかなステップが嘘のように、おどおどと引っ込んでいく。
「おどおどろ……」
「おい」
不謹慎ギャグをかましつつ、薔薇蔵さんは若干真面目な、というより険しい表情である。
どうやら彼女にも、夜子さんが受けている仕打ちには思うところがあるらしい。
「まぁ、せっかくの私の奢りなんだ。気にせず君達は食事を楽しむといい」
「は、はい……」
彼女なりの気遣いなのだと察して、真と大は素直に従う。
何とか気にしないようにしていても、奥様の声はやたらとでかい。
「このうすのろ!」
バシャン!という音に流石に真と大も意識を奪われる。
見れば、今度は夜子さん、お冷やをぶっかけられている。
流石に見かねて、真が立ち上がろうとする。しかし、それを薔薇蔵さんが手で制した。
「おい」
「大丈夫だ。あいつは強い」
薔薇蔵さんが囁くように言い、とぼとぼと真達のテーブルの横を通り過ぎる夜子さんを親指で指差した。
ぐっしょりと髪を濡らし、俯きながら歩く姿は痛々しい。
しかし、確かに通り過ぎるときに、小さく彼女が呟いたのを真は聞き逃さなかった。
「…………子離れのできない耄碌ババアが」
「!?」
一瞬、耳を疑ったが、間違いない。
大も驚愕に目を見開いているので、真の幻聴という訳でもないらしい。
薔薇蔵さんがうんうんと頷き、真と大に首を傾げて言う。
「な?」
な? ではない。
「あいつ、お化けやってる時より、素の方が怖いんだよ」
夜子さんが引っ込んでいくと、奥の方でオーナーとタオルを持った女性店員が近寄っていく。
耳を澄ませば、その会話が僅かに聞こえてくる。
「お、音無さん……大丈夫?」
「夜子さん、タオルです! 風邪引いちゃいますからはやく拭いて!」
「……ありがとう、ございます……貴史さん、芙蓉ちゃん」
しおらしい声で言いつつ、すん、と鼻を鳴らしながら、芙蓉ちゃんという子から貰ったタオルに顔を埋める夜子さん。泣いているのだろうか。先程聞こえた耳を疑う言葉にはやたらとドスがきいていたのに。
「夜子さん、泣かないで……酷いですよ、あんなの!」
「ごめん、音無さん……母さんが……」
顔をタオルに埋めたまま、夜子さんは首を横に振る。
「ぐすっ……ご心配をお掛けして……うぅ……大丈夫、大丈夫ですから」
心配そうに、従業員に囲まれていた夜子さんが、店の奥に見えなくなった。
「さ、さっきのは聞き間違いですよね。そう、ですよね」
大が言い聞かせるようにぶつぶつと何か言っている。
憧れの人(?)のそんな姿をどうやら信じたくないらしい。
そんな少年の淡い期待を打ち砕くように、ピンポンピンポンと呼びだしボタンを連打して、「音無さんを出しなさい!」と怒鳴る奥様の元に、止められつつも、僅かに目を潤ませながら、「大丈夫です」と健気な様子で告げて、夜子さんがすすっと滑るように真達の席の横を通り過ぎた。
「…………今に見てろよ、耄碌ババア」
注意深く見ていた為気付く、目は赤かったが、口元には妖しい笑みをたたえている。
「遅いじゃないの!」
「も、申し訳御座いません」
かと思えば、一転、しおらしい表情に戻る。
「あいつ、変幻自在の妖怪だから。いつでも泣けるんだと。で、泣いてるとこをオーナーに見せて、同情を誘いつつ、姑から引きはがすのが目的だとか」
「何だそれ」
「涙は女の武器って事さ」
とんだ腹黒妖怪である。
確かに、お化けだぞー、とか脅かしてきたお化けモードよりも、こっちの方が数段怖い。
その後も、丁度真達の席が、ファミレスの授業員とオーナーの母親との間にあるようで、とてもじゃないが字面にできない暴言や邪悪な表情を数度見て、真はしみじみと思うのだった。
女の人って強い。
割と怖い物知らずの彼が、初めて覚えた恐怖であった。
真面目だけど腹黒い。それが妖怪夜子さん。