その38 『しあわせ荘恋模様』
シャルルの衝撃のカミングアウトを受けて、真は固まっていた。
遠野真は恋愛関係には疎いのである。
『あー、フリーズしてるな。こりゃ駄目だ。おい、真。ちょっと代われ。この手の話題はお前無理だろ』
「……うん」
ヒカルが真の身体に入り込む。
実はヒカルは、真の身体を借りる事ができるのだ!
シャルルのカミングアウトによりフリーズ状態の真は、割と簡単にヒカルに身体を明け渡した。
真(INヒカル)はにやりと不似合いな笑みを浮かべた。
「へぇ~。やっぱ、前の御札の一件かい?」
「む。……まぁ、そうだな。今まで意識していなかったが、あの時手を握られてから……どうしても気になってな」
「ほうほう吸血鬼。中々に純じゃねぇの。んで、そのカミングアウトの為だけに俺のとこに来た訳じゃないんだろ?」
にやにやしながら真(INヒカル)は問う。
この手の話はヒカルの得意分野である(自称)。
何やら真の雰囲気がおかしい事には気付いたようだが、シャルルも切羽詰まっているようで、そのままスルーする。
「……そうだな。実は、私は日本を訪れた時より長らく自分を偽っていてな。既に貴殿はご存知であろうが……少し、道化を演じていたのだ」
「何でまたそんな面倒な事を」
「只でさえ異国の吸血鬼なのだ。元より硬派な私が素を出せば、日本社会に溶け込む事は難しい。故に親しみやすいキャラを作っていたのだ」
「別に親しみやすくもなかったけどな」
ヒカルの突っ込みに少し沈黙したが、シャルルは咳払いで仕切り直す。
「……まぁ、そんな訳で道化を演じすぎてしまった為に、今更彼女に近付くのも難しい立ち位置になってしまってな。というより、私が作ったキャラが正直女性受けが宜しくないのではないかという事に気付いたのだ」
「間違いなく女性受け悪いだろうな」
「だから、真に協力して貰いたいのだ!」
何を今更な事を言っているが、ヒカルはうむと受け入れ深く頷いた。
「分かった。痩せる程恋に悩んでいるんだ。協力するぞ。この恋愛マスター、ヒカ……真さんがな!」
「恋愛マスター!? 陰陽師の上に、恋愛マスター!?」
「陰陽師じゃねぇけど、まぁ、任せたまえよ」
真(INヒカル)は腕を組んで、じろりとシャルルを睨んだ。
「まぁ、見た目は悪くないんだ。ただ、エセ外国人キャラを崩すタイミングを完全に逃してるから、モテキャラにはなれないな」
「ならばどうすれば!?」
「モテキャラじゃなくても、意中の子を射止める方法は幾らでもある。まずは基本戦術だ」
真はすっと立ち上がり、冷蔵庫に向かって歩き出した。何事かと真の動きをシャルルが目で追うと、冷蔵庫から真はいくつかの小さなカップを取り出した。
「まずは相手をよく知れ」
「よく知れ? しかし、どうやって相手を探れと……?」
フッ、とスカした笑みを浮かべて真(INヒカル)はカップを掲げた。
「手段は選ぶな。お前が彼女に惚れたキッカケ、覚えてないのか?」
カップの正体は、真が冷やしていた、特製プリンであった。
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インターホンを鳴らし名乗ると雪江さんはすぐに顔を出した。
今日は日曜、オフらしい。
髪を後ろで結い、部屋着の上から上着を羽織った普段のスーツ姿とは対照的なリラックスした格好。
「どうしたの? 二人揃って珍しい」
突然雪江さんの部屋を訪ねた真。流されるままについてきたシャルルだったが、突然恋する相手を前にして動揺する。
一体全体どういう理由で!?
ハラハラしながら見守るシャルルの前で、真は先程部屋から持ち出したカップを入れた箱を見せた。
「いやぁ、この前シャルルが大変な時に助けて貰ったのに、お礼を忘れてたんで。プリン作ったんです。迷惑じゃなければ」
「へぇ! 真君、そんなものも作れるんだ。真白さんから料理ができるって聞いてたけど……びっくり。別にお礼なんていいのに、と言いたいところだけど、折角だから頂くわ」
扉を大きく開いて、雪江さんが柔らかく笑う。
「さ、入って。お茶出すから」
「え、いいんですか。じゃ、お言葉に甘えて」
「ほら、シャルル君も」
「は、はい!」
真(INヒカル)が振り向きぐっと親指を立てる。
あっさりと不可侵領域への侵入チケットを手に入れた真に、シャルルは思わず敬礼した。
ふふん、と得意気に鼻を鳴らして、しかし押し殺した声で真が囁く。
「あんまりうろきょろするな。自然にしろとは言わないが、『探る素振り』は見せちゃいけない。それだけ守れ。分かったな」
「う、うむ」
シャルルはそわそわしながら、雪江さんの部屋へと踏み込んだ。
「散らかっててごめんね。適当に座って」
そうは言いつつ部屋は片付いている。
シンプルな家具やベッドが置かれた部屋はさっぱりとしている。
ほんの少し散らかっているように見えるのは、薄型テレビの脇に積まれたDVDの箱と、パソコンデスクに大量に飾られた様々なコスプレをしたウサギの人形くらいだ。
「紅茶にする? コーヒーにする? それとも夏だし、冷たいお茶にする? 冷やしてるのはジャスミンティーだけだから、それで良いならだけど」
「冷たいお茶、いいですか」
「わ、私も……」
「はいはい。ちょっと待ってね」
お茶の準備を始める雪江さん。
その隙に真がシャルルに耳打ちする。
「おい。どうだ。分かったか」
「わ、分かった? な、何の話を……」
「馬鹿野郎。何しに来たお前。雪江の事を探りに来たんだろうが」
そう言われてはっとするシャルル。
目的を忘れてたどころか、何も理解していなかった。
真はどうやらこの時点で何か分かったらしい。
「……良い匂いがする」
「馬鹿野郎。そうじゃねぇよ。間違っても匂いに触れるなよ。匂いの正体当てでもしてみろ。人の家で匂い嗅ぎまくってるとか、最高に気持ち悪がられるぞ」
ぞっとするシャルル。危ないところだった。危うく口走るところだったと口を塞ぐ。
「雪江の気を惹く情報を探せ。もう見えてるだろ」
「な、何が?」
はぁ、と深く溜め息をついて、真(INヒカル)がやれやれと首を横に振った。
「雪江が戻るぞ。話は後だ」
お茶とお菓子をトレイに載せて、雪江さんが戻ってきた。
どうぞ。とそれを差し出して、雪江さんも腰を下ろす。
「そういえば、真君もシャルル君もあんまり話した事なかったっけ? もう夏休み?」
「はい」
「はぁ。いいなぁ学生は」
「雪江さんはお仕事忙しそうですよね」
「まぁね。今の内に学校生活満喫しといた方がいいよ~? 私も勤めて長くないけど、もう後悔してるから。あれやれば良かった~、とかね」
ふふ、と笑って雪江さんが用意したお茶に口を付ける。
真も笑って、合わせてお茶に口を付けた。
シャルルも釣られてお茶に手を伸ばす。
「勉強もしなきゃ駄目よ? リンみたいになっちゃうから。って、説教臭いかな。嫌だわぁ、私も割と前まで学生だったってのに。年かしら?」
「そんな。まだまだお若いですよ」
「あはは。ありきたり。真君、冗談も言えるタイプ?」
「いや、雪江さん若いでしょ。綺麗だし」
「やぁね。煽てても何も出ないわよ? はい、チョコあげる」
「出るじゃないですか。あ、これ良いお店のいいやつだ。ありがとうございます」
「もらい物だけどね」
「やっぱりモテるんですか」
「知らなかった? ……って、あんまり大人をからかわないの。女友達がもらい物分けてくれてるだけよ」
シャルル置いてきぼりである。
ぺらぺらと喋る真に戦慄しながら、話に混じる隙を見張るが何もできない。
吸血鬼が牙を食いしばった。そこで、とん、とシャルルの脇を真が肘で突く。
「ところで、何か映画のDVDいっぱい積んでますけど、どんなジャンル見るんですか? ホラーとか? 恋愛ものとか?」
「ホラーも恋愛も苦手。アクションとか騒がしいのも苦手だし、強いて言うならハートフル系? アニメ映画とか結構見るの」
「へぇ、意外ですね。雪江さんはもっと大人びたものとか見るのかと思ってました」
「娯楽って言うからには肩の力を抜きたいのよね。アクションとか見てて疲れちゃうタイプなの」
真のあれは合図である。
シャルルも流石に察した。
雪江さんは映画が好きだ。積み上げられた映画DVDからそれは見て取れる。
更に真はつんとシャルルの脇をつつき、話を切り替えた。
「癒やしですか。そういやあのデスクに置いてあるの『レジャーラビット』ですよね。集めてるんですか」
「え。真君、知ってるの?」
レジャーラビットとは、最近少し流行っているコスプレしたウサギのキャラクターグッズである。
地域毎に限定ものがあったり、それどころか全世界で密かに限定ものが売られているという謎の広がりを見せている。
雪江さんのパソコンデスクに置かれているのはかなりの数で、地方限定のものもかなりある。
どうやらかなり熱心に集めているようだ。
「俺も少しだけ持ってますよ。まぁ、ご当地ものは少ないですけど。あれってもしかして、ハワイ限定のアロハラビットですか?」
「そうそう。これの為に出かける訳じゃないんだけど、遠出するとつい探しちゃうのよね。いや~、ちょっと嬉しいわ。しあわせ荘じゃ知ってる人全然いないから。何か珍しいの持ってたりする?」
「実家にはありますよ。沖縄限定の初回生産版のシーサーラビットとか」
「え、ほんと? すご! 初回生産版って、全然出回ってないでしょ?」
「たまたま買えたんですよ」
わいわいと、趣味の話で真と雪江さんが盛り上がる。
それをぽつんと見ているシャルル。
そして、時間は経ち……
「あら、もうこんな時間。随分話し込んじゃった」
「あ、本当ですね。すみません。せっかくのお休みに」
「ううん、いいのいいの。楽しかったわ」
真はシャルルの腕を引いて立ち、ぺこりと頭を下げた。
そのままつかつかと出口に向かい、扉を開く。空はすっかり赤くなっていた。
「お邪魔しましたー」
「はいはい。また来てね真君、シャルル君」
三人で手を振り合って、バタンと扉を閉める。
沈黙。そして……
「嫌味か貴様ッ!?」
「うおっ、びっくりした」
真に掴み掛かるシャルル!
「何、彼女と楽しげに一人で話してるんだ!? 私、蚊帳の外だったではないか!?」
「あー、お前借りてきた猫みたいだったな」
ははは、と笑う真(INヒカル)をブンブンと揺すって、シャルルが泣き叫ぶ。
「貴様がフラグを立ててどうする!? 寝取りか!?」
「寝取りもクソもお前アウトオブ眼中だったろうが。少し位話に入れよ」
がくりと項垂れるシャルル。
今日は真と雪江さんが楽しく話しておしまいだった。
「う、うううう……終わった……私は多分存在すら忘れられていた……」
「いや、お前……話聞いてたか?」
真(INヒカル)がおいおいと蹲るシャルルの肩を叩いた。
「思い出してみろ。別れ際に雪江は何て言ってた?」
シャルルが顔を上げる。
「何?」
「『はいはい。また来てね真君、シャルル君』」
少し声色を真似して真が言うと、シャルルはハッとした。
「忘れられていない!」
「それにな、今日わざわざ俺がトークを振りまくってたのは、何も今日、決着をつけるつもりでやってたわけじゃないんだぜ?」
真(INヒカル)はにやりと笑う。
「今日のは布石だ。お前は今日、十分に雪江の情報を手に入れた筈だぜ。そして、お前は『幸い』、今日、何もしなかった」
「?????」
頭にクエスチョンを浮かべまくり、シャルルは首を傾げる。
真はそっとシャルルの耳元で囁いた。
「雪江とデートだ。それで決めてこい」
まさかの続く!
まだ続くよ