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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第二部『新学期、新しいせいかつ』
36/48

その36 『そしてあつい夏が来る』




 首に掛けたタオルで額をぐいと拭い、きっこさんは真っ青な空を見上げる。

 眩しそうに目を細め、しみじみと呟いた。


「夏ですね~」

「夏ですね!」


 元気よく答えるレイも目元に手をかざしつつ、空を見上げた。

 夏真っ盛り。

 薄手のワンピースで涼しい格好のきっこさんは、朝から花壇に水を撒く。

 春が過ぎて、ほんの少ししあわせ荘の景色も変わる。

 がちゃりと扉が開く音。それをぴくりと聞きつけて、きっこさんとレイはとてとてふわふわと駆けだした。


「ゆきちゃんおはよー!」

「雪江さんおはようございます!」


 春先はジャケットにタイツと肌を隠していた雪江さんも、涼しげなクールビズ。暑くて寝苦しいせいで、特に人一倍暑さに弱いせいで、なかなか寝付けず夏は自分で起きられる雪江さん。

 ぴょんと二人に飛びつかれ、苦笑しながら雪江さんは挨拶する。


「おはようございますきっこさん。おはようレイ。はい、離れて離れて」

「ゆきちゃん冷たくて気持ちいい……」

「暑い夏には一家に一台雪江さんですよ……」

「台言うな」


 雪女の雪江さんは夏場もひんやりと冷たい。暑い朝、触れるとひんやり気持ちいい雪江さんにハグするのが、きっこさんとレイの、夏場の朝の日課である。

 二人のハグを切り抜けて、出かけようとする雪江さんに、上から見送りの声が掛かる。


「イッテラッシャーイ!」


 法被姿のシャルルが二階から手を振っている。最近朝が早いシャルルも雪江さんのお見送りに出てくる。

 軽くひらひらと手を振って、雪江さんもお見送りに答える。

 雪江さんの姿が見えなくなるまで三人で手を振り見送った後、きっこさんとレイがくるりと上を見上げて、手を振る。


「シャルルくんおはよー!」

「シャルルルおはよー!」

「きっこさん、レイさん、オハヨウゴザイマース!」


 ぶんぶんと大きく手を振り、挨拶した後、チリチリと頭から煙を上げながら、シャルルが「あっつ!」と急いで自室に飛び込んでいく。

 

「シャルルくん暑がりですねー」

「シャルルルも雪江さんに抱きつけばいいのにー」


 未だ残るひんやりとした感触を名残惜しそうに噛み締めながら、きっこさんとレイは放り出したホースの元に戻り、再び水まきに勤しむ。

 やっぱり暑いので、ホースの向き先がレイになったり、きっこさんになったりと、半分水遊びをし始める二人の元に、声が掛かったのはもう少し後の事。


「きっこさん、レイさんおはようございます。今日も暑そうですね」


 長袖の無地シャツにロングスカートの女性が104号室から顔を出す。

 全体的に地味目な色合いの服を着て、髪も短め、清潔感のある装いである。

 

音無おとなしさん、おはようございます!」

「夜子さんおはようございます!」


 見た目普通のお姉さん、最早アイデンティティの欠片もない女こそ、現在休業中の越戸高校七不思議の一人、夜子婦人なのである。

 しばらく戻っていなかったしあわせ荘に一旦戻り、今では普通に生活している。

 夜の不健全な本業もなくなり、十分に睡眠が取れている彼女の目の下にはクマもなく、肌も前よりも綺麗に。もう本当に消失してしまった個性の中、唯一残ったアイデンティティ、黒い日傘を差して、彼女も朝、鼻歌交じり仕事に出る。


「薔薇蔵さんはまだ寝てるんですか?」

「はい。全く、始まりが遅いからって、ギリギリまで寝てないで欲しいです。家事の一つくらい手伝って欲しいですよ」

「大丈夫ですか? 手が足りなければおてつだいしますよ?」

「いえ、そんな。大丈夫ですよ。きっこさんにお手数を掛けるなど……格安で住処を提供して頂いてるだけで頭が上がらないんですから」

「大丈夫ならいいですけど、困ったら言って下さいね!」


 はい、と微笑み、夜子婦人がしあわせ荘を出る。「いってらっさい」とそれを見送り、きっこさんは考える。


「そうですよね。ずっと寝てないで、家事のひとつでもするべきです」


 ちらりときっこさんが見るのは103号室。

 リンさんの身に危機が迫る!

 ちなみに、彼女は夏でも春でも冬でも秋でも平常運転。今も熟睡中である。


「いやぁ、あっついのう」

「あ、しろさんおはようございます!」

「真白さんちーっす!」


 ぴょんと二階の手すりから飛び降りてくる真白さん。右手でひらひら顔を扇ぎながら、巫女服も少し薄手のものに変え、流石の大妖怪も夏には参り気味のようである。

 

「朝ご飯はどうしますかー?」

「今日は夜子の所でご馳走になるつもりじゃ。『ふぁみれす』の『めにう』にはわくわくするからの」


 夜子婦人はファミレスでバイトしている。そこでご馳走になるのが最近の真白さんのマイブームである。

 ちょっぴり寂しそうに口を尖らせて、きっこさんは出て行く真白さんをお見送りする。

 

「れーちゃん、朝ご飯食べます?」

「ゴチになります!」


 ホースを片付け、ずんずんと101号室に向かうきっこさんとレイ。

 すると途中でがちゃりと上で扉が開く音がする。

 たった、と足早に駆けてくるのは大きな少年。


「行ってきます!」

「あっ! だいくんいってらっさい!」


 夏服を着る大はここ最近、早めに家を出るようになった。

 以前よりも少し元気に見えて、きっこさんはほっこりとした。

 少し足を止めると、後を追うように再び上で扉が開く音。

 ああ、と軽く頷くと、きっこさんはにっこりと微笑み、レイを引き連れ自室に戻った。




 扉を開けて、飾り気のない髪を揺らして、夏服姿の瓜子さんが表に出る。

 忘れないよう部屋を施錠し、かつかつと軽い足取りで隣の部屋の前に移動する。

 ふんふん、とさりげなく鼻歌を唄いながら、自然と緩む口をきゅっと引き締め、瓜子さんは深呼吸してからインターホンに指を掛ける。


 ピンポーン。


 遅れてガチャリと受話器を取る音。「はい」と答える男の子の声を聞いて、瓜子さんはインターホンに口を寄せて、すぅっと息を吸って、すっかり慣れた言葉を吐き出した。


「真くん、おはよう!」


 あ、おはよう。

 ちょっと待ってて今出るよ。

 そんな返事にもすっかり慣れて、一歩引いて、背中の後ろで鞄を揺らして瓜子さんはじっと待つ。

 少し間を置き空いた扉からは、鞄を肩にひっ掛けて、夏服姿の真が現れた。


「瓜子さんおはよう」

「おはよう!」


 少しぎこちないが、以前よりはずっと慣れた、その笑顔。

 じゃあ、行こっか。と二人で並んで歩き出す。

 階段を降りて、101号室に向けて、行ってきますと声を掛け、二人は通学路に踏み出した。


『しっかし、すっかり慣れたもんだな天邪鬼娘も。大分いい顔するようになったじゃねぇの』


 御守り効果で離れる事ができるようになったものの、時折背後霊、もとい守護霊ヒカルは真についてくる。瓜子さんをまじまじと見つめて、そう言ったヒカルに対して、真はほんの少し口元を緩ませた。


「だな」


 出会いの春を経て、あつくてあつい夏が来る。

 青く晴れ渡る空を見上げて、瓜子さんは言う。

 

「もうすぐ、夏休みだね」


 しあわせ荘に夏が来る。






これにて二部完結。

ちょっぴり変化を受け入れて、しあわせ荘の住人達に夏が訪れます。


三部「夏、おもいおもいで」に続きます。

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