その35 『賑やかホリデー』
今日は休日。
鏡に向き合い、髪を色々な形にぎゅっと握る瓜子さん。
どんな髪型にしようか悩んで、悩んで、悩みに悩んで、彼女はふと考える。
髪から手を離し、少し癖のついた髪を手でとかす。
「……よし」
セミロングを自然に流す。弄ることのないありのままの自分。
鏡を再びじっと見つめて、気合いを入れて、瓜子さんは「よし」ともう一度掛け声を出した。
今日、瓜子さんは学校の友達と映画を見に行く。
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それは休日前のこと。
原石ゆうこは二人の友達に尋ねた。
「金ちゃん。魂ちゃん。お休み、空いてない?」
灰色の髪をふわりと揺らし、具のないおにぎりを頬張る貧乏神、金欠は金色の目を輝かせた。
「え! 空いてる空いてる空いてるよ!」
「良かったら、一緒に映画見に行かない?」
「行く行く! 誘ってくれてありがとう! 魂ちゃんも行くよね!」
真っ黒なのり弁をつんつんとつつきながら、背中に闇を背負う死神、魂はこくりと頷いた。
「……まぁ、映画なら誰と見ても一緒だから……」
「魂ちゃん!?」
ダーティーな死神トークにも大分慣れたゆうこは軽く笑って受け流す。
「実は他にも一緒に行く人がいて、結構大人数なんだけど……いいかな?」
「いいね! みんなで映画かぁ……楽しそう!」
「……金ちゃん、お金大丈夫? みんなの分までお金払って、お財布、空にならない?」
「うーん……何人いるのかな? 三人でも大分カツカツ……って、何で私が全員分払うみたいな話になってるの!?」
「え、だって、金ちゃんが誘われたのって……」
「魂ちゃん!?」
別に魂は本当に金欠を財布と思っている訳ではない。
幼馴染みで気心知れた二人だから交わせるジョークのようなものなのである。
……そう切に願って、ゆうこは苦笑いし、いやいやと手を振った。
「実は映画のチケットをくれるって人がいるらしくて……十人くらいまで大丈夫だっていうから、何人か誘ってきたらって」
「え! すごい!」
「ゆうこ……映画のチケットの為に一体何枚脱いで」
「魂ちゃん!?」
あはは、と軽く笑ってゆうこが一言。
「魂ちゃんはお留守番する?」
「ゆうこすきすき。多分、学年で一番美人」
「魂ちゃん……」
すっかり魂とのコミュニケーションにも慣れたゆうこが、離れた机のグループに向けて、ゆうこが二本指を立ててピースした。それを見て、金欠と魂もよく話す面子が手を振り替えした。
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「へへーん! 商店街の福引きで当てちゃいました!」
きっこさんが自慢げに十枚ものチケットを見せびらかした。
へぇ、と真と瓜子が驚き目を丸くする。
きっこさんの隣で、興奮気味の地縛霊がエコバッグをぶんぶん振り回す。
「凄いんですよきっこさん! 映画のペアチケット、五回連続で当てたんですよ! 商店街のおじさん、ドン引きでした!」
「え、お前誰……」
「嫌だなぁ、真さん! レイですよレイ! 地縛霊のレイさんですよ!」
「幽霊要素何処行った」
カラフルなボーダーのTシャツにデニムのスカートを着る姿は、最早幽霊要素皆無である。かろうじて頭に乗せた天冠だけが幽霊要素である。
何だかすっかりきっこさんと仲良しなレイは、時折洋服を買って貰っているらしい。
「瓜子ちゃん、そう言えばこの映画見たいって言ってましたよね?」
きっこさんが表を見せたチケットには、「名犬もふじろう」と書かれている。
これがこの前見たいと言っていた映画か、と真が横を向けば、はわわ、と目を輝かせ興奮気味の瓜子がいる。
犬が好きなのか、と珍しくテンションの高い様子を見て真が新たな発見。
その様子を見て、「やっぱり!」と嬉しそうに笑うと、きっこさんは「はい!」とチケットを差し出した。
「お友達と見てきたらどうですか?」
「え、き、きっこさん。いいんですか?」
「いいですよー。私もう一度見ましたから! 十回も見ません!」
「私もきっこさんと見に行きました! ラストのもふじろうの……」
「ネタバレやめろ」
確かに十回は見ないな。納得しつつ、KY地縛霊(最早土地に縛られてすらいない)のネタバレを真が阻止する。
それにしても、瓜子が映画を見たいと言った矢先に、映画のチケットを当ててきてしまうとは、流石は幸運の妖怪座敷童子である。
目を潤ませて、瓜子がぱぁっと笑顔になった。
「きっこさん……! ありがとうございます!」
「楽しんできて下さいね!」
そんな経緯があって、真と瓜子は友達を誘い映画を見に行く事になったのである。
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「おっまたせー! わお! うりりん、今日も可愛いね!」
一番最後にやってきた萌が、すぐさま瓜子に飛びついていく。
一番時間にルーズそうな彼女で最後である。
全体的に淡色で、落ち着いた色合いの服を着る瓜子。長いスカートや桜色のカーディガン等々、制服よりも露出抑えめ。少し内気なイメージを与える。ちなみに、全員私服なのは萌の指定である。
ショートパンツにTシャツと、ラフさは普段通りの萌がしげしげと全員の私服姿を眺め回す。
全体的に黒い、氏神魂。黒い靴に黒いタイツに黒い帽子に黒い手袋にと隙の無い黒ファッション。
全体的にボロい、貧乏神金欠。パッチワークを思わせる、上下全てが継ぎ接ぎだらけ貧乏神ファッション。
量販店のシンプルな服で纏めた、原石ゆうこ。浮いてるようで比較的常識人な彼女らしい無難な格好。
何故か上下白黒の縦縞で揃えた囚人服のような佐々木忠。実は致命的にセンスが悪い。
遠野真は紺色のセーターにチノパン、そして何故か首に薄茶色のねじりマフラー。マフラーというより注連縄っぽい。
「……期待よりも萌えない面子!」
微妙な感じのファッション集団である。
割と気合いを入れてきたつもりの一同が、許容範囲の広い萌の低評価に割と凹む。
「……まぁ、今日はファッションショーじゃなくて映画鑑賞だから! 映画館は暗いから!」
「何だかお前に励まされると凹むんだが」
「チュウ、その格好は凹んで良いと思う。そんな事より映画だ映画だ! ひゃっほう!」
気を取り直して、電車に乗る。映画館は少し離れているのである。
正直趣味も何もかも合わなさそうな面子で、他愛ない話をしつつ、五つ目の駅で降りる。
越戸高校仲良し七人組(?)は、映画館へと乗り込んだ!
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映画を見るときのリアクションは人、妖怪、神さまそれぞれである。
暗くなると同時に若干テンションがあがり始めるのは金欠。
横に座る魂の肩を軽くつついて大きなモニタを目を輝かせて見上げる。
「魂ちゃん魂ちゃん始まるよ!」
「……」
小声で呼びかけるも無言の魂。
再び小声で「魂ちゃん?」と金欠が呼びかけて顔を覗き込むと……
「Zzz...」
「魂ちゃん!?(小声)」
もう寝ていた。揺すって起こそうとする金欠だが反応がない。死んだように眠っている。
「ヤバイ。トイレ行きたい……!」
「だからあれ程、始まる前に飲み物飲みすぎるなって言っただろ……!」
上映前にテンション上がってコーラとポップコーンを買いに行き、冷たいコーラをガブ飲みし過ぎた萌。忠に散々怒られたのにこの始末である。
空気が読めないようで、空気を読もうとする萌は、上映開始後いきなり席を立っていいものかと立つに立てなくなり、そわそわとしている。見ている忠も気が気じゃないとそわそわしている。
上映前のコマーシャルも終わり、本編が始まる。
既にフェードアウト気味の四人が若干気になる真は、他の同伴者に意識を向ける。
原石ゆうこは真顔である。
ちなみに、終始真顔であった。
微笑ましいシーンでも、ちょっぴり感動のシーンでも、ドキッとするシーンでも、眉一つ動かさなかった。
若干怖いと思った真であった。
かくいう真も薄暗い空間で、巨大な画面を前にして、落ち着かない様子でそわそわと周りを窺っていたりする。
そんな真が一番この映画を楽しみにしていたであろう瓜子さんの方を見た。
笑っている。
楽しみなのが隠しきれないように、コマーシャルの時には口の端を持ち上げてによによと笑っていた。
楽しいシーンではきらきらと目を輝かせながら、笑っていた。
悲しい場面で涙目になったかと思えば、緊張する場面ではぶるると震えて背筋を伸ばしていた。
真が今まで見てきた瓜子さんは、いつもしかめっ面をして、不満げに口を結んでいた。
それは周りの何かが気に食わないというよりは、自分に不満を感じているように見えた。
それ以外には泣いた顔がやたらと思い浮かぶくらいに、瓜子さんは暗い表情を見せる事が多かった。
こんな表情もするんだ。
映画よりそっちの表情の方が気になって、真はまるで映画の内容が頭に入ってこなかった。
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「それでそれで! もふじろうがもふたろうを追い掛けるシーン! あそこがすっごく面白くて!」
興奮気味に言う瓜子に、ゆうこも興奮気味に返す。
「そうそう! あそこはお腹が痛くなるくらい笑っちゃった!」
瓜子とゆうこが楽しそうに感想を言い合っている。
瓜子のあまりにも珍しいテンションに、周りは唖然としている。
ちなみに、ゆうこの様子も見ていた真は、ゆうこの「お腹が痛くなるくらい笑っちゃった」というのがどこまで本気で言っているのか気になってたりする。終始真顔だったのに。
「くそう……くそう……! うりりんと楽しくお喋りしたい……!」
「お前、トイレから戻ったら即寝てたからな」
しばらくそわそわしながら映画に集中できていなかったが、いよいよ我慢できずにお手洗いに立った萌。
緊張から解放された彼女は、戻ってすぐに寝た。だから全く内容とか覚えていないのである。
その様子を同じくそわそわしながら見ていた忠も内容の記憶が曖昧である。
「面白かった」
「魂ちゃん終始寝てたよね?」
入場から退場まで、常に寝ていた魂の肌はつやつやである。
反応の悪いみんなを見て、テンションの高い瓜子の眉が若干下がった。
「え……みんな見てなかったの?」
凄く悲しそうな声である。
チワワのような目である。
萌と忠がぐっと胸を抑えた。
「む、胸が痛い……!」
「なんて罪悪感……!」
口笛を逸らしながら目を逸らす魂。流石は外道、この程度では動じない。
「氏神さん……面白くなかった?」
寂しそうに聞く瓜子。まさか普段そこまで接点のない自分に振られるとは思ってなかった魂がぎょっとした。目を逸らせない状況になり、瓜子の顔を真っ直ぐに見る魂。
金欠は衝撃を受けた。
――魂ちゃんがこんなに焦ってるの初めて見た……!
普段無表情で毒を吐く少女が、冷や汗だくだくである。
「……面白かった。うん」
大嘘である。
すると、見た事も無い眩しい笑顔で、瓜子は笑った。
「よかった!」
にやっ、と笑って、すすすと魂が引き下がる。
顔を伏せて壁際に寄った魂が気になり、金欠が近付き顔を覗き込む。
胃のあたりを抑えながら、顔面蒼白になっている。
「……無邪気な笑顔が眩しすぎて胃がキリキリする……吐きそう……悪い事した気分になる……」
「魂ちゃん!?」
邪気の固まり、死神の魂が此処まで参っているのもレアケースである。
素直に魂の嘘を信じたらしい瓜子は、今までに無い明るい声で言う。
「私、昔から友達と映画を見て、見終わった後に感想を言い合うのが夢だったんだ!」
見ていなかった組の顔から一気に血の気が引く。
普段むすっとしている子の、子供の様な無邪気な笑顔。
しかも、昔からの夢。
――重い……!
「いいね! どこかでお昼食べながら感想言い合おう!」
おいやめろ、と見てない組が内心悲鳴を上げる。
真顔だったがしっかり見ていたゆうこはノリノリである。
金欠はプレッシャーで冷や汗がヤバイ見てなかった組の心中に気付いている為、苦笑いしている。
彼女もちゃんと見ていたので感想には困らないが、見てない組のあまりの見てなさに内心ハラハラである。
「真くん! 真くんはどうだった!? 好きな場面とかある!?」
珍しくグイグイ行く瓜子。
何気に無難に人付き合いを熟す真には、実は今回のメンバーは一目置いていたりする。
そして、地味にそわそわしていて、ちゃんと映画を見ていなかったのを、同じく集中していなかった見てない組は知っている。
どこか大人びた雰囲気があったり、異様な威圧感がある彼は、果たしてどう答えるのか。
「瓜子さんがすごい楽しそうだからそっちばっか見てた」
一同に衝撃が走る。
笑顔のまま、ん? ん? と瓜子が首を何度も傾げる。
「え? ん? どゆこと?」
真は平然と言った。
「瓜子さんが楽しそうでよかった」
次の瞬間、瓜子の顔がかぁっと赤くなる。
真顔で言う真に、一同は愕然とした。
――こいつ……天然ジゴロだ!
全員の反応に、ん? と今度は真が首を傾げた。
女たらしの背後霊が常に一緒だったせいで、平気でそれっぽい台詞を吐く主人公、真(無自覚)
次回、二部最終話です。