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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第二部『新学期、新しいせいかつ』
34/48

その34 『びじぶるふれんど』




 天野瓜子には友達がいた。

 それは高校に通うため、しあわせ荘に預かられる前のお話。

 彼女には、たった一人だけ、友達といえる少女がいた。

 本音の語れない彼女の本心を汲み取り、嫌われ者の彼女に唯一近寄る少女だった。


「瓜ちゃん、一人で東京に出るのがそんなに不安?」

「不安じゃない」


 本当は不安だ。

 天邪鬼は素直には話せない。

 相手の言った事と真逆のことしか言えない。

 それは習性であり、本能だ。逆らいがたい本質だ。

 必ず人と反対の事を言う瓜子には、少女以外に友達はいなかった。


「……私みたいに、瓜ちゃんの本心が分かる人がいないと、不安?」

「そんな事ない。耶麻やまちゃんがいなくても困らない」


 心にもない事を言ってしまう。その度に自分が嫌になる。

 唯一の大切な友達なのに。大好きなのに。

 いなくなったら辛くて泣いてしまうのに。


「大丈夫だって。瓜ちゃんの気持ち、知ってるよ」

「知らないよ」

「瓜ちゃんはちゃんと人を思いやれるじゃない」

「人のことなんて知らない」


 頭にぽんと手を乗せる。瓜子の親友、覚正耶麻子かくしょうやまこが瓜子によくする行動だ。

 それだけは素直に受け入れられる。膝に顔を埋めながら、瓜子は優しい手の感触を噛み締める。

 耶麻子の顔をちらりと窺うと、優しく、見守るように微笑んでいる。


「瓜ちゃん。確かに不安かも知れないね。天邪鬼の性のせいで、瓜ちゃんは誤解を受けやすいから」

「別に……」

「でもね、瓜ちゃん」


 瓜子の肩に手を回し、寄り添うように耶麻子が頬を寄せる。

 とても暖かくて、柔らかくて、まるで布団のようだと瓜子は思った。


「天邪鬼じゃなくたって、誰だってほんとの気持ちを吐き出せないんだよ」

「……嘘だ。じゃあ、なんで、みんなは友達が作れるの?」


 耶麻子は言った。


さとりじゃなくたって、誰にでも、ほんとの気持ちを分かってくれる人がいるからだよ」

「……そんなの嘘だよ。だって、言葉で伝えなきゃ、気持ちなんて伝わらないもん。耶麻ちゃんはほんとの気持ちが見えるから、そんな事が言えるんだよ」


 言ってから、瓜子は言い過ぎた、と後悔する。

 口をつく本音は、自分の抱えるコンプレックスや嫌味な言葉ばっかりだ。

 それでも耶麻子は笑ってそれを聞いてくれる。その笑顔を見る度に胸が痛んで、そうすると耶麻子は少し悲しそうに笑った。


「瓜ちゃん。瓜ちゃんにも、きっと見つかるよ。私みたいなズルじゃなくて、ほんとの意味でほんとの気持ちを分かってくれるお友達。だって、瓜ちゃんのほんとの気持ちは、とっても優しくて、とっても暖かいんだもん」

「ズ、ズルなんかじゃないよ。耶麻ちゃんが、私の気持ちが見えてるのは……」

「ありがとう。ごめんね、意地悪な言い方しちゃって、気を遣わせちゃって。本当に瓜ちゃんは、優しい子だよ」

「優しくない……」


 こんなやり取りが続けられるのもあと少し。

 耶麻子が大好きで、彼女の言う事は何でも受け入れていた瓜子だったが、最後に贈られた言葉だけは素直に受け取る事ができなかった。




   ~~~~




 夜の越戸高校から何事もなく、どころか七不思議の二人を連れて出てきた教え子五人を見た柏屋先生はばつが悪そうな顔をしていた。

 どうやら、柏屋先生は七不思議の事を知っていたらしい。そして、とある誰かに教え子を学校の中に入れたことを怒られたとかで……五人の教え子にきちんと謝罪し、それぞれを家にまで送ってくれた。


 人間なのに、割とすぐに怪異の類いに順応した忠と萌は、既に親しげに夜子婦人と薔薇蔵さんと会話しながら歩いている。ゆうこだけは怪しい相手だと警戒しているようで、少し距離を置いてじろりと二匹の七不思議を観察している。


 遠巻きに全員の様子を眺める瓜子だったが、その方をぽんと叩いて声を掛ける人がいた。


「天野さん。ちょっと話したいんだけど、いい? 嫌かな?」


 遠野真。

 しあわせ荘のお隣さんで、学校でも話をしてくれるクラスメートで……

 突然話しかけられて、瓜子は少し困惑した。

 

「嫌じゃないけど……」


 お話はしたい。それは本音だ。

 あれ? 本音が喋れてる?

 何でだろう、と不思議に思いながら、瓜子は真に歩調を合わせて肩を並べた。


「今日、怖くなかった? 大丈夫だった?」

「怖かった……」


 あれ? また本音が喋れてる?

 どうしてだろう、と考えて気付く。

 遠野くんは、「ない」で聞いているのだ。

 怖いの? と聞かれれば、怖くない! と言ってしまう天邪鬼でも、怖くないの? と聞かれれば、怖い! と答えられる。

 なんだ、ただ本音と逆の事を聞かれているだけで、決して本音を喋ろうとして喋れている訳じゃない。

 それに気付いて瓜子はほんの少し落ち込んだ。


「でも、怖い物苦手だよね。この前の心霊写真の時もそうだった。なのにどうして、きよしの肝試しの誘いを受けたの?」


 瓜子は少し顔を伏せた。

 

「……だって、友達が、誘ってくれたんだもん」


 自然とぽろりと零れ落ちた本音に、瓜子は咄嗟に口を塞いだ。

 どうして?

 本音が喋れている。今度は誘導されていない。なのに確かに本音が口から出た。

 変に思われてないだろうか。少しびくびくしながら横の真の顔を見ると、意外そうな表情が待っていた。


「嫌じゃなかったの?」

「……嫌だよ。怖いの、嫌い」


 真は相変わらず驚いたような表情だった。


「……嫌だったけど、友達が誘ってくれたから、行こうと思ったの?」

「……そういう訳じゃ」


 その通りだ。

 折角友達が誘ってくれたから。一緒に行きたいと思った。

 本当は嫌だったけれど、断ると友達でいられない気がしたから。

 それでも、反対の答えが口をつく。これじゃあ本音を言えない。

 またやってしまった。瓜子は顔を再び伏せた。


 真はしばらく黙っていたが、「ああ」と何か納得したような声を出し、真は再び話を切り出した。


「断ったら嫌われると思った?」


 違う、と否定することができなかった。

 どうして?

 私が思っていたことが、どうして分かるの?


「……遠野くんは、さとりなの?」

「『さとし』じゃなくて『まこと』だよ。呼ぶときは真でいいよ」


 ジョークなのか、それとも天然ボケなのか。

 何だか今日の七不思議退治の時にも、人とは思えない迫力があった。

 人間の入居者だときっこさんから聞いていたが、本当にこの人は人間なのだろうか。


「……真くんは人間なの?」

「瓜子さんには言ってなかったっけ? 人間だよ」


 人間なんだ。じゃあ、どうして?

 ……と、思う前に、「瓜子さん」と呼ばれた事が気になる。

 名前で呼ばれた。少し気恥ずかしいような、嬉しいような、複雑な気分である。

 そして気恥ずかしさと、申し訳なさで次の言葉に詰まる。

 人間なの? ってどんだけ失礼な質問だろう……!

 やっぱり謝らなきゃいけない。そう思い、何とか口を開こうとして、鯉のように口をぱくぱくとさせる。


「ご、ごめんなさい」

「うーん、まぁ、妖怪アパートに越して来ちゃ紛らわしいよなぁ。気にしてないよ」


 本当にさらりと言ってのける真。

 紛らわしいなんて、そんな事は思ってないのに。


「それよりさ、余計なお世話なのかも知れないけど、言っといた方がいいかと思って」


 唐突な話の切り替えに、え、と思わず真の方を向く瓜子。

 

「嫌だったらさ、嫌だって言っていいんだよ? きよしも、ああ見えて嫌な事は押し付けてこないと思うし、あいつも怖がる顔より喜ぶ顔のが見たいんじゃないかな?」

「嘘だ」


 思わず口をつく拒絶の言葉。

 反射的な言葉だった。耶麻子の時に反省したはずなのに、また言ってしまった。

 しかも、今度の相手は耶麻子じゃない。瓜子の「ほんとの気持ち」が見える、耶麻子じゃない。

 気分を害してしまった。どうしよう。嫌われる。

 泣き腫らした、泣き疲れた目に再び涙が浮かぶ。

 謝らなきゃ。

 しかし、そんな間もなく真は言った。


「じゃあ、きよしに言ってみよう」


 え、と瓜子は呆けてしまった。

 お構いなしに真は前を歩く萌を呼ぶ。


「きよし。ちょっとちょっと」

「んー? なになにまこりん!」


 すぐさまくるりと振り返る駆け寄ってくる萌。

 やめて、と瓜子が真の袖を掴んだが、構わず真は萌に言う。


「きよし。瓜子さん、怖いの苦手だったんだってさ。今度遊ぶ時は楽しい系にしよう」

「え! そうだったの! いや、怖がらせようとは思ったんだけど……その目、もしかして泣くほど嫌だった!? ごっめーんうりりん! 泣かせたい訳じゃなかったんだよ! ただ、ちょっとびくっとさせて、こわーい! って抱きついて欲しかっただけで!」

「大分不純だな動機が」

「まぁま、ともかく! 今度は楽しい事しよっか! カラオケ? 遊園地? 何処行きたい!?」


 え、え、と戸惑う瓜子。


「じゃあ、カラオケっ! 歌うの嫌いだったりする?」

「嫌い……じゃないけど」

「あ、嫌なら嫌って言ってね! むしろ行きたいところ、教えてくれたら嬉しいな! うりりん、好きなものとかない?」

「えっと、えっと……」

「すぐに思い付かなかったら、今度教えてよ! 動物園とか、水族館とかもありかな? 来週までの宿題だ!」


 勢いに負けて、こくりと瓜子は頷いた。

 言うだけ言って、萌はひゃっほう!とすぐに七不思議二人の方へと戻っていく。

 きょとんと真の顔を見上げた瓜子に、真は優しく笑った。


「ね?」

「……うん」


 本当だった。否定できない。

 

「瓜子さんは気にしすぎだよ。期待された答えを返さなくても、期待に応えようとしてる瓜子さんの気持ち、分かるからさ。無理しないで」


 天邪鬼は期待に応えられない。

 裏切ることしかできないから。

 それでも期待には応えたい。

 彼は、そんな瓜子の葛藤を、まるでさとりのように見透かした。


 ――瓜ちゃんにも、きっと見つかるよ。


 ――ほんとの意味で、ほんとの気持ちを分かってくれるお友達。


 ぽろりと、抑えようとしていた涙が零れた。


「ごめんなさい」


 それは耶麻子に向けての言葉だった。


「気にしてないよ」


 代わりに真が答えた。


「友達でしょ?」


 耶麻子が笑顔で同じ事を言ったような気がした。


「動物園にカラオケ、水族館に遊園地、どこも行ったことないな……瓜子さんは?」

「わ、私も、ないの」

「気になるところとかある?」


 瓜子はほんの少しの勇気を振り絞る。

 

「え、映画館、行きたい。見たい映画、あるから」


 初めて選び、示す自分のほんとの気持ち。

 真はそれを聞いてにこりと笑った。


「お、いいね。俺行ったことない」

「え、行ったこと、ないの?」

「うん。じゃあ、他のみんなも誘って今度一緒に行こうか。面白そう」


 ほんの少しだけ、天邪鬼少女は一歩を踏み出す。 




 ――耶麻ちゃん。

 ――私にも、友達ができた……かも、知れません。





ちょっぴりコメディ成分薄めに。

瓜子さんの過去をちょっとと天邪鬼の葛藤のお話。



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