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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第二部『新学期、新しいせいかつ』
33/48

その33 『神さま井戸端会議』

今回は長めですよ!




 萌は『夜子婦人らしきもの』に追い付いた。

 黒いドレス姿の、女性らしき影。

 しかし、近付いた瞬間に、その姿はがらりと変わった。


 黒いヘドロのような体表面。

 山のような身体。

 其処には無数のお面が張り付き、そのそれぞれの目や口、鼻の穴には深い穴が見えている。

 遠目に見た姿と全く違うそれを間近で見て、抱いた疑問を『何か』に尋ねた。


「……夜子婦人ですよね?」

「ぼ」


 お面のひとつから奇妙な音が飛び出た。

 ずるりと『何か』が萌にすり寄る。

 無表情の仮面のひとつがずずとヘドロの身体を移動し、萌の前に寄った。


 深く、黒い、穴。


「……んー?」


 仮面の目の中には底が見えない。

 惹き込まれるような黒い穴を覗き込むように萌は顔を寄せた。

 



 吸いこまれそうな黒。


「見るな」


 気付けば仮面にほぼ接するまでに近寄っていた萌の頭上から声がした。

 声に気を取られ上を向いた萌の視界には、ふわりとスカートが広がった。


 べきん、と『何か』のお面に、萌の頭上を飛び越えてきた少女のスニーカーが突き刺さる。

 お面がひび割れ、『何か』はその大きな身体を浮かび上がらせ、廊下の端まで飛んでいった。

 ふわりと羽のように舞い降りた少女を見て、唖然としている萌がぽつりと一言。


「……バケツ?」


 越戸高校の制服を着た少女は、頭から逆さにしたバケツをすっぽりと被っていた。

 くるりと顔を萌に向けたバケツには、目の辺りに穴が二つだけ空いている。


「お前は夜まで騒がしい奴じゃな、清湖」

「……夜子婦人ですか!?」

「誰じゃそりゃ」


 バケツ仮面は呆れた様にバケツ頭を振る。

 そして今度は前に向き直り、ずるりと再び動き出した『何か』を睨み付けた。


「随分と勝手してくれとるのう? どういうつもりじゃ。答えろ、『うろうろ』」


 うろうろ、と呼ばれた何かのヘドロの身体に穴が空く。


【久しぶりじゃなぁい、おひな。何よ、怒ってんのぉ?】


 開いた穴は口のようで、変声期を通したような、ねっとりとした低い声が鳴り響いた。

 はっ、と萌が目を見開く。


「ま、まさか……」

「ようやくあれが危ないものだと気付いたか?」


 平然と、不気味なバケモノに近付いていた萌の反応が変わった事にふうと呆れて溜め息をつくバケツ仮面。


「オカマさんですか……? じゃあ、あなたは夜子婦人じゃなくトイレの花子さん!?」

「違うわ!」

「あ、廊下の花子さんってこと?」

「場所の問題じゃないわ!」

「何で怒るの夜子婦人! もしかして、アレと間違えられて怒ってるの?」

「だから……あー、もう面倒じゃ!」

【なによおひな。その子知り合いぃ? あと、アタシはオカマじゃないし、夜子婦人でも花子さんでもないわよぉ】


 黒い何かが少し縮んで、人間サイズに落ち着いていく。

 

【アタシは『うろうろ』。そっちは『おひな』。それにしても、アタシに話しかけてくるなんて、随分と肝っ玉の据わった娘ねぇ】

「うろうろ。もうこいつは放っとけ。それより、学校をうろつくなど、どういうつもりじゃと聞いておる」

【何よ、たまたま通り掛かっただけよぉ。それとも何? 此処を通るのに、アンタの許可がいちいちいるってワケ? 大層なご身分ねぇ】

「そりゃ土地神様じゃからな。大層なご身分じゃ」

【はいはいそうよね。でも、大体、その娘が勝手にアタシの『目』を覗き込んできたのよ? 文句を言われる筋合いはないわ】


 バケツ仮面、おひなはフンと鼻を鳴らした。


「白々しい事を」


 すると、『何か』、うろうろも「んふ」と笑ってねとりと口を動かした。


【まぁ、『穴があったら覗きたくなる』のが人間の性よねぇ。穴には引力がある。一概にその娘が悪いとは言えないかも知れないけどぉ……でも、夜歩きはその娘が悪いんじゃなぁい?】

「違いない」


 くるりとおひなが萌の方に振り返る。


「清湖。説教は勘弁してやるから、早く帰れ。子供は家で寝る時間じゃ」


 む、と眉間にしわを寄せて、萌が口をへの字に曲げた。

 子供扱いされたのが気に食わないのか、とおひなが溜め息をつくと……


「結局うろうろはオカマさんじゃないの? そのナリと薄汚い声で女なの?」

【何この子。どんだけ肝っ玉座ってんのよ。普通、神様相手にそこまで暴言吐ける?】

「あと、おひな。同い年でしょ。一年の制服だし。そこまで言うならおひなも帰ろうよ」

「こいつ察しが悪すぎる!」


 うろうろは危険な存在である。おひなは神様である。

 萌はそういったことを何一つ理解していないのである。

 

「お前何を聞いとった!?」

「おひなが私の頭上を飛び越した時、水玉のパンツを見た。もっかい見せて?」

「何見たかなんぞ聞いとらんわ! しかも何見とるんじゃ! 見せるわけないじゃろが!」


 おひながスカートを抑えてぷんすかしている。

 それを見た萌は。


「恥じらってる! きゃわいい!」

「神様舐めとんのか貴様ッ!?」

【ちょっと、おひな。人間相手に大人げないわよぷんすかと。あと、アンタそんな下着つけてんの?】

「うろうろォッ! 貴様も滅するぞ貴様ァッ!」


 おひな激おこである。

 その様子をふふんと笑って、うろうろがぬるりと身体を揺らす。表情はないが、嘲笑している表情が目に浮かぶようである。

 ダンダン、と地団駄踏んでおひながムキー、と猿のような金切り声を上げる。バケツが喧しくガンガンと鳴り響く。威厳もあったもんじゃない。


「そやつらは仮にも『神さま』と呼ばれるものじゃ。あまり馬鹿にするもんじゃないぞ小娘」


 しゃらん、と鈴が鳴ったような音が鳴る。

 はっとして神様と萌が声のした方を振り向けば、窓枠に腰掛ける金髪美人が不敵な笑みを浮かべていた。

 萌が愕然とする。


「あ、あなたは……」

「ほほう、わしの凄さは分かるのか。見る目があるぞ小娘」

「妖怪キャラ被り!」

「!?」

【!?】


 神様全員びっくりである。

 

「何言っとんのじゃ清湖!? お前、どれだけ神様に喧嘩売れば気が済むのじゃ!」

「だって、おひなと若干キャラ被ってるじゃん!」

「お、お前……! ま、真白! こいつはただの阿呆じゃから! 気にするでないぞ! 真に受けるでないぞ!」

「ふっふっふ。おひな。慌てるな。わしはそんな小娘の戯れ事を真に受ける程に器が小さくないわ」


 額に欠陥を浮かべながら、金髪美人の真白さんが口元をぴくぴくさせている。

 割とキレている。

 確かにエセお年寄り口調でキャラ被りしているが、神様にそれは禁句なのである!

 一転、真白を宥めるおひな。何が何やらの状況である。


【真白。何よ。学校なんかに何の用よ】

「ん、うろか。お前もおったのか。奇怪な縁じゃな。なに、わしはちょいと奇妙な気配を感じ取っての。どうやらわしが可愛がってる此処の子供を苛めているやつがおるようでな」


 ぎろりと金色の瞳がうろうろを捉えた。


「うろ。お前、この学校で誰かに手を出したりしておるまいな?」

【してないわよ。おひなもそうだけど、そうしょっちゅう悪者扱いしないで欲しいわねぇ。これでも最近殺しはしてないのよ。それに、仮にアンタのお気に入りにアタシが手を出したところで……】


 始めは取り繕うとしたように見えたうろうろの声色が変わる。

 ただでさえ低い声は更に低くなり、明らかに真白さんに敵意を返していた。


【アンタ『ら』にアタシがどうにかできるとでも?】

「ほう。珍しく挑戦的じゃの。おひな。お前も喧嘩を売られているようじゃが……どうする?」

「面倒事は御免じゃ。勝手にやればよいじゃろう」

「まぁまぁ、皆様方。喧嘩はやめーや。ウチを巡って争わないでー、なんちって」


 一触即発。神様三すくみの対立に、ひとつの声が割って入った。

 発言者は萌。

 しかし、明らかに口調と声色、そして気配が変化していた。

 元々へらへらしたアホだったが、今は更にへらへら度合いが増している。s


「ん? どしたん? ちょっ、やめーや。何睨んどんの? お宅ら目力強すぎて怖いっちゅーに」

「……その口振り。まさか……貴様……『お結び』か!?」

「その握り飯みたいな呼び方やめー。ウチを呼ぶならこう呼んでーな」


 萌が招き猫のポーズを取り、にやりと笑った。


「『おゆい』さん、ってな。もう忘れたんかいおひなちゃん」

「まさか……貴様は封印された筈じゃろう!? なのに、何故……!」

「封印されとるよ。それと、この清湖萌も一応普通の人間よ? ウチと波長があうもんやから、外界との交流用の端末として今は口を借りてるだけや」


 お結い。そう名乗る、萌の口を借りる誰か。

 彼、それとも彼女だろうか。それをよく知るその場のもの達は、全員驚き、そして察した。


「なるほどの。こうも神格が揃うなどと珍しい事もあると思えば……おぬしの仕業じゃったか」

【全く迷惑な奴ねぇ。封印されて尚、干渉してくるなんて。で、何の用があってアタシ達を呼び寄せたのよ?】

「いやぁ、ましろんとうろろんは、おひなちゃんと違って話早くて好きやわ。ライクでなく、ラブの方で」

「おぬしは何でも『らぶ』じゃろて。最悪の縁結神えんむすびがみ


 最悪の縁結神、『御結様おむすびさま』、または『御結様おゆいさま』。

 二人の神と、それと同格の妖怪を呼び寄せた神は、「せやね」と笑って舌を出した。


「確かに君ら呼んだんはウチやけども、別にやましいなんてないよ? 新しい春が来たことやし、久しく顔合わせでもしたい思うてな」


 腕を広げて演説する。さながらどこかの独裁者である。


「春は出会いの季節。そこは縁結神の端くれとしては挨拶しとかな」

「挨拶の為だけに、わざわざわしらを集めたと」

「嘘じゃ! どうせ貴様のこと! また、何か良からぬ企みを……」

【まぁ、おひな。そうかっかしなくていいじゃない。アタシは別に何をしようと構やしないわ。元より流され続ける身。勝手になさいよ】

「そうやそうやおひなちゃん! それに人のこととやかく言うけれども。君かて高校生のフリして毎年学校生活エンジョイしよって! はっちゃけすぎやで年甲斐もなく!」

「貴様ァッ! 年甲斐もなくとはどういうことじゃッ!? 滅するぞッ!?」


 かかか、と笑った御結様。

 ダンダンと地団駄踏むおひなを楽しげに眺めてから、おっとと視線を横に逸らした。


「あかんあかん。もう時間や。いたいけな高校生がもうすぐこっちに寄ってくるで。神様一同、解散!」

「わしは神ではないのじゃが……まぁ、子供の教育にはよろしくなさそうなメンツなのは確かかの。どれ、おひな、うろ、参道の方で久しく一杯どうじゃ?」

【そう言えば真白、この前つくものとこに来たって聞いたけど……まぁ、積もる話は呑みながらかしらね】

「教育に宜しくないとはどういうことじゃ真白!」

「だって、おひなを見たら子供らがっかりするじゃろ。自分達の土地の神様がこんな……うむ」

「言葉を濁すな! 喧嘩なら買うぞ! はっきり言え!」


 ひゅっと喧嘩する神々が消える。

 流石に彼女らも察したのだろう。

 駆け寄ってきた一人の少女が、一人残された御結様の口、清湖萌に飛びついた。


「清湖さん大丈夫!?」


 原石ゆうこ。清湖萌のクラスメイトであり、『見える人間』。

 恐らくは萌を心配して駆け付けたのだろう。

 うろうろ様の侵入を察知した上で、うろうろ様の『異質さ』に気付いた上で、うろうろ様に『惹かれてしまった』人間を助けに来るなど、並大抵の人間にはできまい。

 肝の据わった、優しいええ子やなぁ。

 息を切らしたゆうこをぎゅっと抱き締め、御結様は愛おしさを抑える事なく目を蕩けさせた。


「ゆうこりん! もしかして、私を心配して来てくれた!?」

「そうだよ! もう! 心配したんだから!」

「……あああああああああん! きゃわいい! 愛らしい! 自分も怖いのに強がって! 震えてる! ちょっとお結私と変わって! いやや! 誰が渡すかい! 畜生め!」

「……え。清湖さん? 何言ってるの?」


 御結様は清湖萌から身体を借りているだけである。

 故に彼女に身体を返せと言われたら、身体を返さなければならない立場なのである。

 しかし、本来身体を返せなどと言える人間はそういない。

 神様から身体の主導権を奪うほどに、萌の精神、もとい欲望は強力だったのである!


 ――畜生め……仕方ないな。今回は譲ったるわ……


 精神世界で頬に張り手を食らって、涙目で撤退する御結様。神様に張り手を食らわす不届き者は、奪い取った主導権でぎゅっとゆうこを抱き締めた。


「もう結婚しよう!」

「しないよ! それより本当に大丈夫!? 何かに取り憑かれてない!?」


 萌をぐいと突き放し、肩をぶんぶん揺すりながら、ゆうこが聞く。

 すると萌は「ん?」と不思議そうに首を傾げ、今までの事を思い返した。


「……そう言えば何かさっきまで頭の中で変な声が聞こえたような……あれ? 私さっきまで何してたっけ?」

「取り憑かれてたの!? で、でも……あれ? もうさっきの『黒いの』の気配がない? いなくなっちゃったの?」

「黒いの? ……そう言えば、何か重要なものを見てしまったような……ハッ!?」


 萌が何かに気付いたように口で「ハッ!」と言った。

 

「な、何!?」

「思い出した……!」


 ごくりとゆうこが息を呑む。

 その時、丁度厄介事が片付いた真達が廊下の向こう側から走ってきた。

 近付いてくる「おーい、無事か」という呼び声が間近まで迫ってくるのを見て、ゆうこはほっと安心した。……と思いきや、何故か怪しい魔の者二人を連れてきていて愕然とした。

 もう何が何やらしっちゃかめっちゃかな状況下で、走ってきた友達など意に介さずに、萌が取り戻した重要な記憶を口にした。


「夜子婦人のパンツは……水玉っ!」

「違いますよ!?」


 何か記憶がごっちゃになっていた。

 この後、ご丁寧に否定してくれた夜子婦人が、萌からスカートを死守するという別の戦いが始まるのだが、それは語るまでもないお話。




 かくして、七不思議を巡る一夜の騒動は、ひっそりと終幕を迎えたという。













 ちょっぴり怪しい企みを残して。


 ――目的は達したし、今日のところは引き上げや。


 ――いずれ、全部手に入れたるからな。


 ――人間も、動物も、植物も、妖怪も、幽霊も、神様も、みんな、みんな、みんな……


 ――ぜぇんぶ、ぜぇんぶ……






以前に名前の登場していた神さまの総登場。

そしてやっぱりラスボスっぽい御結様。

彼女(彼?)の企みとは?


かなり続いた七不思議編は次回で最後。

そして、その後少し挟んで二部が終わりだったりします。

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