その32 『七不思議裏事情』
遠野真は幽霊が見える。そして、触れる。
触れる彼は、逆に幽霊にも触られる。
それは普段は間接的にしか、生者に手を出せない死者でも、彼には手を出せるという事である。
遠野の家は代々この体質を受け継ぎ、霊に脅かされて生きてきた。
故に彼らは己が身を守る為に、強力な『守護霊』をつけた。
そして、霊から身を守る術を身につけ、霊から身を守るように進化していった。
やたらと霊的なものに強い耐性を持った一族。
それが遠野一族である。
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人は死ぬと開放的になる。
生きているときには「しがらみ」というものが身を縛る。
死ねばそれは外される。調子に乗るのだ。
調子に乗った霊をしばき倒した真の母はいつも言っていた。
――私達が「しがらみ」になるの
――彼らを抑えられるのは、私達しかいないから
――これは決して、こいつらの態度が気に入らないから叩きのめしている訳ではないの
――うん。やっぱり、私、別に悪くなくない?
真は母の言葉を片時も忘れない。
――私達が「しがらみ」になる。
遠野の一族の宿命を、純粋に守るが故に、真は他者に害を与える霊を許さないのだ。
……というのは建前である。
ド外道、ド畜生と呼ばれる母の影響をモロに受けた真は、ただ単にスイッチが入ると鬼みたいになるのだ。
言うなれば、遠野真(除霊モード)である。
ちなみに、主に寝起きと空腹時に発動しやすい。
つまり、今の真は虫の居所が悪いのである。
「七不思議だか何だか知らないけど、わざわざ子供の興味引くような噂ばらまいて、好奇心を誘って誘き出し、それを怖がらせて楽しんでるとか、悪趣味過ぎると思わないか」
「はい、仰るとおりです」
右腕を押さえながら、半泣きの夜子婦人がこくりと頷く。
何だか怖い顔の少年が現れたので、気合いを入れて脅かしに掛かったら、カウンターでアームロックを食らったのである。普通に痛かった。
「何か別の趣味探せ。人に迷惑かけないやつ」
「そんな……私から脅かしを取ったら、後に何が残るっていうんですか……」
夜子婦人がしゅんとしてしまう。
真の声色と顔が滅茶苦茶怖い事もあって、忠は若干気の毒に思い始めていた。
そこで薔薇蔵さんがおいおいと割って入る。
「夜子。お前、昼はバイト先で結構頼りにされてるじゃないか。別に七不思議だけがお前の価値じゃないさ」
え、と真の表情が少し緩む。
「え、昼はバイトしてるのか」
「はい……七不思議だけじゃ食べてけませんし。ファミレスで働いてます」
「ちなみに、私も昼間は働いている。流石に真っ昼間に高校の男子トイレに隠れていたら捕まるからな」
薔薇蔵さんのどうでもいい追加情報。
しかし、七不思議が食べてけないとか言っちゃうと、何だか拍子抜けである。
「もう、バイトがんばれよ。それで健全な趣味を楽しめよ。夜は寝ろよ」
「そ、そんなぁ! 昼に行動して夜は寝てたら、私、昼子婦人になっちゃうじゃないですか!」
「HAHA! そいつは傑作だ!」
「お前ちょっと黙れ」
真も七不思議のコントにいつまでも付き合っているつもりはない。
滅茶苦茶冷たい声で言われて、流石の薔薇蔵さんも正座して黙りこくってしまった。
正座して並ぶ二人の七不思議は、流石にばつが悪そうに、ひそひそと相談を始めた。
「……夜子。しばらく七不思議はやめておかないか。少なくとも真くんが居る学校でやるのは私はごめんなんだが」
「……そうですね。もう腕が痛いの嫌ですし。寝不足でしたし、しばらくは昼子婦人で過ごします」
だから目の下のクマが濃いのか、と真と忠が薔薇蔵と夜子の顔を見て妙に納得した。
何でこいつらわざわざ夜中に寝る時間も惜しんで高校生を脅かしに来るのか。
二人はすくっと立ち上がって、地面に転がるちだるまさんに肩を貸す。そう言えば忘れていたが、蹴っ飛ばしたまま放ったらかしだった。
「でも、どうします薔薇蔵。こんな時間ですし、ちだるまさんはしばらく起きそうにないですし」
「……うーん。久しぶりに戻るか? しあわせ荘」
「ちょっと待て」
なんか聞き捨てならない事を薔薇蔵さんが言った気がしたので、真が割って入った。
「どこに戻るって?」
「どこって……家にだが」
「しあわせ荘って言わなかったか?」
「まぁ、宿無しができる仕事も多くないから、私と夜子のルームシェアだが一応しあわせ荘というアパートの一室を現住所として借りていてね。大体仕事場と学校を行き来してたから、今までは使ってなかったが……しばらくはそっちで暮らす事にするさ。管理人さんが子供っぽいけど、良い人だし、暮らしやすいんじゃ……」
「そういう経緯とかはどうでもいい」
重要なのは、薔薇蔵さんと夜子婦人が、しあわせ荘に部屋を借りているという事である。
真が鬼の表情から一転、若干嫌そうな顔をし出したのを見て、薔薇蔵さんは察したようにハッとした。
「まさか、真くん。君もしあわせ荘?」
今度は夜子婦人がもの凄く嫌そうな顔をした。
真がちらりと瓜子さんの方を見る。
凄く嫌そうな顔をしている。
それを見て、夜子婦人が凄く嬉しそうにぱぁっと笑った。
「え、まこっちゃんも天野さんも、そっちの二人ももしかして同じ住所?」
察した忠が、あっ、と気の毒そうに苦笑いした。
忠の一言で確信に変わる衝撃の事実を、割と素直に受け止めた薔薇蔵さんは、フッと笑って真に手を差し伸べた。
「……と、まぁ。一旦七不思議から足を洗うが、これからも宜しく頼むよ……ま・こ・とくん♪」
あれだけ叩きのめされたのに、既に真を狙うハンターの目をしている薔薇蔵さん。
「私もこれからは昼子婦人として暮らしますが、宜しくお願いしますね……天野さん♪」
嬉しそうに瓜子さんを見つめている夜子婦人(真とは目を合わせようともしない)。
夜子婦人も普通に会話していたので多少は慣れた様子だったが、まだ怯えている涙目の瓜子さんが、びくりと肩を弾ませた。
奇妙な七不思議の二人。
トイレの花子さんの薔薇蔵さん。
おどろおどろの夜子婦人。
思わぬ所でしあわせ荘に新しい?住人が加わる事になった。
思わぬ事実に真も気が抜け、一気に教室の空気が緩んだ。
そこで、瓜子さんが絞り出す様に声をあげた。
「あ、あの……」
一斉に、ん?と振り返る一同。
瓜子さんは少し怯えた様子で、口を開いた。
「……も、もえちんと……原石さん……助けに行かなきゃ」
あ、と真と忠が顔を見合わせる。
別に忘れていた訳じゃないんだからね!
おやおや、と薔薇蔵さんが首を横に振る。
「君は優しい子だな。大丈夫だよ。夜子、連絡網で襲撃中止の連絡を流してくれ」
「ええ~……あっ! やります! やりますから睨まないで下さい!」
「違うの!」
瓜子さんが大きな声をあげた。
彼女が大きな声を出すのは珍しい、と真は事態の異常に気付く。
「何かが……入ってきたって、原石さんが……それで、私、見たの……『目のお化け』が……!」
目のお化け、という言葉に首を傾げる薔薇蔵さんと夜子婦人を見て、真と忠は今の状況を理解した。
「分かった。行こう」
越戸の夜は、まだまだ終わっていなかった。
しあわせ荘に住人追加(というより元々居た)。
そして、謎の黒い何かが次回、登場です。