その30 『夜の侵入者』
★注意★
夜の学校は危険がいっぱい!
七不思議の一角、妖怪『ド変態尻フェチ』……ではなく、『トイレの花子さん』の薔薇蔵さんを撃破した真と忠は足早に男子トイレを後にする。
しかし、トイレから出たそこには、待っているはずの三人の姿はなかった。
正がはっとする。
「……嵌められた!」
「え? 何?」
きょとんとする真。彼はまだ、今何が起こっているのか理解していない。
「何に何がハメられたって?」
薔薇蔵さんが尋ねる。
一瞬で真に蹴り倒された。
「復活早いな。あと、お前はなんの話をしてる。そもそも話に入ってくるな」
「ウブだね真くん。つまり、君の初めてを奪ったのはこの私だと……」
蹴り倒した。
そして何事もなかったかのように忠に問う。
「どういうこと?」
「きよしの奴、最初に男子トイレを目的地にしただろ? あれは俺たちをまいて、最初から狙ってた三人、二人の組み合わせに分けるつもりだったんだ」
「何のために?」
「どうせロクでもないこと考えてるんだ。昔からそうなんだよ。やっぱりあいつから目を離しちゃ駄目だった」
頭を抱えて忠が顔を伏せる。どうやら今回の面倒事に参加したのも、彼女の監視という意味合いが大きいらしい。
むくりと起き上がり、薔薇蔵さんがふむと顎をさすった。
「そのきよし君ってヤンチャな少年はどんな子なんだい。興味があるな」
「少年じゃない。女だよ。清湖萌だから『きよし』」
相変わらず復活のはやい、ゾンビのような女妖怪である。
変な興味を持ち始めているところだが、生憎きよし、清湖萌は女である。
てっきりそういえばすぐに興味を失うはずだと思ったが、意外にも薔薇蔵さんはふむふむと顎をさすって何か考え込むような表情を見せた。
「……ちょっと待ってくれ。もしかして、君達五人で来て、男の子は二人だけで、その二人ともが私のナワバリに入ってきたって訳じゃないよね?」
「これ以上男子はいないからな。変な期待しても無駄だぞ」
これ以上付き纏われても迷惑なので、はっきりと真が告げると、薔薇蔵さんはすくりと立ち上がり、真面目な表情でぽつりと言った。
「まずいよそれは。君達、女の子だけで放ったらしにしてたのか。いや、その中の一人に嵌められたって言ってたね。つまり、そういうことか」
「待て、まずいってどういう事だ? いや、そもそもお前……」
真が気づく。
「どうして、俺達が五人だって分かった?」
思い返せば薔薇蔵さんは、真達が来る事に気づいているようだった。
男子トイレに潜んでいた変態女というイメージが強烈すぎて見逃していた。
今更かい、と若干イラっとするやれやれというリアクションを見せて、薔薇蔵さんはちょいちょいと自分の肩を叩いた。
すると、バサバサとカラスが飛んできて、薔薇蔵さんの肩に止まる。
「こいつが連絡係、私達『越戸高校七不思議』用の連絡網だ。君達が学校に忍び込んだ事は、既に『夜子』にバレてるよ」
「夜子? 夜子って、『夜子婦人』ってやつか」
「知ってはいるか。あいつはヤバイぞ。私とは比べ物にならない」
薔薇蔵さんがヤバイというと、相当ヤバさが伝わってくる。
さすがの真もごくりと息を呑んだ。
「ヤバイって、お前以上の変態なのか」
「いや、そうじゃない。いや、そうとも言えるのだが……あいつは私や他の七不思議と比べて、『七不思議として真面目過ぎる』んだよ」
「七不思議に真面目とかあるのか」
「あるさ。私達七不思議の本分は、その学校で暮らす生徒達を『怖がらせる事』にある」
怖がらせる事、本分全無視の七不思議が真面目な表情で言ったそれを『真面目に』実行する七不思議……それを聞いた瞬間、真は急いで駆け出した。慌てて忠が後を追い、何故か薔薇蔵さんも後をついてくる。
真は知っている。
少なくとも一人、そういったものと遭わせてはいけない子がいる、と。
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「清湖さん……やっぱりまずいよ。遠野くんと佐々木くんを置いてくなんて」
「大丈夫だよゆうこりん! あの二人なら、やれる!」
二人がトイレに入った瞬間、萌はすぐさま言い出した。
私達は別行動しよう!
ゆうこも瓜子も揃って止めたが、聞かずに二人の手を引いて、萌はとっとと移動してしまった。
忠の予想通り、彼女にはひとつのロクでもない狙いがあったのである。
彼女が瓜子とゆうこを誘い、この肝試しを企画した理由とは……!?
(邪魔者は排除できた……これで、うりりんにキャーキャー言わせる事ができる……!)
清湖萌の作戦とは!?
実は怖がりである天野瓜子を肝試しに誘い、怖がってキャーキャー言わせて、自分に飛びつかせる事なのだ!
よく一緒にいる真と、ホラー系に耐性が強そうな設定のゆうこを誘ったのは、彼女に安心感を与え、誘いやすくする為なのである!
なんか恋に飢えている浅はかなおバカ男子の考えそうな、吊り橋作戦により、彼女は最近お気に入りの瓜子さんを自分に抱きつかせようと画策しているのである。
しかし、ここで誤算が生じる!
真っ先に瓜子が頼りにしそうな男衆を男子トイレに向かわせ、男子チーム、女子チームに分断したまではよかった。そして予想以上に怯えた様子の瓜子の反応もよかった。今も怯えた子供のように、袖をぎゅっと握って、後からちょこちょこついてくる。
しかし、袖を握る相手は原石ゆうこである。
(私よりゆうこりんを頼りにするとは……!)
そりゃ、見えちゃう系の方を頼りにするのは当然か……と萌は歯噛みする。
そもそも萌に頼る要素が欠片もないという理由が大きい事には気づいていない。
ずかずかと進む萌の手が、後ろからぎゅっと握られる。お、と期待に振り向くと、相手はゆうこだった。
「清湖さん。やっぱりやめた方がいいよ。遊び半分で関わろうとしたら、絶対に酷い目に遭うよ」
「遊びのつもりはないよ! マジで私は真面目に来てるよ!」
「でも……本当に今日は引き返した方がいいかもしれない。柏谷先生も気づいてないけど、今日はちょっと『空気』が違う」
真面目な声色でゆうこが言う。
「空気?」
「うん……中に入った時は違ったの。けど、中に入ってしばらくしてから空気が変わった。多分、私達が学校に入った後に、清湖さんの言ってた『七不思議』とはまた別の……『何か』が学校に入ってきてる」
「何か……?」
「何かって……なに……?」
瓜子が震える声で尋ねる。そんな彼女の手をそっと握り、ゆうこがぽつりと「大丈夫」と呟いた。
恐らくは今まで、瓜子をあまり怖がらせないように黙っていたのだろう。
それでも彼女が今、それを言った理由とは。
「ごめん。入ったうちは大丈夫だったけど、『それ』が入ってきてからは本当に、だめ。できればこのままみんなを怖がらせずに終わらせられたらと思ったけど、本当にだめなの。早く遠野くんと佐々木くんのところに戻って、帰ろう」
切羽詰っているのだ。
ゆうこの言う「何か」が、それ程に危ういものであるという事なのである。
萌はうーん、と少し考える。
というのも、彼女はゆうこが「見える」という事をバカ正直に信じているのだ。
彼女の忠告を真実と受け止め、萌は前の方を向いた。
「……あれ? あれってなに?」
萌の声に合わせて、ゆうこと瓜子が前を見る。
ぽん ぽん ぽん ぽん
ぼ ぼ ぼ ぼ
奇妙な音、というより声は不規則に響いていた。
男とも女ともつかぬ、奇妙な声を発する何かは、全身真っ黒で、しかし夜の校舎の中でも何故か浮かび上がるように光って見えた。
手足はない。まるで黒い布をかぶった、チープなお化けの仮装のようだが、その大きさが異様である。
二メートルはあろうかという長身と、軽自動車かと思うほどの幅を持ち、黒い体をずるずると引きずるように動いている。
ねちゃり、ねちゃり、と不気味な音を立てながら這いずるそれは、ゆっくりと目の前の廊下を横切っていった。
ゆうこは見た。
かつて見たことのある奇妙な怪異がつけていた、一目見ただけでぞっとする仮面。
凸凹とした、歪な女の泣き顔を現したかのような不気味な仮面。
それと全く同じものを、黒い何かはつけていた。
瓜子がへたりと腰を落とす。
ガタガタと震えて、目を潤ませて口に手を当てている。
彼女にも見えている。
目の前を横切り消えていった黒い何かを震えながら見送ってから、ゆうこは確信した。
あれは、触れてはいけないものだ。
震えてへたり込む瓜子に身を寄せ抱き寄せる。怖がらなくてもいい、という励ましでもあり、自身の震えを抑えるための行動でもあった。
声を押し殺して、ゆうこは一人立ったままの萌を見る。
彼女に怯えた様子はない。
「今のって……」
萌はハッとした。
「もしかして夜子婦人!?」
「何を見てたの!? 婦人って見た目じゃないでしょ!?」
萌はうっひょー! と聞く耳持たずでウキウキしている。
「本当にいたんだ! やっほい! ちょっと挨拶してくる!」
「駄目ッ! あれに見つかったら……!」
言い聞かせる間もなく、萌は一人駆け出していた。
不味すぎる。
いくらなんでも『アレ』は学校なんかに居ていい怪異ではない。
止めなければ。あのアホを。
ゆうこは瓜子の肩を持ち、言い聞かせるように強く言う。
「天野さん。私、清湖さんを止めに行く。一緒に来たら危ないから、お願い、少しの間待ってて」
「ひ、一人で……? む、無理! 私も一緒に……」
「大丈夫! あれ以外に害のあるものはここにいないから! ここに隠れてて!」
そばにあるのは三年生の教室。そこを開いて、ゆうこはよたよたと歩く瓜子を案内する。
「天野さん。机の下でもいいから、どこかに隠れてて。絶対に声を出しちゃ駄目。私が来るまで絶対にじっとしててね」
机の下に瓜子を押し込み、ぶるぶると震える肩をぎゅっと握り、ゆうこは立ち上がる。
置いていかないで。
そんな声も搾り出せずに、膝を抱えて、膝に顔をうずめて、瓜子はふるふると震えていた。
その小動物のような姿を見て、ゆうこは尚更責任感を感じて、気合を入れる。
私がなんとかしないと。
「すぐ戻るから。大丈夫だよ」
瓜子がそっと顔を上げる。泣きそうだった目には既に涙が浮かんでいた。
頭をぽんと撫でて、ゆうこは萌と『あれ』の後を追おうとする。
「まって……」
瓜子の掠れた声がした。
呼び止められても行かなくてはならない。そう言おうとしたゆうこに、瓜子は胸ポケットに手をいれたあと、そこから取り出した何かを差し出した。
それは小さな巾着袋。
「これ……持ってって……御守り」
不思議な気配を宿したそれが、とんでもない加護を宿したものだということは、ゆうこにはひと目で分かった。それを持っていれば、黒い何かに出会ったとしても危険を回避できるかもしれない。そう思えるほどに凄まじいものであった。
「ダメだよ。天野さんが持ってて」
「ううん……だって、原石さん、あの……『目のおばけ』のとこ、いくんでしょ……原石さんが、持ってて……」
『目のお化け』、というのに若干引っ掛かりを覚えたが、力強く御守りを押し付けてくる瓜子の気遣いに、ゆうこは苦笑し答えた。
「……うん、ありがとう。すぐに戻るから」
急ぐ必要がある。そして確かに一番危険なのは、黒い何かに近づく自分の方である。
思いのほか強い力で押し付けてくる瓜子の気遣いを、ゆうこは素直に受け取る事にした。
「気を付けてね」
泣きそうに、どころか既に泣きながら言う瓜子に優しくほほ笑みかけて、ゆうこは一人夜の校舎に駆け出した。
教室の扉がしめられる。ゆうこの姿が見えなくなって、瓜子は膝に顔をうずめた。
怖くなんてない。怖くなんてない。
そう唱えながら時間が経つのを待つ。
どれだけの時間が経ったのか、顔を伏せた暗闇の中では分からない。
「天野さん! 戻ったよ!」
ゆうこの声がした。
どきりと一瞬心臓が跳ねたが、無事にゆうこが戻ったことに、安堵し、目に涙を浮かべたままに、笑顔で瓜子は顔を上げる。
『教室のドアを開けた音』が、一切しなかった事になんの違和感も持たずに。
机の下を覗き込むように、黒い闇に浮かび上がる青白い顔があった。
「 こ ん ば ん 」
ゆっくりと喋る青白い女。
訳が分からず凍りつく瓜子の目の前で、
「わっ!」
黒い口が一気に耳元まで裂けた。
何やらちょっぴりシリアス展開?
黒い何かの正体は? 女子三人の運命は?
まだまだ続く七不思議編。