その3 『天邪鬼の瓜子さん』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
取り敢えず荷物を置いて、真はふむ、と胡座をかいて腕を組む。
「さて、これからどうしたものか」
『荷物整理は?』
「いや、それはぱぱっと終わらせるが、問題はアレだ」
『あれ?』
「ご近所挨拶だ」
真は生まれてこの方引っ越しなどしたことがなかった。ちなみに彼の両親も同様である。故にその時の勝手がいまいち分からない。
「どうしたものか」
『適当にアパートの部屋全部回ればいいんじゃね?大した数もないし。それでよろしく~とでも言っとけ』
「それでいいのか?」
『それでいいんだよ』
「何か粗品でも持ってかなくていいのか?失礼じゃないか?」
『失礼じゃねーっての。いいか?こういうのが人付き合いのテクってもんよ。こういうのは物なんて持たないで回るんだよ。その時に笑顔でよろしくと返してくれる人は良い奴だ。積極的に付き合え。この時に『土産もねーのかコノヤロー』みたいな顔をするのは嫌な奴だ。そいつからは嫌われて丁度いい。付き合うな』
守護霊ヒカルの不安残るアドバイス。真は疑わしい目を背後に向ける。
「そんなの許されるのか?感じ悪くないか?」
『大丈夫大丈夫。俺を信じろ』
ヒカルは適当にそう言った。ちなみになんの根拠もないことなのは、ヒカルの胸の中にだけある秘密である。しかし、まぁ、こんな守護霊でも、恩恵を大いに受ける真にとっては大きな存在。彼はまんま彼の言葉を信じる事にした。実際に騙されながらも自体が良い方に転がる事が多いのが尚更彼の信頼を築いていた。
「よし。じゃあ、荷物が届く前にぱぱっと挨拶行くかー」
『いけいけー』
適当なヒカルの後押しを受けて、真はよっこいしょういちと腰を上げる。ちなみにヒカルの人付き合いテクニックはなんの根拠もないことなので、間に受けていけません。正しい礼儀作法は、しっかりとした大人の人に聞きましょう。
真とヒカルは205号室の扉を出る。そこできっこさんから鍵を貰ってないことに気付く。しかし、まぁ挨拶がてらに行けば良かろうといった軽い感覚で部屋をそのまま出る。挨拶回りなので、其処まで時間を取らないだろうという算段だ。
そして二人は、まずはお隣、二階の端っこ206号室のインターホンを鳴らす。しかし、反応は無い。留守なのだろうか、と二人はすぐさま諦めて、204号室へと向かう。実際に既に202号室と203号室が留守なのは分かっている。まあ、みんな暇ではないのだろうと特段不自然には思わない。
続いてお隣204号室。ヒカルの『お隣さんは多少丁寧にな』という助言をしっかり受けて、大してコミュニケーション嫌いでもないそこそこフレンドリーな真は躊躇いもなくインターホンをぽちっと押した。ぴんぽーん。
がちゃり。はい。どちら様でしょうか。
「隣に越してきた遠野です。ご挨拶に参りましたでござる」
『おい真!ござるはやめろ!』
「え?東京の標準語ってこうじゃないのか?」
『あれは冗談で言ったんだ!間にうけんな!』
「おい、どうすんだ。もう言っちゃったぞ」
『……誤魔化せ!』
このやり取り、僅か0.2秒。なんで変身中に攻撃されないの?という仮面ラ○ダー理論である。
「ご、ござそうろう……」
『誤魔化せてない!』
は、はい……今出ます……
「……おい、若干引いてるぞ!お前のせいだ!」
『お前が馬鹿なのが悪い!』
がちゃり、と扉が開く。インターホン側には『天野瓜子』と名前が書かれていた。女性の一人暮らしらしい。
顔を覗かせたのはひとりの少女。見た目、真と同い年くらいの女の子だ。
「……」
無言である。黒いセミロングヘア、化粧もしてない飾りっけのない女の子。じろりと睨むその瞳は鋭く気の強そうな印象を与える。扉の僅かな隙間から見える僅かな情報である。まるで警戒するかのように、女の子は扉を僅かに開いてじろりと目を光らせていた。
「あ、あのー。こんにちは。遠野真です。今年から高校一年になります。よろしく」
真は年が近いと予想してか、少し柔らかく挨拶した。すると女の子はぎらりと目を光らせて、バタン!と勢い良く扉を開いた。
「べ、別に年が同じで、しかも同じ高校に通うことになる子が隣に越してくると知ってたから、友達になれないかなぁ、とか、ワクワクしてたわけじゃないんだからっ!」
……な、何を言っているんだこの娘は?
真はごくりと息を呑んだ。
ばっと姿を現したのは、びしっと制服を着こなした女の子。セミロングヘアのてっぺんには、なぜかちょんまげのようにゴムで纏めた毛がぴょんと立っている。結構細身、スレンダー。ヒカルはやっぱり『おお』と声を漏らした。
『いいじゃないか。ちっと芋臭いが、いいじゃないか。スカートとニーソの間の絶対領域がいいじゃないか』
「なんでこの人は制服を着てる?それになんでかお前が来ることなど楽しみではなかったみたいな宣戦布告をされたぞ」
『ふっ。分かってないな真。これはあれだ。「ツンデレ」だよ』
「つんでれ?それも東京文化か?」
『ああ。東京文化だ』
なるほど。東京では出会い頭に宣戦布告をするのか。と真はふむ、と頷く。東京文化はよく分からない。
「ご期待に添えずに申し訳ありません」
「え?え?べ、別にそういうつもりで言ったんじゃないけどっ!ま、まぁ仲良くするのはまんざらでもないかな~なんて……」
「え?仲良くしてくれるんですか?」
「仕方ないからだけどっ!」
何故、この娘はやたらと此方の言うことに何かこころなしか逆らっているのか?嫌われた?と真は少ししょんぼりする。
「あ。真くーん。そういえば鍵渡し忘れて……あれ?」
ドアの前に立つ真に、鍵をちゃりちゃり言わせながら、ピコピコとやってくるのは管理人のきっこさん。きっこさんはドアの前に仁王立ちする女の子を見て、にっこり笑った。
「あー、瓜子ちゃん、早速真くんと仲良くしてるんですねー。よかったー」
「き、きっこさん!?べ、別にいきなり馴れ合うつもりなんてないけどっ!」
「真くん、瓜子ちゃんは天邪鬼さんだから素直じゃないけど、とってもいい子ですよー。仲良くしてあげてくださいね?」
「天邪鬼?」
それも妖怪なのか?というより、このアパートの住人が妖怪ばかりだと今更思い出した真。余りにも人間っぽい人ばかりなので忘れていた。
目の前の普通の少女が妖怪?天邪鬼?なんだそれ?そんな感じで首をかしげる真に、ヒカルの助け舟。
『天邪鬼ってのは要はツンデレ妖怪だよ。なんでも反対の事を言いたがる捻くれものだ』
「そうか。さっきから言ってるのは習性なのか」
勝手に納得して、真はほっと一安心した。ちなみに天邪鬼はツンデレではない。ツンデレの定義はその手の道の人に聞いてみよう。
「まぁ、でも良かったよ。同じ学校の人が近くにいて。東京に来たばっかりで不安だったからさ。迷惑かけるかもしれないけど、よろしく。良かったら友達になってくれないかな~、なんて。迷惑かな?」
真は頭を下げる。すると、瓜子はむうと口をへの字に曲げて、胸をぐいっと逸らしてみせる。
「迷惑なんかじゃないけどっ!と、友達は居たって困らないでしょ!」
瓜子はぽわっと頬を赤くしてふんと鼻を鳴らした。素直じゃないというか、何かよく分からない子である。しかし、悪い子ではないな、と真はほっと一安心して微笑んだ。
「これからよろしく」
「よ、よろしく」
「じゃあ、僕、これから挨拶回りに行くんでこれで」
「え?もう行っちゃうの?」
「ん?」
「え、う、ううん。なんでもない……」
「じゃあ、また後で」
真はひらひらと手を振って、きっこさんと話しながら204号を離れていく。ぽかんとドアの前に立ち、それを見送った瓜子はばたりとドアを閉じ、背中を寄りかけむすっと口を尖らせた。
わざわざ同じ高校アピールの為、どんな格好が恥ずかしくないか分からないので越戸高校の制服を着込んだ。胸ポケットから会話の内容を予想して纏めたメモ帳を取り出しパラパラ捲る。一切、記載した台本の台詞を言えなかった。
部屋の奥、ちゃぶ台に置いたお菓子。沸かしておいたお湯。それら全てに意識をまわし、へたりと瓜子はしゃがみこむ。
「お茶くらい飲んでけばいいのに……」
しかし素直にそうは言えないのが妖怪天邪鬼なのである。
~本日の現代妖怪辞典~
【天邪鬼】
何にでも逆らうツンデレ(?)な妖怪さん。鬼なので角が生えているようです。でも、最近は角も退化してきた天邪鬼もいるとか?何かと人と反対の意見を言うし、素直な気持ちを言えないので誤解されがち。だけれど基本、純粋な人(鬼?)が多いのです。鬼だから勿論腕っ節は強い。そして人を引き込む妙な魅力が能力だそう。その本心でない言葉に乗って、失敗する人もいるとかいないとか。でもそれは自分の責任ですよね。自分の意思はしっかり持ちましょう。
※これは現代妖怪辞典です。実在の妖怪とは何ら関係はありません。本当の天邪鬼はこんなんじゃないよ!
天邪鬼の瓜子さん。少し素直じゃないけれど、本当は優しい良い子ですよ。一人暮らしの新高校生です。