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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第二部『新学期、新しいせいかつ』
29/48

その29 『男子トイレの薔薇蔵さん』

★注意★

良い子も悪い子も、真似しないでね!



 三階男子トイレの一番奥。

 普段は張り紙がしてあり使用不可とされている……らしい。

 らしい、というのは今年入学の真達、一年生の教室が一階にあり、三階まで上がる機会があまりない為、今まで特に気にしたこともなければ見る機会などそうなかったからだ。

 先輩から萌が調査したという男子トイレの入口に立ったところで、萌がぐっとガッツポーズをした。


「じゃ、まこちん、チュウ、ファイトっ!」

「やっぱ俺たちが行くのか」


 忠があからさまに嫌な顔をしたが、しかしここは男子トイレである。

 いくらなんでも女子を引きずり込むわけにはいかない。


「行こう、忠。とっとと写真撮って戻ろう」

「はは、まぁ、男子トイレに潜む花子さんが本当にいたら、な」


 苦笑いする忠だったが、思いのほか真面目な表情でカメラを手にする真を見て、少し違和感を感じた。

 まるで本当に何かがいると思っているような……

 その違和感を後押しするかのように、『見えちゃう系女子』ことゆうこが不安げに口を開いた。


「気を付けてね」


 原石ゆうこ。見える人。

 最初はちょっとした冗談なのかと忠は思っていた。しかし、今こうした場所にいると、彼女には奇妙は『説得力』があった。まるで何かを感じているような落ち着きのなさや警戒ぶりに、忠も気づいている。

 腹を決めた方がいいのかもしれない。ゆうこの気遣いの言葉は、ほんの少し、そういった世界に縁のない忠の気を引き締めるのには、十分な一言だった。こくりと頷き忠が真と顔を見合わせる。


「行こう」


 男子トイレの扉を押しあけ、真と忠が『彼女』の領域へと踏み込んだ。




   ----




 一番奥のトイレの前には張り紙がひとつ。


『使用禁止』


 何故使用禁止なのかは書いていない。

 萌いわく、『花子さんにトイレに引きずり込まれて怪我をした生徒がいるから』。

 真新しい白い紙は、何故か隅の方が黒ずんでいた。焼けて焦げたかのようにも見えた。


 花子さんの呼び出し方は簡単。


 まずはノックを三回。真が扉を叩く。

 そして呼びかける。


「はーなーこさん、あーそびーましょ」


 本当に、それだけ。

 これで本当に花子さんは現れるのか。

 ごくりと息を呑み、忠が扉を見張る。


「はぁい」


 存在を疑う間もなかった。すぐに女の声が扉の中から帰ってきた。

 本当に、いる。

 真がカメラを構え、忠は一歩後ろに下がって身構える。

 これが花子さん、幽霊や妖怪といった類のものなのか。そうでなくとも、こんな時間に女の子が男子トイレに入っているなど有り得ない。……いや、こんな時間でなくても有り得ない。

 ぎぃ、と扉がゆっくりと、ひとりでに開く。


 そして、彼女は堂々と姿を現した。


 前髪は斜めに流れて左目を隠す。

 藍色の瞳が佇む右目は切れ長で、目の下には色濃い隈が刻まれている。

 赤いスカートにダボダボのワイシャツを着た、小柄な少女がにぃと笑った。


「よく来た若人。連絡網が来た時はまさかと思ったが、本当に来てくれるとはね。歓迎するよ」


 先ほどトイレから聞こえた声とはうって変わり、少しハスキーな大人びた声で、少女は言った。

 きょとんとしている真と忠。

 すると、おっと、と額に手を当て、首を横に振って花子さん?はHAHAHAと笑った。


「失敬。自己紹介がまだだったね。私は所謂『トイレの花子さん』。本名を『花鳥嵐かちょうらん 薔薇蔵ばらぞう』という。以後お見知りおきを」

「え、いや、ちょっと待って。ほ、本名? 花子さんが本名じゃなくて?」


 おやおや、とキザったらしくフッと笑い、花子さん?は胸に手を当て斜め上を見上げながら得意げに目を閉じる。


「じゃあこう言えば分かるかな。私の種族は『トイレの花子さん』。その花子さん一族の一人である私の名前が花鳥嵐薔薇蔵ということだ」

「トイレの花子さんって種族なの!?」


 忠が聞き返せば、花子さんの薔薇蔵は「YES!」と指で銃の形を作って「BAN!」と腕を上に振り上げた。


「なんか新しいタイプのウザキャラだな」

「ま、まこっちゃん。初対面の相手にいきなり辛辣な」

「威勢がいいな若人。まぁ、よきかなよきかな。大目に見よう」


 忠は真を抑えつつ、実は同じことを思ってたりする。

 しかし、それにしても、この花子さんにはツッコミどころ満載なので、順に片付けていく事にする。


「あ、あの……ここ、男子トイレですよ」

「承知している」


 爽やかにフッと薔薇蔵が笑った。


「……薔薇蔵ってことは、男性ですか?」

「失礼だな君は。どう見ても女性だろう」


 おいおいと眉を下げて、「HAHAHA!」と薔薇蔵が笑う。


「まぁ、男っぽい名前かも知れないか。実は父が私が生まれる前に、どうしても『薔薇蔵』という名前をつけたかったらしくてね。頑固者の父で、生まれてくる私が女であると分かったあともゴリ押しで薔薇蔵と名付けたんだ」

「そのエピソードはどうでもいい」

「まこっちゃん、おさえておさえて……」


 真が結構イラついているのが分かる。

 しかし、確かに名づけのエピソードとかどうでもいい。忠も若干イラついてきた。


「いや、だからここは男子トイレで……」

「承知している」

「薔薇蔵さんは女性で……」

「うむ、その通りだ」

「なんであんたが男子トイレにいるんだよってことだよ」


 真がキレ気味に言った。

 既に真は目の前の不審者を悪霊扱いし始めているので風当たりがやたらと強いのである!

 それでも動じない薔薇蔵さん。


「それを聞くかい? やれやれ、仕方がない若人達だ。だが、まぁよしとしよう。ここまで私と話してくれた客人も久しぶりだ。特別だぞ」

「巻きでお願いします」


 忠も若干疲れてきたのか、真顔でやたらと冷たく言い放つ。

 しかし、動じない薔薇蔵さん。無神経なのか、メンタルが強いのか、どちらにせよ相当鬱陶しい。


「確かに私は女だ。そしてここは男子トイレだ。男が使うトイレだから、当然女である私は女子トイレにいるべきだね。大体の花子さんは女子トイレに出る。正解だ」

「その手でピストル作るのやめろ」


 しかし、ようやく要点が伝わったので話が進む。


「私が男子トイレに出没するのには深い理由があってだね……」


 深刻そうに口元に手を当てて、考える人のポーズを取る薔薇蔵さん。何か特別な事情があるのかと、忠の彼女を見る目が少し変わりかけたその時。


「男性の、特に男子高校生の臀部でんぶにそこはかとなく興味があるんだ」

「……ん?」

「男性の、特に男子高校生の臀部にそこはかとなく興味があるんだ」

「いや待て、お前何言ってる」


 おっと、とぺしんと額に手を当てて、ウインク混じりに薔薇蔵さんがぺろりと舌を出した。


「男子高校生のお尻にそこはかとなく興味があるんだ」

「そこじゃねぇよ」


 別に臀部の意味が分からないという訳ではない。高校生舐めんな。

 ほんのり薄紅色に染まる頬に手を当て、薔薇蔵さんはとろりとした声で言う。


「カチカチとモチモチの中間くらいの、大人の階段を昇りかけの、男性のケツに興味が」

「そこはお尻に戻せ。あと詳細情報を求めてる訳じゃない」


 む、と眉根を寄せる薔薇蔵さん。


「じゃあ一体……? まさか、私がド直球の変態であるが故に男子トイレに潜伏していることにケチをつける訳じゃあるまいな?」

「そのまさかだよ!」

「えー……」

「『えー……』じゃねぇよ! こっちが『えー……』だよ!」

「忠、一旦落ち着こう。あんまりそいつに近寄らない方がいい」


 今度は逆にすごい勢いでツッコミに回る忠を真が止めに入る。


「もう、とっとと写真撮って出よう」

「おい写真はやめてくれ。肖像権の侵害だ。警察を呼ぶよ」

「そしたらお前が捕まるだろ」

「……ぐう……!」

「ぐうの音は出るのか」


 薔薇蔵さんは少し考えるフリをした後、やれやれと首を横に振ってにやりと笑った。

 いちいち挙動が鬱陶しい。


「参ったね。仕方がない。写真くらい撮らせてあげよう。ほら、えーっと……真くん、だったかな? こっちにおいで」

「え、なんで」

「写真を撮るんだろう。ほら。横に並んでさ。忠くん、カメラお願い」


 なんか真とツーショット写真撮る気である。

 真がすごく嫌そうな顔をして、すっと一歩後ろに下がった。


「いや、別にあなたを写真に収められればそれでいいんですが」

「記念だよ。花子さんと写真を撮れるなんて機会、滅多にないよ?」

「お前に近づきたくないんだよ」


 おいおい、と鼻で薔薇蔵さんは笑う。


「よしてくれ。確かに私は男子高校生のお尻に並々ならぬ興味を持っているが、セクハラが犯罪であるってことくらい自覚しているよ。タッチはしない。だからこそ、トイレでじっと見つめるだけで我慢してるんじゃないか」

「それも犯罪だよ」


 真は鼻で笑った部分に本気でイラっとした。


「真くんが一緒に入ってくれなきゃ写真は撮らせない。勝手に撮ろうものなら、力づくでもそのカメラを破壊する」


 本当にこのド変態と写真に写るのが嫌だったが、相手は力の未知数な妖怪である。流石に人間が喧嘩を売れる相手ではない……かもしれない。

 今日は忠も、外には女子三人もいる。無茶をして、危険にさらすこともない。

 真は深くため息をついて、薔薇蔵さんに歩み寄った。忠が「まこっちゃん」と呼び止めたのを手で制し、薔薇蔵さんに並び立つ。


「忠、頼む」

「君は素直ないい子だ。よし、じゃあ笑って笑って」


 ギリギリまで距離をとっていたのに、傍に寄ってくる薔薇蔵さん。怖い。

 忠はさっとカメラを構え、早く真を解放しにかかる。

 そしてシャッターは切られた。


「はい、チーズ」


 さわっ。



 パシャっという音よりも、そんな擬音が真の脳内に響き渡った。

 シャッターを切るその瞬間、真の背筋を寒気が走った。

 パシャっと暗いトイレのなかで光が灯って、再び暗闇が訪れる。

 すっと横を向いた真に、薔薇蔵さんはにんまりとして、頬を赤らめた。


「……やっぱり、好みのタイプだ」








 真と忠が去った三回男子トイレには、便座に顔を突っ込んだ、不審者女の姿だけが残されていた。







~本日の現代妖怪辞典~

【トイレの花子さん】

言わずと知れた学校の怪談の花形(花子さんだけに)。

どこに行っても「花子さん」と呼ばれるのは、実は彼女が「花子さん」という種族だったからなのです。

中には男子トイレに隠れちゃう問題児もいるけれど、みんながみんなそんなことするわけじゃないから誤解しないで頂きたい(某花子さん談)


※これは現代妖怪辞典です。実在の妖怪とは何ら関係はありません。本当の花子さんはこんなんじゃないよ!



久しぶりの現代妖怪事典。そしてド直球のド変態、花子さんの薔薇蔵さん(ややこしい)登場。ド変態だけれど、実は中性的でちょっぴりイケメン女子という設定どうでもいい

ちなみに、本作では珍しくないウザキャラの一人。

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