その28 『越戸高校七不思議(後編)』
「やってきました肝試し!」
テンションアゲアゲで萌が腕を振り上げ夜の校舎に咆吼した。
「イヤッッホォォォオオォオウ!」
「静かにしろ」
ごちんと頭を打つゲンコツに、ぐぇっ、と濁った声を出して、萌は頭を摩りながら振り返った。
「何すんの柏谷先生ぇ!」
「夜なんだから騒ぐな。ご近所迷惑だ」
真と忠、瓜子さんとゆうこ、全員が呆然と意外な参加者を見つめる。
忠がうーむ、と最初に尋ねた。
「どうしてまた柏谷先生が。もしかして、肝試しに許しを出してくれたのは柏谷先生なんですか?」
痩けた頬の痩身教師は、じろりと萌を一瞥すると、「ああ」と短く返事した。
「この手の『問題児』は、許可を出さなくても勝手に潜り込むからな。いっそ許して見張ってた方が問題にならない」
「……こんな時間までお勤めお疲れ様です」
「……分かってたら清湖を止めてくれ。……いや、無理か」
既に問題児認定されている萌。どうやら柏谷先生からすると、その他四人は付き合わされているだけの被害者扱いらしい。頭を抱えて深くため息をつくと、柏谷先生は門を開いた。
「いいか。満足したら校門に集合だ。全員家まで送るから、勝手に帰ったりするなよ」
珍しい先生もいたものだ、と生徒全員が驚いている。
こんな夜中の生徒の遊びに付き合い、わざわざ家まで送り届けるまでしてくれる。
いい先生、かというと、そもそも夜の学校に入る事を許してはいけないのだから、違うような気がするが、「人がいい」先生ではあるのかも知れない。
迷惑をかけて申し訳ないと思い始めている四人の心中など知ったことかと言わんばかりに、萌が「ハイっ!」と威勢のいい返事をした。
「……まぁ、一度『夜の越戸』に入れば二度と肝試しをやりたいとは思えなくなるからな」
ぼそりと柏谷先生が怪しい一言を発した。え、と生徒達。
「高校生なんざ言葉で言い聞かせるよりも、身体に覚えさせるのが早いだろう? 指導がたった一回で済む。それが、わざわざこんな夜中にお前達の面倒を見てやる理由だ」
ふらふらと校舎に向かって歩きながら、怪しすぎる笑みを浮かべて、柏谷先生が振り返った。
やっぱりただの人のいい先生という訳ではないらしい。
最後に先生は「いいか、絶対忘れるな」と念を押して、生徒たちに助言を与える。
「本当にやばいと思ったら、大声で『柏谷先生ごめんなさい』と言え。そうしたら、すぐに駆けつけてやる」
怪しい一言と共に、夜の越戸高校の扉が開かれた。
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「全く柏谷先生もあんなに脅かしてくれちゃって!」
ふふふ、と楽しげに笑う萌。どうやら先ほどの柏谷先生の忠告やらをすべてジョークだと思っているらしい。そんなことよりと、懐中電灯二本とインスタントカメラふたつを取り出して、「注目!」と大きく一声、懐中電灯の明かりをつけた。
「今日の目的は、『越戸高校七不思議を激写すること』! そのために、七不思議の全容を知らない君たちに、私が詳しく情報を教えてしんぜよう!」
今度は瓜子さんも耳をふさがずに、萌が語りだす『越戸高校七不思議』に耳を傾ける。
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七不思議その一。
夜遅く、『美術室』で蠢く白い影。それは『歩く彫像』。
七不思議その二。
夜な夜な『音楽室』に響く、笑い声と靴の音。それは『ダンスマン』。
七不思議その三。
『三階男子トイレ』に潜むもの。ノックをすれば「はあい」と返事。それは『トイレの花子さん』。
七不思議その四。
『校長室』に座る夜の越戸の支配者。七不思議の王様。それは『紫校長』。
七不思議その五。
『廊下』を彷徨う自由人。彼女は何を探すのか。それは『夜子婦人』
七不思議その六。
『廊下』を這いずる赤い妖怪。見つかれば最後。それは『ちだるまさん』
七不思議その七。
誰も知らない七つ目の不思議。七不思議すべてを見た者が出会える最後の謎。
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得意げに語り終えた萌に対して、真が手を挙げた。
「いやちょっと待て」
「なんだいまこちん?」
「変なのいたぞ」
「ん? ……夜子婦人?」
「違うそれじゃない」
ん?と首をかしげる萌。
夜子婦人がどんな人か分からないが、一度謝ったほうがいい。
「なんで花子さん男子トイレに居るんだよ」
「……オカマなんじゃない?」
「その時点でだいぶ怖くなくなったんだが」
「いや、ある意味怖くない?」
萌が真顔で返してきたので、真は思わず「うん」と頷いた。
しかし、男子トイレの花子さんを除けば、割とそれっぽい場所に、それっぽい感じのオバケ?が出るみたいである。七不思議なのに七つ目が謎なところもそれっぽい。
「んじゃ、チーム分けするよー! 男と女に分かれろー!」
「え、男と女で分かれるのか?」
忠が聞き返すと、え、と真顔でやっぱり萌が返した。
「いや、私達は男子トイレ入れないでしょ」
「え。あ、うんそうだな。……え、俺達が花子さん担当?」
「違う違う。『花子さん』と『夜子婦人』と『ちだるまさん』がまこちんとチュウの担当」
「お前、面倒くさそうなの押し付けてるだろ!?」
「だって、三階行くんなら一階の校長室も美術室も音楽室も遠いでしょ」
「お前、そういうとこだけ真面目な答え用意するのやめろ」
自分は出現場所固定の楽そうなやつを選び……『廊下』という非常にアバウトな出現位置の七不思議を両方、しかも明らかに浮いている男子トイレの花子さんを押し付けてきている。
なんだかんだでちゃっかりしている。
「でも、女子だけってのも心配だな」
真がさらりと言ってのける。おお、と忠が尊敬の眼差し。
するとはっと口を押さえて、萌が目を光らせた。
「え、やだ……もしかして、まこちん、私のこと……」
「全員で行けばいいだろう別に」
「スルーしないで」
うるさいのにはポルターガイスト以上に煩い地縛霊で慣れているので、真のスルーっぷりもなかなか板についてきている。敗北仕掛けた萌だったが、すぐにいやいやいやと首を大きく横に振った。
「ダメダメ! 五人なんて大人数じゃ出るもんも出ないって! 三人と二人! これ、譲れないから!」
「お前やけに必死だな。……また何か企んでるだろ?」
長い付き合いの忠だから分かる、萌の不自然な行動。
見抜いたような忠の目から目をそらし、口を尖らせ口笛を吹き出す、余りにもわかりやすい萌。
「た、企んでる? べ、べべべべ別に何も企んで、な、ないよ?」
クロだ。全員丸分かりである。
「よし、みんな帰ろう」
「ちょちょちょちょちょ! 分かった! 分かったから! みんなで行けばいいんでしょ!」
ようやく観念した萌を全員がじろりとひと睨み。バツが悪そうにあははと引き笑いをした萌は、おほんと咳払いを一つ、自分主催のイベントを取り仕切る。
「じゃあまずは面倒くさそう、かつ場所が固定のやつからかたしちゃおう!」
萌がたっと前に踏み出し、上へと上がる階段を指差す。
「目指せ! 『三階男子トイレ』!」
いきなり地雷臭のする辺りから踏み込むと聞き、最初からブルーだった瓜子さんだけでなく、真と忠もみんな揃ってゲンナリとした顔をした。
ただ一人、階段を駆け上がっていく萌を身もせずに、じっと廊下の先を見つめるゆうこを除いて。
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黒い日傘をくるりと回して、曲がり角に身を潜める黒い貴婦人。
「危ない危ない見つかるところでした。どうやら勘のいい子が一人居るようです」
黒いドレスの肩が動いた。
「夜子さん夜子さん。どうやら彼らは『夜子さん達』に会いにきたようだよ」
甲高い声で喋る肩……ではなく、黒い貴婦人の肩に乗るカラス。
貴婦人の逆の肩がもぞりと動くと、金色に光る目がぎょろりと貴婦人の顔を見た。
黒猫である。
「夜子さん夜子さん。そういえばもう新学期だわ。新しいお子様達が越戸にやってくる時期よ」
貴婦人は楽しげにくすりと笑う。
「どうりで。『粗方怖がらせ終わった』と思っていたのに、まだ身の程知らずがいるのかと、逆におどかされるところでしたよ」
カラスと黒猫もくすくすと笑う。
「夜子さん夜子さん。楽しそうだね」
「夜子さん夜子さん。そりゃそうだわね」
「そうですそうなんです。なにせ私の何よりの大好物は、子供の怯える顔なのですから」
ぶるりと身を震わせて、傘で顔を隠す貴婦人。
「ぞくぞくしますね」
そして、口を耳元までくぱあと開いて、貴婦人は笑った。
「夜子さん夜子さん。どうやらあの子ら三階男子トイレに行くみたいだよ」
「夜子さん夜子さん。それじゃああの子らが会いにいくのって」
「薔薇蔵ですね。そういえば男の子がいましたね。ご愁傷様です」
くるりと華麗に身を翻し、夜の貴婦人は廊下を歩く。
「ノワール、シュバルツ、連絡網です。『越戸高校七不思議』、総出撃のお知らせです。久々の生贄です」
カラスと黒猫がするりと貴婦人の肩から降りて、夜の闇の中へと消えていった。
「それでは、世にも恐ろしい、越戸の夜宴の開催です。主催者は私、『夜子婦人』でお送りいたします」
青白い顔に浮かぶ黒い隈を指できゅっとこすって、『越戸高校七不思議』のひとつ、『夜子婦人』が脅かしに来る。
前後編からさらに続くという長めのくだり。
怪しい七不思議、夜子婦人の登場です。
実は七不思議編とくくる一連のおはなしが、ちょっぴり重要だったりします。