その27 『越戸高校七不思議(前編)』
前後編ものです
越戸高校での生活にもそこそこ慣れた真と瓜子さん。
そんな二人にも、友人といえるかもしれないクラスメートができていた。
「まこちん、うりりん、ちちちわっすー!」
「あー、きよし。ちわわっす~」
ポニーテールにツインテール、どうしてふたつつけちゃった。
三本尻尾の不思議な髪型振り乱し、ワイシャツ姿のクラスメートが駆け寄ってくる。
制服を恐らくクラスで一番着崩している、ヨレヨレスタイル、もといラフスタイル。何故か靴下が左右で違うが、おしゃれという訳ではなく、単に間違えただけだという。
なんだか見た目も性格も騒がしい、『人間版地縛霊のレイさん』とも言うべき、こう見えて妖怪じゃない彼女の名前は『清湖萌』。自称、『萌の求道者』である。
適当に挨拶を返した真に対して、テーブルをつけて昼食に勤しむ瓜子さんは、おろろと慌てて加えていた箸を離した。
「うりりん、ちちちわっすー!」
「あっ……きよし……」
「もえちんって呼ぶやくそくー!」
あっ、あっ、とおどおどしながら、伏し目がちに手を挙げて、ぎゅっぱしながら瓜子さんはもごもごと声を発した。
「も、もえちん……ち、ちちわっす……」
言って瓜子さんの頬が一気に紅潮した。
ちなみに、今日の瓜子さんのヘアスタイルは三つ編みである。入学式翌日、気合を入れて今の萌の髪型と同じものをこしらえていったら、ひどく目立ってしまった為に、ある程度髪型は落ち着いてきている。(瓜子さんには、髪をやたらと飾り立てることがオシャレであると思っている節がある)
そして、それがきっかけで萌と瓜子さん、ついでに真が話すことになり、その時のヘアスタイルを萌が今、真似しているのだ。
次第にすぼんでいくてのひらと、丸まっていく瓜子さんを見た萌は……
「うっ! うっ……ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
爆発した。
「可愛いいいいいいいいいいいいいいッ! 別に、もえちんと呼んでとは言ったけどッ! ちちわっすしてとは言ってないのにッ! 律儀にやってくれてッ! しかもその後で恥ずかしくなっちゃうッ! やっぱり、うりりん、最っ高に、可愛いいいいいいいいいいいいいッ!」
「……っ!?」
ちちわっすは要らなかったという衝撃の事実と、わざわざ事細かに解説してくれた萌に、更に顔を赤くし、瓜子さんは涙目で顔を上げる。少しだけキッと鋭い目は、萌へのわずかながらの抵抗と、抗議の意思表示なのだろう。しかし、逆効果である。
「かはッ!? 睨んだッ! 可愛いいいいいいいいいいいいいッ! 抱きしめたいッ! 抱きしめてもいいよねッ!? 抱きしめようッ! むしろ結婚しようッ! うほおほおおおおおおッ!」
「やめろって」
ぎゅっと真が指をひとひねり。
「ぎゃあああああああああああああッ!? 指がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
悲鳴をあげても「また清湖か」という感じでスルーしだしているクラスメート達。普通の人間の癖に既に妖怪その他諸々からも一番の変人、というより変態扱いである。
真も似たような地縛霊を知っているので、容赦をしなくていい人種だと判断し、手加減はしない。
その背後から、萌の腕を後ろで縛り上げて、一人の男子生徒が呆れ顔でため息をついた。
「きよし。いい加減にしとけ。天野さん迷惑してるから」
「チュウ! 何で私の腕を縛るの!? 興奮するでしょ!」
チュウ、と呼ばれる男子生徒。本名は『佐々木忠』。さっぱりとした短髪と、実に人の良さそうな、ごくごく普通の好青年。れっきとした人間である。
小学、中学と萌と同じ学校に通っていたということもあってか、その対処もお手の物である。
本当に嬉しそうに「興奮する」発言をかました萌を、さっと解放し、何事もなかったかのように発言を無視するあたりもさすがである。
「毎度のことだけどごめんね天野さん。悪気はないんだ。頭が足りてないだけで。嫌だったらはっきり言ってやってよ」
「べ、別にいやって程じゃ……嫌だけど」
本当に嫌そうな顔で瓜子さんが目をそらす。天邪鬼も素直になるレベルで嫌らしい。
「えぇ~? 嫌なの? じゃあ、やめるっ! いくら『萌の求道者』たる私でも、嫌われて喜ぶドМ気質はないのだよ!」
「さっき縛られて興奮してたろ」
「冗談だって! あと、マジで痛いから指をひねるのはやめておくれよ遠野くん!」
しかし、引き際は弁えているようで、一応引くときは引く。
だからか瓜子さんもそこまで彼女を毛嫌いしている訳ではないらしい。
「ところでところで今日は用事があってきたのだよ!」
「断ってくれていいから」
忠の忠告する。察するにロクでもない事なのだろう。
しかし、一応聞いてみる。
「『越戸高校七不思議』って知ってる?」
七不思議、というよく聞くワードに、真は「ここにもそういうのがあるのか」程度の反応である。
しかし、一方の、自身がオカルト、妖怪天邪鬼の瓜子さんはというと……
「うりりん! 耳塞がないで!」
すごい形相で耳を塞いでいる。話を聞いて、と萌が腕を引き剥がしにかかる。
「すっげぇ力! びくともしねぇ! こんな細腕のどこにこんな力が!?」
流石は鬼。耳を塞いだ手が微動だにしない。それだけの力を持ちながら、何を怪談如きにそこまでビビっているのか。脇をくすぐられて、思わず腕を外した瓜子さんに、すかさず萌が問いかける。
「あれ? もしかしてうりりん、ビビってるん?」
再び耳を塞ごうとした瓜子さんだったが、そこでぴたりと動きを止めた。
「……ビ、ビビってないし」
「だって耳塞いでるじゃん」
「塞いでないし」
ぱっと手を耳から離す。
いや塞いではいただろうに、と真が心中で突っ込む。
そして、察する。
あ、これイカン流れや。
「実は越戸高校には、とってもこわ~い七不思議があるって先輩に聞いたんだよね~! ちょっと面白そうかな、って思ったんで! この『ホラーの求道者』である清湖萌! 実は今日の夜、調査……もとい肝試しをしようと思っているのです!」
萌がにやりと悪人の笑みを浮かべた。
「うりりん、まこちん、一緒に、いこ?」
「嫌だ!」
NOと言える勇気! 今までで一番はっきりとした意思表示を示す瓜子さん。
しかし、真も察したとおり、どうやら萌も瓜子さんの特性を見抜いているようである。
「あれ? 怖いの~?」
「怖くないし!」
「怖いから嫌なんでしょ~?」
「怖くないし!」
「でも、行けないの? 嫌なの?」
「行けなくないし! 嫌じゃ……ないし……」
次第に声が萎んでいき、泣きそうになっている。色々といたたまれなくなって、流石に真が助け舟を出す。
「怖い怖くない関係なく、夜の学校に忍び込んじゃまずいだろ」
「大丈夫! 先生に許可を取ってあります!」
はい? と真が怪訝な顔。
「え。許可とかもらえるものなのか?」
「まこちん。世の中には知らない方がいいことがあるんだよ……」
「いやお前なにした」
やっぱり妖怪よりコイツの方が怖いのかも知れない。
「とにかく! 本当に行かないの? うーりりんっ!」
「行く?」と聞けば「行かない!」と答えるのだろう。
しかし、「行かないの?」と聞かれたら「行く!」と答えてしまう天邪鬼が彼女である。
口をもごもごとさせている瓜子さんは、恐らく間もなく「行く」と言ってしまうだろう。
だから真は今度は遠まわしにではなく、真っ直ぐに言った。
「嫌なら嫌って言わないと」
瓜子さんは少し驚いたように目を丸くする。
真は基本的に無害な相手には物腰柔らかい方だったので、瓜子さんにも優しく接していた。
少し厳しい口調で言われた言葉に、瓜子さんは反対の言葉を吐かなかった。
少し考えるように視線をそらす。
そして、今度はムキになった様子はなく、少し怯えた様子も見え隠れしたが、落ち着いて答えた。
「……行く」
「え、行くの?」
意外な答えに今度は真が目を丸くした。
こくりと瓜子さんが頷く。
「やっほーい! うりりん大好き! まこちんも行くよね!」
はっとする。真は思わずぽかんとしてしまっていた。
彼女が頷くことが、余りにも意外だったから。
「……行くよ」
瓜子さんが怖がりなことはよく知っている。
なのに行くという彼女を放っておくわけにもいかない。
彼女の答えが出た時点で、真の答えも決まっていた。
「いよっし! まぁ、そう気張らないで! ちょっとした遊びみたいなもんだよ! お化けが出たって、だいじょうぶい! なんたって、今回はとっておきの助っ人を用意しているから!」
「助っ人?」
とっておきと言える助っ人とは誰か。
「じゃじゃーん! 幽霊のことならおまかせあれ! 『見えちゃう系女子』、原石ゆうこちゃんです!」
机の下から引っ張り出されるのは自称『見えちゃう系女子』、原石ゆうこ。
サプライズの為に机に潜ってて! と萌に言われて、今無理矢理引っ張り出されたのだろう。
しかもかなり無理矢理付き合わされているのだろう。
半泣きで苦笑いである。
「チュウも加えて、全部で五人! 私たち、『越戸ゴーストファイブ』で、越戸高校の七不思議の正体を暴いちゃうぞ!」
「え、俺も行くの!?」
巻き込まれたのはこれで四人。
トラブルメイカー、清湖萌の仕組む、肝試し。
果たして何が待ち受けているのか?
後編に続く!
真と瓜子さん回。かつ学校回。
人間のお友達(?)、萌と忠も登場し、かつ見えちゃう系女子ゆうこちゃんも再登場。
清湖萌の仕組む肝試し。
何やらその裏には怪しい企みがあるようで……?
良からぬ陰謀、そして瓜子さんの真意とは?
その27 『越戸高校七不思議(後編)』につづく!