その26 『威霊と謎解き』
★注意★
こんな神様は実在しないよ! 神様、ごめんなさい!
忙しくしあわせ荘を飛び出していったきっこさんとレイの二人を見送ってから、眉目秀麗の守護霊、ヒカルは再び薄汚れた倉庫の前にふわりと移動した。
陽光を避けるように木陰に陣取る倉庫は、今まで見ようとも思わなかったが、いざ見てみれば禍々しい妖気に包まれている。勘のいい者が近寄れば、異様な臭気や肌を刺すようなちりちりとした刺激を感じ取れるのではないか、と考えながらヒカルはちらりと樹木に目をやる。
『そこのお嬢さん。ちょいといいかな』
おっかなびっくり、ひょこっと少女の幽霊が顔を出す。
『威霊さま。今日はあの方のお側にいなくて宜しいのですか』
『ヒカルでいい。まぁ、話す前にあんたの名前を聞かせてもらえる?』
『名前はありません』
『そうか。じゃあ、浮遊霊みたいだし、ふゆちゃんってのはどうだ?』
悪い気はしないようで、照れくさそうに浮遊霊はこくりと頷く。
『あの方ってことは、オレが守護霊だってことは知ってるのか。なんであいつの側にいないのかって理由は、この間、あいつが妖怪からもらった御守りのお陰だな。あんなの持ってたら、不幸も悪霊もそうそう近寄れない。だから、今まではずっとあいつのお守りに追われてたオレも、ある程度自由にあいつから離れられるようになったって訳だ』
『……守護霊さまは難しいお立場なのですね』
今ひとつ理解できない様子でふゆが首を傾げたので、ヒカルは『まぁいい』と倉庫の方に向き直った。
合わせてふゆも倉庫の方を向く。
『んで。ふゆを呼んだのはほかでもない。この倉庫の中に何があるか分かるか?』
きっこさんが言うには、この中には「からぬもふじてる」が入っているという。
途中で「唐沼藤輝」になっており、監禁されている人みたいになっていたが、そもそもここには何が入っているのか。
『この中には「良からぬものを封じている」と、わらべの十五代目は仰ってました』
わらべ、というのはきっこさんの苗字『藁蘂』を指しているのだろう。十五代目というのは、きっこさんが話していた「おじいさま」のことではないか。
そして、「からぬもふじてる」ではなく、「良からぬものを封じている」が正解。
恐らくきっこさん、何も理解せずにこの土地を引き継いでいる。危なっかしいとかいうレベルではない。
『ふゆはこの辺り、というか「わらべ」に詳しいのか?』
『この辺りを長年漂っております。わらべは十五代目から存じております』
『じゃあ、この倉庫に封じられているものが何かは知っているか?』
ふゆは少し目をそらしたが、ヒカルをちらりと一瞥すると、息をのんでぽつりと呟いた。
『……この辺りの土地には、三柱の「かみさま」がいます』
『へえ。あのお狐様もそうなのか?』
『いえ。真白様はナガレモノ。古来よりこの土地に住まう「かみさま」とは違います。力の規模は同格である故、今では三柱に数えられていると言っても過言ではありませんが』
ヒカルがふむ、と顎に手を添える。
「あれ」と同格の存在があと三人もいる。この土地は少々特殊なのだろうか。
少し興味深そうににたりと笑い、続くふゆの言葉を待つ。
『「かみさま」と言っても実質土地を収めているのは一柱、土地神「おひなさま」』
『やっべ。挨拶とかしてないな』
『あまりそういったことを気になさらないので大丈夫かと。そもそも御姿を見ることすら叶わないのではないでしょうか』
どうやらこの辺りの土地神は懐の深い神様のようだと少し安心するヒカル。
実際、ヒカルは神仏の類を怖いと思うような守護霊ではないが、厄介事は少ないほうがいい。
それよりも、「おひなさま」という女性らしい呼び名の神様は美人なのだろうかとか、そういった方面に興味を持ちながら、ふゆの続く言葉を聞く。
『もう一柱……恐らくこの土地で最も恐ろしい御柱、えびす「うろうろ様」』
『えびす? ……まぁ、当然七福神のじゃないよな?』
この場合の「えびす」は、寄り神のことを指しているのだろう、とヒカルは考える。
簡単に言えば海の向こうからやってきた漂着物を神としたもの、という感じである。
しかし、海と隣接していないここでえびすとな? とヒカルが難しい顔をすると、ふゆがその疑問が当然であるというかのように補足した。
『おひなさまの受け売りですが、海と言ってもうろうろ様がやってきたのは「虚海」、「虚ろな海」というものらしく……念の溢れる「想いの海」のようなものがあって、そこから流れてきたものだということです』
『虚ろな海か。だから「虚虚」か?』
『そうだとも言われていますし、単に土地の中をうろうろとしているから、とも言われています』
徘徊するかみさま。しかも、虚海という得体のしれない場所からやってきたえびす。
ふゆが最初に「恐ろしい」と言ったように、確かにおひなさまとやらよりも、ずっと厄介そうな神様だとヒカルも認識する。
『うろうろ様は「虚海を漂う穴」だったと聞きます。うろうろ様はこの土地をうろうろと流離い、その目を見た者は心を飲み込まれてしまいます。心を飲み込まれたら最後、命はありません』
『なんだそりゃ。おっかないな』
『今ではおひなさまのお力で、うろうろ様も封じられています。ただ、犠牲になった霊は未だに御柱に恐怖を抱き、名前を聞いただけで暴走しかねない故、「名前のない霊」にはお気を付けを』
その言葉でヒカルは気づく。
目の前のふゆもまた、「うろうろ様」に飲み込まれた犠牲者なのではないか。
相当厄介な神だ。となると、とヒカルが推測を述べる。
『じゃあ、その倉庫に封じられているのが……』
『いえ。うろうろ様ではありません。うろうろ様の御姿は今でも見ることができます』
『え、今もそいつ彷徨ってるのか?』
『はい』
いやいやいや、とヒカルも流石に苦笑い。
おひなさまとやらは、相当適当らしい。
言ってしまえばうろうろ様は邪神の類であろう。聞いたままでは災厄しか齎さない存在としか思えない。
それを自由にしているおひなさまも、ろくな神ではないのではないか。
気になることは多かったが、ヒカルはしかし、ともっと気になる事を尋ねる。
『じゃあ、その倉庫に封じられている「良からぬもの」ってのは……』
『最後の一柱、最悪の「縁結神」……「おむすびさま」』
縁結神? とヒカルの頭に疑問符が浮かぶ。
危なっかしいうろうろ様が自由なのに、どうして害のなさそうな縁結神が封じられているのか?
『「おむすびさま」はとても強力な縁結神。力だけで言えば、うろうろ様は愚か、おひなさまでさえも及ばない……日本の中でも上から数えた方が早いくらいの力を持ったかみさまです』
『いやいや。そんな訳あるか。そんな神が祀られることもなく、封じられてる、と? 有り得ないって』
『力は強いんです。しかし、おむすびさまには少し問題があって……』
だろうな、とヒカル。
しかし、どれほどの問題を抱えていれば、それだけの力を持ちながら、こんな古びた倉庫に封じ込められる羽目になるのだろうか。そればかりは流石にヒカルでも想像がつかない。
『おむすびさまは……糞みたいなカプ厨なんです』
『……?』
『糞みたいなカップリング厨なんです』
言い直されてもヒカルはさっぱりである。
すると、ふゆははぁ、と深い溜息をついてやれやれと首を横に振った。
あれ、なんかオレ、呆れられてる?
ふゆは咳払いをひとつして、じろりとヒカルを睨みつけた。
『簡単に言いますと、とりあえず誰かくっつければいいとか考えてる神様なんです』
『ま、まぁ縁結神だしなぁ』
『そう簡単な話じゃないんですよ』
切り捨てるようにふゆが腕を横に払った。黙ってろ、みたいな視線である。
さっきまでヒカルを慕っているような感じだったのに、大した変貌ぶりである。
『もう、本当に誰彼構わず、自分の趣味でくっつける神様なんです』
『しゅ、趣味?』
趣味で人をくっつける神。なんだそれは、とヒカルが思わず間の抜けた顔をする。
『糞みたいなカップリング押し付けてくるんです。私は嫌だって言ってるのに、やたらとマニアックなの押し付けてくるんですごいウンザリしてたんですよ。でも、おひなさまに言っても、全然聞いてくれないし、他の縁結神様もなんか腫れ物扱いしてて関わりあいたがらなくって……』
そういえばこいつやたらと神様に詳しいな、とヒカル。
何者なんだよこいつは、とそちらの方が気になってくる。
しかし、熱が入ってるふゆに割り込む余裕はない。
『……何より雑食が過ぎるというか……終いにはとうとう男同士、女同士くっつけ始めたんで、もうこれは人間という種の危機であると判断したおかみさまがいよいよ封印したって訳です』
『と、とんでもねぇ神様だな』
『そして、封印した今でも……おむすびさまの影響は少しずつ外に漏れ出していて……』
『え゛!?』
とんでもない事実。
『外の世界に同性愛というものが流行りだしたのもすべて彼女のせいです』
『こいつのせいなの!?』
衝撃の新事実。
ふゆは真面目な表情で言う。
『彼女を解き放てば……もうその力は全開で世界に溢れ出すでしょう。そうなれば、即座にヒカル様と真様がクロスして……』
『!?』
ヒカルは女好きである。
男と結ばれるなど言語道断である。
ごくりと息を呑み、改めて封じられた邪神の恐ろしさを認識したヒカル。
『……こいつを解き放ってはダメだ』
『お分かりいただけましたか』
そしてヒカルは腹を決める。
『オレがこいつの封印を死守しよう……最強の守護霊として』
『願ったり叶ったりです。あなたほどのお力があれば、そうそう封印が解かれる事はないでしょう。ただし、「彼女の端末」にはご注意ください。溢れ出す神の力を宿した、彼女が外界に接するために生み出した人間に。彼ら、彼女らは、己が端末である自覚は持ちませんが、究極の愛の成就のために、無意識のうちに封印を破りに来るでしょう』
謎のバトル展開っぽい流れ!
『ああ、死守しよう』
『お願いしますヒカル様。日本の、いや、世界の命運はあなたに託されたのです』
こうして、ヒカルは真の守護霊、兼、おむすびさまの封印の守護者へと昇格したのだった。
『……若干、私もヒカル様×真様のカップリングは興味がありますけれど』
『!?』
危険はすぐそばまで迫っている!
前話の解説回かつヒカル回。
かつ、ラスボス登場回(嘘)。
実は妖怪たちが集まる地は、とある三柱のかみさまがいたというおはなし。
ちなみに、本当にラスボスとしておむすびさまが出現したりはしないし、守護霊するといっても今後バトル展開とかはありません。ほのぼの(?)日常ものです。