表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第二部『新学期、新しいせいかつ』
24/48

その24 『陰陽師獄殺伝』




 唐突に部屋を訪ねてきた吸血鬼は、唐突に問いただす。


「ヘイマコト! ユーは『チンミョウジ』、ナンデスカ!?」


 真は怪訝な表情で、問い返した。


「なんだそれ」




   ----




 吸血鬼のシャルル・シュバリエは日本文化マニアである。

 スシ! サムライ! ニンジャ! そんな日本文化が大好きな浴衣の似合う……いや、そこまで似合わない、黙っていればイケメンタイプである。

 そんな彼は日本のムービーを好んで視聴し、その影響をどんどん偏った知識に取り込んでいくのだ(しかも間違えて)。


 彼の言う珍妙師とは一体なんなのか。

 

「何見たの」

「コレデース!」


 パッケージにはなんかすごく険しい表情で印を結ぶ濃い顔のおじさんが写っている。

 そして中央に漢字で『陰陽師獄殺伝』と書かれている。


「これは『オンミョウジ』と読みます」

「オンミョウジ!」


 得意げな、小憎たらしい表情で復唱するシャルル。

 なんだかんだで真は冷たいながらも構ってくれるし、正しい日本語を教えてくれるので、シャルルは真に懐いているのである。(基本しあわせ荘の住民は構ってくれない。構ってくれるきっこさんは天然なのでシャルルのノリに乗ってダブルボケになってしまうのである)

 

 多分、学校にニンジャみたいなクラスメートがいるとか言ったら、ハイテンションで乗り込んでくるんだろうな。


 真がそう思うくらいにこの外人はテンションが高く、無駄に行動力が高い。故になかなか退けるのに苦労するのである。


「なんで俺が陰陽師だと」

「マコトが前に『オサツ』持ってるの見マーシタ!」

「『おふだ』な」


 間抜けなようで観察力はやたらと高いようで、真がたまに取り出す御札をしっかりチェックしていたらしい。それと陰陽師を結びつけて、真イコール陰陽師説を提唱しているのだ。

 そんなものいるわけないだろう。と真はやれやれと首を振り、懐から一枚御札を取り出した。


「リョフダ!」

「呂布じゃない。御札」

「オフダ!」

「そう。いいか、シャルル。この御札ってのはな、日本人なら誰でも持っているんだ」


 衝撃の事実。


「ファッツ!? つまり、ジャパニーズは……みんなニンジャでサムライで……オンミョウジ!?」

「それで毎日寿司ばっか食ってるってか。どんな民族だ。落ち着いて聞いてくれ。いいか、これは別に珍しいものじゃない。忍者でも侍でも陰陽師でもない日本人でもみんな持ってる。隣の天野さんも持ってる」

「ウリコも!?」


 実際持ってる。あげたから。

 

『お前も大分吸血鬼の扱いに慣れたな真』


 真は度重なる襲撃から学んだのである。

 適当なこと言っとけば勝手に納得して帰る。

 割とぞんざいな扱い、それが吸血鬼のシャルル氏なのである。


「ワタシも欲しいデース!」

「そうか。じゃああげるから今日はもう帰ってくれ」

「イエス!」


 今日は御札一枚で帰ってくれる。これは早いほうだ。

 やれやれと、真は適当に今見せた御札を、差し出されたシャルルの手に置いた。

 次の瞬間。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

「!?」


 シャルルの絶叫が木霊する!

 見れば、御札を置いたシャルルの手が燃えている!


「馬鹿なッ!? 我は並の退魔など寄せ付けぬシュバリエのヴァンパイアぞッ……! この力は……この力は一体ッ!?」


 滅茶苦茶流暢に喋ってるシャルル氏!

 しかも、若干キャラがおかしい!


「これが御札……! 陰陽師が術かッ!? あれ程の怪異を退ける様、侮りがたしと思っていたが、よもや高貴なるヴァンパイアにまで及ぼうとは……! ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「シャルル! 水! 水!」


 慌てて流しに駆け寄り蛇口をひねる真!

 ハッとしてシャルルは流しに駆け寄っていく。

 そして炎上している右手を流水に突っ込み……


「ぬあああああああああああああああああああああッ!」

「!?」


 また絶叫した。

 火は消えたが、ジュウウウウウ!という凄まじい音と共に今度は煙が上がっている。


「馬鹿な!? 並の流水などモノともしない我が身体がッ! こんな普通の水道にも、浄水が流れているというのか日本ッ!」

「ま、まぁ浄水器つけてるから……」


 お料理が割と好きな真は水にもこだわるのだ!

 しかし、火を消すために水をかけたのに、こうなると最早対処の仕方がわからない!

 腕を押さえて絶叫するシャルルをどうしたものか、とおろおろ見ている真!

 すると、バン! と真の部屋の扉が開いた!


「何事!?」

「ゆ、雪江さん!?」


 仕事帰りの雪江さんが真っ先に異常に気づいてやってきたのだ!

 ちなみに、きっこさんとリンさんは既に就寝中であり、大くんと瓜子さんは人の家に飛び込んでいく度胸がなく、真白さんは環境音気分で耳を傾けせんべいをお茶請けに緑茶をすすっている!

 手から煙が上がっているシャルルを見た雪江さんは、ばっとヒールを脱ぎ捨て、咄嗟にその手を両手で取った。雪江さんが通った瞬間、真の頬をひやりと冷気が撫でた。

 ジュウ……と煙が鎮火したかのように収まっていく。

 絶叫していたシャルルも、その一瞬の出来事で固まり、ぴたりと声を止めていた。


「シャルル君大丈夫!? 一体何してたの!?」


 取った手を雪江さんが見る。そしてまじまじと観察を終えると、ほっと一息ついた。


「はぁ、よかった。火傷はしてないわね。びっくりしたぁ……手から煙が上がってるんだもの。手が燃えてるのかと思ったわ」


 どうやらシャルルの手が炎上していると勘違いした雪江さん(実はさっきまで炎上してたが)は、咄嗟に手を取り鎮火してくれたようだ。冷たい彼女の手で冷やされれば、確かに火傷に良さそうなきがする、と真は何故か納得した。

 しかし、余りにも一瞬のうちに壮絶な出来事が起きすぎである。

 まるで、『御札に清められた幽霊のような反応』を見せたシャルルの身に何が起こったのか、と真が怪訝な顔をする。


「ま、まさか……シャルルも……幽霊……!?」

『いや違うだろ。多分「そういう生き物」なんじゃね吸血鬼って』


 守護霊ヒカルが淡々という。


『吸血鬼は流水に弱いとか、陽の光に弱いとか、にんにくに弱いとか、十字架に弱いとか……まぁ、とにかくやたらと弱点があるって言われてるだろ。御札も弱点ってことなんじゃね?」

「……あ」


 そういえば、と真も思い出す。

 何気なく悪霊のノリで御札でシャルル宅を封印した時も、彼は部屋から出れなくなっていた。

 あれは御札が効いていたということではないか?


 そう、吸血鬼は弱点がやたらと多い妖怪なのである!


 ……とは言え、実はシャルルは結構耐性が強い方なのだ。

 しかし、真の周りは余りにも悪鬼を浄化する環境に整いすぎていたのである!

 シャルルは危うく浄化されかけていたのだ!

 強力な御札に触れて手が浄化され、浄水器の水で手が浄化され……そこで一応魔の者である雪女の雪江さんが、水が凍る程の冷たい手で触れたことで、魔の力が浄水に干渉し、シャルルの浄化を食い止めたというなんだかよくわからない状態になっていたのだ!


 そして、真はもうひとつ重大なことに気づいた。


 シャルル、めっちゃ日本語流暢に喋ってなかった?


 浮かぶ一つの懸念。

 シャルルはマジでエセ外国人なのではないか?

 そう、よくよく考えれば「デース」「マース」とかいう外国人はそうそういないのである!


『……おい聞いてみろよ』

「……嫌だよ。なんかこいつ怖くなってきたんだけど」


 守護霊とヒソヒソと相談する真。

 実は超謎だらけだった存在に、流石に焦る。

 そんな真やシャルルの事情などつゆ知らず、雪江さんはほっと一息ついて、ぐっとシャルルの手を握った。


「もう、何やってたのよ! びっくりするでしょ!」

「え……いや……その……」


 シャルルが困惑している。

 そりゃ、御札手にとったら手が燃え出して、火を消そうとしたら手から煙が上がりはじめて、駆け込んできた雪女に手を冷まされたら困惑もするだろう。

 実は結構洒落にならない温度で冷やされたのだが、吸血鬼は冷気には強いのである!

 真の部屋で手を燃やす吸血鬼という謎のシチュエーション、真もどう説明したらよいか困っていると、雪江さんははぁ、と深くため息をついて、呆れたように笑った。


「……まぁ、火傷とかなければ良かったわ。大学生なんだから、自分の身くらい気をつけなさい? 私とそう年だって変わらないでしょうに。あと、夜遅くに騒がないこと。いい? きっこさん寝るの早いんだから、起こしちゃうでしょ」

「……は、はい」

「よろしい」


 軽くウインクをして、シャルルの手を離した雪江さんがぽんとシャルルの肩を叩いた。

 世話焼きっぽいところはどこかきっこさんにも似ている気がするな、と真は初めて見た(というより今まであまり接したことがなかったのだが)雪江さんの一面に妙に感心する。

 

「……はぁ、どっと疲れたわ。じゃ、私は戻るから、違和感あったら病院とか行きなよ? あと、真くんごめんね? 急に上がり込んじゃって」

「え? いや、助かりました。ありがとうございます」

「じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 本当にくたびれた様子で、ひらひらと手を振って、雪江さんが部屋から出ていく。

 ほっと一息、真はぽかんと座る、シャルルに目をやる。

 すると、シャルルは唐突に胸を押さえた。


「ぬわっ……」

「今度はなんだ!?」


 一瞬、先ほどの絶叫の出だしのような声を出して、一気に消沈するシャルル。

 胸をギュッと抑えたまま、シャルルはぼそりと呟いた。


「……なんだこの胸の熱さは……! 心臓が握りつぶされそうなくらいに鼓動している……! 吸血鬼の心臓を握りつぶそうとは……ニホン……なんて恐ろしい土地……!」


 真とヒカルが顔を見合わせる。

 こいつさては。真が合図を送る。

 間違いねえな。ヒカルも合図を送る。

 無言の意思疎通を終えた二人が頷く。

 そして、真はうずくまるシャルルの肩を叩いて、言った。


「お前、さては日本語ペラペラだな?」

『いや、そうじゃねぇよ』


 真は『その手』の話に疎かった。





シャルル回かつ雪江さん回。

初めての『その手』のおはなし。


謎多きシャルル氏の素性が知れるのはもう少し先のおはなし。

あと、『陰陽師獄殺伝』はB級映画的な設定。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ