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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第二部『新学期、新しいせいかつ』
22/48

その22 『大人になる』




 はぁ、と体に似合う大きなため息をついて、中学二年、山越大やまごえまさるはのらりくらりと階段を降りる。

 今日から学校が始まると思うと気が重い。

 春休み中、バスケ部の練習はほとんど参加しなかった。恐らくはそのことで部員から何か言われるだろう。

 お世話になっている管理人さん、きっこさんは彼の心中もつゆ知らず、にこやかに降りてきた大に手を振った。


「あ、だいくんいってらっさーい!」

「……いってきます」


 きっこさんには絶対に言えない。

 大は彼女に隠し事をしていた。

 足早にしあわせ荘を離れると、少し進んだ曲がり角から呼び声がかかった。


「おい、山越」


 見下ろす程度の背の低さ。同じ制服を着た少年三人が待ち構えている。思わずびくりと体を弾ませた大をじろりと睨んで、中央に立つ一番小柄な少年がにやっと笑った。


「久しぶりだな」


 両隣に立つ少年もくすくすと笑う。


「まだ早いし付き合えよ。どうせ暇だろ?」


 抵抗する勇気などない。

 山越大、妖怪ダイダラボッチである彼は、ごくごく普通の人間の少年に苛められているのだ。

 先に歩き出す三人の少年に、逆らうことなく大はとぼとぼとついていく。その誰よりも大きなはずの背中はやたらと小さく見えたことだろう。

 その背中が曲がり角へと消えていくのを、大あくびをするひとつの怪しい影がじろりと見ていた。




   ----




 どんと突き飛ばされて尻餅をつく。


「お前、ずっと部活サボって何やってたんだよ?」


 一番小柄な少年、石崎が舌打ちをして転んだ大を見下ろす。


「でっけえ癖に相変わらず根性ねぇのな」


 隣のやせ型の長身(大よりも小さいが)神村がけたけたと笑った。

 

「おい立てよ」


 ガタイのいい、しかし神村より背の低い仁科がじろりと大を睨んだ。

 

 このバスケ部の部員であり、大のクラスメートである三人組が、彼の苛めの主犯である。

 今日はわざわざ春休み中顔を出さなかった大を待ち構えて絡みに来たという徹底っぷり。

 自分よりも小さい三人を揺れる目で見上げ、大はぎゅっと唇を噛んだ。


 やっぱり、また始まるんだ。


 クラス替えがある新学年。彼らと離れられるかもという淡い期待も、彼らから出向くようでは叶いそうもない。既に鬱屈になった新生活を想い、大は泣きそうになる。

 ほんの少し期待していたのが馬鹿だったのだ。

 どうして期待してしまったのだろう。

 連れてこられた小さな公園。春休みいつも座っていたブランコの方を見る。

 するといないはずのあの人が、そこでブランコをぶん回しているように見えた。


 でも、あの人がいたら、もう少しだけ、耐えられるかな。


「お前何笑って……」


 言いかけて最初に口をつぐんだのは神村だった。

 神村は公園の入口の方を見たまま固まっている。


「おい、急に黙ってどうし……」


 今度は仁科が凍りつく。

 流石に大も異変に気づき、怪訝な表情で二人の顔を見上げた。

 すると最後に異変に気づいた石崎が、みるみるうちに青ざめていき、一歩後ろに下がった。


「あ……あ……」


 三人の怯え様に大は恐る恐る後ろを振り向く。

 そこには、よく知る人がでんと腕を組んで立っていた。


「……リンさん?」

「おうマサルゥ。ガッコはどうしたよ?」


 よっ、と手を挙げて、ボサボサの赤髪を掻き毟りながら、ずかずかと赤ジャージのリンさんが公園に踏み込んできた。ガニ股でずかずかと歩く様はまるでおっさんである。

 しかし、何故このおっさ……この人が出てきていじめっ子三人組は凍りついたのか。

 じりじりと後ろに下がりながら、その答えを神村が口にした。


「レ……『レッドキング』だ……!」

「れ、れっどきんぐ?」


 思わず大が聞き返す。


「『越戸のレッドキング』だぁぁぁぁぁ!」


 神村が悲鳴を上げる。

 なんだそれ。

 そんな大の困惑に答えるように、今度は仁科が言う。


「ちょ、調子に乗って、ニートだと馬鹿にした中学生を、大人気なく五人まとめてぶっ飛ばした上、ロープで木に吊るし上げたあのレッドキングだ!」


 なんだそれ。

 

「アイスを買おうとしたらお金が足りなかったから、以前吊るし上げた中学生から金をせびったあのレッドキングだ!」


 なんだそれ。


「アパートの管理人さんの植木鉢を割ってしまったのを、中学生のせいにして怒られるのを回避したレッドキングだ!」

「あんた中学生にそんなことしてたんですか!?」


 思わず普段はだんまりの大も突っ込む極悪非道ぶり。

 衝撃! 最悪のいじめっ子はご近所さんだったのである!

 思いのほかさっと立ち上がり、リンさんにずんずん詰め寄る大は割と迫力がある。


「お、おお、マサル。珍しくグイグイくるじゃねぇか。お前デカイから意外と近寄られるとこええな」

「今の話本当なんですか!? 大人気ない人だと思ってたけど、そこまでやってたんですか!?」

「お、おまっ! あたしが大人気ないと思ってたのか!?」

「あんたに大人の要素どこにあるんですか!?」

「酒も飲めるしタバコも吸えるだろうが! ほら見ろおっとなー! ……おい待てコラ。なんだそのかわいそうな人を見る目は。知ってるぞ。あたし知ってるぞ。それは人を憐れむ目だ。雪江ときっこが私に度々向けてくる目だ。おい、その目やめろ。年下にその目されるの結構凹む」


 じりりとリンさんが後退する。

 あと、実は年下の真と瓜子さんにも度々向けられている目であることは本人気づいていないらしい。


「マ……マサルのバカヤロー! せっかく助けに来てやったのに! もう知らねーから! もうそのクソガキボコってやんねーから! 覚えてやがれ! うわああああん!」


 泣きながら大人げない大人は一心不乱に駆けていった。

 何しに来たんだあの人と思いつつ、「せっかく助けに来てやったのに」という言葉から、リンさんが実は大が苛められていることに気づき、助けに来てくれていたのだと気づかされる。


「……いや、でも子供の喧嘩に割って入ってボコったらダメだろ」


 呆れつつも、大は少しだけ嬉しい、と思った。

 あんな人でも、あんな人でも(二回言う位のあんな人でも)、自分を心配してくれている。

 恵まれていないと思った人間関係だったけれど、本当はとても恵まれているのかもしれない。

 大はそう思い、少しだけ自分を奮い立たせる。


 あんな人でも、心配をかけるのは嫌だな。


 今まではきっこさんにだけ向けていた気持ちを、初めてほかの人に向ける。

 そうだ。秘密にしているだけじゃダメなんだ。

 もっと、強くならないと。

 体だけじゃなくて、中身も大きな人間ようかいに。


 大は今まで見上げていたいじめっ子三人組を見下ろし、少しだけ怯えた表情でぽつりと言った。


「……ごめん。騒がして」


 すぐには無理かもしれないけれど、少しずつ大きくなる。

 わずかな決意を胸に抱く。

 それだけで、景色はまるで違って見えた。


 ぽかんと固まる三人組。


 やがて、神村が口を開いた。


「や、山越がレッドキングを追っ払った……」


 続いて仁科も口を開く。


「す、すげえ……今まで誰ひとりとして逆らえなかったのに」


 そして、何も言えずに怯えた表情で立ち尽くしていた石崎が、ぎりと歯を食いしばって、忌々しげに大を睨んだ。


「……お、覚えてやがれ!」

「えっ……な、何を?」


 正直、泣いて走っていった中学生の宿敵のことしか覚えていられるようなことがない。

 悪役の捨て台詞を吐いて、石崎はそそくさと公園から駆け出していった。待てよ石崎とあとに続く、神村と仁科。

 何故かひとり取り残された大は、きょとんと立ち尽くし、次第に自身の置かれた状況を理解し始めていた。


「……もしかして、面倒くさいことになってる?」


 まさか、『越戸のレッドキング』のせいで、とてつもなく面倒くさいことになろうとは、この時の大は気づきもしなかった。

 何はともあれ、ほんの少し大人になった大くんなのであった。





ダイダラボッチの大くん回。

実は世話焼きな姐御肌のリンさん(但し、焼く世話の倍は面倒をかける)。


大くんはちょっとずつ成長していきます。

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