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しあわせ荘の日常  作者: 五月蓬
第二部『新学期、新しいせいかつ』
21/48

その21『あやかし参道お天気雨』




 真達が越戸高校に入学したその日。

 夕暮れどき、ぱらりと降った雨を見上げて、金髪色白の美女はふむと空を見上げた。


「良き日かな」


 夕日はまだ顔を出している、通りすがりのお天気雨。

 微かに濡れた煌びやかな髪をそっと撫で、真白さんは箒を抱えて空を見上げる宮司に歩み寄った。

 かつては精悍な青年だった彼も、ほっそりとやせ細り、黒々としていた髪もすっかり真っ白になっている。しかし、彼が子供の頃から変わらないものもある。

 かつて彼が生まれる前から、生まれる前の前からも、全く変わらない優しげな目つきを愛おしそうに見つめて、真白さんは宮司の肩にそっとてのひらを押し当てた。


「今日は早めに上がらせてもらうからの。そろそろお主も身体に気を遣うた方が良いぞ」


 いつの間にか真白さんが押し当てた手元に現れた唐傘を、宮司が箒を抱える手を離して受け取る。それと交換するように、箒を真白さんが受け取ると、箒はまるで手品のようにぱっと消えてなくなってしまった。


「ありがとうございます真白様。今日は何かご用事でも?」

「うむ。少し『参道』の方に顔を出すのでな。探し物があっての」


 ほほう、と少し驚いたように宮司が目を丸くした。

 そして、少し考える素振りを見せると、低く、よく通る声でああ、と納得したように声を漏らすとにこりと笑う。


「成程。今日来ていた子達に」

「うむ。『にゅうがく』祝いというやつじゃな。人が巣立つ節目というのは、いつの世もめでたかろ。しかし、それにしても相変わらず察しが良いのお主は」

「最近真白様は彼らの話ばかりではないですか。今日が入学式だという話も先週からずっと聞いておりますよ」

「ふむ、そうだったかの」


 頬を掻き、真白さんはとぼけたように笑う。


「じゃ、またあした、の」


 軽く手を振り、真白さんは神社の横の木々の隙間に身を通す。鳥居から見て左側、奥から五番目と六番目の木の間を通る。そこに隠されているのは、妖怪のみが知る、神社に通じる『もうひとつの参道』。

 ずらりと伸びる石畳に、赤青黄色と色とりどりにぼんやり灯る提灯の列、道沿いに並ぶ賑やかかつどこか古ぼけた店。通称『あやかし参道』である。

 腕を組みながら真白さんが道を通ると、たちまち道行く妖怪たちは腰を低くし挨拶する。


「これはこれは真白様! お久しゅうございます!」

「久しぶりじゃの」


 軽く会釈しつつ、真白さんは『人間の場所』と同じようにお天気雨が降るあやかし参道を進む。

 すれ違う妖怪たちが深々と頭を下げる中、一人頭を下げることなく歩いてくるのは袖を振りながら歩く着物姿の男。口元の緩んだにやけ面のその男を見て、真白さんはおおと手を振る。


「おう形部の。珍しいのう」

「おやおや真白さん。そっちさんこそお珍しや。それと、今じゃあたくし古狸伊与吉ふるだぬきいよきちで通ってるんでさ」

「そか。では、クソ狸と呼ぶとするかの」

「よいよい真白さん。まだうちの悪ガキのイタズラ根に持ってんのかえ? ガキんちょ狸のイタズラくらいさ、笑って許しておくんなまし」


 男はへらりと悪びれる様子もなく笑う。男がひょいと袖を降ると、着物の袖からひょこりと小さな狸が顔をのぞかせる。

 真白さんにも物怖じしない自称、古狸伊与吉はおっとと狸を袖に押し込んだ。


「ところでところで真白さんや。今日は何か御用かえ?」

「なに、ちょいと万事屋にの」

「おやおややっぱりお珍し。財布の紐が鎖でできてる真白さんが」


 へぇ、と伊与吉は目を丸くする。

 真白さんはやはりというかなんというか、金払いは良くないようである。


「ま、たまにはの。おっと、話し込んでしもた。ではまたの、クソ狸」

「そう呼ばれるならまだ形部の方がよござんすな。お時間頂戴まっこと失礼。積もる話は今度ってなもんで。さっぱり晴れた月の綺麗な夜にまた呑みましょうや」

「お前のおごりでの」

「へへえ、やっぱりそうなりますかや? んじゃまお暇、ご機嫌よろしゅう」


 ひらひらと袖を振りながら、伊与吉はひょいと足を運ぶ。あとに続く子狸の列を見送って、真白さんは再び歩を進める。参道に入って十三つ目の赤提灯の前、足を止めて真白さんはそこに佇む店を見上げた。

 『万事つくもや』という、古びた家屋に足を踏み入れる。

 家屋内には山のように積み上げられたものの数々があり、とてもじゃないが店として機能しているようには見えない。『ゴミ屋敷』が一番しっくりくる様相であろう。

 そんなゴミ山をガラガラと崩しながら、傘をかぶった小柄な少女が顔を出した。

 

「あれぇ? 真白様ぁ?」

「おお、つくも。久しいの。うろはおらぬのか」


 つくもと呼ばれた小柄な女妖怪は、頭にかぶった笠を手に持ちぺこりと頭を下げる。


「うろ様はお出かけしておりますぅ。何かお探しですかぁ?」

「相変わらずじゃな。まぁ、よいよい。御守りはあるかの?」

「御守り、ですかぁ。少々お待ちくださぁい」


 店の中にはごちゃごちゃと積み上げられたものの山がある。まるでゴミ屋敷のようなそこに向かってつくもが口の横に両手を添えて、声を出した。


「おぉい。御守りやぁい。でておいでぇ」


 ガシャン、と再びものの山が崩れ落ちる。

 すると崩れた山から、ぴょん、ぴょん、と跳ねるように小さな何かが飛び出してきた。

 小さな巾着袋や、包、紙でできた人形などなど、様々な種類のそれは全て御守りである。

 ぴょんぴょん跳ねて整列した御守り達をふむと顎に指を添えてじっと眺める真白さんは、その中から巾着袋型の御守りを四つ手に取りつくもに差し出す。


「これを頼む」

「あれぇ。四つもですかぁ」

「うむ。二人に二つずつ。おっと、中身は必要ないぞ。わしときっこで入れるからの」


 へぇ、とつくもが口に手を当てる。


「真白様ときっこ様が中身をいれた御守り……ひえぇ、随分とご利益がありそうですぅ」


 受け取った巾着の口元につくもが指を当て、ひょいと引っ掻く。するとぴょんと色の薄い明かりが飛び出し、先ほど飛び出した御守りの中に吸い込まれるように、というより飛び込むように消えていく。

 明かりが隠れた御守りを、ちょんと指でつついて真白さんは一言「悪いの」と呟いた。


「いくらかの」

「いえいえ、真白様からお代をいただくなど」

「貰い物を贈るわけにはいくまいて」

「えぇ……そうですかぁ? では……」


 ものの山から飛び出すそろばん。それをぱちんと指でひとつ弾くと、つくもは真白さんに差し出した。

 珍しく、本当に珍しくお代を払い、真白さんは四つの巾着を手に取り店を後にする。

 

「またのお越しを~。きっこ様にもよろしくお伝えくださいませぇ」

「うむ」


 外に出ればもうお天気雨も止んでいる。

 夕日も落ちかけているのを見て、真白さんは目をきゅっと細めた。


「少し急ぐかの」




   ----




 しあわせ荘の101号室のインターホンを鳴らし、真白さんは出てきたきっこさんにすぐさま二つの巾着袋を手渡した。不思議そうにそれを眺めてきっこさんが首をかしげる。


「なんですかこれ?」

「御守りじゃ。中身を入れてもらえぬか?」

「おまもり? どうしてですか?」

「瓜子と真の入学祝いにの」


 ほえぇ、と口をぱっくりと開けて、きっこさんは目をぱちくりとさせる。


「びっくりです。しろさんが」

「そりゃわしとてめでたければ祝うじゃろて」

「うふふ。そうですね」


 きっこさんがにこりと笑って、二つの巾着袋にふぅっと息を吹きかける。きらきらと光る不思議な息が、巾着袋の口に触れると、ぷくりと袋は膨らんだ。膨らんだ巾着袋をきっこさんは真白さんに押し返す。すると困ったように真白さんが口を曲げる。


「いや。わしが用意した分もきっこから二人に渡して欲しいのじゃが」

「どうしてですか? おまもりを用意してくれたのはしろさんですよ?」


 きょとんと尋ねるきっこさん。これは困ったと頬を掻き、視線を泳がせながら真白さんはぼそぼそと言う。


「いやな……あれじゃ。わしにも『ぶらんど』というものがあるじゃろ?」

「ぶらんど?」

「そう、『ぶらんど』。大妖怪であるわしが、そうほいほいとものを贈るというのもな」


 恐らく『プライド』のことを言っているのだろうが、きっこさんも分かっていないので突っ込まない。

 しかし、そこそこに長い付き合いで、真白さんをよく知るきっこさんだからこそ、その『建前』を易々見抜いて「はい」と巾着袋を押し当てる。


「照れ臭いのはわかりますけど、しろさんから渡してあげてください」

「きっこや、別に照れ臭いわけじゃ……」

「はいはい。いいですからいいですから」


 押し返そうとする間も与えず、きっこさんはばたりと扉を閉めてしまう。

 はぁ、とため息をひとつ、真白さんは苦笑した。


「……きっこには敵わんの」


 きっこさんから受け取ったふたつの巾着袋を右手に持ち、懐から取り出したもうふたつの巾着袋を目の前の持ち上げる。きっこさんと同じように、ふっと息を吹きかけると、金色の光が巾着袋に吸い込まれていき、やっぱりぷくりと膨らんだ。

 四つの巾着袋を懐にしまい、真白さんはしぶしぶとしあわせ荘の階段を昇る。

 すると良いタイミングで、がちゃりと扉の開く音がして、真と瓜子が顔を出した。胸元に手を当て、やっぱり困ったように笑い、真白さんはぽつりと言った。


「……相変わらず大したご利益じゃの。きっこの御守りは」


 丁度いい、と真白さんは二人に声をかける。


「瓜子、真、ちょいと良いかの」

「ま、真白さん! こ、こんばんは! って、真って……わっ!」


 瓜子は同時に出てきた真に驚きどたばたとする。


「あれ、真白さん。こんばんは。今日は随分と遅いですね。ご飯温め直しますか?」

「いや、別に今日は飯を頂きに来た訳じゃ……まぁ、後でお邪魔するが」


 今ひとつ格好がつかないことを自分で理解しつつ、気の利く真の好意に甘えて、真白さんはごほんと咳払いをし、きょとんとしている二人の新高校生に歩み寄る。

 懐を漁りながら、目を合わせずに。普段と違う様子の真白さんに、流石に真と瓜子も気づいたようである。


「今日は別の用事があっての……二人共今日から高校生じゃろう?」


 四つの御守りを手に取って、まずは手前の瓜子の前に二つを差し出す。


「ほれ、手を出せ」

「あ、は、はい」


 瓜子は素直に両手を出すので、そこに御守りを置く。続いて真に目をやると、彼も少し不思議そうに口を曲げつつも、恐る恐る両手を開いた。

 そこにも同じく御守りを置き、あいた腕を組み直して、真白さんはふんと鼻息を鳴らした。


「きっことわしからの入学祝いじゃ。お主らの新しい生活の安全と幸福を願った御守り、といったところかの。まぁ、きっこのはからいじゃて、わしのはついでと思えば良い。あいつのこの手のまじないはよく効くからの。持っていて損はなかろ」


 あくまできっこさんからの贈り物であることを強調しつつ、真白さんはとっとと背を向ける。

 慣れないことはするものじゃない、と思いつきの行動を後悔する

 真の晩飯は名残惜しいが、今日はとっとと退散しよう。

 そんなことを考える真白さんだったが……


「あ、ありがとうございますっ!」


 今まで聞いたこともないような、瓜子の声に驚き、思わず真白さんが振り返る。

 

「大事にしますっ! 真白さん!」


 真白さんは呆気にとられる。

 くすり、と思わず笑いをこぼして、優しく目を細めた。


「……これこれ、瓜子。お前はどうしてそう『ちぐはぐ』なんじゃ」


 瓜子は何故か泣いている。


「……嬉しくって。真白さんにお祝いしてもらえて」

「なら笑うところじゃろ。ほんと、お前は天邪鬼じゃな」


 歩み寄り、そっと涙を拭ってやる。ちょっぴり変わり者な、愛らしい娘の頭を愛おしそうに見つめながらぽんと撫でてやる。

 悪い気はしない。真白さんは微笑み、もうひとり、真の方を一瞥する。

 こちらは泣いて感激はしていない。ただ、不思議そうに御守りを眺めて、ぽつりと呟く。


「……お天気雨が降るわけだ」

「……それどういう意味じゃ」

「いや、あれは珍事の前兆だったんだな、と」


 口が達者な若造だ。そう思いつつも少し笑える。

 確かに、そりゃお天気雨も降るわけじゃ。よく言いよるわ。

 感心していいのやら、呆れるべきなのやら、はたまたぷんすか怒るべきなのやら。


「ありがとうございます。大事にします」


 デコピンのひとつでもしてやろうと思った矢先に、彼は言う。

 そして結局、呆れたように真白さんは苦笑だけした。


「そか。じゃあ、飯にするかの」

「あ、やっぱり今食べてきます?」

「うむ。そうじゃ、きっこも来るかの? それとももう食べたかや?」

「え? い、いや、まだご飯は……でも遠野くんに悪いし……」

「別に大丈夫だけど。真白さん用に多めに作ってるから」

「なら今日は一人前で勘弁してやろうかの」


 どうせ、誘うと断るのだろうと、瓜子の言葉を先読みして、真白さんは背中を押す。


「ほれ、とっとと入ろうぞ。ところで今日の献立は何かの?」

「今日は……」



 今日はほんの少し珍しい、ほんの少しだけめでたい日。

 

 今日を境に、また新しい、しあわせ荘の日常が始まるのです。





唐突に挟まるコメディ分薄めの真白さん回。

実は彼女もただの食い意地はってる狐じゃないのです。

ほんの少し優しかったりする食い意地はってる狐なのです。


そんなこんなで二部も本格スタートで、

これから各住民にスポットが当たったりしていくのです。

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