その2 『座敷わらしのきっこさん』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
『しあわせ荘』。其処は妖怪が集う場所。
管理人は『座敷わらし』の藁蘂菊子さん。
「まさか噂を知らないで来ちゃうなんて……びっくりしましたよー」
とっても小さなその女性、見た目は完全に小学校低学年である。とても小さくて童顔。ぴしっと切り揃えた髪がまるで人形のよう。やたらとくまが好きなのか、エプロン、サンダル、じょうろ、手を拭くハンカチ、その身の回りのもの全てが可愛いくまの装飾つき。とにもかくにも本当に見た目は子供である。
しかし驚くことなかれ。菊子さん、こう見えて三十路である。
真もにわかには信じられず、怪訝な表情を見せたが、慣れているのかするりとポケットから取り出した(やっぱりくまのイラスト入りの)財布の中の免許証を見せた菊子さん。どうやら三十歳というのは本当らしい(よく免許とれたものだ。本当にアクセルブレーキ踏めるのだろうか?)。
財布をしまいながら、「よく間違えられるんですよー」とにっこり笑った菊子さん。さらに「座敷わらしの私の家系は代々童顔なんですよー」と菊子さんは言った。
童顔とかいうレベルではない。真は心の奥底にその言葉を封じ込めた。
「『曰くつき』、と言えば大体の人は来ないものなんですよー。そもそも、『曰くつき』という用語自体が『妖怪住宅』の隠語で通ってますからねー」
「そうなんですか。東京ってすごいなー。妖怪が普通に暮らしてるのか」
真はふむふむと感心して頷いた。守護霊ヒカルも『流石は東京』と感心気味である。そしてヒカルは珍しそうにまじまじと座敷わらしの菊子さんを見つめた。
『真。知っているか?「小五」と「ロリ」、二つの文字を足すと『悟り』になる。これはとても有名な方程式だ』
「え?小五とロリ?おお、『小』を左に、『五』と『ロ』を右に、そして最後に『リ』を添えれば『悟り』だ!これはすごい」
『だが、それに手をだした人間は今の時代は犯罪者だ。これは現代人が『悟り』には至れないという皮肉の意味が篭っている』
「そ、そうなのか」
ヒカルの講釈にふむふむと頷く真。ちなみに、二人は声を発していない。守護霊はその憑いている人間と心で会話が出来るのである。だから決して菊子さんの前で『小五ロリの方程式』の話をしている訳ではない。
『だがな、真。『三十路』と『ロリ』だと……どうなる?』
「ご、ごくり……どうなる?」
鬼気迫るヒカルの語りを前に、真はつばを飲み込んだ。
『……それだと犯罪じゃないんだよ!』
「な、なんだってー!」
驚きつつ、真は背後のヒカルに肘打ちした。
『ぐふぅ』
「お前の女好きに付き合うつもりはない」
『ちっ。折角の新属性、合法ロリを……』
「『悟り』のくだり、いらなかったよな」
ちなみにヒカルは無類の女好きである。守備範囲は揺り篭から墓場まで、人間はもちろん
幽霊妖怪動物なんでもござれの超広域に及ぶ。自称プレイボーイである。
さて、と。いや、さてでもなんでもないのだが、勝手に話を仕切り直して、真は菊子さんに尋ねる。
「それで人間の僕が入っちゃって大丈夫なんですかね?」
「それは真くんの決めることですよー。私の言う心配は、妖怪と一緒で不安じゃないですか?って心配なのです」
「大丈夫です。慣れてますから」
悪霊とかと取っ組み合いの喧嘩をしたことがあるから、多分妖怪とかでも大丈夫だろうと真は思う。それに菊子さんの穏やかさを見て、妖怪というものを甘く見ている節もある。そして何より、妖怪という東京文化に興味をもったのが大きかった。
「あはは。真くんは面白いですねー」
菊子さんはにっこり笑った。菊というより向日葵である。
「まあ、此処でお話もなんですし、お部屋に行きましょーか!」
「はい」
ピコ、ピコと音を立てて菊子さんは前を行く。なんで子供用の音が鳴るサンダルを履いているのだろうと真はどうでもいい疑問を抱いた。ちなみに何かの伏線だったりはしない。鉄の階段をカンカンピコピコ上がる菊子さんに続き、真は階段を登る。気のせいか、階段の感覚が狭い。菊子さん基準?
「まっことくんのおっへや~はにぃまるごぉ~♪にぃ~まるごぉ~の~まっこぉとくぅん♪」
「なんですかその歌」
「えへへ~」
とてもこの人が大人には見えないのは気のせいだろうか?と真は謎の歌を口吟む菊子さんに疑わしい目を向けた。
階段を上がると201号室がある。そこから奥へ向かうにつれて、部屋は202、203と連なっていき、端っこは206号室。つまり、奥から二番目の部屋が真の部屋となる。
がちゃり。
201号室を通り過ぎた頃、202号室の扉が開いた。
『おお』
ヒカルが感嘆の声を漏らす。がちゃりと鍵を閉めて出てきたのは長い金髪を垂らすびっくりする程に色白な女性。何故か巫女のような装束を纏っている。女性は真もびっくりする程綺麗だった。
「おー、きっこ。どした?」
「しろさんこんにちは。新しい入居者さんですよー」
「そか。ちと出かけるでな。急ぎじゃて、挨拶はまたの」
若い女性はちらりと真と目を合わせ、微笑を浮かべると、三十路の菊子さんの頭をぽんぽんと撫でて、そそくさと階段を降りていった。
にこにこ手を降っている菊子さんに真は尋ねる。
「きっこさんってなんですか?あだ名ですか?」
「はい、そうですよー。『きくこ』って言いづらいじゃないですかー?きくこきくこきくこくきくこきき……えへへ~。よく噛んじゃうんですよね~」
「自分の名前噛むんですか?」
「はい。真くんの時は成功しましたけど、いまのしろさんの時は噛んじゃって……それから『きっこ』って呼ばれてます。真くんもそう呼んでいいですよー?」
「はい菊子さん」
真は普通にそう呼んだ。悪戯のつもりもなく。しかし菊子さんはしょんぼりしてしまう。
「……きっこさん」
「はい!」
ぱあっと向日葵が帰ってきた。まるで子供である。
再び歩を進めると、タイミングよく開く203。出て来たのは学生服の少年。その幼顔の割には背が相当高い。少なくとも真以上である。きっこさんと並ぶと父と娘のようだ。
「あ、きっこさんこんにちは……」
「だいくんこんにちはー。おー出かーけでーすかー?」
「はい。部活なんで……」
でかい少年は軽く目を伏せ(真から目を逸らして?)横を通り過ぎる。通り過ぎ様にきっこさんの頭を撫でて。
「……」
「いってらっさーい!」
舌っ足らずのきっこさんのお見送り。それを見ながら真は思う。
なんでみんなきっこさんの頭撫でてくん……?
扱いがまるで子供である。
「あー、だいくんはちょっとぶっきょうだけど仲良くしてあげてくださいね?」
「仏教?」
『不器用じゃね?』
「だ、だよな。いきなり仏教徒がでてくるわけないよな」
「真くん?」
「あ、はい大丈夫です」
「良かったー♪」
嬉しそうに笑い、きっこさんはピコピコ歩く。今度は部屋から誰も出て来ず、やっと205号室。
「ここですよー」
エプロンのポケットからぶっきょうに鍵をあたふた取り出して、がちゃりとその扉を開くきっこさん。
そこそこ広く、そこそこ小綺麗な部屋が姿を現した。
「毎日お掃除してましたので綺麗でしょ?お荷物はそれだけですか?」
「あとでまた届きます」
「そうですかー。じゃ、とりあえず何かあったら言ってくださいねー」
よいよいと真を部屋に押し込み、きっこさんは笑う。
真は振り向き、入り口前に立つきっこさんを見た。
「はい。ありがとうございます」
そう言いつつ、真はきっこさんの頭を撫でた。
……年上に何してんだ俺!?
ノリでやらかしちまった真はあたふた慌てて謝罪する。
「ご、ごめんなさ」
言い掛けて、真は満足げに微笑むきっこさんに気付く。きっこさんは嬉しそうに撫でられた辺りをさすりながら、ピコピコスキップで去っていった。
「…………子供かっ」
管理人さんである。
~本日の現代妖怪辞典~
【座敷わらし】
幸せを運ぶ見た目子供な妖怪さん。歳をとっても見た目が子供な童顔種族。かつては人間に有難がられたが、気付けば感謝も少なくなってすっかり独立。幸せ妖怪だけあって、お金回しはお手の物。指先一つで億万長者な座敷わらしも結構多い。悪戯好きだったりもするけど、基本的には子供のように純粋。でも、最近腹黒な子も多いとか。時代の流れって怖いですね。
※これは現代妖怪辞典です。実在の妖怪とは何ら関係はありません。本当の座敷わらしはこんなんじゃないよ!
座敷わらしのきっこさん。格安で妖怪に住居を提供する優しい管理人さん。頭を撫でれば喜びます。