その15 『206号室のひみつ』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ! 実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
206号室に誰かが入っていった。
住人たちは大騒ぎ。
妖怪たちは基本、ビビリである。
幽霊怖い、お化け怖いと、ガタガタ震えるのは瓜子さんと雪江さん。
そろそろひとつデザート怖いと、愉快そうにかっかと笑う真白さん。
「ど、泥棒さんかもしれないから、私が見に行かないと駄目ですよね……」
ぷるぷると唇を震わせながら、箒を握るきっこさん。
真は206を足を竦ませながらも見上げるきっこさんの前に手を出す。
「僕が見てきますよ」
「で、でも危ないです……こういうのは大人の仕事ですから……」
「大丈夫。僕、お化けとかそういうのに強いですから」
「でもでも……」
「レディが危険を侵すのは、よろしくないデスよ~! 私も付き添いマスから、きっこさんは待ってて下サーイ!」
すっと前に出たのはシャルル。
彼は学生ではあるものの、一応成人した大人である。そこで少しきっこさんの気が緩む。
しかし、真はイマイチな表情。
正直、シャルルにいいイメージがないのである。
「シャルルが行くなら問題なかろ。真、そう見えてそいつは吸血鬼じゃ。腕っ節なら、しあわせ荘で二番目に強い」
真白さんが楊枝を咥えながらにっと笑う。最後に「一番は当然わしじゃが」と加えて。
何だかんだで一番頼りになりそうな、真白さんの「だから別に良かろうきっこ」という一押しで、きっこさんは何処か安心したように頷いた。
「お、俺も行きます」
そしてもう一人、大も名乗りを上げる。
少し怯えた様子だ。
彼以外の男性陣が向かうとなると、大も引き下がってはいられない。
彼自身、怖いのは苦手だが、どちらかというと女性陣の方が苦手なのである。
よし、と頷き真は206を見上げる。
「じゃ、この三人で行ってきます」
こうして、謎の206号室に三人は乗り込むことになった。
正直、真は一人でも大丈夫だったと考える。
実際彼は「見えちゃう体質」で、幽霊というものに免疫がある。
加えて、彼には対人間用の武器がある。喧嘩というものに負ける要素がないのだ。
妖怪にも、彼の幽霊対策が通じると分かっている。
真は怖いものなしなのだ。
だからこそ、正直頼りにならなそうなシャルルと、怯えた様子の大を引き連れる必要はなかったのだが……
(幽霊周りの事情を話しても、信じて貰えないだろうしな)
彼は「見えちゃう体質」ながら、それが他人に受け入れられない事も知っている。変に話せば笑われるか、馬鹿にされるか、どん引きされるか……必ずしもいい反応が返ってくるとは限らない事を知っている。
だから彼は妥協した。
206号室の前。一応、きっこさんから鍵を預かったが、必要はなかったようだ。
鍵は開いている。
ドアが開いたのは気のせいではなかったようだ。
ぎぃ、と僅かにドアを開き、真は背後の守護霊と会話をした。
「……何か嫌な感じはしてたんだよな」
『だな。曰く付きってのもあながち間違いじゃ無かったって訳だ』
二人は既に確信していた。
どんより濁った独特の空気。良からぬものの気配。
俗に言う『悪霊』と言われる類いのものが確かに部屋の中にいる。
『入った瞬間襲ってくるぞ。待ち構えてる』
「いつでもどうぞ、って所だな」
両端の二人、仮にも妖怪、人間よりも強い存在。
しかし、彼らが幽霊といった類いのものに耐性があるとも限らない。
真は二人に危害が及ばぬ様に、「いち、にの、さんで開けますよ」と声を掛ける。
こくりと頷く二人。
真は息をすっと吸い、「いち」の発声と共にフライングでドアを開いた。
「うらめしゃっ……」
飛びかかる悪意。
瞬間、真のグーが悪意の顔面に突き刺さった。
物理的除霊である。
『うはっ。相っ変わらず容赦ねぇ』
真は霊的なものに関しては、基本的に容赦ないのである。
その容赦なさはしつこい悪霊を追い払うのに、悪霊がガチ泣きする位までボコボコにした事件に由来する(彼の周りの霊達が『遠野真には手を出しちゃいけないと改めて再認識させられた事件、略して真さんマジやべえ事件』と呼ぶものである)。
襲い掛かればこうなるのは当然。ヒカルは思わず手を合わせた(幽霊だけど)。
「い……いった~~~い!」
顔を腫らして悪霊が声をあげる。
真っ赤な顔に涙を浮かべて、着物姿の女の霊が起き上がって真に叫ぶ。
「いきなり何をするんですかっ! 女の子の顔面パンチて!」
白い着物を来た典型的和風の霊。
和風に合わせたようなおかっぱ頭。死人を思わせる様な白い肌(今は赤いが)。目鼻立ちも整ってはいるが(今はちょっと凹んでるが)、全体的に丸みが目立つ、幼げで可愛らしい印象である。
そして真が驚いたのは、何よりも特徴的な頭のそれ。
三角の布である。天冠というやつである。
今どきの幽霊には、というか全体的に珍しい典型的な、絵に描いたような幽霊像を目の当たりにしたのは真も初めてである。
「襲い掛かってきたから、つい」
「つい……で、人を殴るなんて非常識ですっ! 死んだらどうするんですかっ!」
いや、死んでいるのだが。
「あ、いっけね! 私、死んでるんでした! ドジった!」
ドジとかいう問題じゃない。
というか、悪霊の割に随分と軽い。
何なんだこの悪霊は、と戸惑う真を更に戸惑わせる出来事が。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ幽霊っ!」
大が真の後ろで声をあげる。
シャルルも凍り付いた様に、悪霊を見つめている。
『……見えてんのか?』
驚くヒカル。
呆然とする真を前に、悪霊は頭を抱えて叫ぶ。
「ドジったー! 姿隠すの忘れてたっ!」
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半透明になった悪霊が正座をしている。
その前には、三人の男達。
悪霊は、にこやかに自己紹介をした。
「どうもっ! 私、地縛霊やっとります『レイ』と申しますっ! フルネームはイマイチ記憶がなくて、あだ名みたいなものですけどよろしくお願いしますねっ!」
やたらとはきはき喋る地縛霊に多少真の背後の二人が戸惑いを見せる。
正直全く怖くない。
レイと名乗る霊は、けらけらと笑いながら「祟るぞー」とはしゃいでいる。
真が若干強い口調で問い掛ける。
「で、なんで此処に? 此処で死んだのか?」
「いえ、そういう訳ではないんですよ、これが。ただ、北京にどうしても未練がありまして」
ん? と真達が首を傾げた。
「わたしゃ、どうにか北京ダックというものを食べてみたくてですね、しかし念願適わず食す事が適わなかったんですよっ! それで、もう、ね……世間が憎くて憎くて……こうなったら、北京ダック食おうと北京に訪れた奴を徹底的に呪ってやろうと、この地に張り付いた訳ですよっ!」
動機が不純である。
しかし、それ以前に……
「……ここ、東京」
大が呟く。
レイはにこりと笑った。
「冗談はよして下さいよ~! そんな、北京と東京を間違えるなんて……」
日本と中国である。全く違う。
「ドジったぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
突然、レイが叫んだ!
目を見開き、頭を抱え、突然蹲る発狂っぷりに思わず仰け反る真達。
「い、いきなり叫ぶな!」
「おっと失礼」
一瞬で復活するレイ。
「私、ドジッ娘でして! 昔っから酷いドジばっかり踏むんですよっ! あー、なんで言葉が通じるのかと思ってたら、なるなる、ここは東京ですか! まさか、こんな形で上京することになるとは思ってもみませんでしたっ!」
ドジというレベルではない。
「あー。それにしても参りましたね。まさかの取り憑き場所間違い。北京に向かおうにもお金もパスポートも何も持ってない。さて、私はどうしたらいいのか?」
「いや、成仏しろよ」
真の冷静な指摘も無視して、レイはぽんと手を叩いた。
「まあ、仕方が無いかっ! ここに住み憑く事にしましょう!」
「出て逝け」
真の辛辣な言葉に、レイは笑顔で応えた。
「それではこれから、ご近所さんとしてよろしくお願いしますねっ!」
206号室に、幽霊が住み憑く事になりそうである。
そんなこんなでとうとう姿を現した地縛霊のレイさん。
新たな入居者を迎え入れ、しあわせ荘は……
次回「地縛霊のレイさん」に続く。