その14 『真くんようこそパーティ(後編)』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ! 実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
今日は休日。しあわせ荘の住人達が皆揃える日を選んで、庭先でパーティは行われる。
遠野真の歓迎会である。
庭先に置かれた白いテーブル。そこに並べられた様々な料理。住人が紙コップ片手にそれを囲む。流石にアパートの部屋はこの人数を入れるのには狭すぎる。
「はーい。未成年組はジュースだけですよー」
色々と用意された飲み物をそれぞれが汲む。空っぽの紙コップを持ち、真がふらふらとジュース選びに困っていると、ひょいとコップを取り上げて、きっこさんがにこりと笑う。
「お酌しますよー。主役はででん、と構えててくださいな!」
そして、コップにどぼどぼとオレンジジュースをつぎ始める。
真は「ありがとうございます」とお礼を一言コップを受け取る。
今日は、しあわせ荘の面々が、一堂に会する日なのである。珍しく、既に合わせた全ての顔が揃っていた。
「もうちょっと待ってて下さいねー。リンちゃんが来たら始めますから!」
いつものクマさんエプロン姿で、りんごジュースを入れたコップを両手で握るきっこさん。持ってるのが酒じゃなくて、何故かほっとする真。
「リンはまだか。腹が減ったぞ」
むすっとして、ぺろぺろと(色っぽく)紙コップにひたひたに注いだオレンジジュースを舐めているのは、やはりいつも通りの巫女服に無造作に垂らす綺麗な金髪が眩しい真白さん。度々、酸っぱそうに眼を細めて舌をぺろぺろさせている。
「真白サーン! 真白サンがお腹ベコベコなのはいつもの事じゃないデスカー!」
何故か、背中に「祭」の文字が輝くはっぴを羽織り、捻り鉢巻き一丁。お祭り野郎スタイルのシャルル。缶ビール片手にやっぱりテンションが高い。あと、お腹ベコベコじゃなくてペコペコである。
真白さんが若干鬱陶しそうに横目でちらりとシャルルを見る。後は無言。怖い。シャルルはある意味勇者である。
「シャルル君は……黙ってれば、ねえ」
私服姿の雪江さんが缶ビール片手にじとっとした目でシャルルを見る。私服姿も普段の仕事のスーツと同様に黒が印象的。黒のジャケットがしゅっとしたイメージを与える。
わいわいがやがや駄弁る成人組。
対照的に、机の隅で目を泳がせるのは未成年組である。
「……」
終始無言。何故か今日まで中学校の制服姿の大。紙コップの中身は真からは見えない。
「……」
同様に無言。頬を赤らめ、何故か照れ臭そうに、落ち着かない様子の瓜子さん。
髪の毛をリボンで纏めている。問題はそのリボン。
何故か滅茶苦茶なボリューム。何かの豪華なプレゼントみたいな状態である。しかも、大体の住人が普段着の中で一際目立つドレス姿。社交界とでも勘違いしているのだろうか、というレベルである。
真は思った。
(東京人はお洒落だなぁ)
『気合い入りまくりだな。東京人のお洒落意識に脱帽したぜ』
真の中で、住人の殆どが世間とずれているというイメージが出来上がっていた中で、一人何故か派手な格好で滑ってしまった瓜子さんは、お洒落な東京人のお手本の様に見えた。
浮いてはいるが、自分の為のパーティに此処まで普段着とは違う服でお洒落に登場して貰えると、真もなかなかに嬉しかった。
真は他人に祝われるのが始めてだったりするので、割と本気で照れているのである。
何故か、背後ではにやにやしているヒカル。訳知り顔である。
「おっすー。一通り持ってきたぞー」
そこでようやく最後の一人が登場。
大きな皿を両手に抱えて、エプロンと三角巾姿でリンさんがやってくる。
「リンさん、本当に料理できたんですね」
「おうよ。こちとら鬼火だぜ? 火の扱いはお手のモンよ」
えっへんと胸を張るリンさん。下は相変わらずのジャージ姿だが、少しだけ小綺麗な感じ。新品に近いもののようだ。
まあ、そんなことより働いているリンさんに、真は強烈な違和感を覚えていたのだが、その素振りは見せない。
「そういうものなんですか?」
「そういうモンだ。あー、でもどっかの雪女は、氷菓子のひとつも作れないけどなー?」
「……喧嘩売ってるの?」
「だめですよー! 今日はおめでたい席なんですから、喧嘩はだめー!」
食って掛かる雪江さんに、こらっと一声きっこさん。
やーいと手を広げ「怒られてやんのー」と挑発に掛かるリンさんも怒られる。
「じゃあ、一旦リンちゃんも飲み物持って! かんぱいしましょう!」
きっこさんがコップを掲げるのに合わせて、全員がコップを持ち上げる。おっと、と慌てて、リンさんも缶ビールを持ち上げる。
せーの、の一拍。真とヒカル以外の全員が揃って声を上げる。
「まことくんようこそー!」
「いただきます」
「ヨッコイショー!」
「かんぱ……ようこそー」
「か……よっ……!」
「かんぱ……よ、よこしょ、ようこっ」
「うーい」
「かんぱーいっ!」
バラッバラである。打ち合わせしなかったから、あちらこちらに釣られて滅茶苦茶である。
あれ? と首を傾げてやり直そうとするきっこさんだったが、既に一部空気を読めない勢が行動に移る。
既に箸を構え、険しい表情で皿に手を伸ばす真白さん。早速缶を置いて、声高らかに腕を振り上げるシャルル。
「ハーイ! イッパツゲイの時間デース! ミナサーン! イッパツゲイ!」
「わあい! 一発芸!」
きっこさんもノリノリである。
「あー。あたしはまだ料理途中だから戻るわ。おっと、真。後で料理の感想聞かせろよ」
意外とやる気満々のリンさんが、とっとと開けっ放しの自室に戻っていく。
その傍らで、何やら手品を披露し始めるシャルルと、それを見て既に挨拶も忘れてきゃっきゃとはしゃぐきっこさん。子供である。
既に四人が気ままに動き、残された四人……しかも半数が何故かおろおろしていて、話すらままならぬ状態。
ぽかんとしている真に、缶ビールに口をつけながら、雪江さんが歩み寄った。
「あー、まあ、こんな感じの人達なの。あんまり悪く思わないでね」
「あー、はい、大体知ってました」
わーわーきゃーきゃー騒いで居たり、黙々と食事に勤しむ妖怪達を眺めながら、はぁ、と一息。
「ちょっとは慣れた? まあ、今更よね。歓迎会なんて」
「大分慣れてはいたんですけど、それでも嬉しいですよ。こんな風に歓迎して貰えて」
ふふん、と雪江さんが笑う。
「つまり、歓迎会に感激かい?」
此処でどや顔。
「なんちゃって」
「えっ」
真は困惑した。
「だから、歓迎会に、感激かい? なんちゃって」
「えっ」
真は当惑した。
そんな彼に、ひっそり耳打ちするヒカル。耳打ちせずとも他の誰にもその声が聞こえないが、雰囲気的に。
『……駄洒落じゃねぇの?』
「えっ」
かんげいかいに、かんげきかい?
真の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
しかし、ワンテンポ遅れて理解した。
「雪江さん、酔ってるんですか?」
「え? 何で?」
「急に寒い事言い出すから……あ、雪女だから寒い駄洒落を……」
「そうそう。雪女だから寒い駄洒落を……って、真くん。意外と辛辣な事言うのね……一体寒い駄洒落を言ったのは誰じゃ! なぁんて……」
「もう……やめて下さい……」
「やめて……そんな、本気で哀れむ様な顔をするのは……」
空気が冷たくなってきた。
そこに、近寄るひとつの影。
瓜子さんだ。何故かによによと不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「一体何をしてんのう?」
「えっ」
引き攣ったどや顔。
一体何を言っているのか? 若干、「してんの?」の最後に「う」を強調したような不可思議な発音。
「何をしてんのう……」
「ゆ、雪江さんが寒い駄洒落を……」
「してんのう……」
泣きそうな顔でとぼとぼ戻っていく瓜子さん。何事か。
『……今のも多分駄洒落だぜ?』
ぼそり、とヒカルが背後で呟く。何事か。
「……ぼっちのダイダラボッチ」
ぼそり、と少し離れた位置で、大きな中学生が呟いた。
「……?」
怪訝な表情を浮かべる真と目を合わせると、大は何故か目を伏せた。
『妖怪っていうのは、寒い駄洒落が好きなんか……』
ヒカルが背後でメモ(透明)を取る。表紙には「妖怪の生態」と書いてある。
真は次第に冷たくなっていく空気に戸惑いを隠せない。
助けて下さい、ときっこさんの方を窺う。しかし、シャルルの見せる華麗な手品にきっこさんは夢中である。
「おいヒカル。どうしよう」
『どうしようってお前……そうだな、此処は一丁、お前が面白い駄洒落で空気の回復を……』
「何故そうなる」
真はびしっと背後のヒカルに平手を入れる。
今ひとつ状況把握のできていない真は、ヒカルの言う意味を理解できていない。
そして、そもそも、真はジョークを飛ばす事が苦手である。
駄洒落とか全く分からない。
誰か助け船を寄越してくれ、と願うものの、真白さんは食事に夢中で、シャルルときっこさんは手品に夢中で、リンさんは料理に夢中である(ここらで若干、これが真の歓迎会なのか若干怪しくなってくる)。
今、期待できる事は一つ。リンさんが料理を持って此処に来ること。
助け船を待ちわびる真。数十分にも感じる数分間が経過し、遂に彼の元に助け船が訪れた。
「では、私がとっておきのダジャレを披露しましょう!」
おほん、と軽く咳払い。
「隣の客は良く柿食う客だ」
「それ、駄洒落じゃない。早口言葉」
真が冷静に突っ込みを入れる。
そこで真は、ふと気付く。
あれ? 誰?
ダジャレを披露すると名乗り出ておきながら、早口言葉を披露した声。それが聞き覚えのないものだと真は今更ながら気付いた。
どうやら周りの、沈んでいた住人達も気付いた様子。
「え? 今の何? 聞いた事ない声じゃなかった?」
「女の人の声? え? え?」
「…………や、やめて下さいよ……だ、誰かが言ったんですよね?」
「いや、今の知らない声だった。ま、まさか……」
雪江さんが若干唇を震わせながら呟く。
「幽霊……?」
空気がより一層冷たくなる。
「ま、まさか……」
「そんな筈ないですよ……」
此処に居るぞ、とアピールする背後霊を振り落としつつ、真は難しい表情で考える。
その時耳に飛び込む音。
かつ、かつ、かつ、と階段を踏み鳴らす足音。
住人はリンさんを除き、此処にいる。リンさんも自室で料理の途中である。
じゃあ、何の足音か?
足音に気付いた住人達。全員がきょとんとした様子で上を見上げる。
しあわせ荘の二階。真の部屋205号室、その隣。
誰も住んでいない空き部屋206号室の扉がきぃ、と音を立てて動いていた。
ばたん。
そして扉の閉まる音。
確かに「何か」が扉に入っていった。
庭先は、別の意味で寒くなっていた。
瓜子さん「オ、オチが無いのは、受験生を思いやっての事なんだからね!」
リンさん「その割には滑りまくってたけどな」
曰く付きのアパート、しあわせ荘には本当に何かがあった!?
お昼過ぎのしあわせ荘に、史上最大の恐怖が襲い掛かる!
次回、「206号室のひみつ」に続く!
そろそろ一章はおしまい。そもそも章の区切りがあることを知っている人はいないと思うけれど。
ちなみに、メインヒロイン的ポジションが誰なのかはひみつ。