その13 『真くんようこそパーティ(前編)』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ! 実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
「『真くんようこそパーティ』をやりましょう!」
リンさんの「パチンコ行こうぜ」をぴしゃりと断り、きっこさんは目を輝かせながら提案した。
「そりゃ、歓迎会って事か?」
「そう、かんげいかいってことです!」
新たなる入居者、遠野誠。何だかんだでしあわせ荘にも馴染んでいる様子の彼の為に、改めて歓迎会を開くという事に、リンさんは若干違和感を感じる。
しかしまあ、必死に断る理由もないし、と「いいんじゃねぇの?」と適当な返事。
すると、ぱぁっと明るく笑って、きっこさんはリンさんに言った。
「じゃあ、お手伝いよろしくね!」
リンさんは「こいつはしまった」と思った。
何を隠そうこの女、動くのとか働くのとか大嫌いなのである。楽しい事だけしながら生きていければな、とか思っているのである。
何とかこの労働から逃れられぬものか、と思索するリンさん。こういう時だけは真面目になるのが彼女の長所である(皮肉)。
「悪いけど、あたし忙しいんだ」
「パチンコ行くって言ってたじゃないですか」
論破。
収入源の無いリンさんにとって、幸運スキル持ちのきっこさんと行くギャンブルこそが数少ない小遣い稼ぎの方法なのである。
普段は彼女を救う筈のそれが、まさか今、彼女の首を絞めようとは、誰が想像していただろうか。
割とどうでもいいので、誰も想像していないだろう。
次なる言い訳候補を選定しているリンさんに、きっこさんはとどめを刺しに掛かる。
「おやちん」
リンさんは家賃滞納者である。
洒落にならんレベルの滞納者である。
その一言は、必然的にリンさんの膝を折った。
「な、何なりと……」
「荷物運びお願いしまーす! ちょっと隣町まで!」
「隣町!?」
隣町は遠いのである。
「勿論、歩きですよー」
「嫌だ!」
「駄々っ子ですか。駄目です。手伝って下さい。働かないと呪いますよ」
きっこさんは、つい先程雪江さんと話して、リンさんに対してちょっぴり厳しくなっているのである。
思いの外強い風当たりにリンさん困惑。
加えて「呪いますよ」という結構そのまんまな脅し文句に流石に屈した。
「わ、分かったよ」
そんなこんなで結局二人で真の歓迎会の為のお買い物に行くことに。
そして、その帰り道……
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顔に手を当て、嗚咽を漏らすきっこさん。
隣町近くの公園で、「ちょっと滑り台滑りたい」と言い出したきっこさん。リンさんと一緒に公園に踏み込んだ彼女が出くわしたのは、まさかまさかの真と大。
にこやかに「プライスパーテーにしましょー」と言っていた(多分サプライズパーティのこと)きっこさんにとって、それは最悪の事態であった。
何とか回避して帰りたかったものの、荷物持ちを名乗り出られた以上、善意をはねのけるのも気が引ける。そのまま一緒に帰る事になり、当然「何買ったんですか」とか「なんで隣町まで」とか質問されて、最初は何とか誤魔化そうとしたのだが。
きっこさんは嘘がへたくそなのである。
一瞬でバレた。というより、バラした。
結果、泣いた。
真、気まずい。
「う、うれしいなあ……わざわざかんげいかいをひらいてくれるなんて(棒)」
「真、もっと頑張れ……!」
リンさんの応援空しく、真の精一杯のフォローは通じず、きっこさんが泣き止む事はない。
きっこさんが泣く事は、リンさんにとっても望ましくないようで、彼女も珍しく気を利かせ、きっこさんのご機嫌取りに参加する。
「ま、まあまあ泣くなよきっこ。今度、ホットケーキを作ってやるぞ!」
困ったら食べ物で釣る。それがリンさんのきっこさん対策なのである。
「……昨日食べた」
きっこさんはホットケーキが大好きなので、とっくに昨日食べているのである。
そして、毎日食べる程は好きではないのである。
リンさんの食べ物のチョイスは間違っていたのだ!
「こいつは参ったぜ……きっこは普段は大人だが、機嫌を損ねると子供みたいに面倒臭い!」
「普段から子供みたいじゃないですか」と言おうと思ったが、真は空気を読んだ。
何だかんだで自爆だったのに、と真は若干その理不尽さを呪いながらも考える。
「……ここは真を一発意識が飛ぶくらいのレベルでぶん殴って、記憶喪失を演出するという方法はどうだろうか?」
「嫌です」
「大丈夫だ。ちょっとした演出だから。あんまし強くは殴らないから」
「そんなので騙される訳ないでしょう」
リンさんは何となく頭が良さそうではないので、真はあんまりあてにしていなかった。
真の背後ではヒカルが適当な事を言っている。
『頭でも撫でてやったら機嫌直んじゃね?』
「そんな馬鹿な」
真はきっこさんについては、きちんと大人と評価している。
頭を撫でられるのが好きだとか、少女趣味であるだとか、そういった子供要素こそあるものの、常識人であり、こなす仕事は一人前。故に真はそんな事できっこさんの機嫌が直るとは思わない(不機嫌の理由も相当子供っぽいが)。
悩む真。どうしたらこの人は喜ぶのか。やはり付き合いが短いとどうとも言えない。
そこで閃く一つの案。
「大くん。何か良い案はない?」
きっこさんと何となく付き合いが長そうな大に尋ねる。リンさんも付き合いは長そうだが、真はリンさんについては、あまり大人と評価していない(酷)。
大は「はぁ」と短く呟き、片手に荷物を纏めながら、すんすんと泣くきっこさんに歩み寄った。
「よしよし。機嫌直して」
大はきっこさんの頭を撫でた。
まさかのヒカル案である。
これには真もリンさんも驚愕。
しかし、効果は予想外のものだった。
「……機嫌悪くなんてないです」
「でも、泣いてるでしょ?」
「泣いてないですもーんだ!」
きっこさんはむっすーとしたまま、足早にてててと走って行ってしまった。
唖然としている真とリンさんに、大は向き直って淡々と語る。
「……とまぁ、きっこさんには大人としてのプライドがあるので、子供扱いしている俺に慰められるのは許せない、と。一応泣き止んだんで、帰ってむくれてふて寝したら、何があったか忘れて、機嫌も直るんじゃないですか?」
「て、手慣れている……」
「それなりに付き合いも長いんで……」
「あたしでも知らねーぞ、あんな解決法……」
ちなみに、リンさんは大よりもきっこさんとの付き合いが長い。なのに何故、きっこさんが泣き止まない時の解決法を知らないのかというと、昔からおんぶ抱っこの状態で、きっこさんの大人の一面ばかり見ているからなのである。非常に情けない話だ。
それは置いといて、真はむむむと唸る。
「でも、本当に大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。先例もありますし。本人も引くに引けなくて意地になってただけですよ。子供っぽい所が結構あるんです。でも、大人な部分もあるから、今頃反省してるんじゃないですか?」
的確な分析。手慣れた感が半端ではない。
真は感心しながら、ほっと一息。
「助かったよ」
「いえ。さっき助けて貰いましたし……」
大はもじもじ、照れ臭そうに顔を逸らす。
そして、もごもごと何かを言い淀む。
しばらくそんなうじうじを続けて、やがて決心したように、大はぼそりと呟いた。
「大、って……呼び捨てでいいです」
「ん?」
「いや……俺、一応後輩ですし……くん、とかつけなくていいかなって」
「そう? じゃあ、大って呼ぼうかな」
真は特に何も考えずに言う。
「改めて、今後ともよろしく大」
「よ、よろしくお願いします、真さん」
今更ながら挨拶を交わす。
「いやぁ、これでちょっと安心したよ。年の近い男子の友達、こっちでは居なかったから」
真は何だかんだでしあわせ荘に女性が多い事に困っていたりしたので、それは素直な感想だった。
男子で年の近い大、しかも常識人ともあらば、しあわせ荘での話し相手には困らないだろう。女性には聞きづらい事も、色々と聞けるだろうし。
だが、大にとってはちょっぴりそれは大きさが違ったようで。
「と、友達になってくれるんですか?」
「え? もうなってるんじゃないの?」
大は顔を伏せ、じっと黙りこくってしまう。
真は別段気にはしていない。
「お? マサルゥ、何にやにやしてんだよ?」
「な、何でもないです」
リンさんがにっと笑って、おちょくる様に問い掛ける。
大はそこでようやく、自分の頬が緩んでいるのに気付いたようだった。
誤魔化す様な反応がつまらなかったのか、リンさんは興味を無くしたように歩調を速めた。
「へえへえ。ま、とっとと帰るかぁ。ああ、あと真は明日は予定空けとけよ? さっき言ってた歓迎会やるからな。マサルは明日も部活もないだろ? 重い腰を上げて、このリンさんが料理を振る舞ってやるんだ。期待して待っとけ!」
「へえ。リンさん、料理できるんですか」
「あたぼーよ。しあわせ荘一の料理人たぁ、あたしのこった」
「嘘はいけない」
「!?」
わーわーぎゃーぎゃー騒ぎながら道を行く。
明日は真の歓迎パーティ。
新たな入居者、真が来てから、ちょっぴりしあわせ荘は代わり始めていたり、いなかったり……
今回は前後編。次回、真の歓迎会が始まります。
真と住人達の距離が、結構近づいたり、近づかなかったり?
次回は住人みんな登場します。
次回「真くんようこそパーティ(後編)」に続く。