その12 『ダイダラボッチの大くん』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
しあわせ荘から少し離れた町外れには、少し小さな公園がある。
真が其処に気付いたのは、ちょっとした偶然だった。
地理に慣れる為散歩を日課としていた真は、今日たまたま、少し普段と違う場所を見てみようと、見慣れない道を進んでいたのだ。
通う予定の学校とも、最早馴染みのスーパーマーケットとも、全く無縁のその場所でふと真は立ち止まる。
「へぇ。こんな公園があるのか。東京は辺り一面生命の輝きを失ったコンクリートジャングルなんだと思ってた」
『お前、もう大分東京慣れただろ。何を今更』
「ジョークだよ」
公園は木々が生い茂り、小さな自然が息づいていた。……といいつつも、この辺りはそもそも自然はそこそこ豊かで、自然に飢えるという事もないのだが。
近くに公園はあったものの、近所の奥様方のたまり場となっている事もあり、あまり関わらない様にしていた。
しかしこの男、真。実は大の公園好きである。正確にはブランコ好きというべきか。
何を隠そう地元では『遠野・ザ・ブランコクレイジー』と呼ばれている程のブランコの乗り手で、一目置かれていたのだ。
しかしそろそろ高校生。いい年してブランコで一回転直前まで揺れまくってヒャッハーしてもいられない。しかも都会という異空間が、真の理性をフル回転させ、彼をブランコから遠ざけていた。
久しくブランコに乗っていない真は、人目の少ない寂れた公園と出会い、うずうずしていた。
「久々に回すか……?」
『おいやめろ』
気合い十分。『遠野・ザ・ブランコクレイジー』の血が目覚めた真は、肩をぐるぐる回しながら公園に踏み込んだ。
ブランコ早く逃げてくれ、というヒカルの願いも届かず、でんと佇むブランコ。
しかし、そこにはもう一つだけ、思わぬものが佇んでいた。
「あれ。先客か」
ブランコの席は二つ。その内一つに先客が居た。かなり身長の高い男だ。
『ん? あいつ……何か見覚えがあるんだが』
「ん?」
ヒカルが気付く。真がそれに合わせて声を漏らした拍子に、ブランコの大男も真の方を振り向いた。
「あ」
「あ」
『あ』
男と真(+ヒカル)の目が合う。
背の高い、しかし何処か子供っぽい顔立ちの少年。真とヒカルには彼に見覚えがあった。あまり親しい間柄ではない。何故だか避けられていたから。
そう。アパートで時々顔を合わせるものの、軽い会釈だけを交わす仲。
203号室の住人、きっこさんが「だいくん」と呼ぶ中学生だ。
何故、彼が此処に居るのか? 彼は確か毎日部活で中学校に出向いている筈。
真とヒカルが脳内相談を開始しようとしたその時……
「こ、このことはきっこさんには言わないで下さい!」
初めて聞いた大きな声。思いの外高い。いや、そんな事はどうでも良い。
「い、いきなりそう言われましても……」
ブランコから立ち上がり、凄い勢いでめっちゃ詰め寄ってくるだいくん。真は多少ビビる。
対するだいくんもおどおどしながら涙目である。
「お願いします!」
「な、何の事やらさっぱり……」
話が噛み合っていない。
「と、取り敢えず一旦落ち着いて話をしよう」
「は、はい……」
真の提案に素直に頷くだいくん。
何はともあれ、真はだいくんの事情を聞くことになった。
しかし、互いにおどおどしている混乱状態。
目の前に居るのが男なので、非常に冷静沈着なヒカルが指示を出す。
『取り敢えず、ロクに引っ越しの挨拶もできていないからまずは挨拶だ』
「……205号室に越してきた、遠野真です。今年から越戸高校に通います。どうぞよろしく」
「203号室の山越大です……今年から中学二年です。よろしくお願いします」
ひとまず二人は二つ並んだブランコに腰掛け話を始める。
それでも分かる大のその巨体。身長は真を遙かに超えている。顔は子供っぽさを残しているものの、背中だけ見ればでかいおっさんである。
髪は短め。見下ろされると威圧感を感じるが、離れて見れば全体的に大人しい印象である。
「あ、あと種族はダイダラボッチです」
ここから脳内相談。
「ダイダラボッチ?」
『あれだ。でかい妖怪だ」
「成る程、把握した」
見たままである。分かりやすい。
『まあ、落ち着いて状況を整理しよう。黙っててくれってのは、多分此処に居る事だろ? こいつは部活に出かけてる筈だからな。このシチュエーション、何処かで見たことがあるような気がするんだが……』
ヒカルはう~ん、と考え込む。
ここらで真も冷静さを取り戻し、取り敢えずこちらから話を聞いてみる事にする。
「言わないで、っていうのは此処に居たって事かな?」
「はい……」
大は俯きながらぼそりと答える。暗い。
真はう~んと唸る。
「まあ、言わないけど……今日って部活があるんじゃないの?」
真が問い掛けた途端、大はしょんぼり肩を落とした。
今にも泣きそうである。真、気まずい。
「あ、ご、ごめん! 何か悪い事聞いた?」
「違うんです……俺が全部悪いんです……」
大が「うっうっ」と嗚咽を漏らしながら話し始める。
「俺、バスケ部に入ってるんです。身長の高さをそこなら生かせるかなって思って、始めたんですけど……うっ」
「分かった分かった。いいから落ち着いて、ね?」
ブランコから降りて、背中をさすさすしながら真は話を聞く。それにしてもデカい背中である。
「でも、俺って、昔から根暗で……人見知りで……友達なんか全くできなくて……バスケ部でも、いつも独りぼっちで……」
『ダイダラボッチだけに、「大」人しくて、ボッチ(ひとりぼっち)と……成る程な』
「上手くねぇから」
背後のヒカルに裏拳をぶち込み黙らせて、真は「うん、うん」と頷きながら話を聞く。背中のさすさすも忘れない。
幽霊の未練たっぷりの嘆き節を聞きながら慰める事など日常茶飯事な真は、結構な聞き上手である。
「段々、部活に行くのも嫌になって……部活のある時は、こうやって、公園で時間を潰すようになって……」
『ああ、思い出したぞ。何か見覚えがあると思ったら、これ、この間見たドラマに出てた、リストラされたサラリーマンが公園で俯いてるシーンにそっくり……』
「おいやめろ」
真が背後を「お前はこの世からリストラされたいか」という視線で睨む。真の除霊の恐ろしさを知るヒカルは流石に茶々を入れるのをやめた。真は基本的に温厚だが、悪霊には容赦ないのだ。
大の話を纏めると……
部活で浮いてしまって独りぼっち。だから居るのが辛くなり、公園でサボる事が多くなったという。
真は思う。
(想像以上に重い話……!)
初挨拶でいきなりこんな話題である。
しかし、聞いてしまった以上、真も放ってはおけない。
このまま退いたら『遠野・ザ・ゴーストカウンセラー』の名が廃る。父ちゃんの名に賭けて、此処は退くことは許されない!
……という訳ではないのだが、真は大体の事情を察して、大の心情を読み取った。
その上で、真は問い掛ける。
「事情は分かった。でも、だったら、どうして部活を続けるの?」
この答えで、真は大という少年(大きいけど)を見極める。
そして大の答えは……
「……心配掛けたくないんです。きっこさんに」
だろうな。
いくつか予想していた答えの中でも、一番候補の答えを聞いて、真は思う。
しかし、これ以上深く立ち入るのはやめておく。それは今日でなくてもいい。もう少しゆっくり聞けばいい話。
「そっか。じゃ、黙っとくから」
「え? それだけでいいんですか?」
意外そうに大は言う。
真は頷き答える。
「それはもっと仲良くなってからでいいよ」
色々含みを持たせた一言に、大はきょとんと聞き入っていた。
真は深く語らずに、ブランコにぴょいと飛び乗る。
「さて、久々に回すか……?」
『だからやめろって!』
再び『遠野・ザ・ブランコクレイジー』の血を騒がせる真。
しかし、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに、流れは真の邪魔をする。
「あれー? 真くんなにやってるんですかー?」
思わぬ声。公園の入り口の方を向けば、そこにはまさかのあの人(?)が。
「きっこさん!」
「あれ? しかもだいくんまで! 部活はどうしたんですかー?」
きっこさん、まさかの登場。大荷物を抱えて、何故かちっちゃい管理人さんが現れたのだ。そしてその横には、ジャージの女性もセットでいる。
「お! マサルゥ! サボりかよ? いーっけないんだーいけないんだー!」
リンさん、いじめっ子の笑顔で登場。うるさい。
青ざめ、絶望の表情を浮かべる大。内緒にしたい相手のまさかの登場、当然の反応である。
不思議そうに首を傾げるきっこさん。恐らく大がサボっているなどとは思ってもいないのだろう。
どう言い訳しよう。大が考えていると、真はぐんと膝を曲げて、ブランコを揺らした。
「あー、ごめんなさい。僕にちょっと付き合って貰っちゃったんですよ」
ブランコの揺れ幅を次第に広げつつ、真が言う。
「僕、ブランコがめっちゃ好きでして。穴場の公園はないものかと、年の近い男子に聞いたんです。そしたら大くん、今日は自主練だからって付き合ってくれたんですよ」
ブランコの揺れ幅が、最早一回転直前まで迫っている。それに合わせてナチュラルに吐かれる嘘。
「迷惑だったかな? ごめんね。やっぱ、年上相手だと断りづらいよなぁ」
ぴょん!
真が飛んだ。
ブランコの勢いに乗せて、バック宙一回転! そして着地!
これが、遠野・ザ・ブランコクレイジーだ!
「という訳なんです」
「す、すごーーーーい!」
「すげえええええ!」
きっこさん、大はしゃぎである。大の部活の件は頭から吹っ飛んでいるようだ。
隣のリンさんも大はしゃぎである。相変わらずうるさい。
「ところできっこさんはどうして此処に?」
真はごくごく自然に話を切り替える。するときっこさんはぎょっとして、大荷物を背中で隠す。しかし、小さくて隠し切れてない。
「な、何でもないですよー。ちょっと買い物でーす」
「荷物重そうですね。持ちましょうか?」
「お! じゃあ、頼むわ!」
「あんたじゃなくて」
真は何事も無かったかのように、きっこさんから荷物を受け取る。色々と食料品などが詰まっている袋だ。
「あー、いいですよー」
「まあまあ、そう言わずに」
「うーん、じゃあ……お願いしましょうかー」
「おい、私の荷物も持ってくれ!」
「あんたは働けリンさん」
「何故、お前は私にばかり風当たりが強いのか」
大はきょとんとしたまま立ち尽くす。
そんな彼に、真は振り向き、荷物を抱えたまま手招きした。
「おーい、大。荷物運び手伝ってよ」
「え?」
真のぎこちないウィンク。無言のメッセージ。
大はそれを理解した。
そこでリンさんが大声をあげる。
「おー! マサルぅ! お前、デカいんだし私の荷物持てよ!」
大は小さく「はい」と呟き、駆け寄り、リンさんの荷物を半分受け取る(半分は持て、とリンさんに向けてきっこさんの厳しいお言葉があった事は秘密)。
荷物を抱え、公園から出る四人。大と並んだほんの一瞬、真はぼそりと呟いた。
「ま、話合わせといて」
返事も待たずに、真は少し前に出た。
「それにしても、もう仲良くなってたんですねー。だいくんと真くん」
「いやぁ。連れ回しちゃって申し訳ない。先輩風吹かすつもりも無いんですけど」
「んー。真くんはそういう人じゃないって知ってますからいいですよー」
きっこさんと会話する真の背中。それを見ながら大はぐっと唇を結ぶ。
「……ありがとうございます」
大は一言、極々自然にその言葉を零して気付いた。
そう言えば、きっこさん以外とまともに話したの久しぶりだ……
何故だか、ちょっぴり嬉しくなって、大は軽くスキップした。
~本日の現代妖怪辞典~
【ダイダラボッチ】
とにかく大きい妖怪。現代社会でもとにかくでかい。それでも常識的な人間の大きさに止まっているとか。大きいけれど小心者で、大人しい人が多いとか。大ざっぱ言うと大体そんな妖怪なんじゃないでしょうか。
※これは現代妖怪辞典です。実在の妖怪とは何ら関係はありません。本当のダイダラボッチはこんなんじゃないよ!
ダイダラボッチ、ちょっぴり暗い、山越大くん。背高のっぽの中学生。大きな背中に、ちっちゃな心臓、大人しくて弱気な少年(大きいけど)です。中学生だけど203号室で一人暮らし。バスケット部で活動してます。人付き合いが苦手だけど、本当は心優しい子なんです。