その11 『しあわせ荘の働く大人たち』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
白川雪江は社会で働く妖怪である。
低体温症(雪女だけに)の彼女の朝は辛い。
「朝ですよー」
かんかんとフライパンを鳴らすという古典的な目覚まし方法を用いて部屋に入ってくるのは、しあわせ荘の管理人さんきっこさん。
朝に弱い雪江さんは毎朝早起きなきっこさんに起こしてもらって朝を迎える。
「う~」
「はいはい。朝ご飯出来てますよー。顔洗って食卓についてくださーい」
目を擦りながら地面を這いずるように洗面所へ雪江は向かう。
その間にもエプロン姿のきっこさんによって食卓には皿が次々と並べられていく。
「……う~、いつもすみません、きっこさん」
「いいのいいの!」
顔にぱしゃりと水を掛けて、ようやく少し覚醒する雪江。いつものことだが、そこで謝罪を一つ入れる。
雪江がまともに職に就き、しあわせ荘で暮らし始めてから今日まで、きっこさんとはずっと同じ付き合いをしている。きっこさんはというと、世話を焼くのが楽しいようで、まるでお母さんのような気分で雪江の面倒を見ているようだ。
雪江としても、家事全般が苦手ということもあり(特に料理。火を使ったものが大の苦手)、申し訳なくも有り難くその心遣いに甘えてしまっている。
食卓に戻ってきながら、雪江は嘆く。
「はぁ。そろそろ料理の一つでも出来ないといけないかなぁ」
「得手不得手はありますよ。でも、家庭に入った時のことは考えないといけませんよー」
「う~ん。でも、私はまだまだ仕事やめる気ないしなぁ」
雪江は「いただきます」と手を合わせ、う~んと唸りながらトーストに齧り付く。
いつも通り「熱っ」と呟くのはいつもの事。だって猫舌なのだもの。
「仕事熱心ですねー。感心感心です」
「別に普通です。となりのプーがダメダメなだけで」
「うーん、確かにリンちゃんには働いて欲しいかもですねー」
「きっこさんは甘やかし過ぎなんですよ」
うーん、と苦笑しながらきっこさんが唸る。
分かっていても放っておけない、そういう人だと雪江さんもちゃんと知っていた。
世話焼き、世話好き、お人好し、その権化たる管理人さん、それがきっこさん。
何だかんだで甘やかされている自分の事もあって、雪江さんはそれ以上余計な事は言わない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でしたー」
食事を終えて、きっこさんに用意されたコーヒー一杯で一息つくと、早速出社の準備に移る。
その間にも、てきぱきと片付けをこなすきっこさん。
きっこさんが居なければ、恐らくは雪江さんの部屋はゴミ屋敷と化していた事だろう。それくらい、きっこ様様な依存っぷり。
いつもこの辺りで「リンの事を笑えないな」と、反省モードの雪江さん。
ちなみにリンさんはというと、今も爆睡中である。
びしっと、働く女の戦闘服に着替えた雪江さん。寝ぼけて腑抜けた顔はどこへやら、キリッとした顔立ち。
「いってらっしゃーい。鍵は閉めとくからねー」
「ありがとうございます。いってきます」
いつも通り、きっこさんに見送られて雪江さんは家を出る。
鍵を閉めずに家を飛び出す雪江さん。
その時丁度に出くわすのが、何故か巫女服に身を包む、金髪色白の美女。ドアの傍にて鉢合わせた絶世の美女に、雪江さんは思わず頭を下げた。
「ま、真白さん! お早う御座います!」
「む。雪江か。もう出るのかの?」
彼女は202号室の金剛真白さん。慌てて雪江さんが挨拶するのも、彼女が格上の存在だからこそ。
真白さんの正体は、長年この地に住まう大妖怪。例え、社会で妖怪が力を持たずとも、圧倒的に格上の妖怪への礼儀は欠かせない。
「それは残念じゃ。朝飯にありつこうと思っておったのに」
そう、例え今では人の家の飯に集る、社会的地位の無い食いしん坊だったとしても。
「す、すみません」
「よいよい。今日はきっこのとこに行く」
「あ、きっこさんなら今私の部屋に居ますので」
「そか。じゃあの」
「行って参ります!」
緊張しながらも、何とか真白さんから逃れて、しあわせ荘を出る雪江さん。
それを適当に見送って、真白さんはそのまま雪江さんの部屋に入り込む(遠慮無しに)。
「きっこー。おるかのー」
「あれー? しろさん? どうしたんですかー? お腹空いたんですか-?」
「ふふふ」
意味ありげに笑う真白さん。
彼女、人の家に集りに行くが、決して「ご飯頂戴」とは軽々しく言わない。
一応彼女にも自尊心というものがあるのだ(棒)。
何も言わずにご馳走になる。それが真白さんクオリティ。
「はいはい。じゃあ、ちょっと待ってて下さいねー。早くゆきちゃんの部屋片付けちゃいますから」
「うむ」
手慣れた様子で自室へ真白さんを誘導するきっこさん。
いつものことである。
しかし、今日は思ったよりも真白さん訪問のタイミングが早かった為、きっこさんも多少は急ぐ。それでも彼女の場合は、真白さんを妖怪として畏れての事ではなく、純粋に真白さんを気遣っての事。
きっこさんは、真白さんと対等に接する事ができる、数少ない妖怪だったりするのである。
片付け戸締まりきちんと終えて、きっこさんは自室へ。
お行儀良く卓袱台に向かって正座している真白さんの為に、ぱっぱと朝ご飯を用意する。
「今日はお仕事ですかー?」
「うむ。早めに神社に出向く事になっておる」
真白さんも一応働く妖怪である。
その仕事内容が若干おかしなものではあるが。
ひとまず、彼女の仕事についてはまたのお話。
「大変ですねー」
「全くじゃ。しかし人間社会に馴染まずに、我らが生きていける時代じゃないからの。妥協は必要じゃ」
「妥協?」
「おっと、きっこには無縁の事かの」
気遣いなどという言葉とは無縁なきっこさん。
真白さんの様に、特別な考えを持って、打算的に人付き合いはしていない。
ぱぱっと朝食を食べ終えて、ぽんぽんときっこさんの頭を撫でると、真白さんは爪楊枝を咥えながら席を立つ。
「よいよい。きっこはそのままで居たらよかろ。ご馳走さん」
「え? はーい……」
きょとんとしたまま座るきっこさん。
なんだかんだで食うだけ食ったら満足な真白さんは、用事が済んだと、とっとときっこさんの部屋を去る。
「……もっと、身長伸ばしたいんだけどなー」
しかも、今ひとつ意図したメッセージを残せない始末。
大妖怪だけれど、人としてはイマイチな真白さんなのである。
しばらく「むむむ」と首を傾げた後に、「まあいっか」と真白さんの食器を片付けるきっこさん。
結局はしあわせ荘で一番働く大人。それがきっこさんなのである。
今日は一日何をしようか、それを考えながら、てきぱきと片付けも終え、家の掃除もさっさとこなし、自室の家事を殆ど終わらせ掛けた時、はっと何かを思いついたように手を叩く。
「そうだー!」
思い立ったらすぐ行動。休まずとてとて電話の横のメモを取る。いつも持ってる鉛筆で、すらすらと何かを書き始め、しばらくしてからにっこり笑う。
「ふふふ……これで……!」
きっこさんの悪い微笑み。
何かを企んでいる事が一目で分かるのである。
完成したメモをぎゅっと握りしめ、きっこさんは早速外へ出かけようとする。
しかし、その時、思わぬ来客。
部屋先で、まるで小学生の少年が友達を遊びに誘う時のように、女の声は木霊した。
「おーい! きっこー! パチンコ行こうぜ-!」
きっこさんは戦慄した。
何とも言い難い誘い文句。その正体は明らかであった。
結局はしあわせ荘で一番働かない大人。それがリンさんなのである。
今回はしあわせ荘の大人たちのお話でした。
きっこさんの企みとは? ひとまずそれはおいておいて……
『ダイダラボッチの大くん』に続きます。