その10 『瓜子のしあわせ荘暮らし(春)』
☆注意☆
この物語はフィクションですよ!実際の東京はこんな場所じゃないですから間に受けないでね♪
天野瓜子、今年から高校一年生の天邪鬼。
カーテンの隙間から僅かに差し込む朝日を浴びて、目覚まし時計により叩き起こされ掛けていた瓜子はやっと目を開く。目を擦り、じりじりと喚く目覚まし時計を探す瓜子は、爪先のずっと先に時計を見つけた。
どうしてこんな所に置いてあるのか? 答えは簡単。
止めようとして叩き壊さないように。
一人暮らしを始めてすぐに、犠牲となった目覚まし一号の悲劇から、彼女はいつも寝る前に目覚ましの位置を変えることを学んでいた。
「ん……」
布団をばっと捲り上げ、よじよじ布団を這いずって、瓜子は目覚ましを止める。そこまで動けば布団に戻るのも億劫になり、嫌々瓜子は立ち上がった。
瓜子の一日はこうして始まる。
身だしなみに気をつけるようになったのは、一人暮らしを始めてからのことだ。
どうにも人付き合いの苦手な家系、天邪鬼の家に生まれた瓜子は、やはり人付き合いが苦手だった。
それを案じた彼女の祖母(人間)が、社会経験を積ませる為にと、このように彼女に一人暮らしをさせたのだ。いわゆる社会経験の為、社会に出る前の修行の為にである。
幸い、心優しい管理人さん、きっこさんの助けもあり、右も左も分からなかった少女は何とか生活を送るだけの能力を持てた。
そして嫌でも関わってくる、変わり者の「しあわせ荘」の住人達。みんなのお陰で、瓜子は何とか人と話が出来る程度には社交性を身につけてきた。
身だしなみを気にするようになったのは、家に度々やってきて、朝食をたかる真白さんの影響である。瓜子が見られることを意識したきっかけである。
起きてすぐ、瓜子は洗面所へと向かう。
顔を洗って、歯磨きを済ませ、そして寝癖を櫛で必死に直していく。
そう。身だしなみに気をつけるとはいっても、特別なお洒落をするわけでもなく、だらしない部分を直す程度。それでも寝癖ぼうぼうでぐでぐで朝を送っていた彼女にとっては大きな成長なのだ。
髪をねかして、よし、と鏡の前でガッツポーズを作った瓜子はまずは外に顔を出す。
これも習慣。朝の気持ちいい日差しを浴びると、なんだか素直な気持ちになれる気がする。瓜子はお日様の光が好きだった。
そして起きてすぐに、心を許せる数少ない恩人、きっこさんにおはようをする。それが彼女の日課だった。
がちゃりと扉の鍵を開け、暖かい光を感じながら、瓜子は庭先のきっこさんに視線を落とす。手すりに歩み寄り、「おはようございます」と言おうとしたその時、傍らからぼそりと声がした。
「ふぁっ!?」
聞き覚えのある声。それは最近越してきた隣人、遠野真のもの。
同じ高校に通う男の子だときっこさんに聞かされていた。同い年の友達ができますよ、と言われて、ちょっぴりわくわくしていた。でも、男の子となんてろくに話したこともないし、どうやってお話しようか悩んだりもした。
未だに瓜子の悩みの種である彼と、瓜子は見事に出くわした。
そこで思い出す、自分の姿。
今は寝間着姿。しかも、寝癖は直したものの、髪は飾り気のないまっさら状態。
お洒落に疎い瓜子は、髪には何かしらの飾りか、何かしらの結い方が必要だと思っている。いわゆる髪のすっぴん状態である今は、瓜子の顔を紅潮させるには十分すぎる状態だった。
慌てて、すっぴんの髪をぐしぐしと隠す。
「何よっ!?」
「な、何って。おはようって言っただけだけど」
これはしまったと瓜子後悔。
きちんと声を聞いていなかった。ただおはようと言ってくれただけなのに、うっかり聞き逃していた。
どうしよう。
瓜子は悩むが、口をつくのは言い訳にも聞こえない、滅茶苦茶な文句。
「え? お、おはよう? 私もおはようって言えばいいわけ!?」
うわあああああ! 何言ってるの、私!?
おはようって言えばいいんだよ!
どういうお返しの挨拶だ、とセルフ突っ込みを入れながら、瓜子の視界がぐるぐる回る。緊張しているのが自分でも分かる程に、瓜子は盛大に取り乱していた。
自分の言葉の滅茶苦茶さに気付き、瓜子の胸がぎゅっと締め付けられる。
嫌われちゃう! と瓜子は少し泣きそうになった。
しかし間髪入れずに真くんは言う。
「強要はしてないけど」
初めて会ったその時から、とても落ち着いた人だとは思っていた。
今の真もとても落ち着いた雰囲気がある。まるで長い時間を生きてきたおじいちゃんのような落ち着きだ。
落ち着き払って、優しく掛けられた言葉は、ぽわっと瓜子の胸を暖かくした。
チャンスだ! ここできちんと挨拶すれば……!
「ふん! そのくらい言ってやるわよ! おはようございますっ!」
言えた!
瓜子は満足した。
しかしワンテンポ置いて気付いた。
一言余計!
かぁっと頬が熱くなる。鼓動が高鳴り、目が回る。
瓜子は気付けば、すたこらさっさと自室に駆け込み、バタンと勢いよく扉を閉めていた。
冷たい扉にもたれかかり、体の熱を冷ます瓜子。
はぁはぁしながらも、何とか呼吸を落ち着けて、今のやりとりを思い返す。
挨拶はできた。でも、感じの悪いことを言っちゃった。
昔から、「やれ」と言われたらやりたくなくなった。
昔から、「やめろ」と言われたらやりたくなった。
何かを言いたくても、素直に言い出せなかった。
どうしても正直になれなかった。
「直さなきゃいけないのに……もっと素直にならなきゃいけないのに……」
ぐすん、と少しべそをかき、瓜子はさっきのやりとりを後悔する。
あんなに優しく接してくれる真くん。なのにあんなに酷い態度を取っちゃった。
どうしよう?
謝らなくちゃ。
どうやって?
突然謝っても変かな。
一人で思い悩む。
きっこさんに相談してみようかな。
でも、でも、でも、でも……
出てくるのが言い訳ばかりで、やっぱり気持ちが落ち込んでしまう。
「ごめんなさいって、言わなきゃいけないのに……」
お詫びしなくちゃ。
どうにかして。
瓜子がぎゅっと寝間着の袖を握ったその時だった。
ぴん、と何かが思いつく。
そうだ。最近、真くんは近所を知る為に散歩してるんだ。
誰から聞いたか忘れたけど、確かそうだったはず。
お詫び、になるかは分からないけれど、色々なことを知ろうとしている真くんを何か助けられないかな?
そういえばこの間お札ももらったっけ。そのお礼もしなくちゃいけない。
そうだ。今度、近所を案内しよう。
その時にでもお詫びに何かしたらどうかな?
「……でも、恥ずかしいよ。そんなこと……できな」
口に出して、でもすぐに否定する。
そんな自分を変える為だろう。
もう、ヤケだ。当たって砕けろだ。
「……くなんてないっ! べ、別にやってやるわよそのくらい!」
一人きりの決意表明。
瓜子はばっと立ち上がって、タンスに向かう。
朝食の準備も忘れて、取り出しにいくのは高校の制服。まず失敗はないと彼女が信じる服装である。私服のセンスに彼女は一切自信がない。
それを手に取り向かうのは洗面所。おめかししなくては。気合い十分である。
どすどすと床を踏みならし、鏡に向かう。
「髪型どうしよう。たまにはちょっと気合いを入れて……」
制服片手に髪の毛を指先でいじりながら瓜子は考える。
「お化粧しようかな。初めて同い年の子をお出掛けに誘うんだし……」
そして、あわよくば友達になってもらったり……と邪念を抱いてみたり。
お出掛けに同い年の男の子を誘おうなんて、初めての体験だ。これじゃまるで……
「デートに誘うみたい……」
ぼそっと口から思った単語が漏れた。
思ったままに漏らした単語が、耳に入って頭の中に戻ってきた。
今度は客観的にその言葉の意味を頭が理解した。
結果、瓜子は沸騰した。
「ねぇよ!」
バシーン! と制服を叩き付ける瓜子。
鏡に映る顔が真っ赤である。
ふうふうと肩で息をしながら、瓜子はもう一度自分のしようとしていたことを考え直す。
「落ち着け、私……ただのお詫びとお礼よ……」
自分に言い聞かせるように瓜子は言葉を口にする。
そして彼女はひとつの結論に至った。
「……今日の所は、やめておこう。明日また落ち着いて考え直そう。そう、明日やる。明日から本気でがんばる。ちゃんと明日はやるんだからね……」
ちなみに、昨日も同じようなことで悩んで「明日やろう」と呟いていたことを瓜子は全く覚えていない。
今回の主役は天邪鬼の瓜子さんでした。
次回も新住人紹介はなしの、日常回。同じ日の出来事です。
『しあわせ荘の働く大人たち』に続きます。